Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「それで、どうだったの? あなたから見て受け持ったサードは?」
「正直、練度が高いとは言えませんね。あれぐらいの実力で任務に出ようなんて、怖くないのかな」
DA本部の食堂。昼食時間にテーブルを挟んで、刹那と王利絵が語り合っている。
二人の目の前に並ぶ料理を作ったコックは、以前には宮内庁の総料理長を務めていたという。つまり、やんごとなき御方や国賓に料理を振る舞った腕利きなのである。その手による料理は確かに非の打ち所無く美味。
……ではあるのだが、何日かその料理ばかりを食べるようになると、今度は刹那の手料理やハンバーガーなどのジャンクフードが恋しくなるので、人間とは不思議なものだと、王利絵は思った。
「司令にお願いして、あなたの資料を見せてもらったわ」
「!!」
食べながら、王利絵の糸目が少しだけ開いたように刹那には思えた。
「訓練生時代、座学は勿論、実技に於いても極めて優秀。サード、セカンド時代にも優秀なリコリスとして多くの任務を成功させたと」
その後で、ファーストとしての任務成功率は壊滅的だったと付け加える。
「いやだって、安全なのは訓練生の間だけですよ? もしリコリスになる資格無しと判定されたら、私達はDAに捨てられるか、さもなければリコリスよりもっと酷い待遇の仕事をさせられるに決まっているでしょう。いや知らないけど。それが嫌なら、リコリスになっても生き延びられるように、養成所にいる間に死ぬ程訓練するのは当たり前でしょう。なのにサードとは言え正規のリコリスになって未熟な腕前のままなんて信じられません」
「……なるほど」
少し、刹那は王利絵への理解が深まった気がした。
根が几帳面だからというのもあるだろうが、訓練に手を抜かなかった理由は納得が行くし、合理的だ。
王利絵は全知全能が、生き延びる事に特化しているのだ。それもその場その場を凌ぐだけではなく、中長期的な視野も併せ持っている。だからDAに捨てられないように訓練に手を抜いたり、成績が劣等となる事も無い。同じ理由で、敵前逃亡や任務を放棄したりする事も無い。それをやったが最後、DAによって粛正されると分かっているからだ。
本能と理性の両方が、生存に最適化されている。
一朝一夕ではこうした精神性・思考回路にはなるまい。
多分、幼年の訓練生の時からずっとこんな調子で習い性となり、そして今の病的に用心深い人格が形成されたに違いない。
「刹那さんの方はどうです?」
「みんな、サクラさんに言われて手本を見せてからは私の言う事を良く聞いて、真剣に訓練に取り組むようになったわ。あれなら近い内には、及第点に仕上げられるでしょう」
「成る程、手本ですか。確かに一度指導役がやってみるのは大事ですね。次の訓練では私もまず手本を見せてみるかな」
「ん……? あれは……」
「どうしました?」
「あれ、千束じゃない?」
刹那の視線を追って王利絵が振り返ると、食堂の窓から赤服を着たリコリス二人が歩いて行く所が見えた。一人はフキ、もう一人は千束である。
本部勤めのフキがここに居るのは不思議ではないが、リコリコ支部の千束がここに居るのは……?
僅かに考えて、すぐに合点が行ったと刹那は手を叩いた。
「あぁ、そうか。体力測定と健康診断が今日までだったっけ」
「そう言えばそうですね」
二人は指導役として招聘されたその日の内に済ませてしまったので、すっかり忘れてしまっていた。
元パートナーとして、刹那は千束がどうして今日来たのかが手に取るように分かる。どうせギリギリまで忘れていて、ミカにリコリスの資格を喪失したく無ければ行ってこいと言われて渋々やって来たという所だろう。多分だが「楠木司令に先生から言って」とか駄々こねたりもしてそうである。
刹那が、席を立つ。
「行ってみましょう」
二人の行く先は、訓練棟のシューティングレンジだった。
そこでは、たきなとサクラが何やら話していた。
「まぁ安心してくださいよ。先輩が抜けた穴は後任の私がしっかり埋めますから」
「後任?」
サクラの会話の中にあったそのキーワードに、たきなが敏感な反応を見せた。
「あれ? 聞いてなかったっすか? 自分がこれからフキさんのパートナーを務めるっす。あんたの席はもう無いっすよ」
挑発するようにそう言うサクラの襟首が、後ろからぐいっと掴まれる。
「ちょっと、黙れ小僧」
「あんた誰っすか?」
「そいつが千束だ」
声のする方向には……
「フキ先輩。おっ、司令まで。それに王利絵さんと、着ぐるみの人」
フキと、楠木司令に秘書官。その後ろには王利絵と刹那。
この中では唯一初対面の千束へ、サクラが向き直る。
「おぉ、これが電波塔の……」
「これって言うな!!」
「いや、只のアホだ」
「同感ね。大馬鹿野郎よ」
「ううっ、フキぃ~。刹那まで~」
同期のリコリス二人に揃って同じ感想を言われて、千束は返す言葉を持たない。この辺りは彼女自身も否定しづらい所だと自覚しているらしい。
と、たきなが楠木司令の前に進み出た。
「司令!! 私は銃取引の新情報となる写真を獲得し、提出しました。この成果ではまだDAに復帰出来ませんか?」
「復帰……」
とぼけるように、楠木司令が繰り返す。
次のたきなの声は、拠り所となっていたものが急に失われたような、自分の中で確信のあったものがいきなりどこかへ失せたような、不安そうで弱々しいものに変わった。
「成果を上げれば私はDAに……」
「そんな事を言った覚えは無い」
