空間が歪む。一瞬の浮遊感。気づけば知らない場所にいた。
一面真っ黒な世界だった。息苦しいくらいに圧迫感がある。真っ赤なひかりが点在していて、細くか細い線がそれぞれを繋いでいる。その光の中にはなにかがいるのか拍動しているようにみえる。まるでシナプスみたいだ。その中央に巨大な球体が浮かんでいる。宇宙船のように浮かんでいる。
先端に巨大な円形の鉄の塊にはところどころ突起物があり、真っ赤な光が中央にあり、周りを黒い空洞がいくつも取り囲んでいた。上の方には人型の海賊みたいな風体のケモノガミの上半身がでていて、鉄の塊と融合していた。そのケモノガミはよく見ると帽子や服、武器を持っているケモノガミは骸骨になっていて、真っ黒で無数の人間の手のようなものが支えて動かしているのがわかる。
そいつが腕を振るうと世界全体が揺れた。どうやらあの鉄の塊とこの真っ黒な世界全体が連動しているらしい。あたりを見渡していた俺たちは嫌な予感がして顔を見合わせた。
まさかとは思うがここってタクマがいってた『主』の精神世界とやらじゃないんだろうかとみんな脳裏をよぎったらしく顔が引き攣っている。なんで『主』を正気に戻すのにそんなとこまでいかなきゃいけないんだこれ?!つーかミユキが閉じ込められてるって物理的に助けに行かなきゃいけないやつなのか!?予想外すぎるんだけど!?
ガイオウモンたちがとっさに庇ってくれなかったら、その地響きに巻き込まれて気絶してたかもしれない。
「いきなり容赦ねえなァ、おい」
思わずこぼした俺にリョウが叫んだ。
「おい、あそこ!」
「ミウ!カイトまで!?」
「ミユキもいる!?」
「おいおいおい、マジでどこだよ、ここ。『主』の中とかいうんじゃねーだろうな!?カイトたちがここまでやられるとかやば過ぎんだろ!?」
カイトとミウ、そして少し離れたところにいるミユキが倒れているのを見つけた俺たちはあわててそちらに向かった。見たことないケモノガミたちはたぶんドラクモンとシャコモンの進化系かなにかだろう。ガイオウモンたちにそっちはまかせてカイトたちをのぞきこむ。
「......なあ、ミユキの息がねえんだが」
「なっ!?」
「うそだろ、マジで!?」
あわててミユキのとこにいってみる。掴んだ手はゾッとするほど冷たくて、脈を測るまでもなく、すでに死後硬直が始まっているのがわかる。まさか間に合わなかったのかと取り乱す俺にガイオウモンが首を振った。
「ミユキの嬢ちゃんは一緒にいたろ、スバルの旦那。いくらチャツラモンでも修練のために殺しやしねえよ。死者蘇生なんて芸当できねえさ」
「じゃ、じゃあこのミユキは......?」
「この世界線だと間に合わなかったんだろうねえ」
「そんな......まじかよ、マジでなにがあったんだここ......ミユキが死んだら終わりじゃねえか」
世界線が違うとはいえ、ミユキが死んでる事実に震えがとまらなくなった。この世界線もハルに俺たちが手を下しているはずだからだ。
「カイトは!?ミウは!?大丈夫だよな、そっちは!!」
たまらず叫んだ俺にシュウジたちはうなずいてくれて、心底ほっとする。ミユキをそのままにはさすがにできなくて、俺はかかえたままそっちにいった。ゾッとするほど背中が冷たい。
少しでも戦いに巻き込まれないよう、隅の方に寝かせてやる。カイトたちは怪我はしてないがひどく疲れた顔をしている。これはあれだ、ムゲンドラモンたちが突破出来なくて完全に詰んでた時の俺とよく似てる。カイトとドラクモンがこんだけ苦戦するとかどんだけやべー奴なんだあれ!?
