(完結)鹿野岸奇譚(デジモンサヴァイブ)   作:アズマケイ

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カイトと迷い込むタイプの導入

鹿野岸(カノキシ)市。それが俺の生まれ育った街の名前だ。

 

爺さんがいうには、旧名は彼岸(カノキシ)市

、そう彼岸(ヒガン)からきている。石炭が採れるとわかった明治の初めに不吉だからと地名を変えたそうだ。

 

爺さん家が檀家をしている寺の住職に聞いたら、彼岸は、文字通り「彼の岸」だ。それは、俺たちが生きている世界を此岸(こちらの岸)としたとき、この世界の彼方、つまり向こうの岸ということになる。真実真理を悟って仏陀と成り、自ら彼岸に到達した釈迦のみが知る世界だ。苦しみも悩みも無い浄らかな悟りの世界・

仏の世界であるとされ、此岸に生きているすべての者が、そこに到ることをめざして生きるようにと、生涯をかけて教え導いていると返ってくるだろう。

 

だが、そういう意味ではないことを爺さんたちは知っている。

 

この地には古くからケモノガミ信仰という土着の信仰があり、今は廃れた神社の近くには秋に咲くはずの彼岸花が年中咲いていることで知られているのだ。

 

古の時代、この地域では豊穣を願って、あるいは厄災を祓う為に、獣の神すなわち『ケモノガミ』に子供を生贄として捧げる風習があった。

 

捧げられた子供は生きたままどこかに消えてしまう。これが後に『神隠し』として伝わった。

 

しかし時代が下るにつれ『ケモノガミ』は、神道で言うところの祟り神のような扱いとなり、畏れや鎮魂の対象として祀られるようになったのだった。

 

かつて生贄を捧げられ崇拝された『ケモノガミ』は、呪いや『神隠し』を引き起こす荒ぶる神として人々の中で形を変えたのである。

 

そして『ケモノガミ』への信仰はやがて廃れていき、現代では『ケモノガミ』を知るのは老人たちのみであり、失われつつある信仰である。

信仰を失い人々に忘れられた世界から消え去ろうとしている『ケモノガミ』は、新たなる生贄を求め子供たちを攫おうと虎視眈々とその時を狙っている。

 

俺は爺さんにそう脅かされて育ったが、炭鉱の町として栄えた時代に外から来た人たちと昔から住んでいる爺さんみたいな人たちの間では温度差がすごかった。

 

でも、田んぼの畦や川の土手が所々燃え上がるように真っ赤に染まり、彼岸の頃に咲くから彼岸花には死や不吉なイメージの方が強いのはみんな同じだろう。

 

それは、「彼岸花を家に持ち帰ると火事になる」「彼岸花を摘むと死人がでる」「彼岸花を摘むと手が腐る」といったいくつかの恐ろしい迷信があるためだ。これらは、花色や花姿が炎を連想させることと、彼岸花のもつ毒によるものとされている。

 

決して怖い花言葉をもっているわけではないが、死や不吉な印象があることから贈り物として用いられることはほとんどない。

 

死人花、地獄花、幽霊花、葬式花、墓花、剃刀花、狐花などなど、日本人はあの赤い花に怪しさと不気味さを感じてきた。根から花まで『リンコン』と呼ばれる毒を含んでいることもある。彼岸花というのも「これを食べたら彼岸(死)しかない」というからだという説もある。

 

そんな花がさびれた神社に向かう石段から年がら年中群生していたら、しかも原理不明の赤い胞子を撒き散らすとなれば、それはもう不気味に違いなかった。

 

しかし、時代が降るにつれて世間の価値観が変わり、わざわざ撮影しにくる観光客が増えたのだ。ケモノガミ信仰というほかに類を見ない信仰がネットで話題になり、御朱印ブームも相まって市役所に問い合わせが殺到。すでに廃れていた信仰を街おこしにという機運が高まり、ケモノガミ信仰の神社を再建し、かつてケモノガミ信仰の中心だった水無瀬家の親族が観光神社の宮司をしているというのだから、わからないものである。

 

今では県外から課外キャンプに来る学生が来るほどで、市役所の観光課や観光協会が率先している状況だった。これも昔から住んでいる地元の人間はいい顔をしなかった。

 

しかし、鹿野岸市は昔は炭鉱の町だった。工場で労働する人材を確保するために各企業は炭鉱住宅などを設け、そこに一つの集落を形成していくようになり、大がかりなものになるとそこに病院、学校、公園などを設けた一つの都市を形成するようになる。

 

都市が大きくなり、インフラの整備と並行して、労働者を相手にした飲食産業、映画館、風俗産業などの娯楽産業も発展し、賑わいを見せるようになった。この街はその典型であり、大小無数の集落が点在し、雇用企業と共に成り立っていた。

 

石炭を輸送するための貨物列車を走らせる炭鉱鉄道が開通され、それは同時に住民の交通の足となって大消費地と直結していた。

 

だが、日本では太平洋戦争後になって輸入石炭の増加に伴い、相対的に高コスト体質であった国内の石炭産業は衰退を始め、加えて1960年代頃から石油へのエネルギー転換が進むと燃料及び加工品としての石炭需要は大きく減少した。

 

