Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第15話 地底の銃火

 他には誰も乗客の居ない自動運転の地下鉄車両。

 

 貸し切り状態となっている客席で、刹那と王利絵が向かい合っていた。刹那の手にしたスマホには画像データとして、今回の作戦内容指示書が表示されている。今回の任務は普段のようなDAから斡旋されてきたものではなく、楠木司令から直接下された特命である。

 

 内容は簡単に言えばこの先の地下鉄駅でテロリストが破壊工作を仕掛けるから、逆にリコリスを使って迎撃する。ただし、DAが動かせる戦力はサードリコリスのみなので些か不安が残る。それ故に、二人がチームの指揮を執れというものであった。

 

 早速、作戦の原案を刹那が立てて、王利絵が草案をブラッシュアップして、再度刹那がチェックし、楠木司令に提出してゴーサインが出る。今の刹那は作戦内容を、最終確認中である。

 

「素晴らしいわね、王利絵。私では、こうは行かなかったわ」

 

「あなたが命知らず過ぎるんですよ。あんな穴だらけな計画で任務に就こうなんて……」

 

 王利絵が提出した作戦案は刹那では考え付く事すら出来なかった事態が発生する可能性と、その対策について事細かに記されており、殆ど別物とさえ言って良い出来に仕上がっていた。その事を高く評価する刹那であったが、当の王利絵自身は少しも嬉しくなさそうだった。眼鏡を掛け直して、ぶはあっと大きく息を吐く。

 

「死なない為に必死で頭を捻って、作戦を考える日々……いつまで続くんですかね、こんな事が」

 

「あなたがリコリスでなくなるまでよ」

 

 残酷なまでにばっさりと、刹那は言い切った。

 

 余計に、王利絵は溜息を吐く。

 

「そうですよねぇ。多少の個人差はあるとしても、平均的なリコリスの定年は18……私は16歳だから後2年かぁ……」

 

 2年。730日。

 

 10日から二週間に一度は最高難度の任務が回ってくるこの支部の状況を考えれば、絶望的な時間である。

 

 その後は、リコリスであった経験を活かしてかつてのミカのような教官職に就くか、それともDAの情報部に配置転換されるか。こんな地獄の支部で2年も働くからには、せめて望む転属先を用意してくれなければ自分は楠木司令を射殺するかも知れないと、王利絵は予感した。

 

 無論それまで、自分が生きていればの話だが。

 

「はぁ……リコリスなんてなるんじゃなかった」

 

「その場合、あなたはDAに捨てられて生きていないわね。リコリスを目指さない無駄飯食らいを置いておく程、DAに余裕は無いのだから」

 

「ですよね」

 

 またしてもばっさりと切り捨てられて、しかし慰めなど期待していなかった王利絵は苦笑いする。

 

「でも、こんな隔週で死ぬような日々が嫌だと思うのは人情でしょう。刹那さんには、リコリス辞めたいと思った事は無いんですか?」

 

「無いわよ」

 

 即答だった。

 

「一度も?」

 

「一度も」

 

「えー……」

 

「私はあなたたちと違って……リコリスとしてしか生きられない。生きてはいけない人間だからね」

 

「それはどういう……」

 

 王利絵が尋ねかけたその時に、車両が停まる。

 

 ドアが開いて、10名のサードリコリスが乗車してきた。

 

 刹那と王利絵は起立すると二列で並ぶサード達の前に、この時はいつも猫背の刹那でさえぴんと姿勢を正して向かい合った。

 

「本作戦の指揮を執る五島刹那です。こちらは私の補佐をしてくれる芹沢王利絵。作戦内容は、既にあなた方のスマホに送信してある指示書の通りです。各人の、敏速な判断を期待します」

 

「「「はい!!」」」

 

 サード達が、声を揃えて返答した後に各人の持ち場に就いていく。

 

 と、その中の一人が王利絵に近づいてきた。

 

「王利絵さん!!」

 

「ん……ひめなですか。お久し振りですね」

 

「また、あなたの指揮の下で働けるなんて光栄です。よろしくお願いします」

 

 腰を45度曲げて最敬礼すると、ひめなと呼ばれたそのリコリスも改めて指定された位置に就いた。

 

「知り合い?」

 

「以前に一度、チームを組んだ子です」

 

 刹那に聞かれて、王利絵が感情を感じさせずに返した。

 

 同じ内容を、ひめなも同僚のサード達と交わしているのが二人の耳に入ってくる。

 

