Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「ひめなは大丈夫ですか?」
ライト付きのヘルメットを被って両手をフリーにしつつ、頭を守って視界を確保した王利絵が、固まって司令部に連絡したり負傷者の治療に当たっているサード達に近付く。彼女達の円の中心に、早く浅い息を吐きながらひめなが横たわっていた。落ちてきた瓦礫にぶつけたのだろう、頭部からの出血が、膝枕している同僚のスカートを赤く染めて、床に広がっていく。
「出血が酷いです。このままじゃ……」
「司令部からの救援は?」
「連絡は付くでしょうが、期待は出来ないわね」
王利絵のすぐ後ろに立つ、刹那が言った。
「今は19時頃……とすれば、地上は人でごった返している筈。それも、さっきの爆発騒ぎの衝撃や爆音、粉塵とかで更に大騒ぎになって、野次馬が増えているでしょうね……人払いをして、周囲を封鎖して、人目を避ける為に深夜になってそれからやっと私達を救援する準備が整う訳だけど、更にそこからえっちらおっちら瓦礫を掘り返し始める訳で……」
「そんな……それじゃあ……」
一人のサードが、悲痛な声を上げる。
何時間か、あるいは一日二日という単位で掛かるのか。その辺りは不透明だが……少なくとも、それまで待っていては自分達は兎も角、ひめなは絶対に助からないのは保証出来る。
「そんな……司令部!! 急いでください……重傷者が出ているんです!!」
スマホで司令部と連絡を取っていたサードも、泣きそうな声だった。たった今の、刹那が語ったのと大差無い内容の返答が来た事を察するに、大した推理力は必要ではなかった。
「はい、うろたえない」
淡々と、刹那が一言。
「王利絵、酸素」
「はい、どうぞ」
ちらりとも見ずに手が出されて、熟練の助手が手術の流れを切らさずに外科医にメスを渡すように、王利絵は刹那に酸素缶を当たり前のように手渡した。勿論、愛用のトランクから取り出した物だ。
刹那はそれを、サードに投げ渡す。
「あなたは少しそれを吸いなさい。酸欠の頭では、良いアイディアは浮かばないわ」
「え? え……?」
「まずは彼女の手当からね……王利絵、縫合キット。それに消毒液」
「どうぞ」
流れるように、刹那がリクエストした品物がトランクから取り出されて、王利絵から手渡される。
「麻酔無しだけど……死ぬよりはマシだと、そこは我慢して。あなた達、暴れないように頭と手足を押さえて」
「え……」
「早くしなさい」
「「は、はい!!」」
強く言われて、呆けていたサード達も我に返った。ひめなの四肢一本に付き一人ずつ、体を乗せて彼女が手術の痛みで暴れても動かないように固定する。膝枕していた者は、両手で頭部を強く挟んで動きを止める。
「あなた、患部を照らして」
「はい」
もう一人のサードには、刹那からライトが渡された。彼女はそれを使って、ひめなの頭部周辺を照らす。
それを見て取ると刹那は手際良く、傷口の消毒と縫合に掛かった。麻酔無しで体を縫われる痛みに時折びくんとひめなが体を跳ねさせたが、動じる事無く淡々と、粛々と応急処置を済ませていく。
作業が終わりに差し掛かると、王利絵はタイミング良く包帯を手渡してくる。刹那はそれをひめなの頭に巻き付けた。この辺りはもう指示しなくても二人とも流れで動けていた。
「増血剤」
「どうぞ」
「じゃあ、あなたはこれを飲ませてあげて。それから輸血用血液は……」
「すいません、刹那さん。流石にそれの準備は無いです」
王利絵が頭を下げる。半分冗談とは言えデパート並みの品揃えと言う彼女のトランクにも、やはり入っていない物はあるらしい。そもそもトランクの中身は、任務の内容や場所に応じて想定される優先度から取捨選択し、入れ替えている。故にその任務に必要とされる物が大体はあるが、何でもは無いのだ。まぁこうした医療キットはほぼ必需品として常に入っているのだが。
「じゃあ水と岩塩、それに輸液セット一式」
