ガイオウモンの「菊燐(きくりん)」は怪しい光の軌跡を残し、その軌跡に触れたもの全てを切り裂いていった。そして、2本の刀をひとつにし、大きく跳躍する。シェンウーモンの祠に残されていた聖域としてのエネルギーが刀に一気に収束していく。鮮やかな光を纏ったままガイオウモンは真下に魔方陣を描き、そこにありったけかき集めたエネルギーを一気に放出した。
「ガイアリアクター!!」
シェンウーモンの祠が大爆発を起こし、クレニアムモンを吹き飛ばした。赤い粒子が無数に四散する。その光はガイオウモンのもとに流れ込み、全身を覆っていった。そして溶けていく。
「なるほどねえ、だから霧幻の追憶か。うまいこと考えたねえ。誰の記憶なんだと思ってたが、この世界の記憶なのか」
「どーした、ガイオウモン」
「いやあ、ねえ。どうやらクレニアムモンの記憶がオレに流れ込んできたようだ。てっきり進化するための修練かと思ってたんだが、ありえたかもしれない未来も一緒につれてけって意味らしい。はやい話があれだ、クレニアムモンに進化して突破口を開くこともあるだろうってことよ」
「えっ、マジで!?進化できるってことか?」
「それが間違えた未来の果ての進化でも、オレの力になるってんなら、たしかに受け取ったぜ」
ガイオウモンはコテモンに戻ってしまった。
「でもまあ......正直これでもかと記憶や感情が流れ込んできやがってかなりしんどいなこれ。ちょっと休ませてくれ。チャツラモンがでてこねえあたり、まだ終わっちゃいないんだろうからよ」
「だ、大丈夫かよ、コテモン」
「大丈夫、大丈夫」
「慣らせってことか?」
「たぶんな」
目に見えている破滅の道に突き進んでいく俺を見るのはしんどすぎるんだがコテモンがいうとおり、たしかにチャツラモンは声すら聞こえない。修練はまだ終わっていないようだった。
どんな記憶が流れ込んできたのか話を聞きながら、しばらくして、コテモンがガイオウモンに進化できるくらい回復したから俺たちはシェンウーモンの祠から出ようとした。そしたら、空間が歪んでまた同じ場所に戻ってきてしまったのである。
さっきと違うのはクレニアムモンと『主』の眷属の軍勢がいないこと。シェンウーモンの祠の最奥にハルがたった一人でたっていたことだろうか。そのかわりに『主』の霧があたりに充満しており、早く逃げないと眷属たちに引き摺り込まれてしまいそうだった。
俺とガイオウモンをみるなり目を丸くしてなにも言わないまま固まっていたハルだったが、明らかに憔悴し切った顔をしていた。
「......よりによって、きみか。きみが現れるのか......これもまた、運命てやつなんだろうか。私はただミユキを元の世界に返してあげたかっただけなのに」
静かに泣き出してしまったハルは、やがて悲壮な覚悟を決めた様子で前を向く。
「......きっときみは信じてくれないだろうな。私はそれだけのことをしたから。でも、勝ったら、少しくらいは話を聞いてほしいな。今更遅いかもしれないが」
ハルが光につつまれていく。ガイオウモン曰く太陰大極図(たいいんたいきょくず)と呼ばれる白黒の丸いマークの意匠を施した紫色の武装。銀色の錫杖。黒い長髪のキツネの獣人は、陰陽師を強く連想させるケモノガミだった。
クズハモンという名前からして安倍晴明の母親とされている葛葉のキツネが由来のケモノガミなのだろう。
とても細長い灰色のキツネの妖怪がどこからともなく現れて、くるくるとクズハモンの周りにまとわりつき、なにか話している。そして、クズハモンの腰のベルトにある管の中に収まった。
錫杖の鈴が鳴る。
目の前に鮮やかな光を放つ結界が現れ、ガイオウモンを取り囲んでしまう。
「胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)」
真っ赤なお札が四方八方に展開し、そこから式神が飛び出してきて動きを制限されているガイオウモンめがけて襲いかかってきた。
