僕はサントリアの町を歩き、西側の駅馬車乗り場へ向かう。歩いていて気付いたけど、この町の建物はハーミルやラドンに比べて低い物が多いようだ。それに住宅と呼べるような家がほとんど無い。宿や飲食店、それに旅用品を売る店ばかりなのだ。標高が高いから暮らしにくいのだろうか。この町自体が中継地点であることも理由のひとつなのかもしれない。
ミロードの町へはまた馬車での移動となる。ルミナさんに教わった情報では、ここから便が2つに分かれるはずだ。ひとつはドルムバーグへと向かう路線。もうひとつはミロードへと向かう路線だ。僕が向かうべきは後者のミロード。そこに文月学園の制服を着た誰かがいるはずだ。
町中を歩き、僕はミロード行きの駅馬車乗り場へと向かう。道の各所には案内板が立てられていて、乗り場への道が示されている。東西の中継となる町だから僕のような乗り換え客も多いのだろう。おかげで特に迷うこともなく順調に道を進んでいた。ところが町の中央と思われる大通りに差し掛かったところで思わぬものに遭遇した。
「な、なんだよこれ……」
僕は愕然とした。道のど真ん中に高い柵が立てられ、封鎖されていたのだ。柵の高さはおよそ15、6メートル。ルミナさんから東西が喧嘩中であることは聞いていたけど、まさかここまでとは……。でも良く見ると柵の下の方には扉が付いているようだ。その前には銀色の全身鎧を纏い、槍を手にした4人の兵士の姿がある。どうやら完全に行き来ができないわけではなさそうだ。
……事情を説明すれば通してくれるかもしれない。そう思った僕は早速彼らの元へと向かった。
「あの、すみません。ここを通りたいんですけど」
「見てのとおりここは閉鎖中だ。
兵士のうちの1人に話しかけると、こんな風に冷たくあしらわれてしまった。だからと言って「はいそうですか」と引き下がるわけにはいかない!
「この先の町にとっても大事な用があるんです! お願いします! 通してください!」
「どんな理由があろうとも通せん!」
「くっ……そう言われても僕は行かなくちゃいけないんだ! お願いしますよ!」
「ダメだと言ったらダメだ!」
「向こうで僕の仲間が待ってるんだよ!」
「知ったことか!」
「薄情者!」
「情に訴えたところで返答は変わらん!」
「そもそもなんで閉鎖なんかしてるのさ! 他の人だって迷惑してるじゃないか!」
「我らとて迷惑を掛けようとしてやっているわけではない!」
「ならここを開けてよ! 迷惑だって分かってるんでしょ!?」
「仕事でやっているのだからそうはいかんのだ!」
「じゃあいつになったら開けてくれるのさ!」
「知らぬわ!」
「そんな無責任な!」
「――――!」
「――!」
………………
…………
……
「「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」」
押し問答を繰り広げた末、僕たちはお互いに肩で息をするほど疲弊してしまった。くそっ、強情だな……。
「そ、そんなに通りたいのなら……ぜぇ、ぜぇ……で、殿下の許可を……はぁ、はぁ……も、貰ってこい……」
「で、殿下? ぜぇ、ぜぇ……」
「そうだ。我々は殿下の命令でここを守っている。殿下の許可証を持ってくれば通してやろう」
「殿下って誰?」
「……貴様、この国の者ではないな? 殿下といえばライナス殿下に決まっておろう」
「ライナス?」
はて。どこかで聞いたような……。ライナス……ライナス……? あ!
「そうか! ライナス王子か!」
「そのとおりだ。もっとも貴様のような異国の者に殿下が許可を下ろすとは思えんがな」
「そんなの聞いてみなくちゃ分かんないさ」
「は? 貴様今なんと言った?」
「? 聞いてみないと分からないって言ったんだけど?」
僕が答えると4人の兵士は「はぁ?」と口を揃えて言い、ゲラゲラと笑い出した。
「おいおい、このボウズ本気で言ってるみたいだぜ?」
「とんだ世間知らずもいたものだな」
「簡単に殿下に会えると思ってるなんて、ある意味幸せだよなぁ!」
4人の男たちがバカにしたように大口を開けて笑う。なんて失礼な人たちだ。いくら僕が世間知らずだからってそんなに笑うことないじゃないか。
「じゃあ確認ですけど、本当に許可証を貰ってくれば通してくれるんですね?」
「あぁ、”貰えれば”の話だがな」
「分かりました。じゃあ貰ってきます!」
「おう! 殿下によろしく伝えておいてくれよな! ハッハッハッ!」
僕は笑い続ける彼らの元を去り、東側の駅馬車乗り場へと走る。そうやって大笑いしているがいいさ。ライナス王子がどんな人か知らないけど、きっと事情を話せば分かってくれる。許可証を貰ってあの人たちを見返してやるんだ! 僕はそう心に誓い、サントリアの町を疾走した。
そして乗り場に着くと、ちょうど馬車が出るところだった。幸いなことに先程魔石を売って得たお金がある。僕は代金を支払い、馬車に飛び乗った。目指すは東の王都ドルムバーグ。許可証を貰うために!