「それならありますよ。どうぞ」
「よし。それじゃあ、あなた達、これで生理食塩水を作って輸液してあげて。やり方を説明する必要は無いわね?」
輸血時に血液が足りない時は、応急処置として食塩水が使用される。これに用いられる塩は成分の関係上、家庭用の精製塩よりも岩塩の方が望ましい。
輸血用血液を持ってこようとすると、ABO型だけに限っても4種類の血液を用意しなければならないので重量が増えてかさばってしまう。王利絵はあくまで応急処置の為の医療用品として、また非常時の飲料水として使う為に水と岩塩を持ち込んでいたのだ。加えて先日のアドバイスからトランク内の武器の量を増やす為に、デッドスペースは少しでも減らす必要があった。
「は、はい!!」
「分かりました!!」
「任せてください」
サード達は、生き埋めとなってしまったこの状況で、しかも救助が来るまで何時間かあるいは何日も掛かるという予測を受け、生還は絶望的、自暴自棄になって自殺する者さえ出そうな顔をしていた。十数分前までは。
しかし今はどうだ。リーダーである刹那の泰然とした態度、冷静な判断に的確な処置と、こうした事態をあらかじめ予期していたかのようなサブリーダー・王利絵の準備の周到さ。この二人が居れば、あるいは自分達は助かるのでは? と、そう思えて顔つきが違ってきている。
ならばその希望に懸けて二人の指示を聞き逃すまいと神経を集中し、彼女達はてきぱきと動いていく。この辺りは最下級とは言えやはり十分な訓練を受けたリコリスだと言える。どう行動する事が最善か、少し頭が冷えればちゃんと分かっているのだ。
「リーダー、次の指示を」
「待っていて。向こうの瓦礫の様子を見てくるわ」
刹那は王利絵を伴って、黒コートの男が逃げていった方の瓦礫を調べる。
「……やはり、下りの方が瓦礫の量が少ないわね」
「はい。吹っ飛ばすならこちら側ですね」
二人の意見が一致した。
あの黒コートのテロリストは、線路の下り側を自分の逃走経路として使う事を想定していたから、万一にも自分が自分の仕掛けた爆破で生じた崩落の下敷きになる事を避ける為に、爆弾の量を抑えていたのだろう。お陰でこちら側の瓦礫の量は、反対方向よりは少なめであった。
……とは言え、人力で片付けるには現実的ではない量と重さの瓦礫である事に変わりはない。
無論、刹那とてそんなつもりは無かった。
「王利絵、プラスチック爆弾を出して」
「はい」
トランクからは、粘土のような爆弾が取り出される。
慣れた手付きで、爆薬を狭い隙間に詰め込み、瓦礫を吹き飛ばすのに最適な箇所に設置していく王利絵。
設置が完了して、起爆装置が差し込まれるまで5分と掛からなかった。
二人は瓦礫から離れると、ホームに戻る。
「みんな、今から王利絵がプラスチック爆弾で瓦礫を吹き飛ばして脱出ルートを作るわ」
おおっと、歓声が上がる。用意周到なのは分かっていたが、そんな物まで持ち込んできているとは。
いける。これは、私達は助かる。
目に見えて、サード達の表情や体に活力が漲ってきていた。
「では、全員小さな瓦礫やゴミ箱や椅子を使って爆風避けにしてください。それが出来次第起爆します」
「はい!!」
「すぐに!!」
重傷で動けないひめなと、彼女を看ている一人以外が素早く動くと、倒れているゴミ箱やベンチを動かして簡易的なバリケードを作り上げる。そうしてその裏側に全員が退避したのを確認すると、刹那と王利絵もそこに体を入れた。
王利絵が、もう一度しっかり全員が退避出来ているのをしっかりと指さし確認する。
「よし……では、起爆します。全員、耳を塞いで口を開けてください」
「「「あー」」」
刹那も含め、リコリス全員が指示に従った事を確かめると、手にした起爆装置のスイッチを押した。
爆発が起きて、衝撃が襲ってきて線路を塞ぐ瓦礫が吹き飛ぶ……
事は、なかった。
「……えっ?」
「ど、どうしたんですか……?」
サード達が、不安げな声を上げる。
カチッ、カチッ……
