095 ラスト
「私がもっと【色欲】に塗れていれば、お父様の計画は成功していたのかしら?」
セントラルの地下、主のいなくなった玉座を見つめながら、妖艶な美女はそう零した。
彼女の名はラスト。
色欲を冠する、人造人間。
十人居れば十人が振り向くような美貌。
だがその容貌は実に真っ当な人としての美しさであり、とてもではないがライザに感じるエッッッッッとかいうものではない。
「どうだろうな。本の発見は早まっただろうが、それが有意なものであると認識できるかは別問題だろう」
言葉を返すのはこの国の表側を纏め上げる独裁者、キング・ブラッドレイ。
またの名を、憤怒のラース。
彼の言い分も間違っていない。
そもそも大流行のエロ本を暴露本だとかのたまう方がどうかしているのである。
彼らは人造人間。錬金術の秘奥、ホムンクルス。
アメストリス建国のときからこの国を操ってきた存在。
そして、今このときに至っては敗北者と呼べるだろう。
彼らが父と崇める存在はもう居ない。
数百年かけて準備を整えた計画すら不発に終わった。
これを敗北とせずにどう呼べばいいというのか。
彼らの命こそ残ってはいる。
だが、そもそもからしてホムンクルスたちはお父様の計画のために造られた存在に過ぎない。
全てが計画通りに進んでいれば、あるいはその命すら消費されていた可能性すらあるのだから。
「ラース、貴方はこれからどうするのかしら?」
既に目標は失われ、敷かれたレールは終着駅を迎えている。
彼女に命を、指針を与えた父も既に亡く。
ここから先、どうすればいいのかラストには分からなかった。
「ふむ、ひとまずは現状を軟着陸させるのに腐心することになるだろう。王であれと育てられたのでな、途中で放り出すのは性に合わん」
ラースは、キング・ブラッドレイという人として生きてきた弟分は、先を見失ってはいないのだろう。
エンヴィーは戻ってこない。アレがそう簡単にやられるとは思えないが、現状を見るに生きているとは考えない方がよいかもしれない。
スロウスは寝ている。必要がなければこの先ずっと怠惰を貪るのであろう。
「プライドはどう?荒れていたとは聞いたけれど」
「少々荒れていたが、なに、子供の癇癪を受け止めるのも親の役目だろう。年甲斐もなく親子喧嘩などしてしまったよ」
セリムは聞き分けの良い子だったからなと、ラースは皮肉気に苦笑する。
あるいは、長兄もまた、人間として歩むことを許容したのだろうか。
「グラトニー。貴方はどうしたい?何か、やりたいことはあるかしら?」
「おで?おではラストといっしょがいい」
暴食を冠するふとっちょな男は、子供のような笑みを浮かべながら食欲よりも自身と共にあることが望みだとにこやかに告げる。
そして、自分は何がしたいというのだろうか。
グラトニーの頭を撫でながら、彼女は静かに自問する。
「そうね……旅にでも出ようかしら。百年以上生きてるのに、外国に出たこともないんですもの」
それはきっと、自分探しの旅とでも呼ぶのだろう。
色欲の名を堂々と告げることは、もうない。だって対抗馬がアレである。
アメストリスの色欲の化身はもはや自分ではないのだ。
国中に自身をモデルにしたエロ本をばら撒くなんて、とても出来ない。
むしろ今から同じことをしたって御株を奪うことなど不可能だろう。
というかぶっちゃけ張り合いたくないし。
「旅券の手配はしておこう。グラトニーの世話も頼もうか、こちらでは少々持て余すのでな」
「えぇ、元気でね、ラース。貴方ももう若くないんだから」
「そちらこそ壮健でな。君達の命は既に有限だ。それを忘れれば私より先に死ぬやも知れんぞ?」
そうして、彼らは別れを告げる。
無論、軍事的侵略を元に拡大してきたツケはいたるところに残っている。
国境線での血みどろの小競り合いも、早々終わるものではない。
だが、アメストリスそのものを利用する悍ましい計画は最後の最後で失敗した。
故に、この国を作り上げ、発展させたという結果だけが残る。
錬金術大国アメストリスを築き上げた人造人間たちは、最後まで表舞台に顔を見せることなく、歴史から姿を消したのだった。
だが決して忘れてはならない。
今はまだ肖像権という概念すら希薄な時代。
妖艶な美女とハゲたデブのおっさんという組み合わせがどれだけ人々の妄想を掻き立てるのかを。