ケモノガミ信仰の中心だった水無瀬家はかつて鹿野岸市をおさめる大地主でもあり、分家や婚姻関係で結びつきを強める形で一族を支える者たちによって支えられてきた歴史がある。戦後の農地改革で駅から自宅まで自分の土地から出ずに歩けたという広大な土地や山を失いはしたが、選挙の後援会の中心を担うなど一定の影響力をもっていた。
それも50年前の後継ぎである水無瀬ミユキの神隠しと代理を務めるべきアキハルの記憶喪失を考慮して当主の務めから外されると、水無瀬家の祭事や世話役などの役目は親戚たちが担うようになり、中心的な役割はそちらに移された。
アキハルの両親は禁足地に足を踏み入れたせいで愛娘を失ったうえ、ケモノガミの祟りが一族に降りかかるかもしれない以上、これ以上迷惑はかけられないと鹿野岸市を去った。名目上は残された我が子のカウンセリングと進学に集中するためだったが、水無瀬家の遺産や田畑、山などを全て祭事を継承してくれた親戚筋に譲った。
その譲った先のひとつが三鷹家からみて本家だった。
三鷹家は水無瀬家を支えてきた一族の三男坊が戦前東京に出稼ぎにいき、そこで三鷹家に婿入りしてできた比較的新しいつながりだった。戦中に長男を頼って疎開してきたのだが、戦後の混乱で三鷹家本家や親戚筋は本土引き上げの混乱で帰ってこれなかったか、全滅か戦死し、疎開していた一家だけが生き残った。そのまま鹿野岸市に移住した三鷹家は、スバルの祖父の代に本家が子宝に恵まれないために養子にいった祖父の弟が当主を引き継いだのだが、その息子たちは東京で就職して帰ってこなかった。このころになると都会で定住した子供が帰ってこない家や後継が見つからずに困る家が増えてきていた。
長年ひとり暮らしをしていたものの足を悪くした当主は息子たちを頼って東京にいってしまい、鹿野岸市に残っていた三鷹家が代わりに遺産や母家の管理を引き継いだのだが、それさいわいと他の家からも田畑や山の管理を任されるようになっていく。
結果として水無瀬アキハルが50年ぶりに地方大学の教授になり鹿野岸市に帰ってきたとき、水無瀬家の祭事を行う分家、相談役を担う親戚筋、実質水無瀬家の遺産を管理する三鷹家という状況になっていた。
誰もが高齢なこともあり、水無瀬家の遺産の今後をどうするのか相談役や分家筋、三鷹家と話し合うために呼び出されたのだ。その結果、歴史的な価値がある古文書なんかは鹿野岸市や地方美術館に寄贈し、山や田畑は地域おこし協力隊を雇う法人に譲ることにした。
その過程で遺産の一部の歴史的な価値を調べてもらうために鹿野岸市の文化課にお世話になることになるのだが、そこで水無瀬教授が知り合ったのが三鷹スバルの父親である。彼は幼少の頃から聞かされて育ったケモノガミ信仰に興味をもち、学芸員の道を歩み、過疎化がすすむ鹿野岸市をなんとかするために観光とケモノガミ信仰を上手いこと結び付けられないか考えている男だった。民俗学に精通する水無瀬教授と意気投合し、水無瀬家の遺産である古文書の解読にも協力的だった。
彼は特に水無瀬家と三鷹家本家が深い繋がりを持つに至った先祖のとある絵師に特に熱心だった。ケモノガミ信仰を祀る史跡に描かれたケモノガミ文字の後に壁画は描かれたものであり、それを描いたのが三鷹家本家の先祖だったのだ。朝廷に命じられて史跡に壁画を描くという名誉ある仕事を成し遂げ、霧の向こうに消えた先祖は、実質ケモノガミに捧げられた生贄でもあった。それでも歴史的に価値がある壁画をかきあげた先祖がなにを描きたかったのか知りたいという彼の熱意に押され、水無瀬教授も研究が進んだといってよかった。
その日も学術的調査のために三鷹家本家の蔵に朝から通っていた水無瀬教授は、別の棚で作業をしていた彼から声を掛けられた。
「見てください、水無瀬教授!これはあの壁画の素案ではありませんか!?」
高そうな箱に当時の水無瀬当主と三鷹家本家の連名が書いてあり、朝廷にこれを壁画に描いていいかお伺いをたてる文章の写しが入っていた。清書して和紙に書く前のものなのか、博物館に寄贈したものより状態は悪く和紙の素材も悪かったが壁画の図面と図解が一緒に保管されていた。
史跡は倒壊の恐れがあるからと第三層まであるのは噂されていたが予算が降りずになかなか調査が出来なかったこともあり、実際に手がかりが見つかったのはこれが初めてだった。
「これはすごいな......」
「でしょう!?これなら予算が降りるかもしれませんね!早速原本を電子化しましょう、これ以上劣化したら読めなくなる!」
