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ようやくコテモンたちが帰ってきたのはマンホールから見える空が夕暮れにさしかかったころだった。
彼らがいうには、まさに総力戦だったという。ジョーカーモンは次々に『主』の配下のうち主砲のケモノガミたちの必殺技を魔方陣から繰り出したり、転移魔法でケモノガミごと派遣してきたりする。敵陣の攻撃に一回でも直撃したら即死という無理ゲーな最中、魔方陣をひたすら消すか、派遣されたケモノガミを数の暴力で圧殺するか、ジョーカーモン撃破に集中するかで3つのグループにわかれなんとか押し切ることに成功した。
ジョーカーモンという派遣先を撃破したことでなんとか安全な退路は確保できたが、無理して最後の四聖獣の祠を探しにいくのはあまりにも危険だと俺たちは判断した。『主』の配下の主砲クラスとコテモンたちは実力差がありすぎて真正面から挑むにはかるく絶望するくらいだったというんだから相当だ。満身創痍なパートナーを労いながら、俺たちは校舎に退却することにしたのだった。
特に尽力してくれたのがハル改め、ミユキのパートナーであるレナモンだとコテモンは教えてくれた。レナモンは長身で細身の金色狐の姿をした獣人型ケモノガミであり、ミユキがこんな状態であるにもかかわらずコテモンたちのように2段階進化ができる。タオモンという陰陽師のようなケモノガミに進化し、無数の起爆札でジョーカーモンの魔方陣をたった一体で押さえてくれたという。そのせいでジョーカーモンの執拗な攻撃にあい、一番重症だった。
直接話が聞けたのは校舎に帰還してみんなの治療がおわったあとだった。どれだけ重症でも傷薬を塗って包帯を巻くだけで一瞬で傷が塞がり跡形もなく回復できるんだから、ケモノガミはやっぱり人智を超えた存在なんだと改めて認識した。
「ミユキはアキハルを現実世界に帰還させた直後、『主』の霧にのまれたんだ。その時から私は全盛期の半分以下の力しか出せない。でも私は消失しなかった。どこかにミユキがいるはずだと必死で探した先で今の状態になっているミユキを見つけたんだ。ミユキに何があったのか私にはわからなかった。廃人寸前の状態になったまま年を取らなくなったミユキを連れて、ひたすら『主』の霧から逃げ続けるしかなかった。私が当時のアキハルの姿をしているのは、ミユキが反応してくれるのがこの50年前のアキハルの姿だけだったからだ。いくら私が呼んでもダメだったのに、途方もない時間が過ぎても迎えに来るといいのこして帰還した弟が帰ってこないのに、ミユキはアキハルが迎えに来てくれることを信じているんだと思った」
「だからミユキの嬢ちゃんほっぽいて八つ当たりしにいったわけかい、おめでてえやつだな」
「コテモン、さすがにそれはいいすぎだろ......一万年以上守ってきたのに反応すらしてくれなきゃ報われなさすぎて折れるって。しかも教授が今になって帰ってきたわけだしさ、教授だって今までそもそも来れなかったんだから誰も悪くねえだろ」
「スバルの旦那、これは言ってやらねえとレナモンが逆に傷つくやつだぜ。なーにが反応してくれねえだ、ミユキの嬢ちゃんがレナモンがどこにもいねえんだと寂しそうにしてたのみてんじゃねえか。怖かったんだろ、反応してくれなかったらどうしようって。見て見ぬふりしてんのはお前だ。なのにこれだ。スバルの旦那たちがいなけりゃ、今頃『主』の配下に拉致されて全てが終わってたぜ」
「いやいやいや、今までミユキたちに協力してやらなかったお前らも悪いじゃんそれ」
「ははっ、いうねえミノルの兄ちゃん。前もいったがオレらは『主』の配下は殺せても『主』はどうにもできねえんだよ。それにミユキの嬢ちゃんのこと、教えてもらったの今回が初めてなんだぜ?何にも教えてくれねえのにどうやって助けろって?無茶いうねえ」
「あー、うん、それはごめん。考えなしだった。でもレナモンのことも少しは考えてやれよ」
「そうだよ、コテモン。これじゃあレナモンがパートナーとしてあまりにも」
「いや、コテモンのいうことも一理あるんだ、みなまでいわないでくれ、タクマ。口にされるとあまりにも虚しくなるから」
「ああうん、ごめん」
「それに私が全盛期の半分しか力が出せないということは、たぶんミユキは『主』に魂や意志が半分だけ囚われているんだと思う。『主』がアキハルのいうように霧に取り込んだ人間やケモノガミの魂を糧に力を蓄えているんだとしたら、私が消失しない以上ミユキは今なおたった一人で戦いつづけているんだ。本能的にわかっていながら私は逃げることを選び続けた。問題を先送りにした。怖かったんだ、コテモンたちに話して私だけではミユキを取り戻せないんだと突きつけられるのが。羨ましかったんだ、アキハルは時間こそかかったがコテモンが希望を見出すような人間たちをこの世界に連れてきてくれたことが。私が絶対に出来なかったことをいとも簡単に成し遂げてしまうことが。すまない、ほんとうにすまなかった」
レナモンが深々と頭をさげる。誰も茶化したり、糾弾したりするようなやつはいなかった。今度は水無瀬教授が一万年以上も待たせてすまなかったと頭をさげる番だったが、今のケモノガミ世界についてコテモンの答え合わせが不要になるくらい的確に調べ上げた教授を貶すやつもまたいやしなかった。
