「よし、かかったわね。今よ!」
インダラモンが陽動して手下たちを引きつけている最中の合図だった。
「言われなくてもわかってらァ!」
『主』の配下の率いる軍勢の完全なる死角からクレニアムモンは襲撃を仕掛ける。インダラモンの言う通り、配下のもつ中途半端な力はなんの役にも立たなかった。いくら敵の真ん中とはいえ最後に自分の身を守れるのは自分の力だけなのに、クレニアムモンの槍に制圧されていった。
「よし、完了だ。出てきても大丈夫だぜ、スバルの旦那」
「お疲れ様、2人とも。大丈夫か?」
「この程度で疲れちゃお仕舞いよ、なんせこれから世界を救わなきゃなんねえんだからな」
「ただしくは世界じゃなくてケモノガミをでしょ」
「おっと、そうだったな。わりーわりー。はやいとこ、この胸糞悪い世界をちっとはマシな世界にしなきゃなんねーからな」
念のためiPhoneのカメラモードであたりを見渡してみるが倒されたケモノガミたちの残滓がノイズを走らせるだけだ。違和感があるものはなにも映らなかった。
「んー、ダメねえ。ここもハズレかァ」
インダラモンのいうとおり、紫色の水晶でできた勾玉はどこにも見当たらない。小さいものだとわかってはいるものの、祠に奉納された1000年前の勾玉だ、どれだけ神聖な力が宿っているかを考えたら、この世界なら間違いなくiPhoneのカメラで映した時になんらかの映り込みが発生するはず。それがないのだから、きっとここにいたケモノガミたちは持っていなかったのだろう。
「もしかしてオレらが倒したり、ほかの連中が倒したりしたんじゃねーだろうな?」
ハズレ続きにクレニアムモンはインダラモンを睨む。骨折り損のくたびれもうけの場合、スバルたちは面倒を被っただけになる。しかも『主』のヘイトを稼いだだけになってしまうから気持ちはすごくわかる。スバルもつられてインダラモンを見た。
「それはないわよ、明らかに途方もない念力が宿ってるはずだもの。そんな勾玉を見逃す馬鹿はいやしないでしょ」
「それもそうか。だーくそッ!どこのどいつが持ってんだよ、くそったれ!」
クレニアムモンが槍を仕舞いながら叫んだときだ。そのときふとあたりに第三者の存在を感じた。『主』の配下は逃げ出したり、亡命したりしたケモノガミ以外は全て殺したからこの場にいるのは3人だけのはずなのにだ。自然とスバルたちは視線がかち合った。
スバルとクレニアムモン、インダラモンのほかに誰かの存在しているような、その体温や息遣いやかすかな匂いをはっきりと感じることができた。でもそれは人の気配ではなかった。それはある種のケモノガミが引き起こす空気の乱れのようなものだった。
そしてその気配はスバルの背筋をはっとこわばらせ、さっとあたりを見回させる。でももちろん何も見えなかった。そこにあるのはただの気配だけだった。
空間の中に何かがもぐりこんでいるような硬質な気配がずっとしている。我が物顔で鎮座している。スバルたちは無意識のうちにじっと息を殺してこの空間にうずくまっていた。どうすることもできない巨大な影を感じる。感じたくないのに、感じる。自分たちを非力だと、小さいと思わせる何かがいるのだ。
「───────そこだ!」
クレニアムモンが槍を向ける。殺気は戦場となったはずれの森の茂みだ。
「誰かしら、出てきなさい。無駄な抵抗さえしなけりゃ、悪いようにはしないわよ」
巨大な法螺貝を構えながら戦闘態勢に入ろうとするインダラモンがいう。がさり、となにかが動いた。2体がいよいよ殺気をみなぎらせる。
「スバルの旦那は下がってな、どうやら新手だ。いいな、オレから離れんなよ!」
うなずくスバル。クレニアムモンとインダラモン目がけて、邪悪な気配を隠そうともしないでそいつは現れた。霧が溢れて一気に視界不良に陥る。そこから見渡す限りたくさんの『主』の眷属が迫り来る。
