誰もが蓄積した疲労から惰性で歩いていた森の道が不意に開ける。真正面に飛び込んできたのは、沈みかけの夕日が俺たちの背後から校舎のガラスに射し込んだ光景だった。
「やったー、ついたー!」
「あーもうやだ、つかれた。もう歩きたくない!」
「山道はやっぱしんどいな」
「地下水道はなんだかんだで平地だったもんね」
「どうせならここまで送ってくれたらよかったのに」
「そうそう、クンビラモン分身できるんだからそれくらいさあ」
「いやあ、さすがにそりゃ無理だぜ、お嬢さんがた。ここいらはもうスーツェーモン様の管轄だ、シェンウーモン様の配下は迂闊に入れねえや」
「えー、でもコテモンは入ってるじゃん」
「十二神将は交流あるんじゃないの?」
「それとこれとは話が別だ、諦めな」
「えー」
雑談に興じるミウたちの後ろを歩きながら、俺はここまで目立った戦闘にならなかったことにほっとする。
「あー、やっと帰ってこれたね」
タクマの声にうなずく。赤々とした陽射しの中で、影が揺れている。そのまま下駄箱を抜けて2階の教室に向かった。中に入ると黄昏前の斜陽が小学校の板壁にあたっていた。その屈折した光線が窓から入ってきて、微妙な明るさが部屋中を満たしている。何となく俺は霧幻の追憶でみた空間の浸蝕を感じた。
時間で考えればたった数日で校舎に帰ってきたのだが、ずいぶんと久しぶりな気がしてしまう。バイフーモンの修練で途方もない数のリトライをしたせいか、下手したら数年ぶりの感覚がする。校舎の前に広がる校庭に出たとき、なんとなく帰ってきたという強烈な懐かしさと早く中に入りたいという衝動のままここまで歩いてきた。すっかり俺たちの中では校舎は安全地帯、俺たちの居場所、あるいは拠点という刷り込みがあるのかもしれない。
「さあて、スーツェーモンの祠はあっちの崖だっけ?」
「え、今から行くの?」
「勘弁してくれよ、もうやーだ!くたくたで足が棒だぜ?」
「たしかに。結構遠いからおすすめできねーぜ、少し休もう。な?コテモン」
「そうだねえ、道なき道をひたすら突き進んで崖にある階段を鎖に捕まりながら降りるんだ。無理するのはよろしくないね」
「ちょっと待ってほしいんだ」
「どうしたよ、タクマ」
「遊園地みたいにスーツェーモンのいる地下の最深部にいく近道があるかもしれないと思って」
「なんだって?」
「それマジ?」
「ほんと?」
「証拠があるわけじゃないんだけど、ずっと疑問だったんだ。なんでドクグモンたちが一度は占拠していた校舎の地図を改めて作ろうとしたり、執拗に10日間も襲撃したりしたんだろうって」
「あー、四聖獣を殺すためだけど場所がわからねえって話だもんな」
「うん。だから思いついたんだ。祠がカモフラージュの可能性がでてきた以上、もしかしたら校舎のどこかにあるんじゃないかな。スーツェーモンの鍾乳洞につづく隠し通路が、遊園地の城にあったみたいに」
「なるほどねえ」
俺はいつだったかガジモンが落としていった校舎内の見取り図を広げてみる。よくみると一階にある場所しか書いてない。途中で落としたのだとばかり思っていたのだがもしかしたら。
「地下だから一階だけだよな」
「体育館、職員室、下駄箱、保健室、ランチルーム、あとは校庭のあたりか」
「ガジモンが落としてった地図にもそれしかねーわ、こっちが本命かもな」
「手分けして探してみる?」
「何日もいたのに今更見つかるか?」
「まあまあ、ドクグモンの襲撃からそこまで念入りに探したわけじゃないし、見落としがあるかもしれないよ」
「じゃあ、二、三人にわかれて探してみようか」
「それより先に夕ご飯にしない?」
「遊園地からここまで半日かけて歩いてきたわけだし、先に休憩したいかも」
