アメストリスの北端。
隣国ドラグマとの国境に聳え立つブリッグズ山脈。
そして、同じ名を冠する難攻不落の砦、ブリッグズ要塞。
その日、バッカニア大尉は猥談をしていた。
猥談が嫌いな男はいない。
軍部でも用いられている上司と部下の円滑なコミュニケーションツールのひとつである。
マルコーによる暴露の後、ここブリッグズ要塞でも資料として大量のエロ本を購入することとなった。
錬金術師の視点で見れば暗号文なのかもしれない。
闇に触れた者から見れば暴露本なのかもしれない。
だがエロ本はエロ本である。
錬金術師でなければ暗部に関わっているわけでもない彼にとって、ライザもティムコーも等しくえっちな本であった。
事の発端となったのは今年の冬頃の話。
突如として地下をぶち抜いて現れたのは、銃弾も通らない肉体を持った、殺しても死なない漆黒の巨漢。
ソレ自体は寒空の下に放り出して冷凍してしまうことで事なきを得た。
問題となったのはそいつが掘っていたと見られる地下通路。
少なくない犠牲を出しながら判明したことは、闇の中に潜む化け物が居るという事実。
化け物のせいで通路の調査は困難を極めた。
しかし奴は完全な暗闇の中では活動できない、一定の範囲から外に出ることも出来ない。
それさえ判明してしまえば、そもそも相手をする必要すらない。
かの地を治める女傑は部下たちに命を発した。
セメント流し込んで埋めちまえと。
砦の基礎に穴が開いているなど、それ自体が問題である。
何のために掘っていたのかは知らんが相手にとっては必要なことなのだろう。
上から土砂を放り込むだけで邪魔が出来るというのならやらない理由などありはしない。
だがそれに待ったをかけたのがあろうことか中央政府だ。
冷凍中の巨漢を地下に戻し、埋め立て工事をやめろと強権を振りかざし始めた。
この時点で中央は完全に黒だとブリッグズの面々は判断した。
得体の知れない化け物を飼っている上に、何か碌でもない企みが透けて見える。
表面上は大人しく従いつつも、中央から監視にやってきた者達がこの地で不慮の事故に遭うことも増えた。
そして件の暴露劇で事態は進行する。
暗部に触れていた連中は粛清された。もはや埋め立てを邪魔する者はいないだろう。
これでまだ妨害が入るのなら、大総統も黒。蜥蜴が尻尾を切り落としただけだというのはすぐに分かる。
この日のために備蓄してきた大量のセメントをぶちまける。
更にあえて影を作ることで件の化け物が工事の妨害にやってくるのかも確認する。
かくして結果は黒。
加えてこの地下通路が連中にとって絶対に放置できない重要な何かだという確信が得られたのだ。
そして現在、バッカニア大尉は猥談をしていた。
今までは同僚女性の中から誰の乳がいい、誰の尻がいい、あるいは街のお店の女の子を話題にすることもあった。
ボスのボインの魅力を命を掛けて語る者さえいた。
だがライザである。
彼らの元にもライザのエロ本がやってきたのだ。
そうなれば自然とライザの何巻のシチュがよかったという話題も湧いて出る。
それも女性陣に聞かれれば白い目で見られるのだろうが、現実に誰を性的な目で見ているという話題では得られなかった奇妙な安心感があった。
この北限の地では自家発電するのも一苦労である。
下手に下半身を晒そうというのなら身体を壊すことは想像に難くなく、暖を取るための燃料だってタダではない。
だが男性である以上は溜まるものは溜まるのだ。
街に下りて夜のお店で買うこともないわけではないが、彼の場合は片腕の機械鎧の換装が必要となる。
流石に戦闘用の義肢で女性の柔肌を抱くわけにはいかないからだ。
故にまあなんというか、整備班から砦中に噂が広がるわけだ。
ノーマル仕様に換えてったから今夜はお楽しみだろうなと。
たとえ熊のような大男であっても、そんなん噂されて気にしないほど羞恥を捨てているわけではないのである。
だからこそ、彼はエロ本にかけては一家言持っていた。
ひとりで気ままにヤることヤれるのは至高なのだ。
そのせいで別の形で噂されることになるのはまた別の話ではあるのだが。
彼が話しかけているのは昨日も同様に猥談に花を咲かせた相手だった。
だが、どうにも反応がおかしい。
確かに勤務中にこんな話をしているのは褒められたことではない。
だからと言って、あんなにも熱く語っていたライザのふとももを、そんなこと呼ばわりするだろうか。
気になって注意深く見れば、不自然なところがいくつも湧き出してくる。
砦に長く勤めていれば自然と避けて歩くようになるつらら落下の危険地帯にも気にせず足を踏み込み。
向こうからの話題も内情を探るようなものばかり選んでいる。
気のせいかと思っていた異様に重い足音が通路に響き。
その肩口に自由落下した大自然の脅威が突き刺さる。
そして、弾けた傷痕は、まるで逆再生するかのように元に戻った。
「敵襲だっ!!」
即座に相手を機械鎧で拘束し、チェーンソーを走らせる。
相手は悲鳴を上げてはいるが、ダメージがあるのかないのかも分からない。
抉り取ったはずの肉が光を放ちながらすぐさま元に戻っていくのだ。
かつて見たあの不死身の巨漢を思わせる再生能力。
加えて態度の不自然さこそあったものの、外見では全く見分けの付かないほどの変身能力。
絶対にここから逃がすわけにはいかない。
砦のあちこちから兵士達が集まってくる。
どんな姿にでもなれるというのなら、ただ拘束するだけでは相手の独壇場だっただろう。
それこそバッカニアの方が敵であると誤認させることさえ可能だったのかもしれない。
だが、彼が装備していたのは継続して相手を攻撃し続ける回転鋸。
人間とはかけ離れた再生を見せる化け物に、アメストリスの北を護る最強の部隊が牙を剥いた。
捕捉
ホムンクルス陣営目線だと地下通路を埋められるのは許容できないので割とガチ目に潰しに来てます。
なお猥談についていけない模様、このまま退場します。