ピエモンとの戦いで疲れた身体を癒してから、スバルたちはパジラモンが待つ体育館に向かった。すでに深夜が回っている。
「ついてこい、スーツェーモン様がお待ちだ」
パジラモンに促されてスバルたちは下をのぞく。体育館の床を剥いだことで姿を現した井戸は真っ黒な空間がただただ広がっている。心許ない梯子があるだけだ。人ひとりがやっと通ることができる狭さだ。
パジラモンは慣れた様子で降っていく。スバルたちは足を踏み外さないように慎重に降りていく。手や足が痺れてしまいそうになるくらいの時間が流れた頃、ようやく地面に足がついた。広い空間に出た。すでに入り口は見えないくらい深い深い場所のようだ。
クレニアムモン曰く、スーツェーモンは四神の朱雀由来のケモノガミだ。南方を守護する神獣とされる朱雀は、長生の神とされ、天之四霊の一つである。翼を広げた鳳凰様の鳥形で表され、朱は赤であり、五行説では火の象徴で南方の色とされる。神格のある鳥であり、信仰の対象ではあるがいわゆる悪魔や唯一神、列神の類ではないことが最大の特徴である。
ケモノガミ世界を守護する四聖獣ケモノガミの1匹であり、南方を守護し灼熱の火焔を操る。神話の時代より君臨し続け、その存在は伝説化されており、見つけ出す事は非常に困難を極める。
また、並みの究極体のパワーでは倒すことは難しく、その強さはケモノガミの中でも最高峰に位置しており、まさに神そのものである。スーツェーモンは四聖獣ケモノガミの中でも特に気性が荒く、意味無く近づくものは全て焼き尽くすほどである。必殺技は太陽から大爆発とともに噴出されるプロミネンスに匹敵する炎の渦『紅焔(こうえん)』。
配下の十二神将をみるに、決して人間が嫌いなだけの頭が固いだけの存在ではなく理性的な側面を持つのが見て取れる。
四聖獣や十二神将の試練を突破した人間であれば、世話になった礼を含めて耳を傾けるという態度をとっているらしい。だから部下である十二神将達には案外面倒見が良いのだろう。だが人間にも同じではないようだ。
体育館地下の枯れた井戸から広がる鍾乳洞は、今までの四聖獣たちの最深部とは違って汗ばむくらい暑い。階段を一段一段降りるにつれて暑さが増していく。
巨大な灼熱の球体が12個浮遊している。その中央に紅蓮の翼を幾重も巨大な鳥が鎮座していた。高らかに咆哮するたびに鍾乳洞全体が真っ赤に染まり、気温が一気に跳ね上がる。スバルたちは体が焼かれてしまうんじゃないかと錯覚しそうになった。
スーツェーモンはマグマが鳥の形をしているにすぎないのかもしれない。
水無瀬教授がさっそく四聖獣たちにしてきた第三の選択肢を提示する。
『お前たちの提案は随分と都合がいいように聞こえるがな、ニンゲンどもよ。ケモノガミとニンゲンの絆だともてはやし、我々との共存ができると安直な未来を提示するとは浅はかな』
畏怖という感覚はこういうものなのだと突きつけられているようでもあった。
『力を貸してほしい、そういったなニンゲンども。『主』を巣食う怨念から解放し、囚われている仲間や贄となったケモノガミ、ニンゲンをも救いたい。だから会いに来たのだと。そして、ネットワークという新たな地でやり直せと。少しは志ある者たちなのはたしかだが、我らですら成し得なかった御役目を汝らのようなニンゲンどもが本当に成し遂げられるのか?』
灼熱が絶え間なく噴き上げてくる。
『ニンゲンもケモノガミもそれぞれを必要としない秩序を作り上げてから、貴様らの世界でもすでに1000年は経過しているであろう。いくら歪だとはいえだ。それを今更、共存させようなどどれだけ途方もない道なのかわかっているのだろうな?ニンゲンを、ケモノガミを、互いに認知することで、どうあるべきなのか決めるということなのだぞ』
シェンウーモンのいうとおり、スーツェーモンは共存という道を選ぶときに訪れるであろう未来について聞いてきた。きっとこれが四聖獣たちがこの世界の秩序をつくる上でどうしても譲れないものだったのだろう。噴き上げる炎は苛烈さを増していく。
『ニンゲンも、ケモノガミも、戦いが本性だ。ゆえに互いに道具として求める時がくる。それはニンゲンとケモノガミが鏡写しであるがゆえに逃れられぬ宿命だ。ただでさえ、ケモノガミのいないニンゲンの世界ですら争いが絶えぬというのに、そこにケモノガミが入り込んだ時、戦果は瞬く間に全世界に及ぶのは明白。ニンゲンどもよ、汝らがこの世界にもたらすありえた未来を観測したとき、そのほとんどがそうだったのだ。都合よく、おまえたちだけが新たなる未来を切り開けるというのか?我には信じられぬ。そのきたるべき絶望を目の当たりにするのでは遅いのだ。ゆえに我の怒りが理解できようか。シェンウーモンはそれでも対立をとめ、共存できるのもまたニンゲンとケモノガミの真理だと抜かしおったがそんなもの、ただの砂上の楼閣にすぎぬわ』
怒り、悲しみ、悔しさ、憎悪、発狂しそうなほどの激情がないまぜになり、スバルたちに伝わってくるのがわかる。やはりニンゲンが信じられなくなっているのが原因なのだとスバルは思った。
だから正直ちょっとイラッとした。スーツェーモンはいきなり人間の世界にケモノガミがいくことを前提に話を始めたからだ。ちゃんと水無瀬教授がそうじゃない第三の選択肢を懇切丁寧に説明したのに。
