水無瀬ミユキとアキハルが神隠しにあったのは、
岡本太郎の代表作太陽の塔で有名な大阪万国博覧会が開催された年だ。授業で習った高度成長のピークである。
つまり、水無瀬アキハル教授はニクソンショック、オイルショック、日本の経済史の中でも大きな変化があったことを知っているし、ミユキはしらないことになる。
ミユキが『主』の霧にのまれて生まれたと思われるこの集合団地もまた、現代社会の資料集に載っていた高度経済成長期の写真そのものを実体化したかのような場所だった。
団地の一室には黒電話、ブラウン管のカラーテレビ、ステレオ、カセット式レコーダー、冷凍庫付冷蔵庫、クーラー。外は自転車は沢山あるが自動車はまだ少なく、オート三輪が駐車してある。
あしたのジョーとかみなしごハッチ、いなかっぺ大将と懐かしのアニメとして一度は取り上げられたことがあるキャラのグッズが置いてあったりする。
どの部屋もガラスが破られてドアが破壊されているのは、ケモノガミがその部屋にある食糧を漁ったか、毛布といった日用品を物色したからだろう。明らかに人間業とは思えないような破壊のされ方だし、ガラスはいずれも外から壊された散らばり方をしていた。側から見たら治安が悪すぎるスラム街みたいな場所に見えてしまう。
足元が危なすぎて土足で入るしかないため、一回のベランダから中を見て回った俺は一回外に出た。廃墟マニアのYouTuberが見つけたら大喜びしそうな場所だ。老朽化とひび割れが激しい。倒壊しそうで怖いわりに部屋の中にある電化製品は新品だったり、電気はついたり、冷蔵庫の中の氷が問題なくあったりちぐはぐすぎるのは校舎となんら変わらない。
「校舎より快適なら拠点うつすのもありかなーと思ったけど、ダメだなこれ。同じ島に『主』の配下の拠点があるのも考えると寝れないな」
「さすがにここは嫌だぜ、旦那。戦うには狭すぎるじゃねえかい。視界も悪いし、車とか邪魔な建物が多すぎらァ」
「あははっ、たしかにヴァジラモンの刀がひっかかりそうだしな」
「ありゃ宝剣パオチェンていうんだ、覚えときな」
「パオチェンねえ」
ベランダから団地の棟と棟の間に走る狭い駐車場に降りた俺はミユキしかいないことに気づいて背中が寒くなった。
「ミユキ、ハルは?さっきまでいたよな?」
ミユキはすっと指をさす。つられて見上げると隣の棟の階段を上がっていく水無瀬教授とそれを追いかけるように上っていくハルの姿がみえた。
「あー、よかった。なんかあったのかと思った」
「あんまよくねえなあ、スバルの旦那。ここはさっきの海岸と違って祠から遠すぎる。つまり霧が出るってことだ。あまりにも不用心だぜ、ハルのやつ。オレたちがいたからいいものを、ミユキをひとりにしてどうすんだか。完全に頭に血が昇ってんなこりゃ」
「あちゃー......」
「......」
どこかミユキが寂しそうだ。じっと水無瀬教授とハルが入っていったと思われる部屋の窓を見上げている。
「......なあ、ミユキ。もしかしてあそこ、ミユキんちだったりする?」
返事はなかったが、ミユキの表情はどこか寂しそうなままだ。俺と目を合わせることもなく、そのまま俯いてしまった。
「やべえな、旦那。さっきから気分転換かねて散策してるとはいえ、みんなちょっとバラバラになりすぎだぜ」
俺はiPhoneのカメラモードを起動する。
「さっきよりノイズがきつくなってんな。アイテムじゃなさそうだ。つまり、今奇襲されたら、個別に撃破されちまうってことだよな?」
「そういうことでい」
「ここ大丈夫か?」
「ダメだ、狭すぎる」
「えーっと、じゃあ広いとこに出た方がいいんだよな?どっちだこれ」
「たしか団地の真ん中に広場がありやしたね、どっちだったかな」
