実は、自分専用のスマホを持ってはいるがあまり持ち歩かない。
昨日は本当に驚いた。まさかあのライスシャワーさんに話しかけられ、絵を褒めて貰えたなんて。驚きのあまり昨日は集中できず二枚ほどのラフしか書けなかった。
昨日のことは誰にも話していない。……話したいのは山々だけどもなんか自慢していると思われそうだから。
一晩寝たらドキドキは治まった。起きたら顔を洗い、軽くスキンケアをして朝ごはんを食べていつも通りに朝のルーティーンをこなす。白っぽくて短めだけどくせっ毛気味の髪を最低限櫛で梳かし、尻尾は念入りにブラッシングする。尻尾はいつも絵を描くときは投げ出してしまっているので、朝と夕方にはしっかりお手入れしてあげるのだ。そして左耳にパレットを模したお気に入りの耳飾りを付ける。
やることを終えたらお絵描き着に着替える。適当なシャツに紺色のチノパン。そして赤いウマ娘用のベレー帽を被り、黒くてごつごつしたデジタル式の腕時計を左腕につける。いつもこんな感じだ。寒いときは適当にもう一枚羽織ったり、パーカーになったりする。ファッション性より動きやすさと価格のお手ごろさだ。お絵描きに行くのにおめかしする必要はない。ベレー帽?普通の帽子でしょ?そもそも自分がおしゃれすることに興味は無い。でもおしゃれな服飾を描くのは好きだよ?
何を隠そう今日は土曜日。朝から夕方までずっと絵が描ける!今日はどこで描こうかな……よし!今日は公園で描こう!意外とお絵描きの種はそこら中に転がっている。公園で遊んでいる子供たちはとても想像力豊かで、もはや種というよりダイヤの原石レベルと言っても過言ではない。それに肖るとしよう。
ウマ娘が走るときは足元には特に気を使わなければならない。とてもお手頃な価格とは言えないランニングシューズを履き、画材が詰まったベージュ色でシンプルなデザインのリュックサックを背負って家から飛び出した。
ここの公園はいつも賑わっている。犬の散歩をしている人、親子連れ、ジョギング中の人などなど、まさに活気で溢れているとはこのこと。活き活きしている人たちを見ると、こっちも元気が湧いてくる。もちろんここもお気に入りスポットの一つだ。
数人で遊んでいる子供たちから少し離れたところにあるベンチに座る。あんまり近いと不審者みたいになっちゃいそうだから……そういう趣味はないよ?
スケッチブックを開き、とりあえず子供たちを微笑ましいなあという雰囲気を出しつつ眺める。少し離れてはいるがウマ娘の聴力を舐めてはいけない。普通の話し声なら数メートル離れていてもしっかり聴こえる。元気の良い子供たちの声ならもうバッチリだ。
どうやら冒険者ごっこをしてるみたいだ。勇者と王様とお姫様と……忍者?忍者かぁ。かっこいいもんね忍者。僕も好き。
何やらモンスターと戦うみたいだ。各々良い感じの枝を持って想像力を持つものだけが見えるモンスターと対峙する。傍から見れば微笑ましい子供のごっこ遊び。しかし僕には見えるぞ。モンスターと雄々しく戦う彼らの姿が……すごい、王様は徒手空拳だ。素人目に見てもただものじゃない動き……な気がする。…………あぁっ!王様やられちゃった。かなりいい動きで迫力もあったのに……全盛期がだいぶ過ぎていたらしい。お?残った皆に力を託す?皆が力を受け継ぎパワーアップして……すごい熱演だな。みんな子役だったりするのかな。お、モンスターを倒したみたいだ。王様は……戦いを見届けて息を引き取ってしまったようだ……。残った3人は嘆き悲しむけど、立ち上がって、王様の意志を継いで世界の平和を守っていくぞと誓う。ここで物語は終わりみたいだ。演技力すごくない?
とんでもないものを見た。微笑ましいものどころか一大スペクタクルを見ちゃった。僕が小さい頃はあんな話を考えてあんな演技できたかな……無理だろうな。図らずもあの小さいけど大きくて偉大な王様に心奪われちゃったぞ。もっと戦っているところを見たかった。今回は倒れちゃったけど全盛期だったら敵を倒すまで何度でも立ち上がりそうだ。忍者を描こうかなと思ったけどもう今日は王様の気分だ。王様のインパクトが凄すぎた。
こう……ボロボロになっても立ち上がる姿を……意志を残すみたいなのもいいけどこう……不屈の王様って感じで……うーん、ちょっとボロボロすぎるかなあ。でもこれはこれでかっこいいぞ。諦めず立ち上がって顔を下げずに負けるものかと不敵な笑みで、しかも仁王立ち!悪役に見えなくもないけど自分の国の王様がこんなだったら絶対燃えるでしょ。支持率とんでもなさそう。……後ろは国の門にしようか。守ってる感出るだろうし、これなら国を守る不屈の王様って感じで……………………よぉし!
