出発までの1時間、なにをしようか考えていた俺は、音楽室に向かっていた。
「あー、いたいた」
ピアノを仲良く並んで弾いていた小学生の姉弟がこちらをみる。タクマたちがこの校舎にやってくる前からいた小学生くらいのミユキとハルだ。ミユキはワンピース、ハルは白いシャツに黒のズボンとサスペンダーという格好だ。ちなみに苗字はわからない覚えてない、歳は忘れた、どこからきたのか聞いても「あっち」としか言わないから、記憶があいまいになるまで放浪してたんじゃないかとのこと。
ミユキはほとんど眠っているのか、起きているのかわからないくらいぼんやりとしていて、ハルの復唱しかできないくらい自分の意思が希薄だ。ハルはずっとミユキの手を引いてケモノガミたちから逃げ回っていたようで、外見以上に大人びていてしっかりとしている印象だとタクマから聞いている。
「スバルさん、どうしたの」
「どうしたの」
「2人きりのお楽しみんとこ、ごめんな。まだちゃんと挨拶してなかったと思って」
「べつに、いいのに」
「......」
ハルは興味なさげに鍵盤をたたいている。ミユキはぼんやりと俺を見ている。なにか聞くとハルがだいたい答えてくれて、たまにミユキがうなずくそうだ。タクマがいった通りだな。なんの曲か忘れたが聞いたことある曲な気がする。小学生のときに習ったやつかもしれない。タクマいわく、いつも音楽室で2人きりで遊んでいる......ただしくはハルがあやとりをしたり楽器を演奏したりしてミユキに見せているらしい。ハルはミユキを元に戻すために必死なのかもしれない。
「んなこというなって。俺の方が新参なんだからさ。俺は三鷹スバル」
「みたか......」
「ねえさん?」
「はは、めずらしい苗字だろ?東京にしかない苗字らしいんだ。戦争んときに親戚頼ってこっちに疎開してきたらしくて、そのまま移住したんだってさ」
「みたか......」
ミユキがめずらしく反応している。ハルもびっくりしているあたり、ほんとうにめずらしいようだ。黒板に視線が向いている。
「あー、字?漢字か?数字の三に鳥のタカで三鷹。国立天文台があるとこらしいな、いったことねーけど」
白いチョークで書いてやる。ミユキは食い入るように見つめている。
「ミユキとハルが鹿野岸市生まれなら、もしかしたら知ってるかもな。一軒しかないから市の電話帳みたら一発だし。俺は鹿野岸市に住んでる高校生なんだ、シュウジと同い年でな。カイトとミウはお隣さんなんだ。ミウを探しにきてこの世界に迷い込んで、今はどっかいっていねーけどコテモンと会って、やっと昨日合流したとこ。というわけでよろしくな」
「うん、よろしく」
「よろしく」
「2人とも、今日はどうすんだ?いつもみたいについてく?」
「うん......ぼくたちは音楽室にずっといてもいいんだけど、タクマさんたちが留守番は危ないっていうから」
「......」
「そっか」
「うん......」
「あ、ぼくたちのことは心配しないでいいよ。ぼくたち、逃げるのは得意なんだ。ずっとふたりでにげてたから。スバルさんは余計なこと考えないで、自分のことは自分でちゃんと守ってね。ぼくたちは大丈夫だから。ね?ねえさん」
「ん......」
こくりとミユキがうなずく。
「ねえさんもそういってるし、心配しなくても大丈夫だよ」
「わかった。たしかに自分の身も守れないやつは、他のやつなんか守れないもんな」
「うん、そうだよ」
「しっかし、あれだよな。コテモンからケモノガミは必ず対のやつがいるって、会いたがってるっていってたんだけど、ミユキとハルにはいねーんだな。まだ会ったことないのか、はぐれたのか知らねえが。会えるといいな、はやいとこ」
「......ぼくたちは特別だから、大丈夫だよ。会えなくても」
「まあ、たしかにそんなちっせえのに今まで無事だったのはすげえわ。でもそんなこといってやるなよ、パートナーが寂しがるだろ。どんだけ彷徨ってたか知らねえが」
「......なにもしらないく......」
「......れなもん」
