Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第10話 生きた証、覚え続ける者

 

 連れてこられたリコリス養成所の通路。

 

 その少女は、不安そうにきょろきょろと視線を動かした。

 

「新しくここへ来た人? 迷子になったの?」

 

 掛けられた声に振り返ると、そこに立っていたのは幼年のリコリス候補生の制服を着た二人の少女だった。一人は明るく人なつっこそうで、もう一人は不機嫌そうなしかめっ面に鋭い目付きが特徴的だった。

 

「おい千束。私達も次の訓練まで時間が無いんだぞ?」

 

「良いじゃないフキ、先輩として後輩を案内するくらい。フキの時だってそうして案内してあげたでしょ」

 

「ここへ来るのが一日早かっただけで先輩面すんな!! 大体、あの時は案内どころかお前も一緒に迷子になっただろうが!!」

 

「はぁ……」

 

「そうだ、あなた、お名前は? 私は千束。錦木千束だよ」

 

「春川フキだ。それで、お前は……?」

 

「私は、(はなわ)未来(みらい)……あ、いや……違うわね。もう……」

 

「「?」」

 

 自らの名前を言い淀んだその少女に、二人は不思議そうな顔になった。

 

 養成所の新入りであるその少女は、ふぅっと深呼吸する。

 

 自分の名前は、もう違う。

 

 今日からは。

 

「私は刹那。五島刹那よ」

 

 

 

 

 

 

 

「目が覚めた? 千束……」

 

 医療棟のベッドで横になっていた千束が目を開くと、心配そうに覗き込む刹那の顔が見えた。そのすぐ後ろにはフキも居る。

 

「フキ、先生呼んできて」

 

「あぁ、分かった」

 

 フキが部屋から出て行くと、刹那はテーブルに置いてあったペットボトルを取る。

 

「喉渇いてない? それともお腹空いてる?」

 

「大丈夫だよ、刹那」

 

 ゆっくりと、千束はベッドの上で上体を起こす。

 

「急に倒れるから、びっくりしたわ……」

 

 ひとまずの危険が無いようである事を見て取ると、刹那は傍らの椅子に腰を下ろした。

 

「千束……あなた、どこか体が悪いの?」

 

「……」

 

 千束は、どこか困ったように、笑いきれない笑顔になる。

 

「生まれつき、心臓がね……病気なんだ」

 

「心臓……」

 

「うん。元々、長くは生きられないの」

 

「……」

 

 リコリスは孤児を教育したDA直属の暗殺者。常に生きるか死ぬかの任務に従事する関係上、殆どのリコリスは成人するまで生きはしない。一般的なリコリスの現役は、精々18歳までと言われている。

 

 刹那は思う。

 

 リコリスは基本的に、死を恐れない。孤児である自分達はDAに拾われなかったら生きてはいない。だから命を以て育ててもらった恩をDAに返す。そのようにDAから教育されるし、またそうした精神性を持った者しか、たとえサードであろうとリコリスにはなれないとも言える。もし死にたくない、生き残りたい、長生きしたいと、そんな事を公言しつつファーストになるようなリコリスが居たら、そいつは相当な珍種だろう。

 

 自分はそうした普通のリコリスとは少し違うが……でも死を恐れないのは同じだ。この、新しい名前がそうであるように、自分には今しかない。

 

 それでも、怖い事はある。

 

 リコリスには戸籍が無い。だから任務中に殉職したとしても最初から居なかった事になるし、場合によってはその死の原因自体が無かった事にされる。当然、葬儀など行われないし、墓標を残す事も許されない。

 

 そうして誰でもない自分達が、いよいよ誰でもなくなって、何も遺せずに人の記憶からも忘れ去れてしまう事。それは、死ぬよりも恐ろしい。

 

「……千束、これあげる」

 

 刹那は、自分の腕時計を外すとナイフで文字盤の裏に「Ⅰ」と刻印して、千束に差し出した。

 

「? この時計を、くれるの?」

 

「うん。いつか、あなたが命を全うして死ぬ時が、その時計の止まる時。その、あなたが死んだ時刻で止まった時計を墓標代わりに部屋に飾って……あなたの事を、私が死ぬまで覚えている。決して忘れたりしないから。だから安心して……一生懸命生きて、そして死んで」

 