ガイオウモンは菊燐(きくりん)を構えた。そしてすさまじい速さで振るう。その斬撃はすべて怪しげな光を伴って実体化し、そのまま結界を破壊し、式神たちを惨殺し、媒介となるお札をも切り捨ててしまった。切り捨てられたお札がガイオウモンの足元に散乱する。それらを一瞥してから、ガイオウモンはクズハモンをみた。必殺技すら届かないと気づいたクズハモンは、ミユキにごめんなさいと謝りながら霧に飲まれて消えていった。どうやら、この世界の俺はクレニアムモンがいっていたように『主』のところにクズハモンを送ったらしい、
「......」
さすがに気分が悪くなってきた俺は言葉が紡げなかった。
「ほんと、ひどいことしちゃったんだなあ、この世界の俺」
「巡り合わせが悪すぎたとしかいいようがねえところもあるが、たしかに言い分くらいは聞いてやってもよかったな、旦那。ミユキの嬢ちゃんの魂の半分が囚われの身、しかももう半分がしがみついてる肉体まで『主』に憑依されちまったとなりゃこれが限界か、ハル。今のオレはクレニアムモンより相性的には悪いはずなんだが、こうもいとも容易く突破できちまうとなあ」
ありえたかもしれない未来、世界の記憶だ。ここにいるクズハモンはハルそのものではないだろうが、ガイオウモンがいうには本来発揮できる力の4分の1もなかったらしい。
この世界線だと俺がミユキとハルが怪しい事実と状況証拠、リョウを見殺しにした挙句に精神にとどめをさしたこと。ミユキが『主』の配下の探している贄だと黙っていたこと。蓄積してきた全てをハルの言い分を聞く前に並べたてて糾弾したせいで、ハルに対するタクマたちの心象が最悪になっている。タクマの『主』の配下に誘拐されたミユキを助けにいこうというあたりまえすぎる提案にみんなが一瞬でも躊躇するくらいには。
ハルはタクマたちが守ってあげるというからずっとついてきた。信じていたのにミユキを守ってくれなかったと怒っていた。それすら水無瀬教授に八つ当たりしにいってミユキを1人にしたおまえがいうのかと俺がいいかえしたせいでなにも言えなくなってしまったのだ。
リョウに対する所業を黙っておきながら、信じる信じないと矛盾することを口にするハルは俺のド地雷を踏み抜いてしまったから、もう糺弾するスイッチが入った俺は自分で自分が止められなかったのだ。
ガイオウモンに流れ込んできた記憶によればこんな暴言を俺は投げたそうだ。
「なにが信じていただ、被害者ヅラしやがって。おまえはミユキさえいればどうでもいいんだろうがよ。俺たちに微塵も興味がないのはわかってたが、リョウにとどめさしたのはおまえじゃねえか。仲間に危害加えた時点でお前は敵だ、味方じゃない。どのツラ下げてぬかしてんだ、ふざけんな」
なにもいえなくなったハルは完全に孤立してしまったといっていい。なんとか一人でミユキを助けようとして、タクマたちに捨て台詞を残して去り、『主』にミユキを助ける代わりにタクマたちを生贄にさしだす約束をとりつけて『主』側に寝返ることになってしまう。
『主』が憑依しているミユキにひどいことをしないか見守るしかない、眷属たちとともに虐殺に加担するハルの前に現れたのは、よりによって俺だったのはある意味運命だったのかもしれない。
そのとき、俺はこういったそうだ。
「ミユキが『主』の眷属従えて、自分のもう戻れない過去を破壊して回ってるのはなんでだ。シュウジたち取り込んで気づいちまったんだろうよ、元の世界は50年も経ってる、もう戻れないってさ。そんで止めようとしたらおまえは殺しに来たんだ、やっぱ俺の言ったとおりじゃねえか」
全然違うというほかない。
ミユキに憑依している『主』の真の目的は東西南北を守護する四聖獣の居場所を示す祠を探し、四聖獣を殺して封印を解くためだ。場所がわからないために破壊して回っているだけで、はたからみればミユキの記憶から形成された場所を片っ端から破壊しているようにみえるだけだ。
この世界の俺は、処世術としているレッテルはりと人は変わらないと思い込んで考えるのをやめる癖が最悪な形で空回りを産んでいた。
なにもかも中途半端なまま情報をえていて、それを無理やり点と点を線で繋いだためにやっぱりそうだと初めから決まり切った結論に着地してしまっている。
しかも、この状況をなにひとつ矛盾せずに説明できているせいで、ハルは反論することができない。少しくらいは話を聞いてくれといわれたこの世界の俺はなんて返したんだろうか。