バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六十五話 いつもの日常へ

 学園を出ると外は真っ暗だった。色とりどりのネオンが輝く夜景。見上げれば夜空は澄み渡り、無数の星が瞬いていた。足下はアスファルトで固められた道路。土むきだしの馬車道などではない。暗い夜道を照らすのも魔石灯の橙色の光ではなく、蛍光灯の白い光だった。

 

 僕たちは帰ってきたんだ。元の世界。僕たちが本来暮らすべき世界に。

 

「この感じ、なんだかとっても懐かしい気がするわね」

「なにしろ1ヶ月ぶりだからね」

「そうね。ウチら1ヶ月も向こうの世界にいたのよね」

「うん。でも全員無事に帰れてよかったよ」

 

 夜道を歩きながら僕はこのことを実感していた。美波、姫路さん、雄二、秀吉、それに霧島さん。いつものメンバー。いつもの帰り道。ムッツリーニがいないけど、大体いつも通りだ。

 

 もし1人でもあの世界に取り残されていたら、こんなにも晴々とした気持ちになれなかっただろう。色々なことがあったけど、こうして皆が揃って帰れたのも全員の協力があってのことだと思っている。

 

「どうしたの瑞希? なんか浮かない顔してるわね」

「あっ……はい……実はお父さんやお母さんにどう言って説明したらいいのかと思って……」

 

 う……そうだよね。1ヶ月も音信不通だったんだ。どんな顔をして帰ればいいのか困るのは当然か。今回の原因を作ったのは僕なんだし、やっぱり僕が皆の家を謝って回るべきなんだろうな。

 

「姫路さん、この後姫路さんの家に行ってもいいかな?」

「ふぇっ!? ど、どどどうしてですか!?」

「そんなに動揺しないでほしいんだけど……ほら、あの世界に飛ばされちゃったのって僕のせいだから姫路さんのご両親に謝ろうと思ってさ」

「あ……そ、そういうことですか……勘違いしちゃいました……」

 

 どういうことだと思ったんだろう。

 

「明久よ。その必要は無いかもしれぬぞ」

「へ? なんでさ」

「ほれ、この時計を見てみるのじゃ」

 

 秀吉は左腕に付けた腕時計を僕に向かって見せた。革製バンドの小さな腕時計。デジタル式のようだ。こうしたアイテムも懐かしく感じる。

 

「可愛い腕時計だね。秀吉にとっても良く似合ってるよ」

「お主は何を言っておるのじゃ……そうではなく、ほれ、時計のカレンダーを見てみるのじゃ」

「カレンダー?」

 

 どれどれ、と僕は再び秀吉の腕時計を覗き込む。1月10日と表示されているようだ。

 

「1月10日がどうかした?」

「お主この日付に何の疑問も抱かぬのか?」

「疑問? なんで?」

「…………」

 

 秀吉が「やれやれ」と言わんばかりに首を横に振っている。僕何かおかしいこと言った??

 

「アキ、木下は日付がおかしいって言いたいみたいよ」

「あぁそういうこと?」

 

 それならそうと言ってくれればいいのに。で、日付がおかしいって? 1月10日の何が――――って、待てよ? 1月10日?

 

「あれれ? ちょっと待って。1月10日?? それっておかしくない?」

「ようやく気付きよったか」

「ウチらって確か1月の始めにあの世界に飛ばされたのよね? あれから1ヶ月も経ってるのにまだ1月ってどう考えてもおかしいわよ。アンタの時計止まってるんじゃないの?」

「いや。間違いなく動いておるぞい」

「そうなの? 変ね……」

 

 僕が例のゲーム(ハンターズフロンティア)を買ったのは1月9日だ。その翌日に学校に持ち込んで遊んでいたのだから、あの世界に迷い込んだのは1月10日に間違いない。もし秀吉の時計が正しい日を示しているのなら、まるで日が経っていないことになる。でもそんなことってあるんだろうか?

 

「……皆、あれを見て」

「翔子? どうしたの?」

「……あの時計台」

 

 霧島さんは道路右側の遠くを指差している。あれは駅の時計台だ。遠くからでも分かるくらいに大きな時計で、夜でも見える電光時計だ。そこには日付も載っていて1月10日と表示されているのが見える。

 

「1月10日……それじゃ私たちがあの世界に行っている間、ぜんぜん時間が経ってなかったってことなんですか?」

「んむ。そう考えるべきじゃろうな。あの世界は召喚獣とゲームが融合した世界じゃ。ゲームでは数分で1日が経過したりするからのう」

「え……ちょ、ちょっと待ってよ秀吉。それじゃ僕たちがあの世界に行ってた間、数時間しか経ってないってこと?」

「そういうことじゃ」

「いや、そういうことって言われても。そんなの信じられないんだけど……」

「仕方あるまい。事実時計が進んでおらぬのじゃからな。それともお主は時計台の時計が嘘をついておるとでも言うのか?」

「う、う~ん……」

 