「!?」
「ん?」
「......」
「ね、姉さん、いまなんて?」
「レナモンっつったよな、今」
「う、うん......」
明らかにハルが狼狽えている。
「......いないの、れなもん。どこにも」
どこかしょんぼりしているようにみえるミユキがいる。
「あー、わるい。レナモンてパートナーがちゃんといるんだな、ミユキにも。ハルにも?」
「......ぼくは、がぶもん」
「......ん」
「ガブモンにレナモンか。大丈夫だって。パートナーはミユキが死ななきゃ、絶対どっかで生きてるっていってたぜ、コテモンが。もしかしたら、卵になってまだ遊園地にいるのかもしれねーしさ。生きてりゃまた会えるさ。でも、死んだらだめだぜ、絶対に。二度と会えなくなるかんな」
「......うん、」
「......スバルさん、ありがとう」
「なんか訳ありっぽいな、無理に話さなくてもいいぜ。つらいこと思いださせちまってごめんな」
「ううん、いいんだ。ありがとう」
明らかにハルとミユキの反応がよくなった気がする。幼い2人と離れてパートナーはどこいっちまったんだろうか、『主』に連れ去られたら転生することすら叶わねえらしいが、さすがにその可能性を口にすることははばかられた。
「あ、そうそう。コテモンみてねーか?さっきからどこにもいねーから探してんだけどよ」
「ううん、みてないよ。こっちにはきてないんじゃないかな」
「......」
「そっか、ありがとう。じゃあ二階にはいなさそうだな。戻ってみるか」
俺は音楽室をでて、階段を降り、そのまま職員室に向かった。食糧の備蓄内容を確認しながら整理しているカイトとドラクモンの横で、ひとり本棚を漁っていたコテモンが顔を上げた。
「おかえり、スバルの旦那。ミユキたちから話は聞けたかい?」
「三鷹に反応はしてだけど微妙だな、証拠がなさすぎる」
「そうか、どうやらこの辺だぜ」
胴着からのぞく青い手が三段目を指差す。
「ありがとう、コテモン。ここらへんだな、よいしょっと」
「なにしてんだ、スバル。あんま埃たてんなよ、食いもんにつくだろうが」
「悪い悪い、ちょっと調べモンをな」
「調べもん?」
「この学校がいつくらいか調べようと思って」
「そんなの前に『主』に食われた奴の記憶から生まれたんなら、めちゃくちゃなんじゃねえのか」
「ま、そういうなって。本命はそっちじゃねーからさ」
「はあ?また適当なこといってるだろ、お前」
個人情報がダダ漏れのクラス名簿の束を手にした俺は年代別にならべ直していく。一番新しいやつを見つけて、ぱらぱらめくっていった。
「ビンゴだ、コテモン」
「どれ?見してもらってもいいかい、旦那」
「ほらよ」
「......こいつはどういう......」
「あー、ごめんごめん。ケモノガミ文字じゃねえなら読めねえか。鹿野岸南小学校○年○組○番水無瀬ミユキ」
カイトとドラクモンが固まってこっちを見てるのがわかる。俺はそのページを見せてやった。
「爺さんから何回も聞かされたから嫌でも覚えてんだ。もしかしたらと思ってみたらこれだよ。外から来た新卒の担任が親に無断であの史跡に校外学習をするから下見したい。道案内しろって水無瀬家の敷地内にあるあの史跡に道案内させて神隠し。昭和45年......今から50年前か、やっぱりな。コテモン、こっちの世界って時間の流れはあるんだよな?」
「そっちの世界とはちげえがあるね、間違いねえや。さすがにミユキの嬢ちゃんが婆さんになってない理由はわからん」
「......ハルとミユキは人間じゃないってことか?」
「ミユキは人間だと思うぜ、ハルは知らん。でも今まであんだけ怪しかったのに、カイトたちに危害くわえてこなかったんだろ?なら放置でいいんじゃねえか?なんかあったら対応すればそれでさ」
「知ってて話聞きにいくたぁ、アンタ度胸あるな」
「話したかったのはホントだぜ」
「おめーのパートナー、無駄に行動力あるなコテモン」
「それでこそオレのパートナーだぜ」
「俺、カイトがパートナーでよかった」
「同感だ」