いつのまにかチャツラモンの声は聞こえなくなり、気配すら散逸してしまっていた。かわりにいいしれない、ぴりぴりとした緊張感がただよいはじめ、静寂があたりを支配している。真っ二つにしかねないから絶対に前に出るなと言われた俺は素直に祠の真横で固唾をのんで見守ることにする。
シェンウーモンの祠にて、クレニアムモンと対峙するヴァジラモン。だが2体とも一騎討ちのつもりなのに空気を読めないまま迫り来る無数の『主』の眷属たちが横槍をいれてくるのが嫌なようでまずはそっちを排斥しようという思考回路が完全に一致したらしい。お互いアイコンタクトしたのち、そのまま2体はまず『主』の眷属に襲いかかった。
「せっかくの一騎討ち邪魔なんて無粋なことする奴はクラウ・ソラスの餌食にしてやらァ!!」
槍が高速で回転したかと思うと次々に『主』の眷属が屠られていく。にい、とヴァジラモンも笑った。
「全くもって同感だぜィ。まずは邪魔な奴らから片付けるとするかねえ、ローダッ!!」
ヴァジラモンも負けじとばかりに前足と上体を使って二振りの宝剣パオチェンを地面に叩きつけ、半径50メートルにわたる地割れが発生した。『主』の眷属のうち防御が低いやつらはその際に地中から吹き出す衝撃波で飛ばされた岩に押しつぶされ、即死。何とか持ち堪えた眷属も衝撃波に巻き込まれて、上空に突き飛ばされ、石壁に打ち付けられて死んだ。生き残った眷属もはるか遠くにふっとばされ、なかなかのダメージを与えたようで紫色のずんぐりむっくりした形がぐわんぐわんと揺れ始めた。それだけでヴァジラモン半径50メートル以内にはクレニアムモン以外いなくなる。
「あわよくばと思ったがさすがに簡単にゃいかねえか、なんつー硬さだ」
クレニアムモンが巨大な槍を高速で回転させはじめる。ヴァジラモンはパオチェンを地面に深々と突き立てる。地割れが走るがクレニアムモン手前でなんと止まってしまったではないか。かわりに余波を食らった『主』の眷属たちがいよいよ全滅し、2体のケモノガミの周りは紫色の肉片が散乱する大惨事になっていく。
「やべえな、スバルの旦那は壁にしっかり捕まってな!ふっとばされるぜ!」
超音速の衝撃波があたりを襲った。眷属の亡骸が衝撃波により跡形もなく粉砕される。破片すら残らない。紫色の粉塵があたりに飛び散り、俺までひっかぶってしまった。あまりの気持ち悪さに青ざめていると地響きがしてその場から俺はいよいよ動けなくなってしまう。ヴァジラモンのパオチェンとクレニアムモンの槍が火花を散らしながらぶつかり合い、それだけであたりは暴風が吹き荒れ、轟音が後から響き渡る。
「なんつー力だ!」
じりじりじり、とヴァジラモンの体が後退し始める。石畳が割れてヒビが入り、削れ、食い込んでもなおヴァジラモンは止まることができず後ろに下がっていく。とんでもない怪力だ。
「この野郎!」
姿勢を低くしたヴァジラモンがパオチェンを突き立てたまま、勢いよく突進していく。金属が激しくぶつかり合う音がするものの、クレニアムモンの紫色のような黒色のような不気味な光沢を放つ鎧には傷ひとつつかない。
「ちい、これもダメとなるといよいよ参っちまうなッ」
ヴァジラモンはクレニアムモンの鎧の関節部分にパオチェンを突き立ててなんとか切断しようとするがびくともしない。それどころか間に食い込んだパオチェンごと腕を振り上げたクレニアムモンがヴァジラモンをゆうゆうと持ち上げてしまう。ヴァジラモンはあわててパオチェンを離すが間に合わず、ぶん投げられて石壁に激突してしまった。
「ヴァジラモン!!」