☆
今度は何事もなく、馬車はドルムバーグに到着。ハーミルからサントリア間ではとんでもないトラブルに巻き込まれたが、本来これが普通の馬車旅なのだろう。
「うぅ……いってて……」
ただ、3時間ほど乗っていたので尻が痛い。まるで百叩きの刑に処せられたような気分だ。
「みんなよく平気な顔して座ってられるな……」
尻を
馬車が何台も行き交い、鎧姿の男たちの走る姿も見受けられる。その誰もが足早に駆け抜けて行き、表情も硬い。何かあったんだろうか?
「あの、すみません。何かあったんですか?」
気になった僕は足早に通り過ぎようとする男の人を捕まえて尋ねてみた。
(……知らないのなら教えてやる。早くこの町を出たほうがいい)
「は? なんで?」
(シッ! 大声を出すな! 悪いことは言わん。すぐに町を出ろ。いいな!)
男の人は小声でそれだけ言うと、ササッと行ってしまった。
「あ! ちょっと!」
何なんだよ、もう……。早く出たほうがいい? どういうことなんだろう。
!
そうか! あの行商のおじさんが言っていた話!
―――― 戦争が始まるらしいんですよ ――――
あの話は本当だったんだ! 大変だ! 急がないと許可証どころの話じゃなくなっちゃうぞ!?
…………
えっと……どこに行けばいいんだっけ? えぇと、えーと、王子の許可証っていうのだから王子の所に行けばいいわけで……。じゃあ王子がどこにいるかと言うと……。
僕は顔を上げて町をざっと見渡す。通りに沿って並ぶ石造りの家。それを追いながらやや上に目を向ければ、同じような三角形の屋根が並ぶ。そしてその合間に唐突に現れる巨大な建物。周囲の建物と比べても桁違いに大きい。どう見てもあれは町の主要施設だ。あれだ! きっとあれが王子のいる城だ! そう直感した僕はあの城に向かって走り出した。
――そして走ること約20分。
例の城が正面に見える広い道に出ると、入り口に大きな門が設置されているのが見えた。その前には黒っぽい鎧を着た兵士が2人いる。彼らは槍を手にし、門の前に立ったままピクリとも動かない。あの様子からして城の警備担当の人だろう。よし、あの人たちに交渉だ!
「すみません。ライナス王子にお会いしたいんですけど」
「殿下は今忙しいのだ。誰にも会わんと仰っている」
ここでも門前払いか。でも今度こそ引き下がるわけにはいかない!
「そこをなんとかお願いします!」
「ならんならん!」
「僕の未来が掛かってるんです!」
「こちらも国の未来が掛かっているのだ!」
国の未来? 国の未来を左右するような事態といえば、やはり戦争だろうか。くそっ、こんな時に……!
「お前1人の未来と国の未来、どちらが重要か言わずとも分かるであろう?」
「ぐ……でも僕だって大切な仲間の命が掛かってるんだ! 少し会うだけでいいんです! なんとかお願いします!」
「ダメだと言ったらダメだ!」
「こ、この……わからず屋ぁぁーーっ!!」
言葉で言っても無駄だと感じた僕は強引に突破を図る。
「こら! 勝手に入るんじゃない!」
しかしすぐに兵士に捕えられ、僕は地面に押さえつけられてしまった。
「くそっ! 放せ! 放せってば!」
さすがに大人の力は強い。
「大人しくしろ! 怪しいやつめ!」
「おい、どうする? 殿下に報告するか?」
「いや。殿下のお手を煩わせることもあるまい。牢にぶち込んでおけばよかろう」
!
「そうは……行くかぁぁーーっっ!
――ドンッ!
