ただし賢者の石は尻から出る   作:こまつな

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096 シェスカ

 シェスカは現在、無職だった。

 

 元々彼女は国立中央図書館に勤務していた。

 しかし、本の虫とまで噂されるほどの活字中毒であり、仕事を放り出して読書に没頭する彼女に送られたのは解雇通知だけであったのだ。

 

 そして国立図書館が火災に見舞われることもなければ、そこに文書を探しに来た国家錬金術師が訪ねてくることなどもなく。

 貯金を切り崩しながら、病気の母も病院に通わせなければならない。

 

 本を読むこと以外に取り得のない自分に、何が出来るのか。

 無力感に苛まれながらもページを捲る手を止めることはできず、気付けば今日も夕日が沈んでいる。

 

 そんなある日、彼女の人生を変える出来事が起きた。

 山積みの本が崩れ、下敷きになったのだ。

 

 入院中の母は病院から帰ることなく、インドア派なために近所付き合いも薄く。

 仕事にも就いていないため、姿が見えないことを不審がる相手もなく。

 

 物理的に身動きが取れないまま、彼女の意識は薄れていく。

 あるいはそれは、ひとつの臨死体験だったのだろうか。

 本の国を旅する不思議な物語を、夢の中で体験したのだった。

 

 

 彼女が目を覚ましたのは病院だった。

 母には盛大に泣かれ、自身でも無事だったことに安堵を浮かべた。

 

 それと同時に、夢の事も思い浮かべる。

 

 彼女にはひとつ特技があった。

 それは読んだ本の内容を全て覚えている、というもの。

 だが、あの時見た夢は、見たこともない、彼女の知らない物語であった。

 

 だとするのなら、あのお話は、一体どこから出てきたものだったのか。

 

 結論を導くのはそんなに難しいことではなかった。

 あれは自分の中から湧き出してきたモノだったのだと。

 

 シェスカは自分で作品を書くことなどと考えたことはなかった。

 いつだって本というのは誰かが書いたもので、書店で、図書館で、他人の描いた世界を追うだけのものだった。

 

 いつまでも無職のままではいられない。

 だったらこれは、自分に与えられた最後のチャンスなのではないだろうか。

 本を読むために生きているような自分が、誰かに読んでもらえる本を書く。

 それは想像するだけでも、夢の広がるような未来予想図だった。

 

 

 病院を退院し、ペンと原稿を用意し、いざ書こうという段階になって、彼女は頭を悩ませることになる。

 それは、この物語を小説として書くのか、漫画として描くのかということ。

 

 小説として書くのは、おそらく問題ないだろう。

 彼女は読んだ本の内容を決して忘れない。

 それは語彙や表現技法をひたすらに溜め込んでいることにも繋がる。

 最初に書く作品というだけあって拙いものにはなってしまうかもしれないが、それでも十分なものには仕上がることだろう。

 

 では漫画として描くのはどうか。

 アメストリスで一番売れている女性作家の作品というのはライザのエロ本である。ライザのエロ本なのである。

 不本意ではあるが図書館勤務時代に寄贈されてきた件の書物に目を通したこともある。

 なんなら本人が寄贈する瞬間にも立ち会ったというか手続きをこなした経験さえある。

 

 おそらく自分には描けるだろう。

 実際に夢の中で旅をした経験を描くのだ。

 見てきたように、その瞬間を切り取り紙面に納めることだって出来るだろう。

 

 そして何よりも、彼女は一度読んだ本の内容を決して忘れない。

 そう、彼女はかつて読んだことのある【むちむち錬禁術師ライザとえっちな錬禁術】も【むちむち錬禁術師ライザとえっちな個人授業】も、【変態錬禁術師ティムコー ~ネコミミ少女のつくりかた~】でさえ、その絵柄や構図の仔細までもを鮮明に記憶している。

 

 更に言えば、今のアメストリスでは全国的に漫画家が募集されており、小説よりそちらの方がはるかに間口が広いのだ。

 

 

 彼女は岐路に立たされていた。

 

 ひとつは作家となる道。

 彼女が今まで読み連ねてきた数々の作品たちのひとつとして、物語を世に出す道。

 ひとつは漫画家となる道。

 成り行きで読んでしまったエロ本を脳内で幾度となくお手本にして、物語を世に出す道。

 

 

 そして、アメストリスにはライザに続くベストセラーが生まれた。

 【本の国のシェスカ】と銘打たれた名作は、子供にだって簡単に読める素晴らしい作品として人々に愛されたという。

 




・補足
シェスカはDrマルコーの料理研究書を挿絵も含めて完全に複製しています。
なので絵心は十分に持ち合わせていることでしょう。
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