「いざというとき進化できないとまずいからな、アオイたちの意見に賛成だ」
半日かけて校舎に帰ってきたら夕方になってしまい、とりあえず久しぶりに帰還した拠点でみんなゆっくりしたいらしい。夕食をするために準備に向かったアオイたちを除くみんなでざっと校舎内を見て回ることにした。
「コテモン、ちょっと撮っていいか?」
IPHONEのカメラモードを向けながらいうと、コテモンがどうぞどうぞと横にどいてくれた。時々なにもないところをみると偶に薬箱に入ってそうなアイテムやケモノガミや人間の食糧が映るのだ。しかも一度確認したら俺たち人間でも手に取ることができる。原理不明だがこの世界の謎仕様によって餓死から免れていることを考えればありがたい話だ。
だが今回は違うのである。
「いやいや、動くなよ。コテモン撮りたいんだから」
「え、なんだいなんだいスバルの旦那。藪から棒に」
「え?だってチンロンモンがいってたじゃねえか。あっちに連れて行くには片時も側を離れたらダメで、パートナーから離れたケモノガミは死ぬって」
「あー、はいはいいってたねえ。なんだい、もうエスエヌエスとかいうのにあげちまうのかい?スーツェーモン様の許可えるって話だったろーに」
「違う違う、あっちに帰ったら俺はただの高校生なんだよ。ケモノガミが子供を生贄にささげる悪い神で、教え子まで神隠しにしたって嫌ってる爺さんたちと住んでるんだ。コテモン連れて帰るのか、こっちでしばらく待ってもらうかはともかくとして、今の状況だけでも説明しとかねえとあとが面倒なんだよ。爺さん、鹿野岸市に顔がきくから下手したら面倒なことになる」
「あー、ケモノガミ信仰について詳しい人と住んでるって最初にいってたねえ、そういや」
「メールが通じるようになってるから、とりあえず連絡だけでもと思ってな」
「そりゃありがてえや。その人に認めてもらえりゃ、ケモノガミ信仰について詳しい人が味方になってくれるってことだもんな」
「そういや、『主』の霧から解放されりゃ爺さんたちのケモノガミも生まれたりすんの?」
「まあ、そうなるねえ。今が少なすぎるぐらいだかんな」
「つうか世界中のケモノガミがここにいるんだとしたら、土地が狭すぎるだろ。77億人ほどいるんだぞ」
「『主』の霧が晴れたら広がるだろうよ。いったろ、ここは四聖獣様のお膝元だから霧は晴れてたんだから」
「あー、そんな話もあったっけか。なら大丈夫か」
「念の為聞きやすが、お爺さんが許してくれなかったらどうする気なんでい?」
「え?帰らねえつもりだけど?」
「えっ、マジで?」
「なにいってんだよ、コテモン。そりゃこっちのせりふだ。お前俺から離れたくねえんだろ?しれっと死にそうだから危なっかしくて帰れねえよ」
「えー......?いやあ、嬉しいけどそういうつもりじゃなかったんだがねえ......」
「どういうつもりだったんだよ、他に捉えようがないだろーが」
「いやだからね......?」
「なんでお前がひいてんだよ」
呆れ顔のまま俺はコテモンの写真を撮影した。
「こんなことなら撮っとけばよかったなあ、今までのこと」
「なにいってんでさあ、それどころじゃなかっただろい?」
「それでもだよ」
そして爺さん宛に長い長いメールをうつ。ついでにコテモンの画像を載っけて送信した。電話やメールの着信はぜんぶ切っておくことにした。初めから賛成以外受け付ける気はないからだ。
「あ、いたいた。おーい、スバル、アオイさんが夕ご飯できたっていってた。冷める前に降りてこいよ!」
「りょーかい、今から行く」
「やったね、旦那。いったん休憩と行きやしょうや」
「そーだな」
俺はiPhoneをポケットに入れてそのまま階段に向かって歩き出したのだった。