ただし賢者の石は尻から出る   作:こまつな

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087 フラスコの中の小人

「ホーエンハイム、生きていたのだな。……いや、お前が死ぬはずもない、か」

 

 錬金術大国アメストリスの中枢、その地下施設。

 無数のパイプが張り巡らされた異質な空間で、同じ顔をした二人の男達が相対する。

 

 片やこの国を創り上げ、そして目的のために滅びを齎そうとしているモノ。

 片やそれに気付き、己の人生をかけて阻止しようとせん者。

 

 東の賢者と西の賢者。

 フラスコの中の小人とヴァン・ホーエンハイムは日蝕が進行する最中、数百年ぶりの邂逅を果たしていた。

 

 

「ホーエンハイムよ、お前は射精をしたことがあるか?」

「……は???」

 

 因縁の対決は果たして、フラスコの中の小人のそんな疑問の声から始まった。

 

「私は、ないのだ」

 

 厳かに、重々しく、ヒトの皮を被った化け物は、己が童貞であることを宣言する。

 

「お前はその身体になっても生殖能力を残しているはずだ。この数百年、一度も性行為を行わなかったわけではないだろう?」

「いやお前……そんなユカイな奴だったっけ……?」

 

 ホーエンハイムの脳裏に浮かんでいるのは大量の疑問符である。

 奴が計画していたことに気付き、それを止めるために家族をないがしろにしてまで今日まで奔走してきた。

 

 その末に突きつけられた現実を、彼はまだ消化し切れないでいた。

 

「私は、完全な存在になりたいのだ。故に人を人足らしめる要素を自身から切り離した」

 

 傲慢。強欲。嫉妬。憤怒。暴食。怠惰。

 

 そして、色欲。

 

「だからこそ見落とした。もとより存在しない生殖欲求を、更に切り捨てたが故に、そこに記されている暗号すら読み解けずにこの日を迎えることとなった」

 

 彼が視線を向ける先には研究用らしい巨大なテーブルと、そこに散りばめられた数々の薄い本が鎮座していた。

 【むちむち錬禁術師ライザ】と【変態錬禁術師ティムコー】。

 アメストリスのベストセラーはこんな場所をも侵食していた。

 

 もはや絶句である。

 いや、まさか。まさかそんなことある?

 そう思いつつも、ホーエンハイムは疑問の声を上げることを止められなかった。

 

「なぁ、まさかとは思うけど。……失敗したのか、お前……あのエロ本のせいで……?」

「…………認めがたいが、もはや何もかも間に合わん」

 

 暗号の解読を名目として集めた国家錬金術師はもはやセントラルに留まっていない。

 神出鬼没の傷の男が人柱候補たちを狩り続けているのだ。

 残りの者達も護衛を振り切り地方へと去ってしまった。

 

 軍属の者たちも本の著者の足取りを追ってしまい、帰還命令も届かない。

 残り数少ない裏側を知る術者も何の隠蔽もないただのエロ本だとのたまった挙句、解説本などという無駄な代物を仕上げてくる始末。

 

 最重要事項である人柱候補確保のため進めていた量産計画も悉く失敗し、一度たりとも成功の報は届かなかった。

 

 更に中央政府上層部を切り捨てたことでブリッグズの抑えが利かなくなった。

 北部での埋め立て工事は留まるところを知らず、大規模な断線が起きていた場所も一箇所や二箇所ではない。

 現地まで出向いて補修を行い監視も置いたが、循環を司る円にムラが発生したことは少なからず術に影響を及ぼすだろう。

 

 フラスコの中の小人の真の目的である、神を引き摺り下ろすなどということは、どう足掻いても不可能と化していた。

 

「……私は、一体何を失敗したのだ?」

 

 数百年に亘る計画がエロ本事業で台無しになったと言う事実を、彼は嚥下することが出来ずにいた。

 

「お前さ、フラスコの中に居た頃から人間を見下してたよな。だけどそもそもからして人間ってモンを見誤ってるんだよ」

「何?」

 

 それに対し、ホーエンハイムは明確な答えを獲得していた。

 

 彼は無理やりに与えられた永き年月を、それでも人間として生き抜いてきた。

 人を愛し、子を育て、遺されることを知っていながらそれでも人に寄り添い続けた。

 

「矮小な人間にゃお前のことを理解できるヤツなんかいないのかもしれないけど、逆にお前だって人間のことを理解した気になってるだけだ。エロ本で竜骨を叩き折る作家が生まれてくることなんて想定してなかったんだろう?……いや俺だってそんなん予想出来なかったけど」

「……そうか…………そうだな」

 

 上振れも下振れも激しいのが人間という生物であると。

 優秀な人間が育つことを待っていた彼らは、ちょっと信じられないくらいアホなことをしでかす輩も生まれ得ることを見逃していたのだと。

 

 あまりにもヒドい現実を突きつけられたフラスコの中の小人の姿は心なしか小さく見えた。

 

「計画を立てるときは相手の思考レベルも計算に入れる必要がある。……人間に対する理解が足りなかった時点で、お前の計画は破綻してたんだよ」

「……そのようだ。次の参考にさせてもらうとしよう」

「…………次?」

 

 

 そして、ドクンと、大地が脈動する。

 

 

「なっ……!?」

「私にとっても有意義な問答だった。……時は来た」

 

 ドクン、ドクンと。

 まるで心臓が鼓動するかのように。

 

「お前は次も邪魔をしに現れるだろう。詳細は語らん。だが、この光景はかつてお前自身もその目で見たはずだ」

「おまっ……失敗したってのは嘘かよ!?」

「事実だ。こんなものは副産物に過ぎん。……またイチからやり直しだが、リソースは頂いていく」

 

 それは、アメストリス全てを薪にする超大規模術式。

 国土練成陣による、賢者の石の練成が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「へぇ、中心はそこかい」

 

 そして、飛び込む影がひとつ。

 漆黒の鎧に身を包んだ偉丈夫が、フラスコの中の小人を後ろから貫いた。

 

 

「いいや、お前が現れることだけは理解していた」

「っ!?腕が抜けねぇ!?」

 

 その身体はひとつに沈みこむ。

 失われた強欲を、この策を巡らせた大罪をその身に宿す為に。

 

「真の中心は、ここだ」

 

 陣が起動する。

 魂が集積される。

 

 

 そこには予想だにしない意味不明な連中も含まれていることを、彼はまだ知らない。

 




・補足
 【神を引き摺り下ろす術式】と【賢者の石を精製する術式】は別物です。
 人柱が不在なため前者は出来ませんが、国土練成陣は無事なので後者は実行可能な状況です。

 あと、お父様はグリードがエロ本をばら撒いたと思ってます。
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