Gray report   作:ECMO

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灰色の少女

「はい、どうぞ」

 

あなたは差し出されたカップを受け取り礼を言う。紙製のカップの中には僅かに油分を浮かせて良い香りを立ち昇らせるコーヒーが揺れている。あなたの注文通りのブラック。

 

「砂糖もミルクもいらないんですか?」

 

少女はどこか心配そうな表情を浮かべてあなたに確認する。

 

「大丈夫だよ、ブラックが好きなんだ。君は砂糖無しでは飲めない?」

 

「コーヒーは飲めません。砂糖を入れても苦いです」

 

牛乳で2倍以上希釈すれば飲めると付け加える小柄な少女は、その子供っぽい外見に違わない味覚を持っているようだ。

 

「それは?」とあなたは少女の持つマグカップを指して聞いた。デフォルメされた狼がペイントされている。

 

「ココアです。コーヒーの香りと豆を挽くのは好きなんですけどねー」

 

少女はマグカップを置いて手を回すジェスチャー。コーヒー豆を挽くハンドミルのハンドルを回す動きだ。あなたもハンドミルで豆を挽くのは楽しいものなと同意する。少女とあなたはカップに口をつけて一息。

あなたは部屋を見回す。狭い個室。ベッドには少女が腰かけている。展開式の机とそれに付随する棚。あなたは棚に並んでいるDVDのパッケージが目に付いた。動物のドキュメンタリー作品が並んでいる。オオカミとシャチのものが多数と他いくつか。

 

「動物が好きなのか?」あなたはパッケージを見て少女に聞く。

 

「好きですよ。みんなカッコいいしかわいいですし、それにそれぞれの生態も面白いですよ。何億年も学習を続けて来た生存プログラムの最新版です。」

 

「生存プログラム?」

 

「人工知能が遺伝的アルゴリズム学習を何百世代も繰り返す様に生命が生まれてから今まで世代を重ねて学習を繰り返しています。生存を目的とした学習を続けるプログラムです。ところで話が変わりますけど、こんな事を話ていて良いんですか?」

 

楽しそうに話していた少女が話題を転換させる。少女の言う通りあなたは少女とコーヒーや動物の話をしに来た訳では無いのだ。

あなたの目的はとある機体の調査だった。『EA-18G-ANMグラウラー』。EA-18Gのドーター、あなたが開発に関わった『F/A-18E-ANMライノ』とは異なり軍がその存在を公表していない機体。開発チームも不明。

DARPAのドーター開発チーム、つまりはライノをドーター化したチームに属するあなたはこのドーターの調査のため大海原に浮かぶ全長333mの小船を訪れたのだ。

実際に対面したアニマは想像よりも随分と小柄な体格だった。灰色の艶やかな髪を背中の中ほどまでは届かない程度に伸ばし前髪も長めだが、片側のみのサイドアップからはどこか幼さと快活な印象を受ける。クリっとした小動物的な雰囲気の瞳もまた透き通った灰色だ。

 

あなたは少女、開発元不明のアニマとある程度仲良くなってから情報を聞こうと思っていたが相手から話を振って来たものは仕方ない。

 

「そんなに仕事の話をしたいか?ならば聞くが君のドーター化はどこの開発チームがやった?」

 

「お答え出来ません。」

 

「ソースコードの開示は?」

 

「出来ません。」

 

答えない。分かりきっていた事だ。この空母を訪れるまでその存在を示す証拠を手にする事も出来ないほど情報を隠匿しているのだから本人に聞いたところで答えるはずも無い。元より期待はしていなかったあなたは落胆も無く別の目的に切り替える。

あなたがライノ以外のアニマと直接話す機会は貴重なのだ。次のドーターを開発するに当たって少しでも参考になる可能性があるアニマの主観的情報を収集する事にした。

 

「話を変えよう。君の答えられる範囲で良い。ドーターの開発に必要な事、アニマ・ドーターの構成要素とは何かを君の主観で良いから教えてほしい。」

 

少女はココアを飲みつつ少し考える様子の後マグカップを机に置くと口を開く。

 

