ミユキは地下水道から地上に上がる時に使った巨大な螺旋階段から出たすぐの海岸近くにいた。四神の配下の祠があるすぐそばだ。
このあたりは特に霧が晴れていて、海の向こうがよく見える。贄として狙われ続けているミユキは、無意識のうちに安全地帯にいるようにしているのかもしれない。それともハルにここにいろといわれたんだろうか。だからハルはいないのか。水無瀬教授に気を取られている訳じゃないならいいんだが。
あたりにはハルの姿はない。水無瀬教授は身に覚えのある場所ばかりがこの島にあるみたいで、タクマたちには索敵をしてくるという名目ですでにここから離れていていない。水無瀬教授もさすがに50年前の姿のままの姉が本人かどうか確証がもてないのかもしれない。
「よう、ミユキ」
ちら、とこちらを一瞬みたものの、すぐミユキは視線を外してしまった。
「......」
「なに見てんだ?」
「......」
すっとミユキが海の向こうを指差した。
「あっちは......西か。もしかして、あっちに最後の白虎のケモノガミと三体の配下の祠があんのか?それともそいつらのナワバリとか?」
ミユキはなにもいわない。ただ、さっきより表情がわずかに緩んでいるから、当たっているのかもしれない。
「俺、ちょっと心配してんだよな。『主』の部下が地下水道の鍵を持ってたってことはさ、あいつらの拠点もこの島のどっかにあるってことだろ?『主』の封じられてる場所がいよいよわかるとはいえ、目と鼻の先なわけだ。白虎のケモノガミの配下が一番『主』の配下と交戦頻度が高いからさ、大丈夫かなって。まあ、大丈夫だろうけど。鉢合わせしねえように気を遣ってくれてるのかもしれねえし、気をつけていこうな」
ちら、とミユキはこちらを見た。頷く様子はない。なにか反応があるわけでもない。ただじっとこちらを見上げている。
「どーした、ミユキ。なんか俺ついてるか?」
「......みたか」
「ん?」
「......みたか、せんせ」
「三鷹先生......あー、もしかして、三鷹ヒロアキ先生?副担任してた」
「!」
「爺さんの名前だ、よく知ってるな」
「......」
「爺さんの若い頃によく似てるって言われるんだよ。ほんとかどうかなんて知らねえけどさ」
「......」
「タクマたちもいってるけどさ、みんなで帰ろうぜ。誰一人置き去りにするのはナシだ」
ミユキは何も言わなかった。うなずきもしなかった。俺のいってることがわかってるのかすらあいまいだったが、それでもよかった。これは決意表明みたいなものだ。
爺さんはいつも今の時期になると校外学習のチラシを見て不機嫌になる。かつて新卒で担任をするはめになった後輩をサポートするために当時は珍しく副担任という地位についていたのに神隠しを防げなかったからだ。
というのも、後輩は外から来た人間で、神隠しとケモノガミ信仰を軽視しており、はやく実績を上げたいあまりに校外学習の題材にあろうことかケモノガミ信仰を取り上げようとして爺さんたちが大反対した。
その結果、爺さんたちに無断で水無瀬姉弟を巻き込み神隠しに合わせてしまった担任は、水無瀬姉弟は最後まで父親から絶対にあの神社に近づくなと言われていると断ったのに、成績と内申書を人質に無理やり案内させたと自白したのだ。
それからの一連の騒動については、あんまり爺さんは話してくれないが、街おこしとしてケモノガミ信仰を校外学習にする今の鹿野岸市の方針にはずっと苦い顔をしている。まるで神隠しにする贄を選んでるみたいで気持ちが悪いそうだ。
水無瀬ミユキが神隠しにあったことでケモノガミ信仰における神に捧げる歌を歌う巫女が断絶してしまい、本来毎年行われるはずの水無瀬家の祭事が50年間行われていない。