取り付く島が無いとはこの事だと、刹那は思う。
だがこれは例の銃取引の現場でフキから聞いた事だが、あの時、数分程ではあるが通信障害があったらしい。
それを聞いた時に、フキが口走った「拙かったかもな」という言葉の意味が刹那にはすぐ理解出来た。
通信障害が起こったあの時、ラジアータがハッキングを受けたのだ。
ラジアータはDAの機密性を担う最高度のAIで、全てのインフラの優先権を持つ。なのに通信障害など有り得ない。もし仮にそれで有り得るとしたら、ラジアータがハッキングを受けた場合だけだ。だがそんな事を上に報告しようものなら『優秀なハッカーが一人居ればDAのあらゆる機密はざるのように筒抜け、丸裸にされます』と言うようなものだ。
『……昔見た『マーキュリー・レイジング』という映画も確かそんな話だったわね。自閉症の子供を演じた子役の演技が凄かったわよ、あれは……』
刹那の思考はさておき、そんな報告書を上げたら、次の日にはDAは消えて無くなるだろう。
だから取引現場を押さえられなかったのは、現場のリコリスのスタンドプレーという事になった。
もっと分かり易く言うなら、たきなはDAという組織が存続する為にトカゲのしっぽ切りされたのだ。
王利絵は同じ会話を聞きながら、別の事を考えていた。
『DAに復帰したいか……そんなに復帰したいものですかねぇ』
自分はどうなのかと考えると、中々複雑な思いになる。
DAをクビになって左遷された時は、もう二度とこんな所に戻ってくるもんかと思っていた。これから自分は長閑な支部で閑職に回され、ほどほどに平和な仕事をこなしてリコリスとして定年を迎え、教官職などに就くのだろうと。
そんな未来予想図はその日の内に木っ端微塵になったが。
自分が嫌だ危険だ死にたくないと嘆いていたDAの仕事は、相対的にではあるが安全な部類で、最も危険な仕事を専門に受け持つ地獄の支部が配属先であったとは。
じゃあ、刹那の支部からDAに戻りたいのかと聞かれると、本来なら「はい」と即答したい所ではあるのだが言葉に詰まる。
少なくとも自分は支部での仕事で刹那の足手纏いにはなっていない。寧ろしっかりとサポート出来ている自負がある。そして、仮に自分がDAに復帰したとする。すると当然ながら、支部の危険な仕事は刹那一人の、従来の状態に戻る。ならばこれも当然、刹那が任務に失敗する確率が高くなる。
そして……もし、刹那が任務に失敗する、つまり死亡した場合どうなるか?
刹那が防波堤となってこなしてくれていた危険な任務は、必然的にそのままDAに流れ込んでくる。それらの任務は、王利絵も含めて他のリコリスが担当する事になるだろうが……DAに所属するどのリコリスも、刹那程の腕は無いのだ。腕の劣るリコリスと自分が組んで危険な任務に当たるとして……当然ながら、刹那と組んだ時よりも自分が生存する可能性が低くなる。
矛盾するようではあるが、支部で刹那のパートナーとして最も危険な任務に従事する事が、結果的に自分の生存率を高める事になるのだ。
だから今となっては、王利絵は殊更DAに復帰したいとは思わない。と言うか、復帰したくない。
『ただ、たきなさんはそれを知らないからなぁ……』
何も知らなければ、リコリコ支部の仕事こそ王利絵が夢にまで見た平和な閑職。
どうしてあんな平穏な職場から危険な本部に戻りたいと思うのか……
理解出来ない訳ではない。
リコリスは孤児を拾って養成された暗殺者。DAの寮で暮らす事はリコリス全ての憧れ。
そのように教育される。
『やっぱり、リコリスは洗脳教育を受けた異常者の団体ですね……危険な所に進んで配属されたいなんて』
刹那がこの思考を読めば「確かにリコリスは私も含め異常者集団かも知れないけど、そう言うあなたは健常者なの?」と返すだろう。
的を射た指摘だと、王利絵は会話をシミュレートする。
結論。誰が正しくて何が間違っているのかなど、誰にも分からないのだ。
王利絵は、そこで思考を打ち切った。これ以上は堂々巡り、思考の迷路に突入する。
「諦めろって言われてんのまだ分からないんすかぁ?」
「おい!!」
「おーこっわ。流石は電波塔のヒーロー様。噂通り迫力ありますねぇ」
「サクラ、訓練の時間だ。行くぞ」
フキが会話を打ち切るべく、短く言った。
その時、立ち去ろうとしたフキの手を、たきなが掴んだ。
「んだよ?」
「すみません……」
たきなとしては、元パートナーとして復帰を後押しするような言葉を言ってほしかったのだろう。
望んだ言葉は口にされず、フキはたきなの手を振り払った。
「理解してないなら言葉にしてやる。お前はもうDAには必要無いんだよ」
「やめろフキ!!」
千束に胸ぐらを掴まれるが、フキは全く怯んだ様子を見せなかった。
「まだ理解出来ないか? なら今から模擬戦でブチのめして分からせてやるよ」
「おーおーおー、いいじゃん。たきな、やろう!!」
「放せよ」
「あぁ、ごめん」
千束が、あっさりと手を放した。
「……」
たきなは無言のまま、動かない。
「あれ? ビビってんすか?」
「いよーっし、2対2で勝負……あ……」
意気込む千束とは対照的に、たきなは何も言わずに走り去ってしまう。
「あははははは!! 逃げやがったよ!!」
「たきな!!」
千束もその後を追ってシューティングレンジから出て行く。
「お前も逃げんのかー?」
煽りを忘れないサクラのすぐ傍で、刹那のギョロ目がフキに向いた。
「何だ?」
「……相変わらず、あなたは優しいわね。フキ」
「何の事だ?」
「いや、別に……忘れて」