ミユキを『主』の霧から守るためにあえて飛び込んだ僕を待っていたのは、『主』の精神世界だった。そこにいたミユキがここにいてはいけないと門を開いてくれて、現実世界に帰還した僕は、ケモノガミ世界と現実世界のつながりを知ることになる。
奇しくもその門に巻き込まれたピエモンが現実世界に来てしまい、警察や野次馬の人たちに攻撃し始めたから止めに入った。ピエモンは『主』がなんなのか知らないケモノガミで、『主』に生贄をささげて寵愛を得ていると信じ込んでいた。だから、『主』に現実世界に放り込まれたとき、裏切られたと勘違いしたらしい。
僕らの話はまるで聞いてくれなくて、結果的に激闘を繰り広げるはめになる。自暴自棄になったピエモンは鬼のように強くて、僕らでは倒せなかった。ミユキの歌の力でどうにかケモノガミ世界に戻す事に成功した僕達。ミユキはそのままケモノガミ世界に戻って、『主』を倒して仲間を、世界を守るためにいこうと提案してきた。
でも、ピエモンにすら自力で勝てなかった僕は折れてしまった。たぶんケモノガミ世界に戻ったら僕らですら勝てない敵がまだまだいるのに、ミノルたちがいてもどうにかなる戦力差なんだろうか。僕らが一番強いのに。それって死ににいくだけなんじゃないかな。
シュウジさんもリョウも死んでるんだ。ミユキと一緒に帰ったらたぶんスバルとも殺し合いになると思うし。
「ごめん、僕戻りたくないよ」
言葉に出したらもう止まらなくなってしまった。予想外の返答に戸惑うミユキとアグモンに僕の口は止まらない。世界を救うという責任感、安全な世界に帰ってきたという安心感で、僕の心はもう限界だった。ミユキとアグモンの必死の説得に狼狽える僕に一通のメッセージが届く。
それは、母さんからのメッセージだった。心配する母さんの一言が、僕の心を完全に塗りつぶした。
「母さんに、会いたい…!」
最早どんな説得も通じないと悟ったミユキとアグモンは、必死に平静を装って光へと飛び込んでいった。アグモンの目には涙があふれていた。
一人現実世界へ残った僕は家へと帰り、母さんと無事再会したけど、それからミユキやアグモン、ほかの仲間が彼の前に現れることは二度と無かった。
時が経った現実世界ではコテモンがいってた通り頻発する異常気象や天災ですさまじいスピードで人類は急速に数を減らしていった。避難所から避難所へ転々と移動する生活が始まっていたのだ。
しかも、あの史跡から霧が噴き出してきてケモノガミがパートナーを求めて暴れるようになって、あるいは霧が人やケモノガミを引き摺り込むようになって、世界は大混乱に陥っていた。
アグモン達の戦いが野次馬の手でSNSに流出し、傍で見守っていた僕は彼らの仲間なのではないかと疑惑の目で見られていた。そんな状態で人と話すこともできず、友人と呼べる存在もなく孤独な日々を送っていた。
友人もいない。明日の保証もない。でも問題ない。自分には母さんがいるから。何があっても母さんさえ居てくれたら。そう思うと、僕は避難所を後にしたのだった。
それがこの世界の僕の冒険の終わりだった。
世界が暗転する。それを見届けた僕とミノルの間には、なんともいいがたい気まずい沈黙が流れていた。あのあとアグモンとミユキがミノルたちと再会したときどうなるのか想像するだけで背筋が寒くなる。これからどうなるのかも考えたくなくて僕は息を吐いた。
「大丈夫だよ、タクマ。タクマはずっとボクらの世界でなんとかしようとしてくれてるんだから。ボクずーっとみてたよ。だからみんなついてきてくれたんだ。だからボクもタクマの隣にいられたんだよ」
いつもより手をしっかり握ってくれるアグモンに僕はちょっと嬉しくなって握り返した。
