遊園地を守るぼろぼろの城壁の唯一の入り口は、あいかわらずチェーンで巻かれているだけだ。たった数日の女王様の不在は、ある種の宿命さえをも思わせる荒廃をその場所にもたらし、雨雲のような重苦しい空気をそこに漂わせていた。
その理由はおそらく扉の両脇をムゲンドラモンの配下である機械型のケモノガミが物々しい武装に身を固めて二組になって見張っているからだろう。正面突破はできそうにない雰囲気だ。
「非常時の脱出口ならいくつかあるよ。案内するからついてきて」
ミウに言われて城壁沿いに見回りしているケモノガミたちを避けて、近くの森に入った俺たちはその道の先に井戸を見つけた。
「ここね、空井戸なんだ。ここから城の地下に行けるの」
「地下?地下ってまさか、僕たちが閉じ込められたあの牢屋?」
「え、あそこって脱出できたの?」
「わああっ、いつの話してるのみんな!やめてよ、スバルさんせっかく知らなかったのにー!」
「ミウおまえ、なにタクマたち閉じ込めてんだよ。襲撃あるってあん時忠告したろ」
「うう、だから使いたくなかったのに......あの時はたしかに悪かったと思ってるもん。だからいいかげん忘れてよー!」
かつてのわがままな女王様時代を蒸し返されたくないのか、ミウは俺を真っ先に行かせようとしてくる。仕方ねえなあ。しぶしぶ井戸を潜っていくと、言われたとおり大人が余裕で歩けそうな通路になっていて、原理不明の明かりがついていた。
「迷子になるからね、ウチについてきて」
複雑に入り組んだ地下迷宮を迷う事なく歩いていくその先で、牢屋みたいな所に出た。ミウはそこを素通りして、隠し通路を突き進む。ようやく建物の中に出た。どうやらジジモンの家のようだ。
外はいつかのようにケモノガミの子供たちは誰もいない。無人の遊園地が広がっている。
メリーゴーラウンドの電源が切れたのか、陽気な歌の中で動いているはずの木馬たちがカタン、カタンと命をなくすように動きを止めている。
ラーメンに入っているナルトみたいなデザインのネオンで目まぐるしく色を変えながら光っているはずの観覧車が動きを止めている。
椰子の木が生い茂る広大な庭園プール、典型的な高級リゾートホテルの造りの城。三つの円を組み合わせた凝ったデザインのプールの傍らでは、野ざらしにされた白いベンチが朽ちかかっている。敷き詰められたタイルの目地からは、濃い緑色の雑草が我が物顔で伸びている。
全てのガラスを失った窓枠のペンキはすっかりはげおちて変色し、壁は各所でぐずぐずに崩れ落ち、鉄扉は赤く錆び、石壁には落書きがある。
歯が抜けたような荒廃の大通りの両脇には、カラフルな今にも崩れそうな古い家が並び、ほとんどの窓は錆付いたようにぴったりと閉じられ、わずかに開いた窓からは色あせたカーテンがのぞいている。クラシックなオモチャの自動車の残骸が、無残な姿をさらしていた。
その全てが揺れる。地震ではない。砲撃だ。見るも無惨な形で遊園地のアトラクションが次々に破壊されていく。その正体はいわなくてもわかる。並行世界の俺が必ず死ぬ場所である以上、やはりこの遊園地を襲撃してきたのはムゲンドラモンが率いる機械型ケモノガミの軍勢だった。ここに長居しては見つかるだろう。俺たちはすぐに地下に戻ることにした。
「しっかし、外は誰もいなかったな」
「ムゲンドラモンたちしかいないみたいだったね」
「ねえ、もしかして、この前みたいに家の中にこもってるのかしら?なら助けにいかないと、また小さい子たちが犠牲に......!」
「ううん、大丈夫だと思うよ、アオイさん。落ち着いて」
「ほんとう?でも......」
「ミウの嬢ちゃんのいう通りだ。落ち着きな、アオイの嬢ちゃん。修練ん時と一緒にしちゃいけねえや、シェンウーモン様はまだ力を失っちゃいねえから十二神将はまだいる。消滅してねえならこっちのもんだ。クンビラモンは予知できるし、分身だってできる。避難誘導くらい朝飯前よ」