むしろ俺はそわそわしていた。頭の中にあったのは、ふってわいた希望だ。さすがに俺もミユキがまさかケモノガミ世界と現実世界の門を開いたり閉じたりできる水無瀬家の巫女の末裔だなんて知らなかったんだから。水無瀬教授が実際に現実世界に帰還できたんだから間違いないのだ。
つまり、俺たちが現実世界に帰るにはミユキを『主』から奪還しなくてはならないということになるのだ。『主』の配下があまりにも強いという現実はさておき、今まで帰還する方法が具体的にわかったのは今回が初めてだったんだから、みんな言わなくてもわかる。無意識のうちにみんなの視線はコテモンに向く。
「なあ、コテモン。クンビラモンはシェンウーモンの御用聞きって立場で、あんとき俺にいったんだよな。互いに死ななかったら、また会うこともあるって。それってこういう意味なのか」
「どういう意味かはもうわかってるだろい?オレが今の今まで黙ってたワケも。それが途方もなく大変なことだってことを知ってるから、アンタらが覚悟を決めて決断しなきゃいうつもりもなかったさ。逆にいうが、やる気あんだね?たしかにアンタらはオレらの希望だが無理強いしたくはなかったのさ」
コテモンがぐるりと周りをみわたす。みんなつられて互いをみるが、拒否するやつはいなかった。
「つーかさ、どのみち帰るにはミユキを取り戻すしかないんだろ?じゃあ『主』をたおす......いや、正気にもどす?それしか方法ねーじゃんな?」
「そうはいうがね、ミノルの兄ちゃん。最初にそれをいうのと今いうのとじゃあ、意味合いが全く違うのよ。わかんだろ?」
「方法はあるんだよな?」
「あるよ」
「戦うしかないのは同じだろ」
「ちげーよ、カイトの兄ちゃん。たしかに目的は同じだが四聖獣様たちが力を貸すほどの実力と覚悟をしめせりゃ、アンタらだけで戦う必要はなくなるよ」
「『主』を封じてるほど強いケモノガミたちに、か」
「無理強いはしないよ、シュウジの旦那。したいやつには方法は教えてやるし、協力はするがね。中途半端が一番よろしくない。今すぐ決断しろたー言わねえさ。どのみち、明日最後の祠探しに行くんだろい?それまで保留でもオレは構わんよ」
コテモンがそういうので、ホッとした顔をしたやつもいた。さすがに決断促すのに圧力はよくないからよかったのかもしれない。
「こっからは余談なんだがね、ミユキの嬢ちゃんを元に戻して、その力を頼りにアンタらの世界に帰るのが大前提として、アンタらにはちょいとばかし、世界の行く末について選んでもらわなきゃなんねえかもしれない」
「いや全然余談で流していいことじゃねーだろ、コテモン」
「仕方ねーだろ、リョウの兄ちゃん。アンタらが思ってる以上にこの世界は終わりかけてんだから」
コテモンはそういいながら、教卓によじ登るとチョークで書き始めた。ケモノガミ文字は読めないから図解だ。
「まずは『主』の穢れをはらって再封印して門をとじてさよならバイバイ。ただし『主』はいつかまた穢れを帯びちまう時がくるから、アンタらじゃない誰かをまた頼りにすることになる。これはあんまりよろしくない」
コテモンは教卓から降りてずらすとまたよじのぼって書き始める。
「次は『主』たちもろとも滅びを受け入れてケモノガミ世界自体が消えることでさあ。そもそもこの世界は成り立ちから歪んでんだ、この世界の行く末まで付き合えなんて強制はできねえからオレとしてはこっちのがいいかなって思ってる。そもそもケモノガミは忘れ去られた存在だからいつかは消える運命なわけで、足掻くのも馬鹿らしいってのがひとつ。ただ死にたくねえやつらまで巻き込むのはよろしくないし、パートナーたちは成仏できねえわな」
思った以上にこの世界は限界なのだと突きつけられて俺たちは顔を見合わせるしかない。
「最後がこの世界をなんとかして続けること。これは『主』の穢れを払うことが大前提なんだが門を開いちまうこと。これなら『主』やパートナーたちが成仏できるが門を開くことになるから、ケモノガミがアンタらの世界にあふれることになりやすね。そうすりゃいやでも人間はケモノガミを認知して消滅は免れる。だがまあ途方もない混乱を招くだろうねえ、人間がパートナーとあえるよう調整はできるだろうが、トラブルとかがありゃずっとアンタらにこれからをお世話にならなきゃなんねえ。だからあんまりおすすめはできねえや」
「どれもおすすめできねえじゃねえか」
「だから選んでほしいっていってんだよ」
みんなが口々になにか言おうとした瞬間、一斉にスマホの着信が鳴った。今まで幾度も送りつけられてきた文字化けのメールだ。なんつー空気の読めないメールだとみんな呆れているが、なんと文字が読めるようになっていたので空気がかわる。さすがに現実世界で30分も経過すると土砂崩れで9人も巻き込まれて行方不明になると騒ぎになるらしく、友だちや家族から大丈夫かとメールやらなんやらがきたのだ。
「で、電波がたってる!」
「ほら、互いの世界が繋がりかけてんだ」
俺たちが『主』の配下と戦ってきたことで残してきた戦果の爪痕が現実世界でも全く同じ状況で起き始めているとコテモンはいう。ダムの崩落、集合団地の謎の倒壊、電波塔の消失、さまざまな問題が繋がったiPhoneのニュースアプリから流れ始める。
「急ぎやしないからね、ゆっくり考えてほしいんだ。アンタらにはそれを決める権利があるから。もちろん決断をこっちにほっぽいて帰還もありだがその場合はどうなっても恨みっこなしだぜ」