Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
改めて模擬戦開始のブザーが、キルハウスブースに響き渡る。
同時に、両チーム共に横へと飛んで物陰へと退避する。
どちらのチームも互いの状況を目視出来ていないが、しかしこの時、両チーム共にシンクロしているかのように同じ動きを取っていた。ファーストリコリスの方が、声で相手にこちらの動きを悟られぬようハンドサインで相方へと指示を出す。
指示を受けてセカンドが大きく障害物を迂回して回り込むような動きを見せて、ファーストは遮蔽物に隠れつつ、敵の動きを見計らうように顔を出したりスマホを使って様子を伺っている。
早くも膠着状態となってしまっているが、この時、他のリコリス達が集まっている見学用スペースにフキとサクラも上がってきていた。
「すいません……自分の射撃が甘いばっかりに先輩にまで恥かかせて……」
「寧ろ避けやすかったんだよ。お前の射撃正確だからな」
「え? あいつ弾避けてんすか? そういうの漫画だけっすよね!?」
「良いから見ていろ。そろそろお互い痺れ切らして、状況が動くぞ」
フキの洞察は当たっていた。
申し合わせたように、千束と刹那が遮蔽物から飛び出して互いを射線に捉える。
先手を取ったのは刹那。ペイント弾を連射する。
だが、当たらず。銃口を撃ち抜き、紙コップを傷付けずに側面に貼り付けられたコインを弾き飛ばす超精度を誇る刹那の銃撃が、只の一発も当たらない。
「わっふーっ」
千束は先ほどのサクラの時と同じように、前進するスピードを少しも緩めずに反撃の銃撃。
しかし千束の攻撃も、刹那には当たらなかった。悉く外れる。
距離は遠のくどころか近づく一方なのに、至近距離の射撃の応酬で未だ両者に被弾ゼロ。
「な、何で、どっちも当たらないんすか!? トリック? 魔術?」
当然ながら「んなもんじゃねぇよ」とフキは一言で切って捨てる。
「まず千束は相手の筋肉や服の動き、後は銃口の角度や目線で次の動きを予測して、射線と射撃のタイミングを見抜いてんだ」
簡単に言えば千束は卓越した洞察力によって弾丸が飛んでくるコースと、相手がいつ撃ってくるかを把握する事が出来るから、撃ってくる一瞬前に体を射線から外す事で、銃撃をかわす。だから当たらない。
「えぇ……じゃ、じゃあ着ぐるみの人も同じ事をやるんすか?」
「いや、根本的に違う」
と、フキ。
「刹那の奴は、射撃を極めてる。だから奴は相手と自分の立ち位置、姿勢、周囲の構造物の配置といった情報から、どの位置に居る相手、あるいはどんな動きをする相手が一番撃ちにくいかを瞬時に把握する。その、撃たれにくい位置に体を滑り込ませているんだ」
こちらも分かり易く言うと、刹那は最適な立ち位置を取る事で被弾する確率を極めて低く抑える事が出来るのだ。
「だから千束の真似は千束にしか出来ねぇが、刹那の真似は……勿論、あいつほど極める事は出来ないにせよ、十分な訓練を積めば近い所までは行ける。良く見ておけ」
「う、うっす」
千束が接近した事で遂に二人のファーストリコリスの距離が、握手出来るほどに接近する。
千束の眉間から3センチの距離に突き付けられる銃口。だが刹那の指が引き金を絞るより一瞬早く、千束の空手が払いのけて射線を外す。そうして明後日の方向へと発射されたペイント弾が、壁を汚す。
お返しとばかりに、今度は千束の銃が刹那の眼前に。それは刹那の手が、千束の手首を掴んで銃口を退かす。
刹那はそのまま手首を捻り上げて銃を手放させようとするが、千束は体全体を回してそれから逃れる。そうすると刹那も同じように体全体を回してその動きに追従していく。
互いに手を放すと同時に、勢いを殺さずに逆方向に体をスピンさせ、一瞬ながら背中を見せ合う状態となる。
全く同じタイミングで射線を確保して相手を撃つべく振った腕の、銃を握る側の手首がぶつかり、そのまま力任せに照準しようとするが互いに譲らず、拮抗した力が逃げ場を求めて腕が円弧を描くように動く。そしてどちらも一瞬だけ、射線を取るもののやはりトリガーを引くより早く対手が射線を外してしまって、床や壁に色が付くだけに終わる。