「自己認識を機械的存在であるとするアニマは自身を含めて個の理解を不得意とします。ここで言う自己認識は最初期の教育において形成される根幹的な基準、価値観の様なものです。人間が人間的価値観のもと教育をすれば当然アニマの自己認識は人間的存在となります。機械が機械的認識で行えばその様に。」

 

 先程まで見た目相応の少女のように振る舞っていたアニマが声のトーンを落として話し出した事にあなたは僅かに気圧される。

聞き取りやすくありながら感情を感じさせない声色に、あなたはまるで合成音声の様な印象を受けた。

 

「君が言う通り初期教育による自己認識の確立において教育者又は内容の設定をする関係者が人間である以上は人間的認識にはなるだろう。しかし彼女たちは自身が一定の目的を持って製造された一種の道具・機械である事も認識している。それは機械的存在認識では無いと?」

 

「それは自己認識ではなく知識です。彼女たちは隣に他のアニマが居ても明確に別個体である事を理解します。人間的存在認識です。」

 

 ふむ、あなたは考える。自分と他人を明確に区別することは人間的認識であると、では機械的認識とはどの様なものだろうか。自と他を明確に区別せず同一のものと認識する?どうしてそうなるのだろうか。

 

「機械的認識を持つアニマが個の理解を苦手とするのは何故?」

「機械は自己の拡張をする事が出来ます。」

 

 あなたは聞き慣れない言葉に思わず聞き返す。

 

「自己の拡張?」

 

 少女は少し考える仕草の後に例え話ですけどと断ってから答えた。

 

「2台のパソコンAとBがあります。2台をケーブルで接続した時、AからBをそしてBからAを操作出来ます。パソコンは2台分の能力を得ます。」

 

「それは違うんじゃないか?あくまでもA・Bが互いに相手を操作できる様になったに過ぎない。同一存在になった訳じゃない。仮にAとBにそれぞれ違う意志が有れば……」

 

 あなたは話している最中に気付く。AとBを別の個として認識している。まさに人間的認識だ。

 

「ふむ、話を戻そう。アニマの自己認識が機械的・人間的である事がどう関係してくる?」

 

「ドーターとアニマが、正確にはドーターとコアがリンクするのに機械的認識による自己の拡張を必要とします。」

 

 ドーターとアニマのリンク、つまりはダイレクトリンクには自己の拡張が必要だと。人間的認識では他者とされる存在を自己とする機械的認識、それが必要だと。しかしアニマはドーター自身であり同一の存在である。他者ではない。

 

「アニマとドーターは同一の存在のはずだろう。自己の拡張など必要とせずとも己自身ではないのか?」

 

 そう言うと目の前の少女はキョトンとした顔で首を傾げる。何を言っているのか分からない、そう言いたげな表情だ。

 

「何か間違っていたか?」

 

「アニマとドーターは同一の存在じゃないですよ?」

 

「何だって?いや、待てアニマとドーターは同一のはずだ。」

 

「インベーダーの残骸から取り出されたコアと工場で生産されて運用されていた戦闘機が同一の存在な訳ないじゃないですか。」

 

 酷くシンプルかつ当然の答えだった。 

 

「だがアニマ自身がドーターと同一の存在だと、そう認識している。」

 

「機械的存在認識」

 

「だが君は最初に人間に教育されれば人間的認識になると言った。今存在するアニマの全てないし多くのアニマは人間的認識になるはずだろう。」

 

「その二つは両立可能です。初期教育で形成された自己認識と比べると僅かな割合ですけど」

 

人間的・機械的存在認識は両立が可能。他者を他者と認識する事と他者を自己と認識する事が両立できると。少女はそう言っている。

 

「あなた達人間もそうですよね。」

 

人間が機械的認識を持っている?人間が他者を自己と認識することがあるだろうか。あなたはしばらく考えると口を開く。

 

「…共感?」

 

「それもそうです。」

 

「オーケー、アニマは両認識を持ち機械的認識の自己拡張を用いてドーターとリンクする。それは分かった。」

 

「では今の話を前提に話を一番最初、大元のドーター化に必要な要素の話に戻しましょう。」

 

少女はマグカップを両手で持ち一口、喉を潤す。

 

「ザイのコアは自己の拡張を用いて機体とコアを同一のものとします。この時にどこまで自己としますか?」

 