「大丈夫かよ、ふたりとも!」
「大丈夫かい?」
「立てるか?」
乱暴にゆすってみると先にカイトが目を覚ました。
「スバル?!」
いきなり飛び起きて手を掴まれた。
「うわっ、なんだなんだ、どうしたよカイト」
「シュウジもリョウもいるのか......そうだよな、俺たちは間違えてねえもんな、そうだよな」
「お、おう......なにがあったんだよ、やけに弱気だなオイ」
聞いてみるが言葉に詰まったのかカイトは俯いてしまう。心配になって覗き込もうとするとあからさまにそらされてしまう。こっちくんなとこぼされた言葉は鼻声だった。なら手を離してくれとぼやくとそれは嫌なのか無視された。あのカイトが心折れかかってんじゃねえか、どんだけ詰んでんだこの世界線。うわ、聞きたくねえ。
「......なんでここにいるのか、知らねえのか」
「しらねーけど」
「ならいい。話したくねえ。お前らも知らなくていい」
「そうなのか?なら、やらなきゃいけないことだけ教えてくれよ。じゃねーと手を貸しようがないだろ」
なんか半泣きのカイトが乱暴に目尻を拭ってるのが見えた。カイトの声に反応してミウが目を覚ます。やっぱり俺たちをみて半泣きになってしまう。何があったんだこれ。どうやらこの場所はカイトとミウが飛ばされたらしく、ヴァンデモンとマーメイモンは知らないデジモンに進化していた。
俺たちが驚いていると、リトライが入ったのか世界が少しだけ変わっていく。鉄の塊を中心に霧が噴き出してきて、『主』の眷属の大群が迫り来る。
歌が聞こえる。
振り返るとさっき寝かせてあげたはずのミユキが立ち上がって歌っているのが見えた。俺たちが見慣れているボーっとしたままのミユキがいて、カイトがいうにはミユキを庇いながら、あのデジモンを倒さないといけないらしい。
見上げるほどの巨体だった。
「これが『主』なのか?」
「そうだぜ、スバルの旦那。オレもこうしてお目にかかるのは初めてだが、これが正真正銘ケモノガミ世界の管理機構、ケモノガミ世界の『主』そのもんだ。『神』に侵食されちまってるがね」
「え、『主』が『神』だったんじゃねえのか?」
「だいたい一緒だが完全に一緒じゃねーや。いったろ、『主』に実態はねえって。それがなんで目の前にあると思う?管理機構に取り付いてそんなかに寄生しながら、ケモノガミや人間の魂取り込んで力を蓄えてるからだ。そうさせてんのは『神』だからな。どーやらみたところ、『神』すら怨念にのまれちまってるようだがね。まあ所詮はケモノガミの神と頭領の童だ。何千万もの戦乱に消えた人間たちの怨念に勝てるわけがなかったんだな。ついには四聖獣とパートナー、あと頭領と黄竜の魂まで取り込んじまったの」
「じゃあこれ倒しても世界は正常化しないのか!?」
「うそでしょー......こんなに強いのに諸悪の根源の『神』ですらないとか。ウチらなんのために戦ってんのこれ」
「怨念......怨念か」
「カイト?」
「なら、あの鉄の塊じゃねえ。ボルトバウタモンと融合したっつーことはあれだ、あの上半身が本体だ」
「あれ、ボルトバウタモンっつーのか」
「ああ。意味なんざなくたっていいんだよ、俺たちはあいつだけは絶対に倒さなきゃいけない」
おそらく、この世界線だと『主』を撃破したがそれだけだったのだろう。『主』は撃破したが『神』をもとり込んだ穢れの根源である平安中期から元寇の時代にかけての人々の乱れた心、怨念を祓えないままだった。四聖獣の封印がとかれ、ミユキは死に、枷がなくなった瞬間にケモノガミに取り繕くことができる怨念たちはタクマたちには目もくれずにあちらの世界に湧き出して行った。『怨霊』に侵食されたままのケモノガミたちが混ざっているにもかかわらず、門をこじ開け、ケモノガミたちがパートナーに会いに行くために殺到した。世界は完全に繋がってしまった。『主』がなくなっても穢れがすすめばまた霧は出る。噴出するケモノガミと人間をも取り込む怨念の霧。なんの準備もないままケモノガミがやってきたとしたら、待ち受ける未来は不穏さしかない。
それでも、ボルトバウタモンだけは倒さなきゃならないと鬼気迫る勢いでカイトがいうから、俺たちは参戦することにしたのだった。