Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第12話 模擬戦 その1

 

「あれ、王利絵さん……」

 

「あなたは……エリカ、でしたっけ」

 

 状況演習が開始されるのでキルハウスブースに移動するようにというアナウンスが棟内に響く。それを受けて動き出すリコリス達の流れを見物するように、王利絵は壁に背を預けてぼんやり突っ立っていた。そんな彼女に声が掛けられる。

 

 見ればそこに居たのはセカンドリコリスの制服を着た、そばかす顔の少女。

 

 王利絵と彼女は、お互いに見覚えがあった。過日の銃取引現場の一件で、王利絵は特製の防弾制服で機銃掃射の流れ弾から彼女、蛇ノ目エリカを庇った。

 

「先日は、ありがとうございました」

 

「同じリコリスを助けるのは当たり前です。感謝される必要はありませんよ」

 

 中々に殊勝な台詞だと言えるが、これは王利絵の計算なのだ。こうして恩を売っておく事で、いつか自分が窮地に陥った時にきっと助けて貰える、とは言わぬまでもその可能性を少しでも高めておこうという純粋な打算で話しているし行動しているのだ。善意は皆無とは言わぬにせよ、その濃度は半分未満だろう。

 

「あの、ところで今からの模擬戦の結果に、たきなの復帰が掛かっているって聞きましたけど……」

 

「さぁ……噂話でしょう? 私は詳しい話は知りませんよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 特別訓練の指導役として来ている刹那や王利絵なら、何か情報を知っていると思ったのだろう。少し、エリカの声色が落ち込んだ。

 

「……どうかしたのですか? 元気がないようですが……」

 

「あの……たきながここを出て行く事になったのは私のせいで、それで……」

 

「あぁ……」

 

 思い当たるフシがあって、王利絵が頷く。

 

 エリカの気持ちは分かる、とは言わないにせよ想像する事は彼女にも可能だった。

 

 あの銃密売現場で、もし刹那と王利絵の到着が遅れていて、かつチームの全員が直前に出されていた待機命令を遵守していた場合、エリカは殺されていた可能性が極めて高い。(やり過ぎはあったかもだが)たきなの行動は、仲間を助ける為のものだった。

 

 そうして命令に違反してでもエリカを助けようとした結果が、喫茶リコリコへの左遷。これは左遷された本人よりも、助けられてしかもお咎め無しになっているエリカの方が辛いだろう。自分のせいで他人が迷惑を被るというのは、善性の人間にとっては精神的に来るものがある。

 

「……」

 

 自分はどうだったろうかと、王利絵は思考する。

 

 ここを出る時にフキや、部下だったサード達は自分を見送ってくれた。

 

 チームリーダーとして任務に失敗し続けた王利絵であるが、そんな彼女のファーストリコリスの短く散々な就任期間にも一つだけ、誇れるものがある。それは自分がリーダーを務めたチームからは、一人のリコリスの死者も出さなかった事だ。

 

 それがDAから評価されない事項である事は王利絵も承知している。リコリスは究極的には一人一殺の鉄砲玉。勿論被害が少ないに越した事はないが被害を出してでも任務を遂行するリコリスこそが優秀なリコリスだ。それは、時として自分の命を犠牲にしてでも。そのように、幼い頃から教育されている。

 

 だが、誰だって死にたくはないだろう。生きていれば腕の良いコックが作った寮の食事は旨いし、気の合う友達だって出来る。

 

 王利絵としては自分が死なない為に安全な方へ安全な方へとリーダーの裁量権が許す限り流れただけだが、それが結果として自分のついでに仲間を助ける事に繋がった。部下にとっての優秀なリーダーが自分を死なせないリーダーであるという前提なら、その意味では自分は優秀なリーダーだったのだろう。だからサード達が見送りに来てくれたのだと思いたい所ではある。

 

 まぁ、読心術の心得が無い王利絵にあの時のサード達が何を思っていたのか? 実際の所は計り知れない。

 

 これで無能なリーダーから解放されて優秀なファーストの下で、セカンドになる為の実績を積めると喜んでいたのかも知れないし、次のリーダーは自分達を使い捨てにしないだろうかと戦々恐々だったのかも知れない。あるいは今のエリカのように、自分達の生存を優先した為に王利絵が左遷されたのだと、気に病んでいたのだろうか。

 

 考えてはみるが、答えは出ない。出よう筈も無い。

 

「……じゃあ、一緒に見に行きますか? かつての相棒対決だと、話題になっていますよ」

 