片付けもそこそこに水無瀬教授と彼は早速鹿野岸市役所に引き返すことにしたのだった。
「ただいまー!」
ミウは朝からご機嫌だった。今日は月に2度あるカイトと両親が保護司さんのところに行く日であり、家から帰ってきたら誰もいない自由な時間だったからだ。ミウはよくわかっていなかったが、傷害事件を起こしたカイトが更生を図るための約束ごとを守るよう話をする日でもあり、生活上の助言や就労の援助などを行い,その立ち直りを助ける日でもある。帰ってきて数日はカイトが神妙な顔をしていつもより干渉してこなくなるし、両親もミウの話をいつもよりちゃんと聞いてくれるからなおのこと、ミウに言わせればラッキーデーだった。
ただ、ストーカーの件もあるし、鍵っ子になるにはミウはまだ信用されてなかったから、隣の三鷹のおじいちゃんのところにお世話になっていた。だから押すのは三鷹家の呼び鈴だ。引き戸を開けておばあちゃんが出てくるのを待っていたミウは、ここからよく見える大きな蔵が開いていることに気がついた。
「おかえり、ミウちゃん。学校たのしかったかい?」
「うんまーね。ねーねー、おばあちゃん。蔵が空いてるけど、どうしたの?」
「あら、ほんとだわ。不用心ねえ......。朝から蔵の整理と調査に大学の先生がいらしてたんだけど、大発見がどーとかで帰っちゃったのよねえ」
「大発見?なになに、お宝鑑定団に出るようなお宝?」
「うーん、古そうな紙だったからお金にはならなさそうだったけど」
「えー、でも昔のすごい人の手紙とかだったら、すごい値段つくって言ってたよ」
「あら、そうなの?おばあちゃん、あんまり興味ないからわかんないのよねえ。おじいちゃん、まだ寄合から帰ってきてないし、わかんないわね」
「そっか」
「鍵かけないとね、泥棒に入られたら大変だわ」
おばあちゃんは家の奥から南京錠の鍵と昔からありそうな鍵とカラクリみたいなよくわからない形状の鍵を出してきたものだからミウの目は輝いた。
「なにそれ、ふつーの鍵じゃないやつ!」
「あはは、そんな珍しいかい?ならちょっとおいで。これはねえ、こうするのよ」
おばあちゃんは昔からある鍵の掛け方を見せてくれた。さすがに蔵の中は見せてくれなかったが、泥棒が入るようなお宝やすごいものがたくさんあるんだろうなあ、とワクワクするくらいには好奇心をかき立てられた。
「さ、おやつにしましょうか」
「はーい」
ミウはお茶の間でおやつをつまみながら、わざわざ録画してくれている好きなバラエティやアニメをみていた。宿題をやろうとランドセルをひっくり返していたら、台所からおばあちゃんがスバルさんのお父さんを怒っているのが聞こえた。泥棒がどうとか聞こえるからそりゃ怒られるに決まってる。ミウだってもし家の鍵をかけずに外に遊びに行ったら怒られるんだから、大事なものがたくさんあるはずの蔵を開けっぱなしにしたらそれは怒られるだろうと思った。
「ねえ、おばあちゃん。さっきの大発見の話、聞いてもいい?」
だがそんなことどうでもいいので、ミウは聞くのだ。そっちの方が面白いから。おばあちゃんにお年寄りケータイを受け取って、ミウはスバルさんのお父さんにケモノガミ信仰について初めて聞くことになる。
難しいことはよくわからなかったが、おじいちゃんやおばあちゃんが言う昔話が本当にあるのだとわかった瞬間にオカルト大好きなミウのテンションは跳ね上がった。うっかり禁足地の目印は年中咲いてる彼岸花とか原理不明の光がどーとか聞かされれば、散歩したときに見かけたあそこら辺かと代々察しはついた。
今からでも行きたかったが、なんかあったらおばあちゃんから両親に連絡が行くだろうし、ただでさえ一人でうろつくのはカイトが許さないだろう。仕方ないからミウは次の家族が出かける日まで我慢したのだ。忘れ物したから学校にいったん戻るといって家を出た。
そして見つけるのだ。いかにもジブリに出てきそうな注連縄のある怪しいトンネルのその先に、寂れた神社と史跡を。その日からミウのお気に入りの場所になった。おじいちゃんやカイトたちにに散々怒られたが構わなかった。
クラスメイトはみんな観光神社がケモノガミ信仰の神社だと思ってるがあれは偽物で、ほんとの神社をミウは知っている。それだけでミウのお気に入りになるには充分だったのである。
さすがに神隠しには逢いたくないから、お供えのおやつをもっていってお参りはしていた。そういえば今回はうっかり忘れてた気がする。あれ、神隠しにあったのそのせいだったりするのかなと思わなくもないミウだった。