クレニアムモンから勾玉を受け取ったスバルは一瞬立ちくらみがした。辺りを見渡すと一転して風景が変わっている。
「どこだい、ここは?」
クレニアムモンが困惑した様子で見渡している。見覚えがある史跡と祠、そして目の前には見たことかない祭壇がある。その前には四聖獣の従者によく似た4人の少年たちがいる。口々に祭壇に立つ青年を必死で説得しているところだった。古い言葉遣いだから全てを聞き取ることはできないが、表情や動作からして修羅場なのはたしかだった。
それは在りし日の記憶だった。
ケモノガミと人間がまだ共に生きていた時代、世界の神として、パートナーであるケモノガミを鍛え上げ、究極の存在に育て上げる。旅の理由はそれだけのはずだった。神を制御できる唯一の存在として朝廷に仕えることができれば、水無瀬一族の繁栄は約束されたも同然だ。鎌倉から派遣された4人の童は頭領に任じられた水無瀬ハルチカを筆頭にその過酷な旅を終えて、いよいよパートナーを未来永劫ケモノガミ世界の神として君臨するための儀式に臨んだ。
それは未来永劫、パートナーであるケモノガミも童たちも生きなければならない。生きながら死ねない体になる、すなわちこの地に未来永劫縛り付けられる地縛霊となることを意味していた。
水無瀬ハルチカは残酷すぎる旅の結末を知り、その精神は憎悪に塗りつぶされ、パートナーたる神に自らの身も心もささげて狂気を伝播させ、反乱を起こしたのである。
「同じだ、プルートモンと。全く同じじゃないかこれ!水無瀬ハルチカはパートナーと合体したのか!?」
「それだけじゃねえぜ、スバルの旦那。水無瀬ハルチカはあろうことか、パートナーのケモノガミに自分を捧げやがったんだ。精神的にも物理的にもひとつになりやがった」
「ケモノガミと人間はふたつでひとつなんだろ、じゃあ......」
「ああ、マジモンのひとつになりやがったんだ。もうひとりの自分に自分を喰らわせるなんて共食いみてーなもんだ、まともな精神とは思えねえ」
見上げるほどの巨大だった。12の黄金色の巨大な球体を浮遊させながら8つの赤い目をもつ巨大な龍は、畏怖を呼び起こす咆哮をした。
「これがケモノガミ世界の神......」
「ただしくは神になろうとして、なりそこねちまったケモノガミだねえ」
そこにいたのはたしかに四聖獣のルーツである四神の中心的存在、または、四神の長とも呼ばれている黄龍となるはずだったケモノガミだった。
四聖獣と従者の少年たちが茫然自失といった様子でその惨劇を目の当たりにしていた。彼らはいう。
四神が東西南北の守護獣なのに対し、中央を守るとされる黄竜は、五行説で黄は土行であり、土行に割り当てられた方角は中央、あるいは大地である。それを考えれば竜なのにチンロンモンとは違って浮遊していないのは、文字通り大地の化身だからだ。
大地の化身が汚されていく。天に轟く狂乱した神の叫びが世界全体を汚していくのがわかった。
その神々しい黄金の体がパートナーを食らったことでもたらされた呪詛に汚染され、禍々しい色に変色していく。
大気の状態が非常に不安定になり、雲行きが怪しくなり始めた。たちまち暗雲が立ち込め、雨が激しさを増し、暴風が吹き荒れ始める。
山鳴りがする。山全体がうなるような音がする。
川の流れが急ににごったり、流木がまじりはじめる。雨がふりつづいているのに、川の水のかさがへりはじめる。
「やばいんじゃねえの、これ」
「やばいねえ」
「台風となにがちがうんだこれ!?」
スバルの叫びは的中した。
すさまじい破壊力をもつ土砂が、山から海に目掛けて流れ込んだのである。一瞬にして多くのケモノガミと人命、鹿野岸の人々の財産を奪ってしまう恐ろしい災害が起こった。