「あぁ、王利絵。ここに居たの」

 

 声と共に曲がり角からぬっと姿を見せたのは草臥れた赤服を着崩した、猫背でギョロ目のリコリス、刹那だった。

 

「刹那さん、あなたも見学ですか?」

 

「……それも良いのだけどね。あなたも来るのよ」

 

「はぁ?」

 

「みんな言っているでしょう? これから始まるのは『かつての相棒対決』だって」

 

「……そういう事ですか」

 

 思惑が読めた王利絵は、溜息と共に丸眼鏡を掛け直した。

 

 

 

 

 

 

 

 キルハウスブースで模擬戦が開始された。

 

 形式としては2対2。

 

 フキ・サクラペアと千束・たきなペアの対決となっているが、たきなの姿は無い。

 

 千束曰く、

 

「作戦だ作戦!! エースの体力は温存しといてんの」

 

 との事である。

 

 こうして2対1で始まった訳だが、数の優位がある筈のフキ達の方が明らかに不利であった。

 

 始まって早々にサクラは2度、千束に殺し得た状態に持ち込まれて見逃されている。フキの援護射撃で千束を引き離す事には成功したものの、銃を奪われてしまった。

 

 二人は壁を背にして、警戒態勢になる。

 

「闇雲に撃っても奴には当たらない」

 

「射撃には自信あるっす!!」

 

「だから余計にダメなんだよ!!」

 

 即席の作戦会議の最中に「忘れ物ですよ~」と、銃が転がされてきた。先ほど千束に奪われたサクラの銃だ。

 

「舐めやがって!!」

 

「よせ、サクラ!!」

 

 制止するフキであったが、相棒は止まらなかった。

 

 返された銃を拾うと、向かってくる千束に連射する。

 

 だが、当たらない。

 

 紙一重、皮一枚で回避しつつ、ペイント弾とは言え弾丸を吐き出し続ける銃口に晒されて、逃げるどころか前進。そして弾切れになった瞬間、サクラの腕を掴んで接射。紺服に、鮮やかなペイントの花が咲く。

 

 これでサクラは死亡判定。先ほどの千束に見逃されたのを含めればこの模擬戦で3回目の死亡だ。

 

「くっ……」

 

 相棒はやられたが、今は千束は背中を見せている。千載一遇の機会と見て銃を照準するフキであったが……

 

「うっ!?」

 

 いきなり襟首を掴まれる感覚があって、凄い力で背後に引き倒された。

 

「うあっ!?」

 

 床に倒れた拍子に軽く背中を打って、息を吐き出す。

 

 そこに立っていたのは、刹那だった。たった今フキの居た空間をペイント弾が横切って、射線上の壁が青く濡れる。

 

 ペイント弾が飛んできた方向に視線が集中して……

 

「「たきな!!」」

 

 千束とフキ、二人のファーストリコリスの声が重なった。

 

 こちらに向けて銃を構えているのは、長い黒髪のセカンドリコリス。たきなだった。

 

「主役は遅れて登場、という所かしら? お互いにね」

 

「刹那、お前……」

 

「選手交代よ、フキ」

 

「余計な真似すんな。私はまだ……」

 

「私が来なければ、あなたはたきなさんに撃たれてたわよ?」

 

「ぐ……」

 

 悔しげに、フキは臍を噛む。

 

 そうして銃をくるりと回し、刹那に差し出した。

 

「やるからには負けんなよ。私の代わりにやるんだからな」

 

「勿論」

 

 フキから銃を受け取る刹那。これが選手交代の合図だった。被弾したサクラと入れ替わる形で、王利絵もこのキルハウスに入ってくる。

 

「たきな、待ってたよ」

 

「遅れてすいません、千束」

 

「準備は良いかしら、王利絵?」

 

「こんなのは予定には無いんですが……まぁ良いですよ」

 

 この模擬戦は2対2とはされているが、開始時には2対1でスタートした。たきなはスタートの声が掛かった後で乱入したので、実戦にはそんなものは存在しないが、反則と言っても良い。

 

 対してこの状況は、互いの定位置にファーストとセカンドが一人ずつ。条件は全くの五分。

 

 仕切り直しである。

 

「たきな、王利絵を抑えておいて。刹那は私がやるから!!」

 

「分かりました、千束」

 

「王利絵。あなたはたきなさんを足止めして。千束に勝つ可能性があるのは、私だけだから。邪魔をさせないで」

 

「了解しましたよ、刹那」

 

 第二ラウンドが、始まる。

 

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