Paradise Lost   作:烊々

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前編

 

 

 

 目覚まし時計が鳴るより先に、カーテンの隙間から流石朝焼けの光で目が覚める。

 

「もう朝か……」

 

 少し寝足りないという不満はあったが、夜遅くまでスマホを弄っていた自分が悪い、と言い聞かせ、身体を起こし、寝惚け眼を擦る。

 起きたばかりで食欲などあるはずもないが、体調に支障をきたさないためにも朝食を口に入れ、身支度を済ませる。

 

「さ、行きましょ」

 

 彼女の名はアイエフ。プラネテューヌの諜報員。

 

 

 

 

 

     

       『Paradise Lost』

 

          前編

 

 

 

 

 

 

「イストワール様、ネプ子へと違って私への態度は優しいんだけど、その優しい態度でえげつない仕事量を振ってくるのよね……」

 

 プラネタワーに着き、職場のフロアへ向かう長いエレベーターの中、一人なのを良いことに不満を漏らすアイエフ。

 

「アイエフさん、おはようございます」

「おはようございます、イストワール様」

 

 上司である教祖に挨拶をしながら、頭の片隅に疑問が湧いた。

 いつもは一番に声をかけてくるあの女神がいないのだ。

 

「ネプ子はどこへ行ったんですか?」

「神次元へ行きました」

「……遊びにですか?」

「いいえ、正式な仕事です。神次元にて、キセイジョウ・レイ……タリの女神の力の残滓が確認されたので、調査に行ってもらっています」

「あのネプ子がわざわざ出向いて……?」

 

 普段仕事しないくせに、こういった不測の事態への対応は迅速なネプテューヌに対して、アイエフは素直に感心していた。

 

「とはいえ、向こうでプルルートさんたちと遊んで帰ってくるでしょうし、半分遊びに行ったようなものですけどね。ネプギアさんも連れて行ってしまいましたし」

「あはは……確かに」

 

 アイエフは苦笑いしながら、多々持つスマホのうち仕事用のものを取り出してメールをチェックする。

 

「ん〜……」

 

 そして、未読ゼロと表示された画面を閉じ、イストワールの方へ向き直す。

 

「……やっぱり、例の組織には直接潜入した方が良いと思うんですよね。外から見ても、尻尾を出す気配がありません」

 

 プラネテューヌの諜報員は、ある"動き"に注目していた。

 プラネテューヌ辺境の街のある酒場で、女神の統治を批判する連中が集まり、反女神思想を語り合っているとのこと。そしてそれは一度だけでなく、定期的に集まって行われているらしい。

 

「尻尾どころか本体そのものも初めから存在しない、ということではないのでしょうか?」

 

 イストワールの言う通り、その連中の動きを察知した諜報員の一人が一般客を装い酒場に行ったところ、犯罪組織マジェコンヌのように邪神信仰をしているわけでもなくただひたすら女神に対する不満をぶつけ合っているだけに過ぎなかった、という報告がされ、それ以降新しい情報は更新されていない。

 

「何もないなら何もないで良いんです。ただ女神が好きじゃない連中が集まって女神の陰口を言っている程度のものなら、どこの国でもあることですし」

 

 どんな国であれ、統治者への不満というものは生まれる。不満を持つ者たちを力尽くで排除したところで、国が良い方向へ向かうわけがない。そもそも、思想を持つこと自体は自由であり、それを否定するつもりもない。

 ただ、表面上はそう見えるだけで、水面下では"何か"が動いているかもしれない。たとえそれが杞憂であったとしても「何も問題はない」ことを確認することが諜報員としての仕事なのだ。

 

「こうなれば、私が直接見に行ってきます。何が起こっても対処できると思うので」

「すみません。ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 アイエフにとって、教会に篭ってネプテューヌの残したデスクワークを処理するより、外に出る方が気が楽であったのだ。

 愛用のバイクに跨り、プラネテューヌの辺境例の酒場がある村へと走る。

 

「……ここね」

 