「普通そこは長生きしてって言う所じゃないかな、刹那……あはは」

 

 顔を引き攣らせて乾いた笑いを浮かべる千束。だがすぐに固さが取れてふっと微笑する。

 

「ありがとう。優しいね、刹那」

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ここからは私一人で行くよ」

 

「気を付けて。私は予定通り、退路を確保しておくから」

 

 テロリストに占拠された電波塔。

 

 非常階段の前に立つのは、ファーストの赤服を着た千束と、セカンドの紺服を着た刹那。

 

「ねぇ、千束」

 

「ん?」

 

「お互い生き残ったら、二人でチームを組まない? 司令には私が掛け合うから」

 

「おほぉ。良いねぇ。名コンビになるよ。きっと。それじゃ私は行ってくるから。刹那はチーム名とか考えてて!!」

 

 猫のように素早く、千束は階段を駆け上がって姿を消す。

 

 残された刹那は、この非常階段前のスペースを確保する為に油断無く身構えた。

 

「そうね……チーム名は『DH』……『Distorted.Hearts』なんてどうかしら? あなたは心臓が作り物。私は心が出来損ない。似た者同士だからね」

 

 

 

 

 

 

 

「む……」

 

 ふわふわとした感覚から引き上げるようにして、刹那は目を覚ました。

 

 視界に入る風景は自分のセーフハウス兼支部の事務所のものではない。リコリス棟の一室だった。机や棚には私物の類が一切置かれておらず、生活感が少しも無い。二段ベッドの下を見ると、ライフルと拳銃を握った王利絵がまだ寝息を立て居る所だった。

 

「夢か……久し振りにここに戻ってきたから、あんな夢を見たのかしら」

 

 寝ぼけていた頭が、休息に覚醒モードに入って記憶が蘇ってくる。数日前から、サードリコリス達に特別訓練を行う為の指導員として本部に招聘されていたのだ。

 

「王利絵。時間よ、起きなさい」

 

「うむむ……敵だ!!」

 

「!!」

 

 室内から銃声が聞こえてきて、通路を歩いていたリコリス達が足を止めた。

 

 こんな事があったものの、朝食を済ませて訓練棟へ行く二人。既に、特訓を受けるサードリコリス達が集まっていた。

 

 王利絵はキルハウスでの訓練を担当する。

 

「では、まず川口さんから」

 

「はい!!」

 

 サードの一人が返事すると、銃を抜いて油断無く構えて射撃スペースに入っていく。

 

 左右に、油断無く気を配りつつ歩いて行って……

 

 左右の壁にほぼ等間隔で空けられた穴に、標的が顔を出した。数は2。

 

「!!」

 

 反射的に、標的に向けて二連射。

 

「はいストップ」

 

 すぐに王利絵が止めた。

 

 穴から出ている標的は、両手を挙げているサラリーマン風の男と拳銃をこちらに向けている男の二つ。サラリーマン風の標的の胸に、小さな穴が空いていた。

 

「川口さん、あなたが撃ったのは一般人です。しかも銃をこっちに向けている方を外してしまった」

 

「う……すいません」

 

「川口さん、あなたはもう死にました。次、有田さん」

 

「はい!!」

 

 交代したサードは、今さっきの失敗から学んで一瞬の違和感も見逃すまいと神経を尖らせて、キルハウス内を移動していく。

 

 そして、標的が上がった。

 

 またしても数は二つ。

 

 どちらも銃を持っている。両方とも敵。

 

 瞬時に判断し、二連射。

 

 どちらも一発ずつ胸部に命中した。

 

 おおっとサード達から声が上がるが、王利絵は渋い顔だ。

 

「ダメです」

 

「えっ……」

 

「射撃の腕は良かったけど、順番が違います」

 

 標的を見ると、一方はサブマシンガンを構えていて、もう一方は拳銃を手にしている。

 

「有田さん、あなたは拳銃を持った方を先に撃ちましたが、まずは強力な武器を持った方から倒すんです。それにサブマシンガンを持った方はこちらに銃口を向けていましたが、拳銃の方はこっちに銃を向けていなかった。後回しで良いんです」

 

「は……」

 

「良いですか。実戦では一瞬の判断が生死を分けます。敵か味方か。敵ならどんな武器を持っているのか、あらゆる情報を一瞬で把握して、適切な判断を下す事。そうする事で、一つしかない命が、少しは守れますから……」