次には撃てないようにスライドを掴んだり、あるいはそのまま奪い取ってしまおうとするが、それより早く相手も自分の銃を封じて奪い取ろうとするので、その動作は中断せざるを得なくなる。
これらの連続した動作は、両者共に少しの無駄も迷いも無い。
どちらも頭で考えていたのでは到底間に合うまい。体全体で感じ取って、そこから生まれた最適な動きのイメージに身を委ねているのだ。
それ故に二人の動きは、さながら完璧に息の合ったクイックステップのダンスのよう。
射線を取り合い、そして引き金を引くよりほんの僅かだけ早く射線を外し合って、二人の周りだけが色鮮やかに汚れていき。
クォーターターン、プログレッシブシャッセ、フォワードロックからナチュラルターン、ピポットターンの多用。スピンターンの連続。ヒールターン、それらを組み合わせて全速力で走って行く。
バックにシング・シング・シングが流れていても違和感はあるまい。ホッケースティックの動きのように、千束の体が回る。その次には刹那も。
そして遂に、刹那が千束の銃を脇に挟むとそのまま体を回して奪い取り、持ち替えて千束自身に突き付ける。
その時、千束も刹那の銃を刹那の眉間に照準していた。
見学用スペースのリコリス達が、どよめく。
「マ、マジっすか!? 今、お互いの銃が入れ替わったっすよ!?」
「だが、どっちも弾切れだ」
すぐにフキの言葉は正しかったと分かる。
千束、刹那共に最初にお互いが隠れていた遮蔽物へと、銃だけではなく立ち位置まで入れ替えたように体を隠す。そのままリロード。今の二人の攻防は、全くの互角と言って良かった。
回り込むように移動していたたきなと王利絵は、相方が睨み合いへと再び移行したタイミングで会敵した。
「……」
自撮りモードにしたスマホを遮蔽物の陰から出して様子を伺っていた王利絵であるが、すぐにスマホの画面が真っ青に塗り潰されてしまった。
たきなの射撃は正確なだけではなく、一瞬の射線が取れれば抜け目なく狙ってくる。
「……やはり、私じゃ勝てないですね」
まともに戦えば、たきなの方が腕は上だ。
そもそも王利絵の強みはトランクに詰め込んだ無数の装備による対応力。それを持ち込めないこの模擬戦は手錠をしながら格闘しているようなものである。
とは言え、それならそれでやりようはある。ポーカーだっていつでもフォーカードやフルハウスが手許に来れば言う事は無いが、たとえワンペアやブタだったとしても、カス札なりのプレイの仕方があるものだ。
「降参、降参です。たきなさん」
手にした銃を捨て、たきなへと蹴り転がす王利絵。
「……」
たきなは油断無く、爪先で銃を蹴ってみた。
前に王利絵が、ちょっとでも触ったら催涙ガスが吹き出すスマホもどきのブービートラップを使ったのを見た事がある。この銃も、うっかり触れたらガスが吹き出したりする仕掛けがあるのではないかと思われたが……その心配は杞憂であったようだ。確かに模擬戦用のDAの制式銃である。
銃を拾い上げる。
「出てきなさい」
「はい、分かりました」
壁の陰から、両手を挙げてホールドアップの姿勢を取った王利絵が姿を現す。リコリスの制定バッグも既に外しているのだろう。背負っていない。
だがこの姿勢を取っていても、王利絵が抵抗力を失っているとはたきなには思えない。あの銃取引現場で見せた、誰が密売人か分からなくなる程に携帯していた大量の銃。じっくりと、王利絵の全身を観察する。
『脇、腰、スカートのポケットに膨らみは無い……そこに銃を持ってはいない……』
だとすれば、残る箇所は……
「右の袖をまくってください。ゆっくりとです」
「分かりました」
言われた通り、太極拳のようなスローモーションで王利絵は右袖をまくる。そこには、たきなの警戒していたスリーブガンのギミックは無かった。
「左手もです」
「はい、はい」
またしても言われた通りに、王利絵は左袖をまくる。やはりこちらにも、銃は仕込まれていない。
『……本当に降参? 時間稼ぎの為に……?』
たきなが警戒しつつ様子をうかがっていると、王利絵は両手を掲げた状態から頭の後ろへと回していく。そして後頭部を支えるようにして組まれた手の位置が、少し下へとずれた。
「!! 襟首!!」