「ちょっと暴れすぎたか?」
「だからいったじゃないの、試練の一環だって。これコミよ」
「スーツェーモン様も相変わらずな嫌がらせしてくるぜ、くだらねえ」
「ここで死んだらそれまでってことよ、違う?」
「そりゃそうだな」
クレニアムモンたちは戦闘に入った。
「......あれ?」
「どーした、旦那?」
「いや、なんかさっき、あそこに誰か......」
「おいおい、『主』の眷属は成り済ましが十八番だって再三説明したろ?勘弁してくれよ」
「違う、違う!なんかそんな感じじゃなかった!いやだから、違うんだって!iPhoneのカメラになんかうつったんだよ、ケモノガミじゃねーやつが!」
スバルの言葉にクレニアムモンたちは眷属を殺しながら視線を飛ばす。たしかになにかいる気配がする。なぜか眷属とクレニアムモンたちの戦いを静観しているような気配がする。
「確かにこれは神聖な感じがするわね」
「んだと?じゃあなんだ、従者の誰かか?」
「スーツェーモン様のパートナーじゃないわ、そっちはどうなの?」
「ちげえよな?」
「にてるけど違うよな、こんな感じじゃなかった」
逃げる気配はないため、とりあえず先に眷属たちを片付けようとクレニアムモンたちはまた戦場に戻っていったのだった。
しばらくして、『主』の眷属たちを排除すると『主』の霧はいつのまにか晴れていた。
「ちょい待ち、スバルの旦那はここにいな」
何者かが潜む茂みに近づこうとすると制したクレニアムモンが止めるので、スバルはしぶしぶそれを見届けることにする。なにかあってはまずいからと近くでインダラモンが待機する。
「もう『主』の眷属はいねえ、霧も晴れた。逃げねえってことは、アンタオレらになんか用があんだろう?先を急いでるんでね、手短に頼むぜ。それともなにか、実は新手か?ならいつでも来な、相手になるぜ」
挑発するように笑うクレニアムモンの言葉に茂みが揺れた。
「そっちがそのつもりなら相手になってやるよ」
クレニアムモンが槍を一振りすると一陣の風が吹き抜けた。木々を薙ぎ倒し、茂みを跡形もなく消しとばし、あっという間に荒地に変えてしまう。
「ん?」
気配はあいかわらずそこにあるのに姿がない。
「スバルの旦那、iPhoneでなんか見えるかい?」
「残像かなんかか?」
スバルはiPhoneをむけてみた。そしてそのまま固まってしまうのだ。iPhoneをどけてその場所を見てはまたiPhoneを見る繰り返しである。
「どーしたよ、旦那。変なモンでも映り込んでんのか?」
「あそこ、あそこに女の子が......」
「は?」
「あら?」
指差す先には荒地しかない。
「あれ、消えちゃったな」
「ほー、こんなとこに女の子ねえ。ケモノガミじゃなさそうだな」
「そうみたいねえ」
「どんな格好してたよ?」
スバルがいうには真っ白な服を着た少女がじいっとこちらを見ていたという。その少女には足がなかった。髪型や服が古かった。ミユキやハルのような50年前という次元ではなく、時代が違う場違いな服装だった。
具体的には四聖獣のパートナーである従者の少年たちが身にまとう礼服に似た姿をしていたらしい。浮遊する体のままじっとみていた少女は一瞬にして姿を消してしまったようだ。だが、あいかわらず少女と思しき存在の気配はそこにある。
「万が一があっちゃいけねえ、スバルの旦那はそこにいな」
「クレニアムモン、気をつけてな」
「おうよ」
警戒を怠らないまま近づいていったクレニアムモンは地面にきらめくものをみつけて手を伸ばした。
「付喪神かなんかかねえ?」
そこにはクレニアムモンの必殺技を受けたにもかかわらず、傷ひとつない勾玉が埋まっていたのだった。