 

「「「はい!!」」」

 

「よろしい。では、最初からもう一度……」

 

 一方で刹那は、シューティングレンジでの射撃訓練の指導が担当だった。

 

 並んだサード達が拳銃を撃っていくその後ろを、刹那が歩いて回っている。

 

「良い? 漫然と撃ちまくるのではなく、常に課題を持って練習に取り組むように。最初の一発が少し外れたなら、次はどうすれば当たるのか、考えながら訓練する事。何故なら考えられる事がそれ即ち、その人間の限界。人間は考えられない事は、努力する事すら出来ないから」

 

「おー、やってるっすね」

 

 声のした方を見ると、サクラとフキがやって来ていた。

 

「この間はどうも」

 

「やぁ、フキにサクラさん。あなた達も訓練かしら?」

 

「あぁ、サボると鈍るからな。お前はサードの指導で来てるんだったな」

 

「えぇ、少し前から」

 

「それじゃあ、見せてくださいっすよ。射撃のお手本」

 

 と、サクラ。

 

「手本を?」

 

「えぇ、先輩から聞いてるっすよ。バケモンみたいな射撃の腕だって。私も射撃には自信があるっすけど、わざわざ支部から指導役として呼ばれるんだから、そりゃ凄いんでしょ? どうぞ、ご指導お願いしまっす」

 

「おい、サクラ……」

 

「良いわよ、フキ。確かに、実力を見せない相手から偉そうに言われたってみんな聞かないでしょうし。最初に私がやるべきだった」

 

 鞄から、愛銃を抜いて動作確認する刹那。

 

「じゃあフキ、悪いけどコーヒーを買ってきてくれる? 3つほど」

 

「え、コーヒー? こんな時にっすか?」

 

「あぁ、あれをやるという事か。待ってろ」

 

 戸惑った様子のサード達やサクラとは対照的に、フキは勝手知ったるという様子である。すぐに紙コップに入ったコーヒー3つを持ってきた。そしてシューティングレンジの、ターゲットと同じ距離に机を置いて、その上に紙コップに入ったコーヒーを3つ並べる。

 

「では今から、あれを狙うわ」

 

「……」

 

 サクラは、少々期待外れという様子だった。確かに紙コップなら、通常の標的よりはずっと小さいから当てづらくはある。だがその程度なら、自分にだって出来なくはない。フキがバケモノと評するような銃技の使い手なら、もっと凄まじい曲芸を披露してくれるのではと期待していたのだが……

 

 ちらりと見ると、他のサードリコリス達も多かれ少なかれ似たような印象のようだった。

 

 そうしている間に、刹那は無造作に片手撃ちで三連射。

 

 紙コップは、一つも倒れていなかった。

 

「あ、あら……?」

 

 拍子抜けしたようなサクラ。サード達からは戸惑ったような声や、失笑が漏れる。

 

 フキだけは落ち着いた表情のままだ。刹那自身も、少しも表情に動揺や驚きが見られない。

 

「あー、そりゃ誰にだって失敗はあるっすよね。もう一度……」

 

「何を言ってるんだ、お前ら。ちゃんと当たっているぞ」

 

「え? 先輩……でもコップは一つも……」

 

「待ってろ」

 

 フキはまずシューティングレンジに入ってしゃがんで何かを拾って、それから3つの紙コップを持ってきた。

 

「ここを見ろ」

 

 紙コップの側面には、中程で引き千切られたようなセロテープが貼り付けられていた。3つとも全てに。

 

「これは……」

 

「紙コップにはテープでコインが貼り付けてあったんだ。ほら」

 

 フキが拳を開くと、掌には着弾の衝撃によって歪んだコインが置かれていた。その数3つ。

 

「刹那は紙コップの側面に貼り付けられていたコインを撃ち抜いたんだよ。しかも紙コップ自体には、少しも衝撃を与えずにな」

 

 もしちょっとでも狙いがずれていたら、紙コップが倒れるか、側面を傷付けてコーヒーが漏れ出すかしていただろう。針の穴という言葉も霞むような一点を正確に通さなければ、ああは行かない。

 