一か八かでどっちに進むか迷っていたら、ミユキがふいに俺の服の裾をひいてきた。振り返るとミユキが指差しているのがみえた。
「あっち?」
ミユキはなにもいわない。ただ指をさしたまま、じっとそちらを見つめている。
「よし、いってみようぜ旦那!ありがとうな、ミユキ!」
「走れるか?」
ミユキはなにも言わないが、俺が差し出した手をとるくらいの意思表示はしてくれたので、俺はそのまま走りだした。コテモンはただちにヤシャモンをふっとばしてヴァジラモンに進化して俺たちの護衛をしてくれる。
自転車が横倒しになったり、オート三輪が廃車のまま放置されていたりする脇道をつっきろうとしたら、ヴァジラモンがパオチェンを勢いよく地面に突き立て、はるか前方にあった駐輪場までまとめて吹き飛ばしてしまった。その衝撃はすさまじく、待ち伏せしていたケモノガミたちもろともドラム缶の山につっこませてしまうくらいの威力はあった。
砂埃に思わず咳き込みながらミユキをみる。ミユキはうつむいたままだ。時々置いてきたハルと水無瀬教授が気になるのがどんどん遠くなっていく棟の上の方の窓を見つめていた。
手だけは離さないように掴みつつ、俺はiPhoneのカメラモードを維持したまま後ろをみた。ノイズはどんどん強くなっている。
「後ろからもなんかくるぜ、ヴァジラモン」
「スバルの旦那は後ろにいな。前に出られると真っ二つにしちまうからな。ミユキの嬢ちゃんを頼んだぜ。なんかあったら逃げな、アンタが生きてりゃオレは死なねえんだからよ」
ヴァジラモンは二振のパオチェンを振り回しながら咆哮した。うなずいた俺はノイズが薄いところを見つけては縫うようにヴァジラモンを追いかける。ミユキはひっぱられるがままだ。時々後ろを振り返っている。ミユキの家と思われる棟がどんどん遠ざかる。
「逃げるのに集中してくれ、ミユキ。心配なのはわかるけどミユキが死ななきゃハルは死なないんだろ。おまえが死んだらハルは終わりだ」
俺の言葉に一瞬だけミユキのぼんやりしている瞳が揺れた。俺の呼びかけに反応はあいかわらずなかったが、明らかに足取りから躊躇がなくなる。ひっぱられるのではなく、自分も逃げようという明確な意志を感じた俺は一安心してヴァジラモンの後を追った。
ミユキの指差したとおり、団地の真ん中の広場が俺たちの前に現れた。よかったと思いたいのは山々だったのだが、すでに先客がいた。狭い団地の道よりも戦いやすい場所に行きたいのはヴァジラモンだけじゃない、敵だって同じはずなのだからあたりまえといえばあたりまえだった。いきなり襲撃されるよりはマシだと思った方がいいのかもしれない。
「あらあら、お嬢さんひとりになると思っていたのに余計なものまでついてきちゃったわね......。まあいいわぁ、ひとりなら。鬼ごっこはもう終わりよぉ、わざわざ連れてきてありがとう」
「馬鹿いうんじゃねえ、女郎蜘蛛の分際でヴァジラモン様の前に立つんじゃねえや。ミユキの嬢ちゃんもスバルの旦那も渡しゃしねえ、てめーらの首を掻っ捌きにきたのよ。さあ、せいぜいあがくんだな」
「あらあら、いいのぉ?そのアンタのデカブツぶん回したら、あなたのお仲間さんまで巻き込んじゃうわよぉ?」
「構いやしねえさ。通過儀礼を乗り越えられなきゃどのみち待ってるのは死しかねえんだ。それにパートナーほっぽいて私怨に走るケモノガミなんざ害悪でしかねーんだからよ、スバルの旦那の身になんかある前に消えてくれるなら万々歳だぜ」
ヴァジラモンがいつかのミウたちにマジギレしていたことを思い出した俺は程々になと苦笑いするしかないのだった。
タクマたちはやくこねえかな......集合団地が更地になる前に。