 仲間からの情報や、噂を人伝に辿り、大した時間も掛けずに例の酒場を突き止めることができた。

 そして店に入り、適当な席に着く。

 

「とりあえず……ミルクでも貰おうかしら」

 

 適当に注文を済ませ、周囲に耳を傾ける。

 酒が入った客たちによる反女神についての熱い語り合いは、アイエフにとって聞いていて気持ちの良いものではなかったが、仕事をサボりがちなネプテューヌに非がある批判も多く、教会に属するものとしては逆に参考にもなっていた。

 

「……そういえば、あの女は今日来てないのか?」

「ここ出禁になったらしいぜ。流石に思想が偏りすぎてるからってな」

「確かに、テロでも起こしそうな雰囲気あったもんなあいつ。下手なことされてここ自体が教会に摘発されかねないしな」

「勘弁してほしいよな。俺たちはただ愚痴る場がほしいだけなんだからさ」

 

 そんな中、近くに座っていた客たちの会話が耳に入った。

 『思想が偏っている』『テロでも起こしかねない』。アイエフにとって、聞き捨てならない言葉の数々。

 

「ねぇ、その話、詳しく聞かせてくれないかしら?」

 

 アイエフは、新参者として下手に出ることで、他の客から情報を引き出すことに成功した。

 この店の客の殆どは、女神による統治に不満はあれど、女神そのものが無くなって欲しいとまでは思ってはいないようだった。

 大なり小なり、女神への批判はあるが、公衆の面前で言うわけにもいかず、だからこそこのような場で発散していただけなのである。

 しかし、そんなこの酒場の噂を聞きつけ、別の村からも女神が好きではない者たちが集まってきて、更に盛り上がるようになってしまったとのこと。

 だからこそ、女神批判の一線を越えそうな者

は逆に入れないようになったのである。あくまでここは思想を語る場所、行動を起こす場ではない、ということなのだ。

 アイエフは、情報をくれた客に礼代わりの酒を奢り(経費で)、適当に時間を潰してから酒場を後にした。

 

「意外と楽しかったわね……」

 

 アイエフは、親友を怠け癖によって被った数々の不満を、教会の人間とバレない程度に内容を変えて思いっきり撒き散らして来たため、少しスッキリしていた。

 

「結局、イストワール様が言うように尻尾どころか本体も無かったわね。あの酒場はスルーで良いか。けど……これじゃ報告書に書けることなんて、殆どないようなものね」

 

 その後、独り言を呟きながらバイクで帰り道を走るアイエフ。

 

「問題は……出禁になったある客のこと、か」

 

 ただの過激な市民団体と思いきやゲイムギョウ界滅亡の危機を齎した『キセイジョウ・レイ』の存在もあり、その過激な人物を無視できずにいた。

 聞き込もうにも、出禁になったという事実以外その女の情報を知るものはいなく、手詰まりであった。

 

「……っ⁉︎」

 

 魔力の反応を感じ取り、走行中のバイクから緊急離脱する。

 そして、次の瞬間バイクに光弾が直撃し、ボーナスを貯めて買った愛車が木っ端微塵になった。

 

「何よいきなり……っ!」

 

 アイエフは愛車を破壊された怒りを抑え、カタールを抜き、光弾が飛んできた方向へ向き直す。

 

「何、って私を探してるそうなのでこちらから現れてあげたんですよ」

 

 機械の翼を広げて、太陽を背に浮かんでいる謎の人物。アイエフのよく知る、女神のようなシルエット。

 

「プロセッサユニット……じゃああれは……女神……いや、違う」

 

 しかし、アイエフは違和感に気づいていた。プロセッサユニットのようなもので身を纏い浮遊するその姿は女神そのものだが、漂う雰囲気が異なっている。

 女神が放つ特有の神聖な雰囲気が存在しない。つまりは。

 

「……人間、よね」

 

 困惑はあったが、このタイミングで仕掛けて来たことから、アイエフはすぐに頭の中で答えを導き出す。

 

