「私は……いや、もう少し考えさせて」
「分かった」
ウタはひたすら迷っていた。本当にその選択でいいのか。本当に皆が幸せになることができるのか。そもそも、幸せだけが幸せなのか。
シャンクスのような海賊もいると仮定して『奪うこと』にも『生み出す』ものがあるのではないか?
そんな無限ループのような思考がかれこれ一ヶ月ほどウタの中で行われていた。
『お母さん! ごっはーん!』
「はいはい。作るから、それまでお菓子でも食ってなさい」
『イッエーイ!』
昼ご飯の催促を要求してきたムジカに少し呆れながら、ネムはウタの成長を噛み締めていた。
迷うことは悪ではない。思想無き悪や正義に価値がないように、迷った末に生み出した己の価値には悪も正義もない。
悪か、正義かの本質は世界がそれを認めるか認めないかの話である。
そんな事を考えながら、昼ご飯を作り始める。
ちなみにムジカはこの9年程でネムの事を『お母さん』と呼ぶようになった。
流石に『お母さん』と呼ばれるような年齢ではないので、ネムはムジカにやめてほしいと願ったが、上目遣いで可愛らしく『駄目?』とやられた時にはネムの敗北は決まっていた。
更にムジカは中学生くらいの身長ヘ成長しており、ネムは「これ、学生くらいでできちゃったみたいに見られるんじゃ……」と被害妄想をしていた。
ネムは酷く苦しんでいた。
満月の夜が近づくほど、ふとした瞬間に意識がとびかけるのだ。満月の真夜中になるとその激痛は想像を超えるものになる。
己の中で異物が暴れまわる感覚。もし、ネムの武装色の覇気の特性が『あらゆる能力の相殺』で無ければ、すぐに意識を持っていかれる事だっただろう。
断末魔をウタに聞かせないために、近くの洞窟に引きこもっていたが、小さな物陰がネムを見ていた。
それは満月の夜が近づいてきた時だった。
「面倒だなぁ」と自分の部屋から上がり始める月を見ながら、そんな事を考えていると扉にコンコンとノックが発生した。
勢い良く入ってきたのはウタだった。
「お姉ちゃん。昼に私を呼んでたけど何か用?」
「……? いや、私は何も──ッ!」
その時、ネムは油断していた。
左目は血のように紅く染まり、左手と左足は白い毛の獣の姿へ。髪も色素が抜けたように真っ白になり──左手はウタの脇腹を貫通していた。
「あ゛ア゛ア……うわァァァ!!!」
ネムは止まりかけた思考を全力で回す。右手で
ウタを己の手に掛けた事実と満月の夜によって、ネムは意識を持っていきかける。
「お前は誰だ!
『そんなものどうだって良いだろう?』
「お母さん!」
「来るな!」
騒ぎを聞きつけて入ってきたムジカは、その言葉に一瞬たじろぐ。恐らく、ムジカはこのときの己を一生怨むだろう。
ネムは自分の心臓を刺した。
業物『白昼夢』。良業物にも黒刀にも至れぬ失敗作。能力は『あらゆる悪魔の実、覇気の効果を無効化する』というもの。それだけ聞けば強いように聞こえると思うが、実際にはそこまで都合の良いものではない。
確かに覇気を貫通することは出来るが、能力や身体能力による機動力や攻撃力強化は無効化出来ないし、短剣なので使い勝手も悪い。
故に護身用として持ち歩いていたその刃物をネムは心臓に刺した。
『馬鹿……な』
「死ねないと思ったか。家族の絆舐めんな」
ドクドクと血が流れる。ムジカは青ざめた顔で走ってくる。
「お母さん! お母さん!」
「……私の可愛い可愛い娘。私の希望」
「お母さん! そんな事を言ってないで止血を……」
「……私の大切な家族」
ムジカは理解した。もう手遅れだと。ネムは良い笑顔で倒れた。
「……ハッ! ウタ姉ちゃんは!?」
「この風は〜♪ どこからきたのと〜♪」
ウタは笑顔で歌っていた。
ムジカは気がつく、ウタの能力が現実に影響していることに──『覚醒』を
「ウタちゃ──……分かった」
ウタは笑顔でムジカの言いたいことを否定する。ムジカはウタの『覚醒』ならばネムを救えるのではないかと思ってしまったのだ。それを否定されたムジカはもう、やれることは決まっていた。
ムジカはピアノの腕やトランペットの足等の楽器を生み出す。そして、楽器を鳴らし始めた。
──それから何分経っただろう。
ムジカの体感では数時間にも匹敵するような濃密な時間。もう、ウタの目に生気は無い。ムジカには祝福するように光の粒子が纏わりついていた。
「──♪ 〜〜♪」
急に歌が変わる。新曲だ。極限まで集中力を高め、音楽の化身たるムジカにとって容易にその歌を完成させた。
「……ッ!」
生暖かい肉に抱きつかれる。ネムの肉体だ。勿論、その目に生気はない。だが、力強く抱きしめられたムジカは
ウタが歌い終わるまでずっと演奏していた。
もう、時間の概念すらあやふやになったムジカは……皮肉にも曇りが一切ない夜空に、人のものとは呼べない絶叫を発した。
……時間的にこうする他無かったんですよぉ!
ちなみに、作者にとってバットエンドと呼んでいた物語はウタ、ムジカ、黄猿、その他+全人口の3割が犠牲になった上でネムが……ネタバレになるから言えませんね。
さて、章も名前を変えますが次の話でこのルートは一旦終わります。
……一応、これでも元と比べればハッピーエンドに近いんですよ?