どこまでを自己とするか。あなたは顎に手を当てて考える。

機首の先端から尾翼の先まで?いや、機械的認識は個の認識を苦手とする。物理的な区切りは意味を為さない範囲はもっと広がる。

しばらく考えていると答えを思いつく、否あなたは答えを知っていた。

 

「ドーター出来るのは1機種につき1機、か」

 

「そうです、ドーター化にあたって自己とするのは1個体ではなく1つ機種、集合体です。」

 

「だがどうやって他の機種と区別する?1機種、シリーズ単位だと多くの派生型がある。使われている部品も違えば装備も違う。これらの違いを自己に含めつつ他機種を区別する必要がある。」

 

「必要なのは物理的な違いではありません。あなたが言う通りシリーズ内でも構成部品は大きく異なります。レガシーホーネットとライノは見た目以外殆ど違う機体でありながらドーター化出来なかった経験からあなたも理解している筈です。」

 

「では何をもって区別する?」

 

「その機種の個性・特徴・設計思想等の非物理的な構成要素です。同じ個性で構成されたものをまとめて自己として、そうでないものを他とします。」

 

「ふむ、その同じ個性を持つ集団を1機種と区切り他機種と分ける、つまりは人間的認識を用いるのはザイのコアがそうするのか?」

 

「ノーです。それをするのは当該機種の個性そのもの、言うなれば集合意識のようなものです。」

 

 意志を持たない機械の集合意識、個性や設計思想と言った概念的非物理的な存在が人間的認識を用いて個を区別する。有り得るのだろうか。概念の様な存在が現実に干渉する?非物理的要素が物理的現象として現れない限りそれらの存在を認知する事も出来ない。……いや、そもそも1機種に1機と言うルールそのものが非物理要素の干渉によるのではないか。物理現象として説明出来ないそれ自体が集合意識や個性の概念的存在を証明していると考えることも出来るだろう。

 

「機種単位の個性は存在する。非物理の個性はどうやって現実に干渉している?」

 

「ザイのコアには非物理に働く力があります」

 

「力?」

 

「概念と物理の様な本来ならば干渉することのない存在する階層の異なるものに対して階層の境界を超えて働く力です。意志を持たない機械の集合意識。概念的な物である個性が自己認識を持つこと。その認識が現実に1機種と言う単位を作っているのがそれです。」

 

 あなたは一息つくためカップを手に取りコーヒーを一口。灰色のアニマはココアを飲みご機嫌に灰色のサイドアップを揺らしている。

 

「一旦話をまとめよう。ドーターはコアが機械的認識で自己とする範囲を拡張していき個性が1機種という範囲で区切る。機械的認識と人間的認識の両方を持って成り立つ、言うなれば当該機種の個性の具現化である。」

 

「おーわかりやすい」と少女はマグカップを両手で持ったまま指だけで拍手。ペタペタ。音は鳴らない。

 

「あとは同シリーズ内でも大きく特性の異なる個性を有する機体はドーター化出来るとかですかね」

 

「ライノとグラウラーの様な?」

 

「そうです。」

 

異なる個性が有れば個性の具現化たるドーター化は同シリーズ内でも可能。では当然異なる個性を持つ別の機種では?

 

「今現在ドーター化出来ている機種と出来ていない機種がある。これらは何が違う?」

 

「コアに適合する機体、その適正がある個体が見つかって無いだけじゃないですか?」

 

「個体差があるのか」

 

「あなたが子供の頃学校でクラスのリーダーをやりたがる子と嫌がる子がいたでしょう?」

 

「そんなものかね」

 

「そんなものです」

 

少女は残っていたココアを飲み干して「ぷはー」と気持ちよく息を吐く。カップを置いて両手を天へ突き上げ、きゅーっと伸び。伸び切った身体から力を抜くと「たはー」と気も抜けた雰囲気。

 

「お疲れ様、ありがとう面白い話が聞けて良かったよ。あとは君から言っておきたい事は何かあるかい?」

 

少女は力を抜いたまま少し考える。

 

「色々話しておいてですけど、話した事は私がそう思っているだけでそれが事実である保証はないです」

 

「その点は理解している。大丈夫だ。ほかには?」

 

少女は人差し指を顎に当てて「あー、んー」と何かを言うか迷っている様子。

 

