フランスはローヌ=アルプ地域圏ローヌ県リヨン市に本部を置く国際刑事警察機構…俗称インターポール。ここの職員らの主な仕事は国外逃亡犯並びに国際的な犯罪者の指名手配、それらに関する情報のデータベース化とフィードバック、盗難美術品や行方不明者の発見、身元不明死体の身元確認など多岐に渡る。市民の平和のため、彼らは
そんな多種多様な役職がある中、かのルパン三世の逮捕を悲願と掲げし男を皆さんはご存知だろうか?名を銭形幸一…ICPO総務局国際協力部第1課所属の警部にして、唯一のルパン専任捜査官。
今日も今日とて、彼はルパンの潜伏場所の捜索と美術品関連の盗難発生を記録した書類との睨めっこに追われ多忙を極めていた。しかし、夜の帳が下り切ったちょうどその時、事態は急変…長官殿から直々の指名が入り、現在は足早に長官室に急行しているのである。胸の奥に一つの確信を抱きながら。
「失礼致します、長官。銭形です」
「入りたまえ」
返答に応え、銭形は静かに入室する。
「お勤めご苦労、銭形君。早速だが本題に入ろう」
君なら既に察しがついていると思うがね…そう付け加えながら、我が上司は机の引き出しからノートパソコンを取り出した。その言葉を聞くと逸る気持ちをついに抑圧し切れず、銭形は長官が口を開くよりも先に率直な疑問をぶつける。
「ルパンが現れたのですか」
「左様。それも、君の故郷である日本にね。日本時間での0時きっかりに、堂々と犯行予告を送りつけて来たそうだ」
何…?予想だにしない報告に、銭形は思わず面食らう。これまで日本はと言えば、奴が他国へ渡ることを目的とした中継地点や羽を伸ばす休暇のための国(いずれも本人談)でしか無かったから、そこで新たに盗みを働こうと目論んでいるのは少しばかり意外だった。…して、今度の奴の狙いは何なのか?
「これがその画像だ。ほれ」
「では失礼して……ふむ、なるほど」
長官はモニターの画像を銭形にも確認出来るようノートパソコンの向きを変える。するとそこには、小憎たらしくデフォルメされた猿顔と文字列の載った白いカードが映されていた。この特徴的な意匠と筆跡は、これまで幾度となく相対して来た男のものだと断言できよう。
「? 長官。もう一つのウィンドウに添付されている動画は…」
「ああ、そちらも
「! はい」
長官の操作で再生ボタンが押されると、制服を着た警備員数名と黒タイツを全身に纏った男が和風庭園を駆け回る姿が映し出される。タイツの男を取り押さえんと警備員らが必死に追い掛けている状況のようだが、彼奴の華麗な身のこなしに翻弄され…池に蹴り落とされる者や顔面を思い切り踏まれる者が現れるなど、画面越しでもなかなかに一方的な小競り合いだと思えてしまう。
そして、追っ手が疲弊し始めた隙を見計らい、男がカメラ目線で飛び切りのスマイルとピースサインを作ったところで動画は終了する。…間違い無い。この走り方の癖と余裕を感じさせる挑発行為の数々、そして最後に見せた満面の笑みは紛うことなくルパンのものだ。
「ええ、この男は間違いなくルパンでしょう。ここまで人を弄ぶような真似を可能にするのは奴以外にいません」
「そうか。………よし。ならば銭形君、すぐに日本へ行く準備に取り掛かりなさい。日本の警視庁には私から話を通しておこう」
「了解しました。恐れ多い処置についても感謝致します」
銭形は手にした好機を噛み締めながら敬礼を返し、直ちに退室するべく歩を進めたが、そこへ長官から待ったの声がかかる。
「ああ!そうだ、銭形君。一つ言い忘れていたことが」
「っと…どうされました?」
「今回ルパンからの犯行声明を受けた被害者の名は、アラン機関所属の重役…天見広大。世界随一の支援団体の顔のような男性だ。くれぐれも失礼の無いように対応しなさい」
「了解です。それでは、これにて失礼します」
踵を返そうとした姿勢からきちんと佇まいを正し了承の意を伝えると、今度こそ長官室を退室する銭形。彼は局内の廊下を歩きながらふと考える。
ルパンには今日までアラン機関の支援者や被支援者は勿論、傘下の座に就く民間企業も含めた件の団体の関係者と接触した経歴は一度として無い。だから、アラン機関も日本も…奴は意識的に忌避しているものだと勝手に捉えていたが、どうもこの先入観は捨てた方が良さそうだ。元より天才を自称する盗人の思考なんぞ、凡人の俺にゃ到底理解しかねる。
しかし、どういう風の吹き回しかは知らないが、己の美学を磨くためであろうと純粋な金目当てであろうとも、目下の泥棒を見逃すほど俺は甘くはない。今度という今度は奴をお縄につけてやる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時を同じくして、場所はアメリカのモンタナ州に移る。
豊かな自然に囲まれ、時間の流れがゆったりとした田舎町。その外れにあり真っ昼間から営業しているしがないバーに入り浸る一人の男が、大量の酒を呑んでいた。
「くかあっー!もう一杯じゃ、店主!儂ゃあ、まだいけるぞぉ!」
「かしこまりました」
ぐびっぐびっぐびっ…豪快に喉を鳴らしてドカ飲みする男だが、決して潰れているような気配はなく、ほんのりと頬を赤らめるだけで本当に余裕そうである。
口調からして既にジジイ臭いが、彼の見た目のインパクトもそれ以上に凄まじい。190cmはあろう身の丈と筋肉質だがほっそりとした痩せ型の体に加え、極め付けにバーの暗い照明をきらりと反射させるスキンヘッドだ。これだけ特徴的な老骨は、アメリカにもそうそういないだろう。
そんな強面の彼が仕事終わりの一杯を満喫していると、携帯に電話が掛かってくる。手にした大ジョッキをカウンターに置くと、テンションを抑えてコールボタンをタップした。
「何じゃ?折角人が良い気分になっておったと言うのに。…………ほーう、また儂に日本へ行けとな。前回から二ヶ月と経っておらんじゃろ、小娘どもに勘付かれるとは思わんのか?」
電話相手が持ち掛けてきた話に、あからさまに否定的な態度を取る。どうやら、こちらにもちゃんとした言い分があるようだ。
「……ふむ。
「ん?…おお、なんと!相場の五倍じゃと!カッーカッカッカッカ!面白い、その話乗ったぞ!!今からか?今から行けば良いんじゃな?」
……まあ、言い分があっても必ず依頼を拒否する訳じゃあない。報酬さえ美味ければ、こちら側が負うリスクなんて二の次だ。ぶっちゃけ、彼にとって酒は命より重い。
「あいわかった。ではまたのう、
ジョッキに残った酒を飲み干すと、男は代金を置いてさっさと店を出て行った。路地に入り人目が無くなると、ポケットに忍ばせた得物を取り出し手の中で踊らせる。
今一つ興が乗らない仕事だが、全てはボスのため。そう自分に言い聞かせた。それに、ーーーーーーいや、そんなことを言える立場ではないなぁ、儂は。酔いが完全に抜け切るまでもう暫く待つとしよう…。
……
行動力の化身にしてルパンファミリーの逮捕以外ならなんでも出来る男、それがとっつぁん。