「知り合いなの? あのセカンドの人」「前に、私を指揮してくれた人よ。その時はファーストだったけど……」「でも今着ているのはセカンドの服だよ? 降格されたんじゃ……」「クラスなんか関係無い。あの人は凄いんだよ。沢山の任務を指揮して、誰一人もリコリスを死なせなかった、伝説の人だよ」「で、伝説の人……」「大丈夫だよ。あのファーストの人は知らないけど、王利絵さんが指揮してくれるなら、私達きっと生きて帰れるよ」

 

 話すひめなの顔は、本当に楽しそうだった。

 

「……慕われてるわね。伝説の人」

 

「彼女の中だけの伝説ですよ」

 

 からかうような刹那に対して、自嘲気味に王利絵は笑うと、窓や開いたドアから死角になるように体を隠す。刹那も同じようにシートの陰に体を入れた。

 

 数分して、リコリスだけを乗せた車両が次の停車駅のホームに滑り込む。

 

 と、同時に凄まじい銃声が轟き、弾丸が窓という窓を粉々のガラス片に砕いていく。

 

 数十秒もそれが続いただろうか。

 

 車両が完全に停止するのと、弾雨が止むのはほぼ同時だった。

 

 ここまでは、予定通りである。

 

 刹那がハンドサインで合図を送り、リコリス達が一斉に遮蔽物から体を出して銃を構える。その中で特に目を引くのは、たすき掛けした給弾ベルトを更に左手で支えて、右手にはM60機関銃を構えたセカンドリコリス。王利絵だ。

 

 ホームに居るテロリスト達の武器はPK機関銃。だが先ほどの掃射によって、今は全員が弾切れしているようだ。彼等にしてみれば、何も知らない地下鉄の乗客を襲う予定だった訳で、ターゲットが銃を持っている事は勿論、手ぐすね引いて待ち構えているなど想像もしていなかったに違いない。

 

「最近の撃ち鉄はマナーがなってないわね」

 

 刹那が立ち上がると同時に、ホームの一番端に並んでいたテロリストの脳天を射貫いて殺した。今回の任務ではテロリストを殲滅しろと言われているし、自分が殺さなくても王利絵が、王利絵がしなくても他のサードが殺すだろう。結果は同じだ。

 

「こちらは女性戦闘車両になります。駆け込み掃射はご遠慮ください」

 

「やっべ……」

 

 ホームの中央にいた、長身で緑髪をした黒コートの男が息を呑む。

 

 と、同時にリコリス達が手にした銃器を一斉射した。

 

 十の拳銃が火を噴いて、それとは比較にならない火力を誇る機関銃が7.62x51mmNATO弾を吐き出す。

 

 懐から拳銃を抜いて何とか反撃しようとしたテロリストの、頭が跡形も無く吹き飛んだ。

 

 他のテロリストも、身を隠す物が少ない駅のホームでしかも車両を撃つ為に体を晒してしまっている所に、リロードの暇など与えない連射を受けて次々と倒れていく。

 

 撃ちまくるサードとは対照的に、刹那は正確な射撃で1ショット1キル、全て一発でテロリストの脳天を撃ち抜いて殺していく。狙いを合わせて撃つのではなく、銃口の動きで敵をなぞるようにして、重なった瞬間に射撃しているような滑らかさだった。

 

 その時である。

 

「……!!」

 

 狂戦士の如く咆哮しながら機関砲を撃ちまくっていた王利絵が、突如として射撃を止めてしまう。

 

 順調に敵を掃討出来てはいるが、まだ全てではない。

 

 たった今、物陰に黒いコートの男が逃げ込んだ所だった。

 

「王利絵……どうしたの?」

 

「……総員、撃ち方止め!!」

 

 銃声をかき消す程の大声で、セカンドリコリスが叫んだ。

 

 だが、サード達の反応は鈍い。たった一人、ひめなだけは戸惑いつつも射撃を止めていた。

 

「私に続いてください!!」

 

 まだたっぷり弾の残っているM60を放り捨てて、王利絵は傍らに置いていたトランクを引っ掴むとホームへと駆け出した。

 

「……!!」

 

 相方の様子にただならぬものを感じた刹那も、すぐその後に続く。

 

「え? 王利絵さん何を……!!」

 

「な、何!?」

 

「撃たないで!! 味方に当たる!!」

 

 ひめな以外のサードは、ここでやっと射撃を止めていた。

 

「そうか……お前らか!!」

 

 このホームにたった一人だけの男の声が聞こえて、続いて空間そのものが震えて砕けるような爆音と衝撃が襲ってくる。

 

