孤独のグルメ×ポケットモンスター

* * *

個人で輸入雑貨商を営む男・"井之頭 五郎"。関東、上都、富縁、そして深奥。様々な街を訪れてはひとり、ふと立ち寄った店で食事をする。そこで、まさに言葉に表現できないようなグルメたちに出会うのであった…。

出張先のリゾートエリアで商談を終えた五郎は、ふらりと足を運んだ街の一角で見かけた寿司屋の暖簾をくぐる。そこで目にしたメニュー札は、「コイキングの活け造り」。固くて不味いと噂のコイキングだが、実際のお味は……?

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ヤマもオチもありません。


孤独のポケモングルメ「リゾートエリア コイキングの活け造り」

「それにしても腹が減ったな……」

 

交通の乱れが痛かった。幸か不幸か、取引相手も共にそれに巻き込まれていたために機嫌を損ねることは無かったが。しかし、時刻はもう3時。昼食抜きでは流石にきつい。

 

「どこか上手い飯屋でもないものか」

 

通りを見回してみるが、リゾートエリアは流石保養地というのか、高級志向の店構えが多い。

 

(いや、待てよ……)

リゾートエリア・ステーションの向こう側は、開発以前の町並みが残っているという。そちらなら、多少なりともリーズナブルな店もあるんじゃないか? そう考え、足早に駅の高架を越え、少し散策してみることにした。

腹は減っているが焦っちゃあいかん。こういう時こそじっくりとだ。俺は焦らない男だからな。

 

しばらく歩いていると、ふと一軒の店子が目に入った。

 

"鮓:龍王"

 

「ほう、スシか。久しぶりに食べてもいいかもしれない」

 

店の名前に掲げているのが"鮓"というのも独特で味がある。これは期待できるぞ。そう一人ごちて、鮮やかに白文字が躍る藍色の暖簾を掻き分け、小ぢんまりとした店に足を踏み入れる。中は、カウンター席のみだった。それもかなり狭い。昼時を過ぎているからか、他に客は誰も居なかった。

 

「……いらっしゃい」

 

店主と思しき男が無愛想に声をかけてくる。店内には香ばしい香りが漂っていた。どうやら、寿司を握るための酢の香りらしい。思わず俺の喉がゴクリと鳴った。

 

「注文は?」

 

ぶっきらぼうな口調だが、不思議と不快感は無い。むしろその寡黙さから来る落ち着きが、この店全体の雰囲気を醸し出しているようにさえ思えた。

 

壁に吊るされた札に目を向けると、一般的なネタが並ぶ中、一際目を引く真っ赤な札が目に留まった。うん、なんだ?

 

「コイキングの活け造り……?」

 

コイキングというと、あれだろうか。最弱のポケモンとしてある意味で名高いあの赤いアレ……。

 

「あいよ」

 

おいおいおいおい。俺はまだ注文するなんて言っていないぞ。俺の呟きを注文だと判断したのか、それとも俺が視線を外さないことで察したのか、店主は短く答えると準備に取り掛かってしまった。こうなってしまっては仕方ない。覚悟を決めようじゃないか。俺は腹を括ると、静かにその時を待った。

 

程なくして目の前に置かれた皿に盛られたそれは、想像していたよりも幾分か生々しい見た目をしていた。身の表面を覆う透明な脂膜の下に見える筋繊維のうねりや、ヒレの僅かな痙攣などが実にリアルである。

恐る恐る箸を取り、そっと口に運ぶ。くにゃりとした食感と共に口に広がる独特の風味。なるほど、悪くない。噂には、締まらない身と泥臭さで食えたもんじゃないとか聞いたことがあったが、噂は噂に過ぎないということだろうか。

 

「どうだい、旦那」

 

黙々と食べ進めていると、いつの間にか横に立っていた店主が声をかけてきた。食事中に話しかけてくるなど食を仕事にしている人間のすることじゃないな、と正直むっとした。しかしその表情からは心なしか、俺を気遣うような雰囲気が感じられたし、新鮮な驚きに出会ったこともあり、気付けば言葉を返していた。

 

「ああ、うまいな」

 

「そうかい、そいつは良かった」

 

店主は無愛想な顰め面を歪めて笑う。なんだか少し気恥ずかしくなって、俺はまた黙って皿の上に集中した。

 

* * *

 

最後の一切れを口に運び、ゆっくりと咀嚼して飲み下す。久方ぶりのまともな食事に、胃だけでなく心まで満たされていくようだった。最後に熱い緑茶を飲み干し、一息つく。

店を一目見たときはすっかりスシの気分だったが、なんだか今日はこれだけで満足してしまったぞ。

 

「本当に美味かったよ。しかし、コイキングというと固くて不味いという話を聞いていたが……、こんなに良いものだったとは」

 

「そいつは間違っちゃあいないよ、旦那。ここらのコイキングは特別なんだ。今じゃあすっかり開発されちまって面影もないが、駅向こうの湖で育ったコイキングは、特にね」

 

何でもリゾートエリアの湖には巨大な「ヌシ」がいて、それに触発されてか、高レベルに鍛えられたコイキングが釣れるのだとか。なるほど、それであんなに美味いというわけか。納得した。

 

会計を済ませ、店の外に出る。太陽は既に傾き始めており、辺りは夕日の色に包まれていた。

 

「さて、腹も膨れたし、のんびり帰るとするかあ」

 

大きく伸びをして、駅の改札へ向けて歩き出す。旨いものを食べたからか、鉄道遅延に巻き込まれた疲れはどこかへ消え、知らず知らずに足取りはずっと軽くなっていた。

 

 

明日からもまた、忙しくなりそうだ。




ポケモン評論家クズモー・マサヨシがお店を訪れる、ふらっとKUZUMOのお時間ですー!
「へえ、ここがあの龍王!」「ゴローちゃんはですね、このお店の代名詞ともいえるコイキングを注文していたわけなんですけどもね」「ボクはこれ、ハンテールのかぶと煮がずっと気になっていたんですよ!」

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