「あ、そ、そっか......そうよね、よかった」
「そうそう、だから、みんな城に集まってるんだと思う。そっちいこっか」
地下は城まで続いており、避難経路としての役割を果たしているようだった。地下から見たことがある城の中に入った俺たちは、女王の部屋でジジモンたちと再会することになる。遊園地全ての小さなケモノガミたちが集まっているものだから、足の踏み場もない。
「ジジモン、よかったー!間に合った!」
ミウは大喜びでジジモンに抱きついている。
「おまえさんたちも無事じゃったか、よかったわい。たった4日だというのに、本当に久しぶりじゃのう、ミウ」
「うん!」
小さなケモノガミたちは、女王様が帰還したと一気に歓喜に包まれていく。よほど慕われていたらしい。あっという間にミウは埋もれて見えなくなってしまった。つられて笑った俺たちをざっと見てから、ジジモンは肉球がついた茶色い手が先についた棒を手にすると城下に広がる軍勢を見下ろした。
「来てくれると信じておったぞい」
そういってジジモンはその棒を振りかざす。
「四聖獣様たちの試練に挑んでおるところ、申し訳ないんじゃがこのありさまじゃ。クンビラモンたちに加勢してやってくれんか、わしはここから離れるわけにはいかんのでな」
棒の先に光が走る。窓から放たれた光が放物線を描いて広がっていき、機械型ケモノガミたちに襲い掛かる。肉体の一部が機械化しているケモノガミは一瞬で蒸発したようにいなくなってしまった。だが全身が機械に覆われている上官クラスのケモノガミたちには光は弾かれ、四散してしまった。
「むう......やはりダメか。どんな姿をしていようとケモノガミには心があるからの。ほんの少しでも良心が残っとれば、そこから悪いことをしているという自覚があるから、冥府に送ってやれるんじゃがなあ......。これだから機械型のケモノガミは苦手なんじゃ。エネルギーを通じて『主』に洗脳されておるのか、なんの違和感も抱いておらん。あるいは考えを放棄しておるのかもしらんがの。いずれにせよ、わしとは相性が悪すぎる」
さらっととんでもないことを言い出したジジモンに俺たちは言葉を失った。遊園地の本来の守護者であるとわかってはいたものの、一頭身の原始人みたいな姿に完全に油断していたのかもしれない。ジジモンは本気を出したらかなり強いケモノガミだったようだ。修練でみたジジモンは小さなケモノガミたちと逃げることを最優先にしていて、戦う事をしなかったから完全に戦えないんだと勘違いしてた。
ただ、ジジモンのいうとおり、必殺技が敵の心に依存するならムゲンドラモンは天敵だろう。『主』にエネルギーを供給されて遠隔操作されているタイプのケモノガミには成す術がない。心がないわけだから。これは逃げるしかないとなるわけだ、なるほど。
「ジジモンすごーい!これならウチらでもなんとかなるかも!」
「お役に立てたならなによりじゃ。そうそう、この城の中に住人はみんなおるからの。もし外に小さなケモノガミがいたとしても、そいつらはみんな偽物じゃ。くれぐれも騙されんようにな」
「でも、ミユキの歌が使えるんならまた来るんじゃねえか。ピエモンが」
「ありえるわ、気をつけましょう」
やけに強調するカイトとアオイの発言になんかあったんだなあと察した俺は了解と返した。
「みんないるんだから死なないでね、スバル」
「おいこらタクマ。死なねえよ、勝手に殺すな!そもそも喧嘩してねえだろ俺ら!」
「はっはっは、ほんとだねい。さいわい、『主』の霧はシェンウーモン様の加護を前に、遊園地から入りこめねえみたいだからな。無限湧きする援軍もねえ、エネルギー供給もねえならこっちのもんだ。俺たちも加勢しようぜ」
コテモンの言葉に俺たちはうなずいたのだった。