たきなが横に飛んで回避行動を取る。
「その通り!!」
こちらも横っ飛びしながら、王利絵は制服の襟首の位置に隠されていた銃を抜くと発砲。たきなも僅かに戸惑ったものの、回避しつつ反撃。だがどちらのペイント弾も命中せず、二人とも物陰へと姿を隠した。
「そんなふざけた戦い方で、私に勝てると思ってるんですか?」
「勝つ必要はありません。刹那さんからはたきなさんの足止めをしろと言われてますからね。それ以上の事はしませんよ。私は元々、こんな模擬戦やりたくなかったんですから」
一方で、ファーストリコリス同士の対決は互いに物陰に隠れて、時折牽制の射撃を入れるものの決定打が無い。行き詰まり状態だ。
「あの……先輩、どっちが勝つんすか、これ?」
「あの二人は、勝率は完全に50パーセントずつだ」
「はぁ……」
「言っとくが、実力が完全に五分五分だから勝率も必然的に五分五分になるなんて、そんなアバウトな根拠じゃねぇぞ。もっと分かり易い計算で、あいつらの勝負ははっきりと勝率が50パーセントずつになるんだ」
「それはどういう……」
「まぁ見てろ。そろそろ、動くぞ」
フキの予想は的確だった。
何の合図も無く、だが示し合わせたかのように。
ゆったりとした歩みで、赤服を着たリコリス二人は無造作に物陰から姿を見せる。
「えっ!?」
模擬戦の最中だと言うのにお互いあまりにも無防備なその姿は、見ている方が戸惑ってしまう。
そうしている間に千束と刹那は5メートルばかりの距離を置いて、向かい合った。
「やるなぁ、刹那」
「あなたもね、千束」
不敵で、軽やかな笑みを浮かべる千束。一方で刹那は、ギョロ目が更に大きく、飛び出さんばかりに見開かれる。
「ちょ、ちょっと先輩。何やってるんすかあの二人? 西部劇じゃあるまいし……」
サクラの表現は的確である。タンブルウィードが転がってないのに違和感を覚えるぐらいだ。
「あいつら同士で模擬戦をやると、最後はどうしてもああなるんだよ。どっちもまともにやっても弾が当たらねぇからな」
後輩の疑問に、フキが答えた。
「ど、どういう事っすか?」
「あいつら……特に千束は、こっちの動きや狙いを読んで、弾丸をかわす。だから、よっぽどの大人数を揃えてマシンガンを持たせて、ヘタに狙わず撃ちまくるとかの飽和攻撃でもない限り、銃で奴を殺すのは不可能に近い。それでも、一対一で、銃で千束を殺したいと思うなら……どうすれば良いと思う?」
「どうって……」
こちらの武器は拳銃。
相手は千束。こちらがどこを狙っているのかも、どのタイミングで撃つかも読み取っている。
理屈から言えば、真っ向切っての勝負では勝てる訳が無い。
だとすれば……筋肉や服の動きを見て動きを予測するのだから、催涙ガスを撒いて視力を奪うとか、こちらが見えない背後からの不意打ちなどが方法として考えられるが、それは「銃で千束を殺す」という条件には当て嵌まらない。命を奪う為に銃を使うというだけだ。
こっちの狙いも射撃タイミングも読んで、あらかじめ避けてしまう相手に弾丸を当てるには……
「あ、分かった!! 早撃ちっすね!!」
サクラが手を叩く。
早撃ちなら、動作の「起こり」から攻撃までの時間が限りなく短く済む。いくら千束がこちらの動きを先読みしようと、それによって反応するよりも早く、弾丸が千束を撃ち抜くだろう。
そして早撃ち対決に持ち込むには、刹那も千束の真っ正面に立たなくてはならない。そうでなくては千束も乗ってこない。真っ正面に突っ立っているのでは、刹那も安全地帯には入れず、千束にとっても攻撃を当てるチャンスとなる。相手と自分、両方にチャンスとリスクのある状況となるのだ。
だから二人は、あんな西部劇の決闘のような状態になったのだ。
「……間違いじゃないが、だがその答えじゃ50点だ」
「えっ?」
「良く見てろ」
対峙する二人のファーストリコリスは、お互いの指の動きまで見逃すまいと恐ろしく集中しているのがモニター越しにも伝わってくるようだった。それでも、千束は笑っているのが凄いとも言える。
「いつも思うんだけどさ」
「ん?」
「こういうのってさ『抜きな!! どっちが素早いか試してみようぜ!!』って感じだよねぇ」
「間違ってはいないわ。尤も、素早いのは試すまでもなく私の方だけど」