 秀吉の時計と駅の時計台が同じ日を指している以上、信じるしかない。でも僕たちは確かに1ヶ月という長い期間をあの世界で過ごしてきた。これだけは間違いないんだ。

 

「それじゃお父さんやお母さんに謝らなくてもいいんですか?」

「それはどうじゃろうな。もうすぐ午後9時故、女子がこの時間まで外におれば叱られるやもしれぬな」

「あ……そ、そうですね……」

 

 うん。やはり僕が謝りに行った方がいいな。

 

「姫路さん、やっぱり僕が謝りに行くよ」

「あ、大丈夫ですよ。ちょっと遅くなるとメールしておきますので」

「そう? それならいいんだけど……」

「ありがとうございます明久君。早速メールしますね」

 

 姫路さんは携帯を取り出し、操作しはじめた。そういえば僕の携帯は? ゴソゴソと上着のポケットを探ると……あった。良かった。これでいつもの生活に戻れそうだ。

 

「ところでムッツリーニは大丈夫かな」

「土屋なら西村先生が見てくれるって言ってたわ。だからきっと大丈夫よ」

「あれ? 保険の先生は?」

「とっくに帰ってるわよ」

「そっか。工藤さんは?」

「西村先生に言われて渋々帰ったわよ」

「あ、それで居なかったのか」

 

 しかしムッツリーニも災難だな。やっと帰ってこられたのに即ダウンだなんてさ。それにしても工藤さんに告白されたなんてホントビックリだよ。これでムッツリーニも異端審問会脱退して須川君に追われる立場になるのかな。そうなれば対異端審問会として強力な助っ人になって僕も助かるんだけどな。

 

「それにしても不思議な世界だったわね」

「そうじゃな……ワシはローゼスコートでの一件が印象深いのう」

「私もです。それに私、あの戦いで少し考え方が変わった気がします」

「ほう? どのように変わったのじゃ?」

「私、今まで食材になった動物たちのことを考えたりしたことなんて一度もなかったんです。でも……木下君の言ってくれた言葉で気付いたんです」

「はて。ワシが何か言うたかの?」

「はい、言いましたよ。動物たちの命は血となり、肉となり、私たちの中で生き続けるんだって」

「う~む……記憶にないのう」

「誤魔化してもダメですよ。私はしっかり覚えているんですからね」

「へぇ~、木下もいいこと言うじゃない。アキも少しは見習いなさいよね」

「あははっ! 僕には無理だね! そんな気の利いたこと言えるわけないじゃんか」

「最初から諦めるんじゃないわよ!」

「わわっ! ご、ごごごめん!」

 

 美波が殴りかかってきたので思わず逃げてしまった。すると美波は更に追いかけてきた。

 

「こらアキ! 待ちなさい! 止まらないと怒るわよ!」

「もう怒ってるじゃないか~っ!」

「いいから待ちなさ~いっ!」

 

 秀吉と姫路さんを中心にぐるぐると回る僕と美波。こんなバカをやっている時間は楽しい。そう、ここが僕らの現実世界。ようやくいつもの日常が戻ってきたんだ。僕は走り回りながらそれを実感し、楽しんでいた。

 

「……雄二? どうしたの?」

 

 霧島さんの声で気付いた。そういえばここまで雄二がまったく話に乗ってきていない。それにずいぶん遅れて歩いているようだ。

 

「…………」

 

 雄二は難しい顔をしたまま何も返事をしない。何か問題でもあるんだろうか?

 

「何を考えてるのさ雄二。何か問題でもあった?」

「問題なんかねぇよ」

 

 ぶっきらぼうに答える雄二。こういう受け答えをするのは機嫌が悪い時だ。きっと何か気に入らないことがあったんだろう。

 

「そんな顔をしてるってことは何か腑に落ちないことがあるんだろ? 言ってみろよ」

「…………」

 

 雄二は口をへの字に結んだまま何も言おうとしない。頑固なやつだ。

 

「……気に入らねぇ」

 

 なんて思っていたらあいつは小さく口を開いてボソリと呟いた。

 

「ん? 何が?」

学園長(ババァ)のことだよ」

「学園長が? なんでさ。今回は気持ち悪いくらい協力的だったと思うけど?」

「お前にはそうとしか感じられねぇんだろうな」

 

 何が言いたいんだ。

 

「なんだよ。何が気に入らないのさ」

「お前ら、サンジェスタで最初に学園長と話した時に聞いたよな。”あの島でなければ扉が開かない”と」

「そういえばそんなこと言ってたっけ。確かに聞いたよ」

「ウチも聞いたわ」

「私もです」

「……私も聞いた」

「ワシも覚えておるぞい」

「結局な、あれは嘘だったんだよ」

「へ? 嘘? なんでそんなことが言えるのさ」

「思い出してみろ。さっき教室に入ってきたババァがなんと言った?」

 

 えぇと……確か……。

 