王利絵が何度も起爆装置のスイッチを押すが、一向に爆発が起きる気配が無い。空しい空押しの音だけが、崩壊したホームに響いていく。
「故障……ですか」
ちゃんと機能確認はしていたのにと愚痴りつつ、王利絵は起爆装置を放り捨てると踏み潰した。言い訳ではあるまい。病的なまでに用心深く慎重な彼女が、装備品をチェックしないなど有り得ない。それでも、故障は起きる時には起きる。それが、今であったというだけの事だろう。
サード達の表情が、希望から絶望への急転直下、真っ青に変わる。
表情が変わらないのは、刹那と王利絵の二人だけだ。
王利絵は何事も無く、たった今踏み潰したのと同じデザインのリモコンをトランクから取り出した。
「予備です」
感嘆するような声が出て、サード達の顔に希望が点った。故障する事も想定して、予備を用意しておくとはやはり用心深い人だと。それにしても無理からぬ所だがさっきから暗くなったり明るくなったり、忙しい事だ。
「では気を取り直して、皆さん、耳を塞いで口を開けてください」
「「「あー」」」
再び全員がそうしたのを確認すると、
カチッ……カチッ、カチッ、カチッ……
空押しの音が、響いていく。
「「「…………」」」
またしても故障。前日の機能チェックはきちんと行っていたのに、予備も含めて二連続で動作不良。
文句を言っても始まらないがこんな事が起こって良いのだろうか。
刹那は王利絵の手からリモコンをひったくると放り投げ、一射して空中で粉々にした。
「……王利絵、次からは、もうこのタイプの起爆装置は使わないようにしなさい」
「そうしますよ。それとリモコンにも予備の予備を用意するようにします」
動じないファーストとセカンドとは対照的に、サード達は再び人生が終わったような顔になる。実際に、現状は棺桶に片足を突っ込んでいるようなものであるが。だが刹那の言葉を良く聞いていれば分かっただろう。「次からは使わないようにしなさい」。彼女は、次がある事を前提に話をしている。
「この際、アナログな方法を使います。刹那さん、弾を一つください」
「ほら」
愛銃のスライドを手動で動かし、排莢された実弾を渡す刹那。
王利絵はそれを受け取って再び線路に下りると、爆弾を設置した瓦礫の所に行って何やらカチャカチャと手元から音を鳴らす。
ハラハラとしたサードと、あくび混じりに刹那が見守る中で、数分の作業を完了した王利絵がホームに戻った。
「刹那さん、プラスチック爆弾を弾丸の雷管で起爆するようにしました。あそこの瓦礫に弾丸を固定してありますから、あなたが弾丸を狙撃して雷管を叩いてください」
「えっ……」
「そんな……」
サード達が悲鳴染みた声を上げる。
この暗闇で、しかも安全の為に爆弾から20メートルは離れなくてはならない、それで、小さな点でしかない弾丸の雷管を、拳銃で狙撃して叩くなど。机上の空論とさえ言えるかどうか怪しい、弾丸はそこまで届くから出来るだろうというだけの、理論上可能なだけの事だ。
「分かったわ」
「え? リーダー、ちょっと……」
「早く耳を塞いで口を開けてください」
王利絵に言われて、慌ててサード達が言われた通りにする。
刹那は可能な限りバリケードに身を隠した不安定な体勢から、狙いもあまり付けずに無造作に一射だけする。
そして今度こそ、爆発。轟音と、衝撃がホームに走る。
粉塵が巻き起こって、それが晴れた時には線路を塞いでいた瓦礫は粉々に吹き飛んでいた。
「や、やったぁ!!」
「これで脱出出来ますよ!!」
「誰か、ひめなを背負ってあげてください。下り線路を通って次の駅まで移動し、地上へ出ます」
「はい!!」
「さ、ひめな……これで助かるよ。頑張って」
王利絵が先頭、刹那が最後尾で後方を守りつつ、開けた線路内を移動していくリコリス達。
だが数分程歩いた所で、その動きが止まってしまう。
「どうしたの?」
刹那が先頭まで歩いてくると、足取りが止まった理由が分かった。