「まぁね」
にこりともせず、刹那が返す。千束も認めた。こと純粋な銃の腕前に於いては、刹那は千束を大きく上回っている。と、言うよりもリコリス全体の中でもぶっちぎりの1位、人類最高峰であろう。
「言っておくけど千束。あなたでも、この銃撃はかわせない。あなたの動きよりも速く、私はあなたを撃つ」
「……どれくらい早いのかな、今の刹那は?」
「……ヒントをあげるわ。『ラレミー牧場』のロバート・フラーが0.5秒。『平原子』のゲーリー・クーパーが0.4秒。次元大介は0.3秒。ゴルゴ13が0.17秒……」
「へー」
「だが私の早撃ちは、0.0001秒よ」
「ウソつけぇ」
「バレたか」
「プッ……ウヒヒヒヒ……」
「ナハハハハ……」
「あははははははは、アハアハアハアハ、あーっはっはっはっはっはっ」
「ケラケラケラケラケラケラケラケラ、イヒヒヒヒヒウェヒヒ」
「わははははははははははははは」
「ギヤハハハハハハハ、ゼハゼハゼハゼハ、ノォホノォホノォホノォホ死ねぇ!!」
互いに大爆笑から一転。
刹那が撃った。銃声が響き、立っていたのは刹那。横に倒れたのは千束だった。
千束の負け、かと思われたが……
「……今回は、私の負けか」
刹那が、視線を落とす。赤服の胸元が、青のペイントで汚れていた。
倒れ際に、千束はペイント弾をかわしつつ、彼女も撃っていたのだ。
「……着ぐるみの人の負け……早撃ちでも、千束さんは倒せないんすか?」
「バカ、良く見ろ。刹那を」
「着ぐるみの人を……?」
「あいつ、今は両手に銃を持っているだろ」
「あ……ホントだ」
最初の射線の外し合いの時も、刹那は拳銃を一挺しか使っていなかった。だが今は、両手に銃を持っている。一方はこの模擬戦が第二ラウンドに入る際に、フキと交代する時に受け取った物だ。
「いつの間に……」
「銃二挺を使わないと刹那でも千束には勝てねぇんだよ」
「ど、どういう事っすか?」
「良いか? 0.0001秒は流石にウソだが、それでも刹那の早撃ちはメチャクチャ早い。だが、千束はその早さにも反応して避ける。問題はそこからだ。千束がこの場合、弾丸を避けるのは必ず右か左のどちらかだ」
そこまではサクラにも分かる。いくら攻撃が読めてもジャンプしたりしゃがんだりするのは拙い。動作が大き過ぎて、一撃目は避けられても次の攻撃が避けられない。
「だから刹那は最初の早撃ちから、ほんの一瞬……あるいはそれより短い時間だけずらして、次の早撃ちを撃つ。左右のどちらかに、狙いを少しだけずらしてな」
「置き射撃ってヤツっすか? 相手が逃げるのを見越して、敢えて外して逃げたら当たるようにするってやつ」
フキが頷く。
「それに近いな。刹那は両利きだから、左右どちらの手でも、ほぼ同じ時間で早撃ちが出来る。そしてお前が最初に考えた通り、早撃ちなら動作の「起こり」から攻撃完了までの時間が短いから、千束も刹那が二射目で左右どちらを狙うかは分からない。そして二射目を刹那が撃つ時、まだ千束は一射目を避けているんだ」
「あ、成る程。避けている動きをしている間だけは、更に避ける事は出来ないって事っすか」
「そうだ。弾丸を避けられても弾丸より速く動ける訳じゃないからな。一方で刹那も、千束が左右どちらに避けるかは分からない。だから二射目を撃った方向に千束が避ければ刹那の勝ち。その逆なら千束の勝ち。勝率が互いに50パーセントずつってのは、そういう事だ」
本物の西部劇さながらの一瞬の間に、そこまで計算された攻防があったのかと見学用スペースのリコリス達は歓声を上げる。
「やるなぁ刹那。これならホントに、私が反応するより速く撃てるようになるかもね」
倒れた姿勢から上体を起こして、ゴーグルを外しつつ千束がにやっと笑う。
「あなたも、ナマッていないようね。千束」
拳銃をバッグに収納すると、刹那が手を差し出した。千束がその手を握り返して……
千束の手に、ペイントがべっとりと付着した。
「きさまぁ、謀ったな」
「まぁね」
大成功とばかりに、刹那が口の端を歪めた。
この後、模擬戦は刹那が脱落した事によって、勝機無しと判断した王利絵が今度は本当に投降する事で千束・たきなペアの勝利に終わった。