「......そうだよね、僕たちはあの世界の僕たちとは違うんだ。リョウもシュウジさんも死んでないし、スバルとも喧嘩してない。四聖獣や十二神将のこと、『主』のことだって、ミユキたちのことだって全部ぜんぶわかってる。頑張ってきたもんね」
「そうだよ、タクマ。あれはかなりレアケースじゃね?」
あっさりいいきるミノルに僕は逆に恥ずかしくなる。僕はスバルがミユキを『主』の配下から守ってくれたから、そもそも現実世界に帰るタイミングすらなかった。タイミングがなかっただけで、ああいう風に一人で決断する羽目になったらあり得たかもしれない未来だと思う。ミノルにはそんなとこ見せたことないから、思いつきもしないみたいだ。
「タクマ絶対こんなことしねーと思うんだけどなあ」
「......そんなことないよ、たぶんその時があったら迷ったはずだし」
「でも帰ってきてくれた世界もあるわけじゃん?つーかほとんど帰ってきてくれてるしさ、これが特別なんじゃねーかな。つーかコテモンが言ってたのってこういうことなんだろーな、タクマ」
「そうだね......選ぶことすらできないんだ」
「そーいうことなら、はやく言ってくれてよかったのかもな」
「うん......」
「タクマ?」
「でもさ、なんか嫌だよね。僕が帰ってきても、ケモノガミ達が消えなくてもよくて、僕らの世界も混乱しない方法があるわけじゃないって。だからコテモンは選んでくれっていったのかもしれないけどさ」
「つーかさ、あの写真ばら撒くくらいでケモノガミ達の認知ってやつが広がって、ネットにケモノガミたちの世界ができるなら、今の段階で動画流しまくったらどうなるんだろ」
ミノルはただの思いつきだったのかもしれない。いつもみたいに僕のつっこみ待ちで笑ってるし、アグモンたちはそもそもネットってなあに状態だ。
でも、それは僕にとっては天啓だった。僕の視界を一気に広げてくれる素敵なアイデアだった。
「それだよ!」
「へ?!」
思わず叫んでいた。勢いあまってミノルの手を掴んでぶんぶん振り回してた。
「TwitterとYoutubeの捨てアカって13以上だから大丈夫だよね!?ほかになにか拡散できるようなSNSってあったっけ?TikTokとか?あ、そっか、みんなにやってもらえばいいんだよ!!」
「え、あ、な、なんの話!?なに!?どーしたんだよ、タクマ!?いきなりどーした!?」
「逆に流しまくればいいんじゃないかな、アグモンたちのこと!!だってケモノガミの世界が消えちゃうのは忘れられたからなんだし、広げちゃえばいいんだよ。認知ってよくわからないけど、これからどうするのかは、それを見てからでも遅くないんじゃないかな!!」
「あー、なるほど!タクマ頭いいな!」
「なにいってるのさ、ミノルがいったんだよ!!」
「え?俺そこまで考えてないんだけど!?」
「じゃあ無意識でいったの!?だったら、なおさらすごいじゃないか!」
疑問符が乱舞しているミノルに僕はだーっとまくしたてる。何度か喋っているうちにようやく僕のいいたいことがわかってきたのか、ミノルの表情が明るくなってきた。最初のとっかかりを考えついたことの重要性をやっとわかってくれたみたいで俺ってもしかしてすごい?とやっと認めてくれた。よかったよかった。
「あ、でも、僕らが映らないようにしないと大変なことになるかも」
「やべーとこだけはぶったぎればいいんだよ。どーせ俺たちが土砂崩れに巻き込まれたのバレてるじゃん」
ネットには僕らの名前が既に拡散状態になってるとミノルは嬉々として教えてくれる。アグモンたちがそろそろなにをそんなに盛り上がっているのか教えてくれとお願いしてくるので、僕らはとりあえずiPhoneで写真や動画を撮ろうかと提案したのだった。