輸送コストと輸入依存の加減で、製鉄所は港湾に設けられるのが普通で、原料立地の優位性を失った日本の炭鉱都市は軒並み大打撃を受け、経営企業は規模縮小を余儀なくされ、それに伴い炭鉱の廃業、閉山などにより労働人口が減少の一途を辿ることになり、都市や集落が崩壊していった。

 

山間部に炭鉱集落を持ち、炭鉱及び炭鉱鉄道に依存していた都市や集落はその廃止によって壊滅的な打撃を受け、都市が機能しなくなりゴーストタウンとなった。

 

一方で残存した集落も住民の高齢化、炭住の老朽化、インフラ不足などの問題が発生している。

 

ゆえに地元の人々は炭鉱が閉山してから過疎化が止まらず財政難に陥っていたことをしるために表立って反対する人はいない。

 

その代わりに、実は今なお継続的に起こっている神隠しの被害を減らすためにケモノガミ信仰の神社を全然違うところに再建し、彼岸花を人工的に植え替える、パンフレットに場所を載せないなど徹底的な情報規制が敷かれている。

 

爺さんに渡された回覧板には、ケモノガミ信仰の概要と観光向けに綺麗なことしか書いてないパンフレットから抜き出した文章が目に止まる。酒が不味くなるから、さっさと東雲さんちに回してきてくれと言われたそれには、校外学習のボランティア募集と説明会のチラシが入っていたのだ。

 

毎年恒例のチラシのため、これを見るたびに爺さんは機嫌を悪くするから困る。俺は回覧板の入った手提げカバンを片手に外に出た。

 

お隣の一軒家は爺さんの弟が住んでたんだが足を悪くしてからは東京の息子さん夫婦に引き取られてから長らく空き家だった。そのままは良くないってことで管理を爺さんに任せて、賃貸として貸し出すことになった。数年前に空き家バンクを通じて交渉の連絡があって引っ越してきたのが東雲一家だ。

 

なんでも小学生のミウがかなり悪質なストーカー被害に巻き込まれ、逮捕されても安心できないような事態になったから引っ越してきたらしい。だからお隣は珍しく表札を出してないし、家族構成がわかるようなものは目のつくところにはなく、警備会社と契約しているとポストに貼ってある。近くの交番から巡回が増えたのは多分そのせいだろう。

 

どのみち今の時期は観光客が増えて神隠しがある確率があがるため、警察も自治会もピリピリしているのだ。気にしている人なんていやしない。むしろありがたいと思っている。

 

生垣を覗いてみるが雨戸が閉まっている。車庫が閉まっているし、玄関に灯りがついてない。まだ東雲夫妻は帰ってきてないようだ。自転車もないからカイトも帰ってきてない。カイトはいつもまとまった時間に下校するミウを送り迎えしてるからカイトが帰ってきてないなら誰もいないはずだ。ならチャイムを鳴らすのは無駄だろう。俺は回覧板をポストに突っ込んだ。

 

「スバル!!」

 

「あ?」

 

「ちょうどよかった、スバル!ミウ見てないか!?小学校いったらもう帰ったっつーんだよ!」

 

自転車を全速力で漕いでいたらしいカイトがタイヤ跡ができるくらいのスピードを無理やり止めるためにブレーキをかける。

 

「どっか寄り道してんじゃねーのか?」

 

「通学路通ってきたのにいねえんだよ!」

 

「友達んちとか?」

 

「仲良くしてるやつは風邪で休みだって聞いた!」

 

「ならプリントとか持ってってんじゃねえの?」

 

「あっ」

 

「ちょっと落ち着け、その友達んちはどこか知ってんのか?」

 

「......教えてもらってねえ」

 

「そっかあ......」

 

わかりやすいくらいに凹んでいるカイトにドンマイと俺は肩を叩いた。カイトは曲がったことが嫌いな義理堅い性格だが、かなり短気で喧嘩っ早い面がある。

 

しかも、ミウのことを誰も助けてくれなかったもんだから自分の暴力で解決した成功体験から、他人に頼ることも嫌になり、独断専行に走るクセがついてしまった。

 

そのせいで妹のミウのことは常に心配しているが、自身の不器用な性格が原因ですれ違ってしまうことを悩んでいる。 こうやって諌めればある程度は落ち着いて周りをみることができるし、抑える理性はきちんと持ち合わせているんだが瞬間湯沸かし器はなかなか治らない。

 

俺が貸主の爺ちゃんとこにいる孫で、ここら辺のことをよく知ってるからか、はやいうちから身内認定してくれたらしい。おかげでミウがいなくなるたびに助けを求められるのはお約束だがおいておこう。

 

「あ、そうだ。回覧板入れといたから、親御さんに渡しといてくれ。くれぐれもあの神社には行くなって伝えといてくれよ、校外学習の時期だから」

 

「もうそんな時期なのか......わかった、チラシ抜いとく」

 

「次に回すときには元に戻しといてくれな」

 

「おう、わかった。ありがとう」

 

「それもこれも爺さんがミウに話したのが悪いんだ、ごめんなほんと」

 

「いや、あの話聞いて入りたがるミウがおかしいんだよ」

 

「あはは」

 

数週間後、またミウがいなくなったと朝一番にカイトに助けを求められることになるとは思わないのだった。

 

 

 

 

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