ヴァジラモンがずるずると壁沿いに落ちていく。刃先が砕け散ったパオチェンがヴァジラモンの真横に転げ落ち、クレニアムモンの槍がヴァジラモンの首目がけて振り下ろされた。
「この野郎ッ!!」
ヴァジラモンの手からだらだらと血が噴き出す。槍を素手で掴んだヴァジラモンは痛みに顔を歪ませながら、クレニアムモンの槍をぐいとひっぱる。予想外の動きだったのか、初めてクレニアムモンの体が傾いた。ヴァジラモンの渾身の蹴りがクレニアムモンの足元を薙ぎ払い、その反動で槍があらぬ方向に飛んでいく。パオチェンを掴んだヴァジラモンは逆の手でクレニアムモンの首を切断しようとした。
「ちいっ」
楯が不気味な光を放ったかと思うと、ヴァジラモン渾身の一撃を弾いてしまう。何度も突き立てられたパオチェンは無情にも弾き返され、とうとうヒビが入っていた宝刀は無惨にも途中から折れてしまった。クレニアムモンの槍がふたたびヴァジラモンを襲う。
「テメーにはスバルの旦那以外何にも残っちゃいないのは心底同情するぜえ。だがなァ、真っ先にスバルの旦那の可能性を拡張すべき存在のテメーが自らそれを閉ざすのはいただけねえや。他ならぬスバルの旦那が望んだとしてもだ」
蓄積するダメージのせいか、血を吐きながらヴァジラモンはいう。
「それだけは、それだけはやっちゃいけねえことなんだよ。なんせ、はるか昔、人間は物理的な進化に体の制約からとうとう限界を迎えちまった。だが進化をやめなかった。その瞬間に、精神的な意味での進化を選んだ。いわば魂の進化、精神の拡張よ。全てはさらなる成長のためにだ」
「ヴァジラモンが俺の!?」
「そうでさあ、だからいったろ?オレはもうひとりのアンタだって。うすうす気づいてたんじゃねえのかい?アンタが我慢してる本音はたいていオレが代弁してやってることにヨォ。サキの嬢ちゃんから言われてどう思った?案外気楽なもんだったんじゃねーか?スバルの旦那はもちっと周りに対して無責任になったってバチはあたらねえと思うんだよな」
ヴァジラモンは笑っている。
「あん時おまえいなかったじゃねえか、聞いてたのかよ」
「あたりまえだろ、旦那。でだ。そうして生まれたのがオレらケモノガミだっつー大事なことを忘れたテメーにだけは。スバルの旦那の精神的な成長の可能性を潰しやがったテメーにだけは。ケモノガミがケモノガミたる理由を自ら放棄しやがったテメーにだけはオレは負けるわけにはいかねえんだよッ!!!」
ヴァジラモンが高らかに咆哮する。ヤシャモンの時とは比べ物にならないくらい眩い光が溢れ出す。それはやがてヴァジラモンを包み込み、巨大な球体がシェンウーモンの祠に出現する。あまりの眩しさと熱さ、そして衝撃にクレニアムモンは弾かれて大きく後退する。
その光はやがてヴァジラモンを新たなケモノガミへと進化させていくのがわかった。砕け散ったはずのパオチェンが溢れた刃先や粉々になった粉末すらも取り込んで不思議な光により修繕され、日本刀のような形に姿を変えていく。
真っ直ぐではなく歪んだような形になっていく。その2本の刀を掴みとった両腕はヴァジラモンではなく、武士の鎧のような装甲をまとった竜人の腕だった。球体の光をその刀たちが切り裂いた。その斬撃はクレニアムモンにまで届き、なんと装甲に深々と傷をつけたのである。ヴァジラモンがあれだけ奮闘しても傷ひとつつかなかったあの鎧にだ。なんて威力だと驚いている俺の前に現れたのは、武士の鎧を着込んだ銀髪の竜人だった。
「さあ、仕切り直しといこうぜ、クレニアムモン。てめーのふざけた顛末ごとこのガイオウモン様の菊燐(きくりん)の錆にしてやるよッ!!」
ガイオウモンと名乗ったケモノガミはそういって刀をクレニアムモンに向けて掲げてみせたのだった。