激しい爆音。腹の底にズンと来る重い響きだった。気付くと僕の身体は光の柱に包まれていた。
「……こ、これは!」
足の下にはいつもの幾何学模様が浮かび上がっている。これは召喚獣を呼び出す時の模様! 驚きながらこの様子を見ていると、パァッと服が光り輝き、みるみる変化していった。赤いインナーシャツに黒い改造学ラン。間違い無い。僕の召喚獣の衣装だ。そして木刀が左手に差し込まれるように現れると、光の柱はフッと消えてしまった。
残ったのは召喚獣の装備を装着した自分の姿。少し離れた所では2人の兵士が尻もちをつき、目を丸くしてポカンと口を開けていた。
「で、できた……! 召喚獣を装着できた!」
自分の姿を見て大喜びする僕。まさに変身ヒーローになった気分だった。
「お、おのれぇぇ! 抵抗するか!」
「反逆罪で貴様を逮捕する!」
正気を取り戻した2人の兵士が掴み掛かってくる。だがその動きはとても遅く感じた。これは魔獣と戦った時も起きていた現象だ。これもきっと召喚獣を装着した力なのだろう。
「よっ、と」
僕は2人の突進を軽く避ける。そしてそのうちの1人の腕を掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばした。
「おりゃぁぁぁっ! ……あ」
一本背負いとは、相手の片腕を掴み、身体を沈めて相手の懐に背を向けて潜り込み、腰のバネを効かせて跳ね上げ、畳に投げ転がすという柔道の技だ。しかしこの時の僕は力の加減が分からず、兵士を力一杯放り投げてしまったのだった。
――ドガァァァン!
大きな音を立てて壁にヒビが入った。勢い余って手を放してしまい、兵士の男を石壁に叩きつけてしまったのだ。その兵士は気を失ってしまったようで、仰向けに倒れると動かなくなってしまった。
「あぁぁっ! ごごごごめんなさいっ! わざとじゃないんです!」
「き、貴様ぁぁっ! もう許さんぞ!!」
もう1人の兵士が槍を手に取り、チャキッと僕の目の前に突きつける。
「ぐ……」
さすがに刃物を突きつけられては堪らない。僕は両手を上げて無抵抗の意思を示した。
既に1人を投げ飛ばしてしまったから今さら冷静に話をすることもできないだろう。どうしよう、この状況……。いっそこの人も投げ飛ばして中に入るか? でもそんなことをしたら完全に不法侵入だよね。う~ん……こんな時に雄二なら上手い具合に言いくるめてくれるんだけど……。
「さぁ観念しろ! その装備を外せ!」
「えっ? は、外せって言われても外し方なんて知らないし……」
「ゴチャゴチャ言っとらんでさっさと外せ!」
「いや、だから外し方が分からないんですってば!」
「抵抗すると容赦せんぞ!」
「人の話を聞いてよ! 外し方が分かんないだって言ってるじゃないか!」
どうも兵士の男に話が通じない。と思ったら、槍を持つ彼の手が僅かに震えていた。顔も青ざめていて、何かに怯えているようにも見える。もしかして兵士を投げ飛ばした僕の力を見て恐れているんだろうか。
「何を騒いでおるか!!」
そんなことを考えていたら背後から怒鳴り声が聞こえた。驚いて振り向くと、門の中に1人の少年が立っているのが見えた。
茶色い髪を肩まで伸ばしたおかっぱ頭。
キッと睨みつける青い瞳。
年は僕と同じくらいだろうか。彼は6人もの兵士を従え、凛とした表情でこちらを見つめていた。
「こっ、これは大変失礼しました!」
先程まで槍を突きつけていた兵士が突然膝を突き、登場した少年に向かって深々と頭を下げる。もしかして彼も王子の関係者なのだろうか。それなら話は早い!
「ねぇ君! 王子に会わせてくれないか! 僕はどうしてもサントリアを抜けなくちゃいけないんだ!」
僕は同級生のような彼に願う。しかし、
「断る」
彼は僕の願いを冷たく断った。
「なっ……! なんでさ!」
「貴様、無礼な奴じゃな」
「こら貴様! 無礼であるぞ! この
「ふぇ? 捜してるって……えぇっ!? そ、それじゃ君が王子様!?」
門番の兵士に少年の素性を知らされ、僕は驚く。
「いかにも。余が第一王子、ライナスじゃ」
秀吉のような爺言葉で話す少年。どうやら本当に彼が王子らしい。
「ちょうど良かった! 君に頼みがあるんだ!」
興奮した僕は思わず友達のように接してしまった。そんな僕の頭を兵士は押さえつけ、無理やり頭を下げさせる。
「貴様ぁっ! 無礼だと言っておろう!」
「何するんだよ! 僕は王子に頼んでるんだ! 邪魔しないでくれよ!」
「おい貴様。なぜサントリアを通りたいのじゃ。申してみよ」
王子は僕の話を聞いてくれるみたいだ。よし、やっとまともに話ができるぞ!