「すぐに帰れ。だよね」

「ちげぇよ。”全部で8人”と言っただろ」

「あぁ、そっちか。確かにそう言ってたね」

「俺たちはムッツリーニを入れて何人だ」

「んーと……7人? あれ?」

「おかしいわね。数が合わないわ」

「そういえばそうですね……」

「……清水さんを入れれば8人」

「あ、そうか。清水さんか。すっかり忘れてた」

 

 と僕が言った瞬間、雄二はハァと大きく溜め息を吐いた。

 

「明久。俺はお前の脳天気が少し羨ましいぜ」

「失礼な。僕のどこが脳天気なのさ」

「自覚が無い辺りが救いようがねぇな。まぁいい。翔子の言う通りだ。清水を入れて8人が正解ってわけだ」

「うん。それがどうかした?」

「つまり学園長は最初から8人があの世界に行っていることを知ってやがったんだ」

 

 何が言いたいのか分からない。じれったいな……。

 

「つまりどういうことなのさ。勿体ぶらずに教えてくれよ」

「めんどくせぇな……いいか、つまりこういうことだ」

 

 雄二は真面目な顔をして話し出した。

 

 まず、学園長の”あの島でなければ扉が開かない”という言葉が嘘だったのだと言う。本当は白金の腕輪を手に入れた時点で帰れたのだと。つまりサンジェスタで通信が繋がった時点で僕たちは帰れたはずだと言うのだ。

 

 仮にそうだとして、なぜその時点で僕たちを元の世界に戻さなかったのか。その理由は清水さんだと雄二は言う。

 

 清水さんは知っての通り、魔人王に体を乗っ取られていた。もしサンジェスタで僕たちが帰ってしまえば清水さんは置き去りだ。そうなればこちらの世界の清水さんは意識の戻らない植物人間状態。学園長自慢の召喚システムでそんな不祥事を起せば、たちまち評判は悪くなる。スポンサーもすべて降りて、学園を維持できなくなってしまうだろうと雄二は言う。

 

 つまり学園長としては、清水さんを含めた僕ら8人を元の世界に帰したい。けれど清水さんは乗っ取られていて意識が無かった。そして外部からは手が出せない状態にあった。唯一の手段が、俺たちを清水さんの元へ向かわせて連れ帰らせることだったというのだ。

 

「なんだよそれ……それじゃ僕たちはダシに使われたってこと?」

「ま、そういうことだ」

「ふ~ん……それならそうと言ってくれればいいのに。学園長先生はどうしてそんな嘘をついたのかしら」

「そりゃ言えねぇだろ。清水が明久と仲が悪いことは知ってるだろうからな」

「僕は別に仲が悪いつもりなんてないよ?」

「お前って本当におめでたい奴だな……」

「そう?」

「それにな、先程も言った通り、もし俺らが帰らなければ学園長の責任となる。だが清水を救うことは俺たちに命をかけて戦えと言っていることに等しい。そんなことを学園の指導者が言えると思うか?」

「た、確かに……」

 

 そうか、学園長にも色々と事情があったんだな。

 

「ま、だからこそ召喚獣や腕輪の力を俺たちに与えたんだろうな。サポート用アイテムとしてな」

「なるほど。そういうことだったんだね。色々と納得したよ」

 

 納得はしたけど、1つ疑問が残っている。そう、あの魔人王という存在だ。

 

「それじゃさ雄二、あの魔人王って変な奴は何だったのかな?」

「さぁな。それは俺にも分からん。けど、もしかしたらあれは清水の邪悪な心が造り出したものかもしれねぇな」

「雄二よ……お主も口が悪いのう」

「ほっとけ。まぁそういうわけだ」

「ふ~ん……」

 

 邪悪な心ねぇ。清水さんってそんなに邪悪なのかな。確かに僕に対してはやたらと突っかかってくるけど、それは美波と僕が付き合っているのが気に入らないってだけだし。……あれ?

 

「そういえばさ、どうして清水さんも一緒にあの世界に飛ばされてたんだろ。あの時飛ばされたのってFクラスの部屋に居た人だけじゃないの?」

「なんじゃ。お主気付いておらんかったのか。清水ならばあの時掃除用具入れに潜んでおったぞい?」

「え……マジで?」

「んむ。ムッツリーニも気付いておったぞ?」

「ぜんぜん気付かなかった……なんで言ってくれないのさ秀吉」

「あれほどの殺気を(はな)っておれば誰でも気付くと思うのじゃが……」

「そんなの分かんないよ……ま、まぁいいや。それでその清水さんはどこへ?」

 

 まさか今もどこかで見張ってるんじゃないだろうな……。

 

「先程西村先生が土屋君と一緒に連れて行きましたよ。すぐお家に連絡して迎えに来ていただくそうです」

「そ、そっか……それなら安心だね」

 

 ……

 

 家の人って、ひょっとしてあのバーサーカーな父親? だとしたらちっとも安心できない。明日学校で暴れなければいいけど……。

 

 

 そんな不安に駆られながら、僕は夜の坂道を下って行った。

 




次回、最終話。

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