『貴様らに何がわかる。水無瀬ハルチカの発狂に引きずられ、神が発狂し世界が汚されたとき、せめてもの慈悲だと介錯しようとしたらニンゲンが土壇場になって躊躇ったこの絶望感が。おかげで力を振るうことすらできず、なにもできぬまま我らは敗走したのだ。進化すらニンゲンは許さなかった』
スーツェーモンの激情が鍾乳洞全体に熱気をもたらしている。
『すべてはあろうことかニンゲン共は我々ケモノガミの力で介錯できたのに躊躇いおったことが原因よ。結局は自らの決断で頭領を討つことができなかったのだ。同士討ちの汚名を恐れ、友の血で穢れるのを恐れ、ハルチカが恨みつらみを講釈垂れている時点でハルチカの正気は失われていたにもかかわらず、その時点で悠長に説得などせず首を刎ねていれば神も死に、儀式の完了を待たずしてハルチカも神も冥府に送ってやれたものを』
スバルは勾玉を手にしたときにみた幻覚を思い出した。たしかに従者の少年たちは祭壇で反乱の決起を叫ぶハルチカを止めようとするばかりで戦いすらしていなかった。スーツェーモンにとっては裏切られた上に後ろから撃たれた気分だったようだ。
『おかげでハルチカは憎悪に囚われたまま精神を固定され、未来永劫ニンゲンとケモノガミを呪い続ける祟り神に成り下がり、神もまた正気を失ったまま狂い続けることになったのだ。そして閉じ込めることしかできなくなり、我らのパートナーたるニンゲンが人柱になったせいで我らもまた永遠の存在に成り果てたのだ。ニンゲンを殺したくても我が死にたくとも死ねぬ。それから24万年もの無駄な時間が過ぎた。地獄でしかないのだ』
12個の巨大な球体が突如真っ黒になり、光源を失った鍾乳洞の中は真っ暗になった。その真っ黒な球体の縁から立ち昇る紅炎が赤く波打ち始める。そして、磁気嵐を引き起こした。非常に強いオーロラが発生する。荷電粒子の河が流れ、地中の至る所にも強い電流が流れた。スバル達はiPhoneが強烈な熱を帯びていることに気づいて、慌ててポケットから取り出す。
コントロールが完全に失われたiPhoneのあらゆる通信が断絶し、圏外モードになり、一時的にデータが失われる。電子部品の異常が記録される。iPhoneがその負荷に耐えきれず爆発しなかったのはスーツェーモンの力が全力ではない証だろう。
スバル達はなんの影響も感じなかったが、ケモノガミたちはそうではなかった。
「クレニアムモン!?」
突如クレニアムモンがヴァジラモンにまで退化してしまったのだ。ヴァジラモンならまだいい方で、ウォーグレイモンはコロモンまで、あるいはガルルモンまで退化してしまったのだ。
『教えてやろう、ニンゲンとの繋がりが進化を生む。それは互いが持つ力が電気を介して伝わるから起こるのだ。我は太陽のプロミネンスに似た力を持つ。それはお前たちの繋がりを遮断する。ニンゲンと繋がりがあればこそはやく強くなれるのは事実だが、ニンゲンと出会えていないケモノガミのように自力で獲得した力がないケモノガミは本来の自力しか発揮できぬ。長きにわたる旅の果てに、パートナーの力だけでなく、自力で究極の姿に至った我らが四聖獣の力を侮ることなかれ。貴様らは初めから勝つことなどできぬのだと知れ』
「なら、オレの出番だなカイト!」
「おう、やってやれ」
「ピエモンの力を今ここで使わせてもらうぜ」
ドラクモンにまで退化していたにもかかわらず、にたりと笑った影が渦を巻く。そこにいたのはなんとボルトバウタモンだった。
スバルは絶句する。霧幻の追憶で倒した『主』と統合したあのケモノガミになんでドラクモンが進化できるのか理解できなかったからだ。思わずカイトをみるが、カイトはなにも言わなかった。
ただわかるのは、この試練に挑む前にピエモンを倒して魂を吸収することができたドラクモンが、ピエモンの魂を使って自力で進化したということだけだ。
「なんと言おうが貴方がパートナーたる従者の少年の絆を糧に力をえるべきなのは事実でしょう。貴方が少年を許すことができないでいるのなら、本来の力のどれだけ発揮できていないのでしょうねえ?この戦場に従者の少年がいないのは追い出したからですか?どこにいるかわかるはずなのに?離れるとそれだけで力が発揮できなくなるのに?今の貴方はパートナーのいないケモノガミとなにが違うのです?ならば貴方に負ける道理はありませんねえ。なにせ私たちは有り得た未来において得るはずだった力を超えることができたのですから」