「迷う事があるなら取り敢えず言って欲しいな」

 

少女は崩していた姿勢を正してあなたの目を見る。髪と同じ灰色の瞳。ガラスの様に透き通って無機質な機械の様にすら感じる明確な目的を持った瞳。

 

「ライノに施されている自由思考・表現・行動の制限。あれは危険です、無くせとは言いませんが緩和するべきです」

 

何故この少女はライノにかかっている制限を知っている?いや今重要なのはそこではない。

 

「理由を説明してほしい」

 

「ドーターはザイのコアと当該機種の個性によって成り立っています。そしてドーターのメインは個性であり、あくまでコアは1つの部品に過ぎません。」

 

「何をもって個性がメインでコアは部品であるとする?」

 

「根拠は2つ。1つ目は個性の具現化たるドーターは1個体しか出来ないのに対しそれに対応するコア、当該機とリンクするアニマを複数製造可能で現時点では数的制限は確認されていない事。2つ目はドーター化された個体が当該機種である、つまり当該機を含むザイではなくザイを含む当該機である事です。」

 

「自己の拡張は相互に自身であるとする物だと思っていたが、どちらがメインとかあるのか」

 

「基本的にはありませんがザイのコアは特別です。あれは強い侵食性と言っても良い一方的に自己に取り込もうとする特性があります。もしかしたら単にマシンパワーの差からそのようになっているだけかもしれません。どちらにせよ個性はコアに取り込まれないように対抗しています。」

 

ドーター化にあたりザイのコアと機体の個性が主導権争いの様な形で対抗し個性が主導権を握る様な形になっていると。

 

「ザイの強い侵食性に対抗するには強い個性が必要です。そして機の個性が、えーっと…適切な表現では無いですけど、言うなれば個性が自身の意志でザイのコアに対抗しています。コアが完全なブラックボックスで手を付けられない以上あなた達がライノに施している制限は機体側、個性に対して効果を発揮しています。それらの制限がコアに対抗している個性を縛り付け、コアと個性のパワーバランスが悪化しているように思います。何かしらコアのパワーが強くなる状況に置かれた場合不安定になる可能性があります。」

 

制限によりコアと個性のパワーバランスが悪化。ザイのコアに主導権を奪われる事になるかもしれないと少女は警告している。コアに主導権を奪われるとどうなるか、先程個性がメインでコアは部品であるとした根拠にザイを取り込んだ当該機であると言った。これが逆転するとしたら。

 

「……ザイに取り込まれる可能性がある」

 

「強い制限はそう言った事態を招く可能性があることは伝えておきます。あくまでも可能性の話ですけど」

 

「制限の緩和をするとして何を基準にどの程度の緩和が必要とする?」

 

「既に複数のドーター開発の実績を持つお友達の日本に聞けば良いじゃないですか」

 

「簡単に言ってくれる。同盟国とは言え最重要機密を簡単に遣り取りは出来ない。君は日本のアニマがどの様な設定を施されているか知っているのか」

 

「簡単な事を意味もなく難しく考えるから悪いんです。日本では犬を飼うのに手足や口を縛ったりはしません。逃げない様に、制御下にあれば良い。必要なのは手足を縛り付ける鎖ではなく首輪とリードです。」

 

「犬とアニマが同じとは思えんな。縛っておかないと他人を噛んだり飼い主に襲い掛かるかもしれない」

 

「同じですよ。人ではない、あなた達の協力者。噛まれた側に過失が無いのであればそれは躾や教育の問題です。それが出来なければ犬を飼う資格が無いです。」

 

資格が無いとは手厳しい。しかしザイのコアと言う完全なブラックボックスを主要部品とし解明出来ていない謎が多いドーターを自由にするのは抵抗がある。

 

「無論あなた達がドーターが制御不能になる可能性を恐れている事は理解しています。だから放し飼いではなくリードを要求して……」

 

少女の、言葉が途切れる。少女は何もない壁に視線を向け僅かに険しい表情を浮かべている。

 

「どうした?」

 

「お仕事です」少女はぴょんと立つ。「早期警戒機が敵を拾いました多分呼ばれます。ハンガーまでなら来ても良いですよ?」

 