「あんたが……あの酒場を出禁になった奴ってことよね?」

「そうですね……あそこには私の理想に共感してくれる人がいると思ったんですけど、期待外れでした」

「理想、ね。何が目的? 私が教会の人間だと知ったうえで喧嘩を売ってきたんでしょ? 国家転覆でもしようっての?」

「概ね正解です。私は、今の世界を変えたいんです。あなたと戦うのはその足掛かりのようなもの。私の"兵装"を試すため、と言ったところですね」

 

 女は、自身の装備を見せつけるように言う。

 

「せっかくのご自慢の兵装とやらでやることが、ただの人間を虐めるってだけ? 世界を変えるって割には、スケールが小さいわね」

「そんな謙遜しないでください。細身で有りながらも、鍛え上げられた肉体。常人の域を超えた魔力。素晴らしいじゃないですか、あなた」

「……っ」

 

 褒められてはいるものの、全身を舐め回すように観察してくる女の目つきに、アイエフは少し悪寒が走った。

 

「本当はモンスターとかに試そうと思っていたんですけど、それよりも適切な対象が現れてくれたんですよね。丁度よく」

 

 女は剣を抜き、アイエフに向ける。

 

「報告書のネタが向こうから出て来てくれるなんて、丁度いいわ。あんたの魂……冥界に送ってあげる!」

 

 威勢のいい言葉で返しつつも、アイエフは撤退の隙を探っている。

 もしあの女に女神ほどの戦闘能力があるならば、アイエフの敵う相手ではない。

 

「はぁっ!」

 

 女は掛け声と同時に、空から一直線に突っ込んでくる。

 

「ぐっ……!」

 

 アイエフは、女の剣をカタールで受け止めようとするも。

 

「……っ⁉︎」

 

 女の予想以上のパワーにより、衝撃を殺し切ることができず、吹き飛ばされ、後方の岩盤に叩きつけられる。

 

「うーん……もっとやるのかと思ったのですが、この程度だったのでしょうか? これではテストになりません」

 

 アイエフが叩きつけられた衝撃で粉々に崩れた残骸に、不満げな視線を向けながら女は言う。

 

「ん……?」

 

 すると、巻き起こる土煙によって阻まれた視界から炎の塊がが二発ほど飛んできた。

 

「おっと」

 

 一つは回避し、もう一つは斬り伏せ、残心したまま次の攻撃に備える。

 

「……女神に成り代わるとか言うんなら、私程度一撃で倒してみせなさいよ」

 

 アイエフは、瓦礫を蹴り飛ばし、口に入った砂利を吐き出しながら、嘲るように言い放つ。衣服が汚れた程度で、大したダメージにはなっていない。

 女はその態度を気に留めることもなく、淡々と話し始めた。

 

「……この兵装において、個の強さはそこまで重要ではありません。むしろ世界の強さが個に集まっているこの現状こそ、変えるべきなのです」

「はぁ?」

「女神の力の源、シェアとはどこから来る力ですか? 人の『女神を信じる心』ですよね?」

「……それがどうしたのよ?」

「人間が女神を創り出せる力を持っている。ならば、女神を創り出せる力を人間に還元すれば、人類全体を上のステージへと引き上げることができる……私はそう考えました」

「人間に還元……じゃああんたのそれはまさか……!」

 

 アイエフは、女の兵装が何を源に力を発揮しているのかを言われる前に理解した。

 

「ええ、そうです。人間の信仰から生まれるシェアエネルギーを人間自身の力にできるこの特殊兵装、いずれはこれを量産して世界中にばら撒きます。そして、人が力を得ることで、神への依存から脱した新たな時代を作り上げるのです」

 

 曇りなき眼で、自身の計画を語る女。

 

「人が神の力を借りず自らの手で自らの世界を守ることができる、素晴らしいことだと思いませんか?」

「……っ」

 

 聞いたアイエフは、奥歯を噛み締める。

 この瞬間まで、アイエフは女のことを侮っていた。女の兵装は確かに性能が高いが世界を変えられるほどじゃないと思っていた。性能だけで考えるなら、それは紛れもない真実であり、おそらく、女神の戦闘能力には及ばない。