線路に、まだ瓦礫が残って道が塞がっていた。崩落は二カ所あって、奥の方には爆風が届かず片付けられなかったのだろう。
「……この瓦礫は、それほど大きくないわね。これさえ退けてしまえば、脱出出来るでしょう」
「サブリーダー、予備の爆弾は……?」
「残念ですが、最初の瓦礫を吹き飛ばせなければダメでしたから、持っていたプラスチック爆弾はあそこで全て使いました」
サード達にとっては、氷よりも冷たい回答を淡々と王利絵が口にする。顔を真っ青にした部下達とは対照的に、刹那はまだ無表情だ。
「最後の手段を使います」
王利絵はトランクをひょいっと持ち上げると、広い面を瓦礫へと向けた。そうしてやや傾けたトランクを盾にするように支えながら、自分はしゃがむとその背後に隠れる。
「……」
刹那は無言で、すっと王利絵から距離を取るとトンネルの壁面に体をぴったりとくっつけた。
「「「……!!」」」
そんなリーダーの姿を見たサードリコリス達も、王利絵が何をするつもりなのか大体察したようだ。顔を見合わせてはっとした表情になり、自分達も同じように左右にばらけて、壁に背中を付ける。
全員がそうしたのを確認すると、王利絵はトランクの取っ手を思い切り引っ張った。
瞬間、まるで光線が発射されたのかと錯覚するような熱と閃光が走って、サード達は思わず目を逸らす。
王利絵が、しゃがみ込んだ安定良い体勢のままで数メートルも滑るように後退する。靴からは摩擦熱で煙が上がっていた。トランクの、瓦礫に向けていた面からも煙が上がっている。こちらは火薬によるものだったが。
見れば、道を塞いでいた瓦礫は粉々に吹き飛んでいた。
「サブリーダー、今のは……」
「このトランクには指向性爆薬が仕込んであります。ロケット弾を撃ち込まれても、爆発の反作用によって戦車のリアクティブアーマーのように被害を抑える為にね」
「「「……!!」」」
聞きしに勝るどころか異常、病的とされる王利絵の用心深さ。その真髄を垣間見た気がして刹那以外の全員が愕然とした顔になる。
今度こそ道が開けて、線路を歩いて行くリコリス達。これで上が空だったら昔の映画のようだったのにと、天井を見上げながら刹那は漠然と思った。
低くはあるが、テロリストの仲間が待ち伏せしている可能性も想定して、警戒しつつ次の駅のホームへと移動したリコリス達であったが、どうやらそれは杞憂であったらしい。DAが今回の作戦の為に、先ほど銃撃戦が起こった駅を中心として上り下りの数駅を全て押さえているので、シンとしたものだ。
あの黒コートの男はここから地上へ出たのか、それともあと何駅か先へ歩いて行ったのか……
「……」
刹那は痕跡の有無を調べてみたが、目立った物は見当たらなかった。
警戒しつつ階段を上がって地上に出ると……わっと、サード達が声を上げる。
「やったあっ!!」
「出れたよ!! 外だ!!」
「すーはー、すーはー」
「空気が美味しい~」
歓声を上げたり手を取り合ったりする同僚達。仲間に背負われるひめなも、くすっと笑って、呟いた。
「ほら、私の言った通りだったでしょ? みんな、生きて帰れた」
その日の深夜。
チャイムを鳴らす音を聞いて、千束はセーフハウスのドアを開けた。
「はいはい。でも誰? こんな時間に……」
不心得者ではあるまい。それならチャイムを鳴らすなどという紳士的な真似はしないだろう。
それでも、最低限の警戒心は保持しつつドアを開いて……
「ぶっ!!」
思わず吹き出した。
外に立っていたのは刹那と王利絵。
だが二人とも、顔は羽子板でボロ負けしたかのように真っ黒で、髪はチリチリでアフロのようになっていた。
「ぶはっ、はははは……ぷぷ……ど、どうしたの刹那、その顔、頭……うひひ……や、止めて、その顔でこっち見ないで……くくく……」
腹を抱えつつ、涙目になりながら千束が二人に視線を送って、またしても抱腹絶倒する。
「ちょっと任務でね。疲れたから、少し寝かせて」
「シャワーも貸してもらえるとありがたいですね」