Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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※グロ注意。


第17話 引っ越し

 

 これは今より少し昔の話だ。

 

「ねぇ、千束」

 

「ん?」

 

 その日の夕食時、刹那はパートナーに尋ねた。

 

 千束の前には合挽きのハンバーグ定食がしかも目でも楽しめるようにプレート皿に乗って芳香と湯気を立てている。一方で刹那の前には、お湯を注がれてからの3分を待つカップ麺が置かれていた。今日の料理当番は刹那だったのだ。

 

 クオリティの格差に普通なら遠慮する所なのであろうが、人間は良くも悪くも順応する生き物であり、千束も今や刹那はこういう人なのだと、気にせずにハンバーグを切り分けて口に運んでいく。

 

「聞いて良いかしら?」

 

「良いよ。口座の暗証番号以外なら、何でも聞いて」

 

 ハンバーグを飲み込んで、口の中を空にしてから答える千束。

 

「もっと前から聞いても良かったのだろうけど……」

 

 刹那はポケットから一発の弾丸を取り出す。

 

「どうして、あなたは殺しをしないの? 『いのちだいじに』……だっけ?」

 

 先端に赤いプラスチックゴムが装填されていて、当たると粉末状に砕けて赤い花が咲いたようになる非殺傷弾だ。千束は仕事ではこれを使い、人を殺さない。マーダーライセンスを持つリコリスとしては、異端のスタイルであると言える。

 

 気持ち自体は刹那にも想像出来る。リコリスはエージェントであって快楽殺人者ではない。任務のターゲットであったり、チームの危険を排除する為に必要であるから殺るのであって、趣味嗜好の為に殺める者は殆ど居ない。

 

 だから刹那もわざわざ足並み乱す事もあるまいと千束に合わせているのだが……

 

「……気分が良くない」

 

「気分?」

 

「誰かの時間を奪うのは気分が良くない。悪人にそんな気分にさせられるのはもーっとむかつく。だから死なない程度にぶっ飛ばす」

 

「……それだけ?」

 

 ギョロ目が、上目遣いに覗き込むように相方を見る。カップ麺が出来上がって、手は後入れのスープを入れながらも視線を外さない。1分ほどそうしていて、にらめっこに負けたのは千束の方だった。

 

「まぁ、良いか。刹那になら」

 

 溜息と共に、千束は首元に手を入れる。そこから取り出されたのは、梟の意匠が彫り込まれたチャームだった。

 

 刹那もそれには見覚えがある。

 

「アラン機関の……」

 

 貧困や障害などを抱える天才を発掘して無償の支援を行う団体で、その活動範囲は世界規模に及ぶ。便宜上機関とは言うが個人なのか集団なのかも良く分かっていない。アラン機関の支援を受けた者の証は、千束が持っているチャームだ。国内でそれを持つ者は現在確認されている中では10人に満たない。

 

「刹那には前に話したよね? 私の心臓が人工心臓だって事」

 

 頷く刹那。何なら千束が先天性の心疾患を患っていた頃から知っている。ある時期に人工心臓の置換手術を受けて、それで病気を克服したという話だった。実際に、それ以後に刹那は病気で千束が倒れた所など見た事が無い。

 

「この心臓と……時間を貰った時に、一緒に貰ったのが、このチャームと、あの銃……」

 

「前に話してくれた、救世主の事か……」

 

 DAの制式銃とは違う、相方の愛銃を思い浮かべて刹那は呟く。

 

「私を助けてくれた人がくれた銃……あれは、人を助ける銃なの……だからだよ」

 

「そう、か。悪かったわね。立ち入った事聞いて」

 

「良いんだよ。こうして同棲してる仲じゃん?」

 

 伸び始めているラーメンを、刹那は啜った。

 

『私とは違うな。千束は』

 

 刹那は思う。

 

 類い希なる殺しの才能を持ちながらそれを使わずに、人を助ける生き方を選んだ千束。

 

 自分とはまるで対極。

 

『……』

 

 千束を追ってDAを出て、パートナーを組んで1年余りになる。

 

 動機は純粋に友達が心配だったからだ。

 

 喫茶リコリコに出向したいという申請は割とあっさり通った。楠木司令には『いくら千束が優秀でもソロでの任務は危険、ファーストリコリスの中でも特に抜きん出た実力者である彼女をみすみす失うリスクを冒すのは避けるべき。だからお目付役を兼ねて自分がパートナーに』と説明している。要請があった場合、千束以外のリコリスとも組んでDAの任務も受ける事を条件として。