「実は僕の仲間がミロードっていう町で待っているんだ。きっと困っていると思う。だから急いで行かなくちゃいけないんだ!」
「仲間のためと申すか」
「そうだよ!」
「ふむ……」
「それでサントリアを通ろうと思ったんだけど、柵が立てられて閉鎖してたんだ。それでそこにいた兵士の人と話したら、王子の許可証を持ってこいって言うんだ。だから頼むよ」
「なるほどな」
王子は自らの顎をしゃくりながら僕をじっと見つめ、何かを考えているようだった。そしてしばらくしてニヤリと不敵な笑みを浮かべると、
「いいだろう」
と言った。
「ほ、ほんとに!?」
思わぬ収穫に僕は歓喜する。よし! これでサントリアのあの兵士たちを見返せるぞ!
「殿下! このような者によろしいのですか!?」
「この者は我らが城に侵入しようとしたのですよ!?」
「そうです! 私もこの者に投げ飛ばされました! これは紛れも無く反逆罪です!」
周りの兵士は慌てた様子で王子を止めにかかる。いつの間にか先程投げ飛ばした兵士の人も目を覚ましていたようだ。だが王子はそんな彼らの言葉を一蹴した。
「えぇい! やかましい! 余が構わぬと言っておるのじゃ! 貴様らこそ反逆罪に問われたいか!」
この一喝で周囲は一気にシンと静まり返る。そして王子は「フン」と鼻息を吐くと、地面に押さえつけられる僕に向かって、
「ただし条件がある」
と付け加えた。
「条件?」
「うむ。実は、我々は2日後にある勢力を討伐する。恐らく奴らは激しく抵抗するであろう。そこでお前には我が軍の前衛部隊に入ってもらう」
「ぜ、前衛部隊!?」
それって戦争の最前線で戦えってこと!?
「どうじゃ。悪くない条件であろう?」
得意げに鼻を鳴らす王子。そんな……戦争に参加しろだなんて……。
「ちょ、ちょっと待ってよ。そもそもなんで戦争なんかするのさ」
「決まっておろう。奴との争いに決着を付けるためだ」
「奴って誰さ」
「……我が弟。リオン」
「お、弟?」
……つまりその戦争ってのは弟と喧嘩するためのものだって言うのか?
「奴も兵を集めておるようでな。こちらも準備万端整えておるが、少しでも事を有利に進めたい」
……サーヤちゃんのお父さんもそんな戦争に巻き込まれたって言うのか?
「先程の貴様の力。見せてもらった。我が軍の兵をいともた易く投げ飛ばしたその力。余が有効に活用してやろうではないか」
……なんでそんなことを……なんでそんなバカげたことを!
「もし良い働きをすれば貴様を正式に余の家来にしてやってもよい。どうじゃ、悪い話ではなかろう?」
――僕の頭の中で何かがプツッと切れた。
「町の人たちが魔獣に苦しんでるっていうのにアンタは何をやってんだよ! 戦争のせいで家族が離れ離れになっちゃってる人だっているんだぞ! 兄弟喧嘩なら本人同士で殴り合えばいいだろ!」
すっかり頭に血が上ってしまった僕は言いたいことをすべて言い放ってしまった。それも喧嘩腰に。当然、その
「こっ……無礼者め! 余に意見するなど百年早いわ! その者を牢に放り込んでおけ!」
「そうは、させるかぁぁーーっ!!」
試獣を装着した今の僕なら兵士になど負けはしない! 押さえつける兵士を振り払い、僕は立ち上がる。だがその時、スゥッと学ランや木刀が消え、僕は元の文月学園の制服姿に戻ってしまった。
「あ、あれ?」
しまった! 時間切れか!?
「大人しくしろ!」
「くっ……」
再び頭を押さえつけられ、僕は無理やり地に伏せられる。こうなっては、もはや観念せざるを得ない。
「フン! 連れていけ!」
「「はっ!」」
結局僕は捕まり、城の地下牢に放り込まれてしまった。最悪の事態だ……。