できたできた。平日より長く作業したおかげか深みが出ていていい出来だ。いつの間にか空はオレンジ色になっている。あの名演技を見せてくれた子供たちも帰ってしまったようだ。
辺りをきょろきょろ見回していると一人のウマ娘と目が合った。ウェーブのかかった茶髪、両耳に青いメンコ、右耳には緑のリボン。そして強さが感じられる赤い瞳…………えっ、キングヘイローさん!?黒をベースに緑のラインが入ったドレスがお美しい……
思わず見惚れてしまい慌てて目を逸らす。またしても超有名ウマ娘とエンカウントしてしまった。いや待てまだエンカウントではない目が合っただけ、ちょっとまさかと思って眺めちゃったけど目が合っただけ。不快に思われたかもだけどとりあえず目はそらしたから大丈夫……なんか足音が近づいて来てません?
「ちょっと、そこのあなた」
「はいぃっ!!!」
まさかの声をかけられた。即座に立ち上がり気を付けの姿勢になる。耳と尻尾もピーンとなる。
「そ、そんなに怯えることないじゃない!何もしないわよ!」
「す、すいません…まさか話しかけられるとは思わなくて…えっと…キングヘイローさんですよね…?僕に何か御用でしょうか…?」
恐る恐る問いかけると、キングヘイローさんはゆっくりと口を開いた。
「あなた…絵を描いていたのよね?諦めないとか不屈の王様だとかずっと呟いてて、すごい気迫だったわ。」
……えっ!?声に出てたんですか!?うわぁ……マジですかぁ……恥ずかしいを通り越して消えたい……今すぐ走って逃げちゃいたい……でもそんな失礼なことはできない!……でもこれは……なぁ……うぅ……
「…あなたは、たとえ泥まみれになっても諦めない王様ってどう思うかしら?」
「…?」
自分の失態に悶々としていたら、急にキングヘイローさんに問われる。…急に何の話だろうか。何かよく分からないけど、真剣な顔で……うわ、カッコよすぎる……というか、泥まみれになっても諦めない王様って、もしかしなくてもキングヘイローさんのことでは……?それならもうこう答えるしかないでしょ。
「めっちゃくちゃカッコよくて最高ですっ!!一生ついていきます!!ってなっちゃいますっっ!!」
「ふふふっ!あなた、よく分かってるじゃない!」
つい力がこもって大声で言ってしまい、引かれるかと思ったらキングヘイローさんはとても満足そうに笑った。まぁ沢山のファンがいらっしゃるんだからこの程度じゃ動じないよね。流石だなぁ。カッコいい。というかやっぱりキングヘイローさんのことだったんだ。ちょっとかわいい。
「あなた、名前は?」
「…えっ!?あっ、その、ドロウワールドと申します!」
急に名前を聞かれてまた耳と尻尾が一瞬逆立つ。声が裏返りそうになりつつなんとか答える。
「ドロウワールドさんね。…その絵、見せて貰ってもいいかしら?」
「あっ、どうぞ…」
描いた絵をキングヘイローさんに渡す。心臓の音がどんどん大きくなっていく……冷汗が出てきて……あっ、指先の感覚無くなってきた。生きた心地がしない……覗かれる程度じゃもう特に何とも思わないけど面と向かって絵を見せるのはきっつい!!しかも相手はキングヘイローさんだぞ!?ボロクソに言われることは無いにしても微妙な反応をされたら……考えたくもない!一週間は引きずっちゃうぞ!?
そんなことを考えるている間に、キングヘイローさんは僕の絵をじっくり眺めて、顔を上げた。
「…いい絵ね。」
……えっ?
「もしもドロウワールドさんさえよければ、この絵、頂けないかしら?」
……はっ?
…………えっ!?
「きっ、キ、キングヘイローさんがよろしければ……是非、お受け取り下さい…?」
あまりの衝撃に頭が真っ白になる。なんとか答えたが日本語がおかしくなっている気がする。身体も震え始めた。これ僕今日死なない?
「キングでいいわ。それよりドロウワールドさん、あなたこんなに良い絵を描けるんだから、もっと自信を持ちなさいな。このキングが保証してあげるわ!」
「あ、ありがとうございますっ!!キングさん…僕……もっと頑張りますっ!!」
まさかキングヘイローさんにここまで言って貰えるなんて……!やっぱり今日死ぬかもしれない。というかキングでいいって……!うわぁ……キングさん……美しくてカッコ良くて……顔が……あっつい!!!
赤くなっている顔を少しごまかそうと左手を顔に近づけた。腕時計の数字が目に入る。帰る時間だ!急いで荷物をまとめないと!顔の熱さが瞬時に治まり、急いで片づけを始める。
「ちょ、ちょっとどうしたの!?」
「門限が迫っちゃってるんです!」
夕ご飯は家族そろってじゃないと。何時までに帰って来いとかは特に言われてないけど、これはもう門限と言っても過言ではないだろう。というかすっかりお昼を食べるのを忘れていたので正直お腹がヤバい。
「ごめんなさいキングさん!今日は本当にありがとうございました!それでは失礼します!」
キングさんに90度の礼をして回れ右をして僕は走り出す。僕のエネルギーが尽きる前に家にたどり着かなければ。帰りに事故に遭ったり怪我をしたりしないように気を付けながら。
「…ドロウワールドさん、ね。また会えるかしら?」
キングヘイローは受け取った絵を笑顔で眺めながら一人呟いた。