「あの……そもそも今の状況は、本当に彼女が望んだ通りになっているのでしょうか?」
デニー・ブロッシュ軍曹が思わず呟いた言葉が周囲の視線を一斉に集めた。
場の中心になっているのは三人の国家錬金術師だ。
彼の直属の上司である豪腕の錬金術師、アレックス・ルイ・アームストロング。
この中で最も階級の高い大佐位を冠する焔の錬金術師、ロイ・マスタング。
そして史上最年少で国家試験を通過した鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。
起点となったのはエドワード少年が解読を続けていた、ライザ本人から受け取ったという暗号文。
それを基に、未だ混乱の続く軍部の中でも信頼を置ける者を集めたのがマスタング大佐だ。
そこには彼の親友たるマース・ヒューズ中佐と、護衛として縁のあったアームストロング少佐が含まれ、その部下である軍曹もこの場に召喚されていた。
喧々囂々、会議は踊る。
だが、ライザの意図はまるで読めない。
状況を整理すればするほどちぐはぐな要素が現出し、それが混乱を加速させてしまうのだ。
錬金術師でもなければ、一芸に秀でた大佐の部下たちとも違う。
ライザ推しが過ぎて会議から外されている一部の者たちとも違う。
男性向けのエロ本ということもあり、どうしても一歩引いてしまう女性陣とも違う。
この場において、彼は最も普遍的な男性だった。
アメストリスの男である以上、ライザに息子がお世話になったことだって、何度もあるのだ。
だからこそ考えてしまう。
本当にライザは何の失敗もしていないのだろうかと。
何もかも彼女の思い通りにコトが進んでいるのかと。
だって彼の印象にあるライザは基本ドジなのだ。
薬品を調合しようとすれば傷薬の材料から何故か媚薬を作り出す。
子供にモノを教えようとすればいらんことまで学習させてしまう。
キノコを育てようとすれば無駄にイキり勃たせる珍事に進展する。
ティムコーにだってあっさり騙されて非道な実験に巻き込まれる。
そう、ライザはエロマンガのお約束を悉く踏みまくるアホの子なのである。
そんな子が大総統閣下や国家錬金術師を出し抜くとかありえるのだろうか。
いや自分だって作中のライザとそれを描いている人物が同レベルだとは思わない。
だがライザが有能だという前提で会議が進むのはものすごく違和感がある。
専門用語で言うところの解釈違い。それが彼を苛んでいるものの正体だった。
「その、やっぱり考えたくないですよ。お二人とは違って直接顔を合わせたわけではないですけど……その、ライザには何度もお世話になりましたし……」
下の事情であるのだから恥ずかしさは確かにある。
だがそれでも、彼はライザのファンのひとりなのだ。
むちむちでえっちな女の子が軍を揺るがす計画を立てたなんて、信じたくなかったのだ。
彼の何気ない、だが全アメストリス男性の総意といっても過言ではない言葉に、知識人たちは目の色を変えた。
「そうか……ライザとティムコーで軸線が違うのか……!」
「Drマルコーの失踪が囁かれたのはイシュヴァールの末期頃であるな。奥付が確かならティムコーシリーズが刊行を始めたのはそれ以降、十分に考えられるかと」
「何らかの協力関係にあったのは確かだろう。だがここに来て方針の違いで分解した……?」
「ライザの初版が出たのはティム・マルコーがまだ軍にいた頃だ。最初から同志だってんなら時期的に自分から違法研究に手を染めたってことになっちまう。言われてみりゃ不自然が過ぎるぜ」
一般成人男性の率直な感想が会議の方向を一変させた。
ライザとティムコー。
純粋にえっちな内容が描かれるライザと、攻撃的で過激な内容が描かれるティムコー。
その二つが同一線上にあるものだという前提が覆る。
浮かび上がってくるのは、ライザは利用されていただけなのではないのかという疑惑だった。
ライザのエロ本が先にあり、ティム・マルコーがその拡散力に目を付けティムコーとしてエロマンガ市場に参入した可能性だ。
マルコーは軍が悪魔の兵器を研究していたことを知っている。
彼が暴露だけでは飽き足らず軍に反旗を翻そうというのなら、それに対抗できるだけの力を用意しなければならない。
既に拠点から発見された兵器群という片鱗は見えてしまった。
もし、万が一、そうであるのだとしたら。
人間の魂を原料にするという軍の兵器の製法を知っているティム・マルコーと、ライザ一行が共に姿をくらませているという事実が、大きく意味を変える。
――あのエロ漫画の最新刊のように。
ライザがティムコーにその命諸共使い捨てられるという最悪の想像が、彼らの頭によぎるのであった。