ボルトバウタモンが銃を構える。
「永劫の存在だと貴方はいいましたが、従者の少年の魂さえ消耗すれば貴方の存在は維持できなくなるのではありませんか?パートナーとの繋がりをいくら否定しても貴方がケモノガミである以上その事実から逃れることはできぬものです。私の銃は生きていましてね、魂をくらい尽くすこともできる。追尾することなどいくらでもできるのですよ」
放たれた弾丸がスーツェーモンではない全く違う方向にとんでいく。
『やめろ』
スーツェーモンの低い声が響き渡る。一瞬にして弾丸が跡形もなく消失し、地面に真っ黒に焦げたなにかが転がった。
「なるほど、そちらですか。ヴァジラモン、そちらに従者の少年がいるようですよ」
ボルトバウタモンが跳躍する。先程までいた場所は跡形もなく焼き尽くされ、焦げ臭い匂いがあたりに充満した。
「道理で見当たらないはずです。パートナーさえ戦場にいなければ、実質貴方は無敵だ。実に意地の悪いことを考える。だが甘かったですねえ、彼は貴方が心配だったようですよ」
スーツェーモンは4つの目をそちらに向けた。
『なぜ来た、近づくなといったはずだ』
「そんなことできません、スーツェーモン。貴方が死んだら嫌です」
『なにをくだらないことを。そんなこと有り得ぬことだ。できていたら、とっくの昔に焼き尽くしていた』
「ボルトバウタモンのいう通りです、スーツェーモン。魂に永遠はない。いつかは消耗して擦り切れ、消滅するときがくる。だから封印が弱まり、霧は濃くなってきた。今の今まで私が消えない方が奇跡のようなものではないですか」
『黙れ、はやく去るがいい。お前の顔など見たくもない』
「たしかに私たちのわがままでケモノガミ世界は汚され、貴方をここに縛り付けてしまったことは本当に申し訳なかったと思っています。でも、そんなこと言わないでくださいスーツェーモン。私たちはあの選択を誤りだったとは思っていません」
『貴様ッ』
「だって、そうでしょう。私は死にたくなかったし、スーツェーモンも殺したくなかった」
『我らがハルチカたちに負けるとでも思っていたのか』
「ハルチカ殿は別格だった、ほんとうはわかっていたでしょう。スーツェーモン。あの時の私たちはほかの選択肢など選ぶことすらできぬほど弱かったのです。実力的にも、繋がり的にも、ハルチカ殿とファンロンモンを超えることなど一度たりともなかったから、四聖獣と従者の我々は互いに信じきることが出来なかった。だからこうするしかなかったのだと」
『どこまで馬鹿にすれば気が済むのだ貴様ッ、それでもパートナーか!』
「鎌倉から遠路はるばるこの地にたどり着いた時から、この地を治めていた水無瀬家とハルチカ殿にどれだけ尽力いただいたか忘れたのですか。私たちはハルチカ殿についていけさえすればよかった。あの旅路がなにを意味するのか、到達した先でなにが待ち構えているのか。ハルチカ殿に任せきりにして、考えることすらせず、強さだけをひたすらに求めた。力こそ手に入ったけれど、強さなどそれをなんのためにどう振るうべきなのか、考える頭がなければなんの意味もなさなかったではありませんか。ハルチカ殿も我々より少し上なだけの子供だということを愚かにも忘れていたのです」
『それはお前たちが浅はかだっただけだろう!』
「そうです、私たちが愚かだったのです。ケモノガミとニンゲンは鏡写しだとわかっていたのに、真の意味で理解することが出来なかった。貴方は私だ、かつてのように力だけ求め、それなのに為すべきことを為せずに終わった愚かな私」
『黙れ、一緒にするな。我は貴様とは違うのだ!』
球体が燃え盛るように赤くなる。また鍾乳洞全体の温度が跳ね上がる。ヴァジラモンがまたクレニアムモンに進化した。パートナーの従者の少年の精神がスーツェーモンの動揺を誘い、先程より力が大幅に弱体化してしまったようだ。進化が解放されてとりあえず一安心である。
「忘れたのですか、スーツェーモン。皆で決めたでしょう。これは四聖獣の試練中なのです。私情は抑えなさい、終わればどうとでもしなさい。私の魂さえ消滅すれば貴方の怒りが治るというのならば。終わるまではクレニアムモンたちの安い挑発になど乗らず戦い、力量をはかってください。それが今貴方がすべきことなのですから」
従者の少年に諭されたスーツェーモンはしばらく沈黙する。球体が真っ赤に燃えはじめた。翼が広げられる。どうやら、仕切り直しになったようだ。