 爆発。

 

 あらかじめ仕掛けられていた爆弾が、起動したのだ。

 

 爆破されたのは側面だけではなく上もだった。崩落した天井が襲ってくる。

 

 ほぼ同じタイミングで、黒いコートの男と王利絵が反対側の線路に飛び込んだ。

 

 ほんのゼロコンマ数秒だけ遅れて、刹那も。

 

「な、何!?」

 

「急いで!! こっちへ!!」

 

 更に遅れるが、サード達も続いて対向車線へと走って行く。その中に、ひめなも居た。

 

 室内で大量の爆薬が爆ぜた事で聴覚が役立たずになり、爆煙と舞い上がった粉塵によって視界が塞がれて、何も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「……分かっていたの? こっちの線路に飛び込んだら助かるって」

 

「確証があった訳ではありませんがね」

 

 瓦礫を足でどかして、煤で真っ黒になった顔を拭いながら刹那と王利絵が、電気が落ちて暗くなったホームに姿を見せた。

 

「あの、黒いコートのテロリスト。あいつの逃げっぷりを見てピンと来たんです」

 

「逃げっぷり?」

 

 頷く王利絵。

 

「あれはとにかく一秒でも生き延びる為に身を隠そうという動きじゃなかった。柱の陰に逃げ込んで、ほんの何秒か時間を稼げば何か助かる手段がある。そういう確信を感じさせる走り方だったんです」

 

 直感だから具体的にどこがどうだとは説明は出来ませんがと、セカンドリコリスは付け加える。

 

「それで、あの10人からのリコリスに包囲された状況から逆転の可能性があるとすれば、銃で私達を殺す事じゃない。だとすれば考えられるのは、あらかじめ仕掛けていた爆弾で私達を一網打尽にする事。そして、道連れにする気じゃなくてこんな所で爆弾を使うという事は、逃走経路に使う為の、爆破されない安全地帯があるという事……」

 

「成る程それで……地上への出口は封鎖されているだろうから、残るは電車が入ってきたのと反対側の線路しかない……か」

 

 聞いてみれば、カンに依る所は大きいものの確かに論理的な帰結である。

 

 だが、王利絵はほんの数秒足らずの時間で、銃撃戦の最中に敵を一瞬見ただけの違和感からそこまでの結論を導き出したのだ。

 

「……あなたほど優秀なリコリスがどうして、ファーストから降格されたかが、改めて分かったわ」

 

「はぁ」

 

「どうしたら自分が生き延びられるのか。それしか考えてないでしょう、その頭」

 

 何を当たり前の事を聞くのかと、王利絵が首を傾げる。

 

 そう、王利絵は直感も本能も思考も理性も、全ての能力が生き延びる事に特化している。だからファーストリコリスとしてチームリーダーをやらせると、リコリスは危険が仕事なのに、安全な方へ安全な方へと流れるから任務が失敗してしまう。

 

 逆にセカンドやサードで、一部下やリーダーのサポートをさせると、リーダーの方針や指示の範疇で安全な方法を探すのでチームが生存する事、つまり任務を成功させる手段を全知全能で模索するから、その能力をフルに発揮する。

 

 早い話が、王利絵は人の上に立つのはてんでダメで、人をサポートしてこそ真価を見せるのだ。

 

 改めてパートナーの資質を、刹那は理解した。

 

「……ところで王利絵、良いニュースと良いニュースがあるのだけど、どちらから聞きたい?」

 

「……こういう場合は普通、良いニュースと悪いニュースじゃないんですか?」

 

「良いから、どちらから聞きたい?」

 

「じゃあ、良いニュースから」

 

「あくまで今の時点での話だけど、私達に死人は出ていないわ。重傷者は出ているけどね。あの、ひめなって子よ」

 

「……」

 

 王利絵が、厳しい表情になって懐から取り出したハンカチで、眼鏡の汚れを拭った。

 

「……もう一つの良いニュースは?」

 

 問われ、刹那の視線が地上へ続く階段と、今二人が居る線路の左右の闇へと順番に動いていく。

 

「……?」

 

「さっき調べてきたけど、爆発の衝撃で、地上への階段と、上り下りのトンネルも崩落で塞がっていたわ」

 

 黒コートの男が逃げていった先も、こちらの追撃を防ぐ為だろう。時間差での爆発で封鎖されてしまっていた。

 

「……つまり?」

 

「私達は今、生き埋めになっているという事よ」

 

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