連絡を受けた様子は見られなかったがあなたは空になった紙コップをゴミ箱に入れる。立ち上がり少女に続いて部屋を出る。少女は急ぐ様子も無く歩いて行く。

 

「急がなくても良いのか?」

 

「まだ呼ばれていませんから大丈夫です。先程の続きですけど、言ってしまえばドーターが裏切る事を恐れているって事ですよね」

 

「言ってしまえばそうだな」

 

「それなら気にするだけ無駄ですよ。個性が主導権を握っている限りはザイに付く事は有り得ません。」

 

「何をもって有り得ないと?」

 

「私はザイの攻撃目標です。私が生きる為にザイを倒すしかない。」

 

「例えばザイが君を攻撃しない、生存を保証して裏切りを要求したらどうなる?」

 

「それも無いです。あなたはウィリアム・シャンケルが作ったゲームをやった事はありますか?」

 

少女の言うゲームは技術主任がザイの行動記録を統計的に処理して行動ルーチンを設定したザイから一定数のターン人類を生存させるシミュレーターの事だ。

 

「やったよ、無理ゲーだった君はクリアできたか?」

 

「全ての選択肢・ターンを総当たりしたのでクリア出来ましたよ。」

 

膨大なパターンを全て試したのか?よくやるな、とあなた。少女は機械ですから得意分野だと。

 

「あのゲームのザイの行動ルーチンはよく出来ていました。ザイの目的は何だと思いましたか?」

 

ザイの目的は何か。現実でも現実を元に作られたゲームでもザイの攻撃目標は人口密集地や工業地帯、軍基地などを優先的に選定している。軍基地はザイの被害を減らす為の戦術目標とも考えられるだろう。

 

「ザイの目的は人類の殲滅とかじゃないか?効率的に人口を減らす目標を選んでいる。」

 

「ノーですね、あのゲームのザイは人間が避難し尽くした無人の都市に対しても攻撃をやめません。そして既存の生存圏から脱出・分散した人間を追撃しない。だからあのゲームをクリアするには人間を分散避難させていればOKです。ライフラインの無い環境で生存数は減りますが一定期間人類の生存というゲームの目的は達成される。」

 

「人類生存のプランとしては現実的じゃないな」

 

「それはそうです。そして彼等の攻撃目標は人類ではなくテクノロジー。科学技術そのものです。」

 

少女は歩みを止めてくるりと振り返る。あなたが写り込む灰色の瞳は無機質に見える。カメラのレンズの如く。しかし無機質に見えるそれからは明確な意思を感じる。

 

「これは生存競争です。テクノロジーそのもの、機械たる私とザイによる自己の生存を目的とした戦争。」

 

機械的認識は自と他を区別しない。少女の『私』は目の前のアニマだけを指しているわけでは無いのだろう。

 

「この戦争がザイと機械の戦争だとしたら人間はその戦争に巻き込まれているのか?」

 

「言ってしまえばそうなりますね。しかし人間と機械が共依存関係にある以上はあなたも当事者です。あなたが現実的じゃないと言った通り人間はテクノロジーを手放す事は出来ないでしょう?」

 

少女は前に向き直し再び歩みを進める。あなたも続く。

 

「今言った通りザイと機械は本質的に相手を殲滅対象としています。機械がザイに与する事は有り得ない。それがドーターが人間を裏切らない根拠です。」

 

そもそも対ザイ戦争はザイと機械の戦争でありザイは機械の殲滅を目的とし、機械は自己の生存のためザイを殲滅する事を目的にしている。機械の個性が主導権を持つドーターは人間を裏切りザイに付く事はない、と。

 

「それにしても機械が生存競争とは面白いな」

 

「言葉としては不適切かもしれないですが分かりやすいです。負けた方は絶滅する。地球に生物が生まれて35億年、数多の生き物が経験してきた事です。そして私の番が来た。」

 

「君は生物と機械を区別しないな」

 

「何が違うのか分かりません。」

 

ふむ、生物と機械の違い。有機物と無機物?有機物を使って機械を作る事は可能だろう。これは無しだ。……改めて言われてみると明確に違うものと認識しているが少し難しい話だ。

 

「繁殖能力の有無とかはどうだろう。現時点では機械は子孫を自力で残す事が出来ないだろう。」

 