もし、爺さんが俺まで神隠しにあったと気づいたら、どれだけ辛い思いをするかわからない。ミウがあの神社を知ったのは爺さんが近づかないよう忠告するつもりで話したからだ。ミウたちまで神隠しにあったと知ったときの絶望感は俺だって予想できる。だから、俺たちは絶対に帰らなきゃいけないんだ。誰一人かけちゃいけない。
「あれ、スバルさん。どうしたの」
「あー、ハルか、びっくりした。ミユキが海の向こうを見てるから、なに見てんだろうなって」
「姉さん、なに見てるの?海?それとも、あっちの工場かな?」
「工場?マジ?目がいいんだな、ハルは。さすがに見えねえわ」
「スバルさんがここにいなかったときにはすこしだけ、見えたよ。煙突とか、灰色の建物とか」
「あー、なるほど......風向きによっては見えるわけか。海沿いに炭鉱だとしたら皮肉だな」
「どうして?」
「鹿野岸市に海がありゃ、今ももうちょっと栄えたと思うんだよなァ。遊園地も今はねえし」
「ふうん、そうなんだ」
「さて、それじゃそろそろいくか?気づいたらなんかもうみんな、先にいく雰囲気みてーだし」
「そうだね。姉さん、もう大丈夫?つかれてない?」
「......ん」
「よかった。大丈夫そうだよ、スバルさん。いこう、姉さん」
「うん」
ハルがミユキの手を取り歩き出す。俺はその後に続いた。
「おーい、コテモン。そろそろ行こうぜ」
祠に呼びかけるとここに戻ってきてから、ちょっと野暮用があるとあの中に飛び込んでいったコテモンがダッシュで帰ってきた。
「用は済んだか?コテモン」
「おう、すっかりお待たせしちまったみてーだねい。なんか申し訳ねえや、旦那。でもおかげでばっちりオーケーだぜい」
「それはよかった。なんか知らねえけど俺たちやべーやつに狙われてばっかだもんな。いつでも戦えるようにしてくれねえと俺が死ぬ」
「あっはっは、違いねえや。ねえ、旦那。ちょっとiPhoneのカメラモードしてもらってもいいかい?」
「あ?なんだよ。別にいいけど」
「いやあ、見えにくいならiPhone使えばいいんじゃねえかなあと思ってさ」
「あー、そういうことか!すっかり忘れてたわ」
俺は海の向こうにiPhoneをかざした。
「あ、ほんとだ。なんか工場が見えるな。ハルのいう通りだ。ミユキはあれ見てたんだな。あそこになんかあんのかねえ、大事なもんが」
「かもしれねえな、ミユキの嬢ちゃんもハルの坊主も目がよくてなによりだぜ」
「あそこ位置的にもっと西側っぽいな。つーことはまだまだ先は長そうだ。気をつけていこうぜ、コテモン。二段階に進化できるの俺たちとタクマたちだけだからな」
「おうよ!」
「つーかさ、コテモン。前から思ってたんだけどよ、ヤシャモンへの進化とヴァジラモンへの進化って一緒とはいえ明らかにヴァジラモンの方が個体としてはつえーわけじゃん。それぞれ進化した後の個体の言い方ってなんかねーのか。ややこしいんだけど」
「さあねえ......ケモノガミを二段階進化させることができた奴なんて、ほんと久しぶりだからなあ。あったかもしれねえが忘れちまった」
「マジかよ。今までのやつら、一段階進化できるかできねーかで『主』の霧にのまれちまったのか」
「それか、普通に死んじまったかだね。原因は色々あるがさすがに目にしたことはねえからわからん。大体の奴らは北側に帰る方法がないとわかると旅立っちまってほとんどのやつらは帰ってこねえからな」
「あー、なるほど。コテモンに保護されたら、真っ先に北側にいくルートしかねえもんな」
「そういうことでい」
「さて、そろそろいくか」
「そうだな」
俺たちはミユキとハルが視界の隅っこに映るのを確認してから、少しだけ距離をおいて歩きだしたのだった。