 いつの間にか話し声や笑いは消えていた。誰かがゴクリと唾を飲んだ音がやけにはっきり響く。

 

「飲むか?」

 

 コーヒーを啜るファースト二人。フキはもう一つのコーヒーをサクラに差し出してくる。

 

「い、いただきまっす」

 

 コーヒーを飲んだサクラは「苦っ……」と舌を出した。

 

「五島さん」

 

「!」

 

 別の声に振り返ると、本部の職員が来ていた。

 

「楠木司令がお呼びです。執務室に出頭してください」

 

「分かりました。すぐ行きますから。じゃあ、フキ、しばらくここはお願い」

 

「私がやんのか? まぁ良いけどよ……早く戻ってこいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 執務室では、いつも通りの無表情で楠木司令が頬杖突いて待っていた。

 

「どうだ? サード達の様子は?」

 

「はい、もう少し訓練し直せば何とかなるかと思います」

 

「……そうか。少しぐらい厳しすぎても構わん。リコリス一人の育成にも金が掛かる。最初の任務で死なれては割が合わんからな」

 

「分かりました、司令」

 

「今日、お前を呼んだのはこれを渡す為だ」

 

 執務机のすぐ傍らに置かれていたケースを取り出すと、デスクに置いて開ける。

 

 そこには4本の腕時計が入っていた。どれも同じデザインで、刹那がリコリスへと贈り千束やフキが身に付けているのと同じ物だ。

 

 どの時計も止まっていて、中には文字盤のガラスが割れていたり、ベルトが引き千切れている物もあった。

 

「これが……」

 

「あぁ、この半年の内に死んだリコリス達から回収した、お前の贈った時計だ」

 

「……失礼いたします」

 

 触っても良い事の了解を得た上で、文字盤を裏返す。後ろに刻まれていた数字は「Ⅸ」「ⅩⅦ」「ⅬⅩⅠ」「ⅩⅭⅡ」。9、17、61、92だ。

 

「これで私の元に返ってきた時計は83個……大分、居なくなりましたね……」

 

「リコリスの死は自己責任、あるいは作戦を指示しているDAの責任だ。お前が気にする必要は無い」

 

 少しも慰めているようではない口調と表情で、楠木司令が言った。

 

「気になどはしていませんよ。ただ、私が覚えている事が、せめてもの供養だと思っているだけです。戸籍も無い私達が、誰でもないままに誰の記憶からも忘れ去られるのは、あまりにも酷いと思いますから……」

 

「ふん……」

 

 引き出しを開けると、楠木司令はそこに入っていたあまり厚くはない書類を刹那へと手渡す。

 

 そこには履歴書のように、4名のリコリスの情報が記されていた。

 

 刹那は、流し見するようにほぼ1秒ごとに1ページをめくっていく。

 

 30秒と経たない内に、資料の全てを読み終えた刹那は楠木司令に資料を返却する。司令は手元に置かれていたシュレッダーに書類を突っ込むと、資料は裁断された上で、シュレッダー内で着火して焼却された。

 

「全て覚えました。いつも無理を言って申し訳ありません」

 

「構わん。そこに記されている情報は全て深度の低い略歴ばかりだ。仮にお前が敵対勢力に捕らわれてそれらの情報をあらいざらい喋った所で、DAの機密には到底繋がらん」

 

「はい」

 

「……だが、一つ知っておいてもらおうか。リスクが無いとは言え、リコリスの情報を伝えるのは特例中の特例の措置だとは言える。何故、私がそんな特権をお前に認めているか、分かるか?」

 

「腕が良いからだと自惚れたいとは思っています」

 

「……お前が特別だからだ。特殊と言い換えた方が正しいか」

 

「……出来損ないの、間違いでは?」

 

 どこか自嘲気味に、あるいは皮肉っぽく語られたその言葉に、楠木司令は「言葉遊びはいい」と怒りも笑いも、何の反応も見せなかった。

 

「お前は暗殺部隊『彼岸花』の時代から現在に至るまで、たった一人の例外だからだ。お前のデータを残す事は、今後のDAやリコリスの育成にとって有意義なものだと、判断しているからだ。刹那……いや」

 

 一息置いて、楠木司令は座り直す。

 

「塙未来……100年以上の歴史の中でたった一人、自分の意思でリコリスになった者のデータは、な」

 

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