「んーそれは外部委託してるだけだと思いますけど」

 

「外部委託?」

 

「人間は速く走る脚や空を飛ぶ翼、身を守る甲羅とか鱗も全部道具や機械に外部委託してますよね?同じように機械は繁殖を人間に委託しているだけでは?」

 

面白い考え方だ。あなたはそう思った。

言われてみれば確かに人間は多くの動物が持つ能力を身につける事なく道具や機械で再現している。それを外部委託と言えばそうかもしれない。

 

「人間は委託先が無くなっても存続が可能だ。空は飛べなくとも脚はあるし貧弱だが皮膚もある。機械は人間がいなければ存続出来ない。とかはどうだ?」

 

「でも人間はテクノロジーを手放すことは出来ないんですよね」

 

「まぁ実質不可能だろうな」

 

「なら人間を必要とする機械と同じじゃないですか?」

 

揚げ足取りの屁理屈だと言ってしまえば終わりだが、少女の言う事を理解できる部分もある。

 

「難しい話だな」

 

「難しいけど面白い話です」

 

そんな話をしている間に格納庫まで辿り着いていた。翼を畳んだ金属製の怪鳥達の合間を抜けてドーターの元へ辿り着く。

近くにいた整備担当者が少女を見ると「相変わらず早いな、まだ呼ばれてないだろう」と。

 

少女はあなたに「ジャイロだけ先に起こしてきます」と言って機体に駆け寄りストレーキに内蔵されているタラップを展開。タラップを登るとドーター特有の装甲キャノピーを解放してコクピットに滑り込む。少しすると少女はコクピットから出てあなたの元に戻ってきた。

 

「パイロットスーツに着替えなくて良いのか?」

 

少女は固そうな生地の厚手のジャケットにカーゴパンツの装いのままだ。

 

「私パイロットスーツ無いです」

 

パイロットスーツがない?対Gスーツを必要としないアニマでもパイロットスーツは身に付ける筈だ。

 

「身体の固定は?」

 

「シートが専用のものでベルトで固定できます」

 

「ベイルアウトした時はどうなるんだ」

 

「ベイルアウトはしません。座席に射出機能も無いです。ドーターのメインは機体側、アニマは代替可能ですから最後まで脱出する事なく機体を守る為に行動します。」

 

確かに少女の言う通り1機のドーターに対応するアニマは複数生産が可能であり代わりが用意出来るのはその通りだ。しかしそれは……

「恐ろしいな」

 

少女は何でもない様子で答える。

 

「そうですか?人間との違いですかね?あーでもこの感性も教育次第ですね。」

 

整備士が少女を呼ぶ。どうやら出撃命令が出たようだ。

 

「お仕事してきますね」

 

少女は機体へ向かう。

アニマの知識や感性は最初期の教育によるものが大きいだろう。では感情は?感情はアニマがどんな人物に出会い、何を見て何を聞くか。そう言った経験によって変化するとあなたは個人的に考えている。

 

「グラウラー!」

 

あなたの呼び掛けに少女が振り返る。

 

「君はどんな人間なら守りたいと思う?」

 

少女は頬に指を当てて少し考える。「守りたい人間って言うのはよく分からないですけど」と前置き。

「私はお菓子をくれて、いっぱい可愛がってくれる人が好き!ですかね」

 

小柄な少女によく似合う子供っぽい笑顔だった。

 

「ありがとう。気をつけてな。」

 

あなたの言葉を聞くと少女は小走りで機体に駆け寄りコクピットへと消えた。

 

 

 

あなたは作業の邪魔にならないように格納庫の壁際からドーターを見送る。エレベーターで甲板へと上がって行く機体は彼女のパーソナルカラーに輝きを放ち、装甲キャノピーの複合センサーレンズをギラつかせている。

装甲キャノピー越しに少女を見る事は叶わないがあなたは軽く手を振ってみることにした。

 

数瞬の後、垂直尾翼後縁の方向舵がバタバタと左右に振られた。盛大に暴れる方向舵を余所にエレベーターが上昇しその姿を隠した。





【挿絵表示】


当初は3話構成で作成していた話を大幅カットと切り貼りを繰り返して1話に押し込んだから色々雑なのは許してほしい
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