アメストリスの中枢。
中央政府の地下にソレはあった。
逆さ吊りにされた無数のヒトガタ。
ひとつしかない瞳を閉じたまま、肋骨の浮き出た真っ白な肌を持つ人形が、鈴生りにぶら下がっている。
そこに繋がる無数の管は既に破損し、中に納められていた命の輝きもまた、この場には残されていない。
上層部のために用意された悪趣味な玩具は、起動することすらなく朽ちるのを待つばかりとなっていた。
「ひぃぃ……なんなんだよこの部屋……!」
「人形、か?マルコーが語っていた兵器と云うのは、まさか……」
あまりにも異質な空間に辿り着いたのは成り行きで行動を共にしている三人の人間。
ちょび髭の小悪党と額に傷のあるイシュヴァールの武僧、そして小柄な異国の少女。
「上の筒が壊されてますシ、動き出す前に無力化されたんじゃないでしょうカ?」
こんな代物がどのように稼動するのかは定かではないが、何者かが意図を持って破壊して行ったようにも見受けられる。
彼女たちがこの部屋に辿り着いたのはある種の偶然だ。
セントラルで暴れすぎた故に追い詰められ、地面を破壊して逃亡。
そして地の下に存在していた通路を駆け抜けた先にあったのがこの場所である。
故に現在位置がどこに当たるかも正確には把握しておらず、厳重になった警備を考えると迂闊に地上にも出られない。
軍の暗部が中枢の一端だと考えていた、表に出すことの出来ない研究成果。
されど真の黒幕たちにとっては目晦ましに過ぎない雑多な代物。
「……ッ!奥から何か来まス!」
その一言で一行は即座に臨戦態勢を整える。
傷の男が鋭い眼差しを薄暗い通路に向け、メイ・チャンはその後ろから鋲を構え、ヨキは悲鳴を抑えながら速やかに物陰に身を隠した。
程なくして、シン国特有の気配察知が捉えた何者かが、悪趣味な製作物を見上げながら無用心に姿を現した。
「……あん?あー何だ、テメェらも侵入者か?」
それは金髪の偉丈夫だった。
アメストリスでは見られない、砂漠の民のような衣装を羽織った男。
「……何なんですカ、貴方は……ッ!」
そして、メイがその異質さに声を上げるほどに、夥しい命の気配を携えた怪人。
「俺様はグリード。ま、こっちも侵入者側で、一仕事終えて帰るところだ。邪魔しねぇってんならお互い見なかったことにしようぜ?」
男は軽薄に笑みを浮かべながら、こちらのことなど歯牙にもかけずにずかずかと距離を詰めてくる。
その言葉が真実であるのなら、このまま見送れば相手は立ち去ってしまうのだろう。
しかしながら、この部屋には容易にすれ違えるほど広い通路など存在しない。
そしてメイ自身がアメストリスに入ってからずっと感じていた違和感、それをどこまでも拡大したような異様な気配が、目の前の人物から立ち上っている。
「待ってくださイ!」
だからこそ、呼び止める。
彼女達は中央に集まった国家錬金術師を幾度となく襲撃している。
既に一宿一飯の恩では済ませられないほどに深入りしてしまった。
軍とて愚かではない。
国外への脱出まで考えれば、もうこの国で活動できる時間はほとんど残されていないだろう。
故に。
「私は賢者の石を求めてこの国に来ましタ!何か知っていることがあれば教えてくださイ!」
目の前の男が何を目的としてこんな得体の知れない場所にまで忍び込んだのか。
それを見なかったことにするわけにはいかなかったのだ。
「へぇ、いいねぇ。目の付け所も悪くない。そういう意志の強い奴は嫌いじゃないぜ?」
彼はにやりと笑い、懐に手を入れ小瓶を取り出した。
粘着質な赤い液体の込められた、小瓶を。
「現物ならここにある」
「くださイ!」
「おうおう思い切りがいいじゃねえか!ますます気に入った!」
ゲラゲラと笑いながら、もはや敵意も感じられないほどに男は気安く近づいてくる。
もはやこちらが反撃をすることなど頭にもないのだろう。
「だがタダって訳にはいかねえな。……よし、俺の子分になれ。ちょうど不完全燃焼だったんだ、戦利品が多いに越したことはねえ」
その言葉に、メイは返答を詰まらせる。
彼女は末端とはいえシン国の王家に連なる者、更には一族の命運を背負ってこの地を訪れたのだ。
気配といい雰囲気といい、グリードが只者ではないのは間違いない。
存在感から異なる何者かの手に堕ちるというのが何を意味するのか。
何も考えずに結論を出すには、背負っているものがあまりにも重過ぎた。
「子分になりまああぁああぁぁぁぁす!!!」
そこに割り込んできたのは小汚いちょび髭の男だった。
グリードも、傷の男も、メイ・チャンも。
誰もが完全に思考の外に置いていた影の薄いおっさんが超越者の足に縋り付いていた。
「お願いします助けてくださあああぁぁい!おい!お前らだって分かってるだろ!?このままじゃ俺たち、軍に囲まれて蜂の巣にされちまうぞ!?」
この男、存外にしぶとく諦めが悪かった。
同行者達に同意を求めているのは小悪党なりの成長と呼べるのであろう。
恥も外聞もなく靴でも舐めると言わんばかりに上位者に纏わり付く。
この場面で唯一それを実行出来る世紀の小物は全力で尻尾を振っていた。
「くくくっ……がーっはっは!!いやマジかよお前!いいじゃねえか気に入った!」
何かがツボに入ったのか、それともヨキの行動に図太すぎる欲望を見たのか。
意味不明で、荒唐無稽で、場末のチンピラのように全く予想できない行動を取る生き汚さに感じ入るものがあったのか。
「あーくそ、あいつら死んでねえだろうな……。そら、帰るぞチョビ髭。他の二人も、まあついでだ。包囲を抜けるまでは面倒見てやるよ」
男の表皮に光が走る。
それは錬金術を嗜んでいる者ならば覚えのある、練成反応の光だ。
「ちょっとブ男になっちまうが、顔も変わってっからな。この顔で出てった方があいつらも分かりやすいだろ」
あまりに異質な光景を呆然と見送る三人に、全身に漆黒の鎧を纏ったグリードは声をかける。
「俺は嘘は言わねえ主義だ。さっさと帰って酒盛りと洒落込もうじゃねえか!」
この地に結局、神が舞い降りることはなかったが。
何一つ取りこぼさなかった強欲な男は、案外いるものなのだろう。