 しかし、女の言う通り、その兵装が世界中に散らばり、女神にシェアが届きづらくなってしまえば、今の世界の有り様を変えることは容易くなるだろう。

 

「その新たな時代が来たら、女神はどうなるのよ?」

 

 アイエフは、教会に属するものとして、女神とシェアの関係に一般人以上の知識がある。故に、女の言う新たな時代において女神がどうなるかなどわかりきっている。

 

「さぁ? まぁ多分、信仰とシェアが殆ど得られなくなって死ぬんじゃないですか? 死にはしなくても、最低限の生命活動で精一杯になるかもしれませんね。少し可哀想な気もしなくはないですが、時代の変革期には、古きもの悪しきものは切り捨てないといけませんから」

 

 得られたのは、嘲笑混じりの回答。

 

「……そう」

 

 そしてそれは、アイエフの望んだものでもあった。分かりきった答えを問いた理由は、目の前の女を倒す意思の再確認。

 アイエフの中には怒りが湧き起こっていた。それは、愛車を破壊されたからでも、岩盤に叩きつけられたからでもない。

 

「やっぱり、あんたは冥界に送ってやるわ」

 

 アイエフの戦意が変わる。敵の戦力を探るような戦い方から、敵を倒す戦い方に。

 加えて今までの戦闘で、この女には女神ほどの戦闘力は無いことも理解していたので、撤退ではなく撃破を選んだのだ。

 

「……『ラ・デルフェス』!」

 

 アイエフから放たれた魔法、光の波動に包まれた女は、一旦防御の姿勢を取る。

 

「これは……?」

 

 しかし、想定したダメージが襲ってこない。

 

「攻撃ではなく……ただの目眩しか……っ」

 

 アイエフはその隙を突き、持ち前の疾さで死角に回り込んでいた。

 

「『ソウルズ・コンビネーション』ッ!」

 

 女神と共に世界の危機の前線に立ち続けてきたアイエフの技量は、女神を除けばゲイムギョウ界に中でもトップクラス。

 対する女には、剣術の心得がないわけではないが、繰り出されるアイエフの剣技の前に防戦一方だった。

 

「ちぃ……っ」

「焼き尽くしてあげる……『魔界粧・轟炎』!」

 

 体勢を崩したところに、解き放たれる魔力の爆炎。

 

「ぐ、ぅぅ……っ!」

 

 まともに直撃し、自らを焼き尽くさんと燃え上がる炎に怯む女。

 

「……終わりよ!」

 

 そしてアイエフは、この好機を逃すまいと正面から仕掛ける。

 両手に携えたカタールを思い切り振りかぶり、必殺の一閃を放つ。

 

「ですが! 予想通り、です!」

「……っ⁉︎」

 

 アイエフの一閃は、素手で受け止められた。

 女の兵装は、シェアエネルギーによって身体能力を向上させる擬似的な『女神化」であり、武器や装甲で覆われていない部分すらも物理的な強度が増している。

 女は今の今まで、本来は避けたり防御したりする必要のない攻撃まであえて避けていたことで、アイエフが防御を捨てて突っ込んで来る展開を誘発したのだ。

 

「……思ったよりやりますねあなた。正直、負けるかと思いました。テストは終わりです。ここらで終わりにしましょう」

 

 受け止めたカタールをへし折り、無防備になったアイエフを掴み、斬り伏せる。

 

「か……は……っ」

 

 そして空に浮かび上がり、エネルギーを貯め、必殺技(エグゼドライブ)を放つ。

 

「『フォール・オブ・エデン』」

「ぅ……ぁあああああッ!」

 

 技名と共に発生した巨大な光の柱に呑まれ、アイエフは力尽きた。

 

「……殺してはいません。私は人殺しがしたいわけではありませんので。それに思想は違えど、あなたのような強い人間は、私の創る新たな時代に存在する価値がありますから」

 

 女は兵装を解き、アイエフが死んでいないことだけを確認して、その場を去った。

 

「さて、この国の女神が不在の間に、計画を進めるとしましょうか」

 

 

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