「さっきから聞いてりゃ、クンビラモンが外しまくった予知の話かよ。くだらねえ。しかもいうにことかいて俺たちが乗り越えたありえた未来の話かよ。すでにこないことが確定してる世界の話をすんなよ。俺たちが提案してるのはそのどれでもねえだろうが。ちゃんと話聞いてたのか?」
たまらず口を挟んだスバルにタクマたちは驚いて目を向ける。だが四聖獣たちがちゃんと理解して話に応じてくれたのに、スーツェーモンがそうじゃなかったために、論点をずらされたと感じたのだ。大事な話をしてるのに。だからどうしても口が悪くなってしまう。
「インターネットにケモノガミの認知度を高める取り組みをして都市伝説化させて、お前らの存在をネット上に移動させるって話をしてんだぞ?ケモノガミが電気と相性がよくて、認知されるほど存在が強固になるんなら、世界丸ごと移転させることだって可能なはずだ。この世界を構成してる情報が少なすぎるから、俺たちの世界に来るためにはパートナーから離れられないって話なんだし、移転先がネットワークなら最初から世界を作り直すことだってできるだろうよ。俺たちは第三の選択肢を提示してんだ。今すぐ俺たちの世界に来いって話じゃねえよ」
スーツェーモンとしては違う話をしたつもりではなかったようで、イラついたように言葉が返ってくる。
『同じだろう。なにがちがうのだ。ケモノガミがパートナーを求めてニンゲンと出会い、絆を結ぶ。それが素晴らしく喜びに満ちていることは認めよう。だが、幸福は続かぬ。ケモノガミにもニンゲンにも様々な者たちがいる。いずれ争いの道具として利用する者が必ず現れる。ケモノガミはニンゲンの可能性を拡張する存在だが、負の側面も同じなのだ。最初の裏切りは我らの時のようにニンゲンからかもしれないし、汝らの未来のようにケモノガミからもあろう。そのネットワークとやらがニンゲンとより近づく危険性を孕むのならば、認知によりいくらでも変容するケモノガミの性質を考えれば、おまえたちが考える以上の悪意から生み出されるケモノガミなど掃いて捨てるほど現れるだろう。そ奴らにも必ずパートナーたるニンゲンがいるのだとしたら、どのみち不幸しかよばぬ。何時らは、ケモノガミと共存することで目まぐるしく変わるであろう世界の変容に、ニンゲンたちは耐え切れると思うのか」
「はあ?なにいってんだ、やっぱ話聞いてないじゃねえかよ」
「まあまあまあ、落ち着いてよ、スバル」
タクマがあわてて割って入る。難しい話をしているせいで止めに入れなかったカイトたちに変わって、ここからはとタクマが交渉役に出ると無理やりスバルを下がらせた。スバルはしぶしぶ後ろに下がる。
「だからって、君たちがそのまま消滅していい理由にはならないよ。たしかにこの世界は歪んでると思う。生贄を捧げないと霧は晴れないし、四聖獣たちが『主』を封じるために人柱でいつづけないといけない。十二神将たちは転生を繰り返しながら、配下や眷属と殺し合わなきゃならない。でも、ケモノガミが人間に忘れ去られつつあるせいで、この世界に道連れにされる形で消滅しかかってるんだよ?そんなの絶対おかしいじゃないか。君たちはなにも悪くないって僕は思ってる。だからなんとかしたいんだ。そりゃあ、スーツェーモンのいうとおり、いろんな人がいて、いろんなケモノガミがいるんだ。問題だらけになるとは思うよ、最初はさ。でも、いきなり僕らの世界に行くんじゃないんだ。ネットワークでつくるあたらしい世界では、もっとうまくやれるように試行錯誤する時間くらいは稼げるんじゃないかな。それで、やっていけるって思ったら、僕らの世界にくるか、ネットワークにいるか決めたらいいと思うんだよ。やってみようよ、まずはさ。どうなるかなんてまだわからないんだから」
「そうそう、だいたい24万年も引きこもってるくせになにを偉そうに講釈垂れてんだよ。ニンゲン世界がどんだけ発展したと思ってんだよ。スーツェーモンだってわかんねーことだらけじゃねえか」
「だからスバルは黙っててよ、話がややこしくなるじゃないか」
「えー」
「えーじゃないよ。いきなりどうしたのさ、スバル。いつもは本音オブラートに包む余裕あるのにめずらしいね」
「いやだって、なあ......パジラモンたちがあんだけいいやつらだから、スーツェーモンも話がわかってくれるもんだとばかり」
「ありゃ試練だから猫被ってるだけだぜ、旦那」
「マジ?」
「大マジさ。自分の住みやすいように環境変えるのが当然な奴らが、ニンゲンに合わせた世界に作り変えろなんて受け入れられるわけねーだろい」
『ぬかしおるわ、さすがはシェンウーモンの配下だ』
「事実だろい?どいつもこいつも試練だかららしくもねえ理論武装ばっかしやがって。本音は自分たちができなかったのにスバルの旦那たちができるのが気に入らねえからだろーが馬鹿馬鹿しい。そーいうとこが嫌いなんだよシェンウーモン様も、オレもな」
コテモンがクレニアムモンに進化した。スーツェーモンが不意に翼を広げた。鍾乳洞全体が真っ赤に燃える。どうやら図星でもあったようだ。
「オレたちはアンタらとは違うんだってとこ、見せてやろうぜ。それが一番てっとりばやいからな」
スーツェーモンの標的が真っ先にクレニアムモンになったのはある意味当然の流れなのかもしれなかった。