「土石流かよ......どんだけやべえんだこれ」
山腹や川底の石や土砂が集中豪雨などによって一気に下流へと押し流される光景が広がっていく。山の斜面や自然の急傾斜の崖、斜面という斜面が突然崩れ落ちていく。
積乱雲が狂乱した神を中心に次々と発生・発達を繰り返し、あっという間にあたりは海のようになっていく。
「神の攻撃は災害そのものなのかよ」
ゾウの何倍もある大きな岩がまじったものもあり、すさまじいいきおいで史跡や祠をおし流していく。あっという間になにもかもが見えなくなってしまった。
「ちょっと、ちょっと。アンタ達大丈夫なの?」
インダラモンに焦ったように肩を揺さぶられていることに気づいたスバルは瞬き数回、あたりを見渡した。
「あー、よかった。勾玉に触れた瞬間、いきなり倒れるからびっくりしたじゃないの。しっかりしなさいよね」
どうやらクレニアムモンも同じだったようで、面目ないと頭を下げている。大丈夫かと言われてスバルは首を振った。心配させてしまったみたいだ。
「これが光った瞬間に『主』の眷属の気配が遠ざかったから、神聖なもののはずよねえ?ほんとに大丈夫なの?なんかあった?」
「なんか、世界がひとつだった時の光景を見せられたっぽいんだよな。水無瀬ハルチカが発狂して、神に自分食わせて天変地異的な」
「あら、そうなの?四聖獣様たちはそのあとで世界をふたつにわけて神を封じたわけだから、その勾玉がみた最後の光景ってやつかしら?そこに水無瀬ユキハはいなかったわけね?」
「いなかったよな?」
「いなかったねえ、どこにも」
「世界がわかれてから祠に奉納したわけじゃないのね、なるほど。そこにいたら事態は変わったでしょうに」
「あー......水無瀬ユキハの後悔もこもってんのかな?」
「水無瀬ユキハが奉納した勾玉だからねえ、水無瀬ハルチカの怨念を目の当たりにしたら思うこともあったんじゃねえかい?」
「なるほどねえ、だから水無瀬ハルチカと意識を共有してる『主』の眷属は離れちゃうわけだ。余計なこと知らせたくないから」
スバルは勾玉を握りしめた。
「これだけは届けてくれってことなんだろうな。『主』の眷属を遠ざけてくれんなら、急いで校舎に戻ろうぜ」
「そうだな、急ごう」
「そう簡単に行くとは思えないけど、まあがんばりましょうか。眷属は近づけないだけで配下はそうじゃないでしょうしね」
インダラモンが言い終わるのも待たないまま、あたりに殺気があることに気づいたスバルたちは意識をそちらに向けた。息を呑む。配下の気配は十やそこらではなさそうだ。それだけ勾玉を持ち去られたら困るのだろう。これから始まる戦いはさらに熾烈を極めそうだという予感があった。
「クレニアムモン、大丈夫か?まだ行けそう?」
「問題ねえや、勾玉だけは落とすんじゃねえぞスバルの旦那。それが『主』に通じる鍵だっつーんなら、それさえ使えば、『主』に至るまでに必要な四聖獣様たちの力を削ぐことなく加護に回せるってことだ。少しでも『主』に届く力が欲しい今、なにひとつ取りこぼすことは許されねえんだからよ」
「そうだな、『主』の眷属が勾玉を嫌がるのは、水無瀬ハルチカの精神体が『主』の中にまだいるってことの証でもある。絆されたら弱体化するんならそれこそが『主』を巣食う怨念の弱点でもあるんだ。タクマたちに持ち帰らねえとな!」
「さあて、こっからがアンタ達の試練の本題よ。いつぞやみたいにリトライできるほど甘くはないからね、気を引き締めて行くわよ」
インダラモンの言葉にクレニアムモンとスバルはうなずく。月夜に照らされて、彼らを見下ろす『主』の配下たちの殺気は勾玉をもつスバルに真っ直ぐに向けられていたのだった。