 

『私は殺しがしたいから自分の意思でDA入りして、リコリスになった……』

 

 刹那はその選択を後悔した事は無い。

 

 最初の殺人。まず自分の祖父を、次に両親を殺した時から「ああそうか」とも思った事は一度も無いし、心が痛んだ事もついぞ無い。多分これからもずっとそうなのだろう。

 

 リコリスとして人を殺す事を「命令されたから」「平和を維持する為には必要だから」そんな言い訳もしない。

 

 ただ、こうして千束と過ごしている時間だけは、複雑だ。

 

 千束の事は好きだ。一緒に居ると楽しい。だが同時に、いたたまれない気分にもなる。

 

 こうしてテーブルを挟んでいても、自分達の間には天地ほどもの距離がある。

 

 

 

 

 

 

 

「だからきっと、同じ所には逝けないでしょうね。私は……」

 

 現在。

 

 時計の部屋の中央、ソファーに腰掛けながら物思いに耽っていた刹那は独りごちた。自分は絶対に地獄に墜ちる。元より救われたいなどと思った事も無いが。

 

 千束は違う。前に話してくれた彼女の余命。人工心臓が保つのは精々千束が成人するまで。それが耐久性の限界だと。その、限られた時間の中で千束は殺人を生業とするリコリスでありながらそれをせずに人を助け、誰より笑って、日々を懸命に生きている。

 

 ならば自分も、出来る事をしなければならない。千束に人を殺させないように。そして千束が誰にも殺されないように。

 

「これ以上リコリスを無駄死にさせる訳には行かないでしょう。出来るだけ多くの任務を私に回してください。特に危険なものは絶対に。その為の、専門の支部の設立を提案します」

 

 楠木司令に提案して、この申請も通った。

 

 そうして刹那は喫茶リコリコを出た。

 

 申請した理由は、建前ではあっても嘘ではない。当時特にサードリコリスの損耗が激しく補充が追い付かなくなりそうだったのは確かだし、この支部の運営が軌道に乗ってからは本部の負担が軽減されたのも本当だ。人間が無駄死にするのが、勿体ないと思ったのも。

 

 ただ、それでも……自分はこれまでどれほどの事が出来たのだろうか。そう考えると、疑問もある。この部屋に並ぶ無数の止まった時計、リコリス達の墓標の代わり。自分は所詮、山火事に如雨露で水を掛けるぐらいの事しか出来ていないのではないだろうかと。なるべく、考えないようにはしているのだが。

 

 倒錯した感情・思考だとは思うが……まぁ、人間なんだ。矛盾していて当たり前だろう。

 

 と、そんな風に考えていた時だった。

 

 部屋の外で、何やら争うような音がする。

 

「? どうしたの?」

 

 ドアを開けて居間に出ると……そこには王利絵と、一人の少年が手足を手錠で椅子に括り付けられて拘束されていた。

 

 少年は黒髪で贅肉が少なくほっそりとして尚且つ鍛え上げられた体付きで、しかも顔立ちは整っていて服装次第では女性と言っても通るだろう。年の頃は外見的には10代半ば。着ているのはどこかの学校の制服だろうか。争ったのだろう、彼の衣服だけが少し乱れている。床にはバラバラに分解された拳銃が転がっていた。

 

「リリベルね」

 

「へぇ、これがリリベルですか。私もホンモノは初めて見ました」

 

 王利絵が目を丸くする。リリベルとは一言で言うなら男性版のリコリスである。同業者ながら指揮系統や所属が全く違うので噂以上の情報は彼女も聞いた事がなかった。

 

「あなた、誰の命令でここに来たの?」

 

 刹那が尋ねる。

 

「私も鬼じゃないから、言ってくれればすぐに解放するけど」

 

「誰が喋るかよ。殺すなら殺せ」

 

 ペッとリリベルは唾を吐くが、刹那は素晴らしい反射神経でそれを避けた。

 

「面倒ですね。あまり時間を掛けたくもないし、私には人間を嬲って楽しむ趣味も無いですから、さっさと話してもらいますか」

 

「嬲るという字は男二人に挟まれる女と書くけど……これは状況が逆ね」

 

 王利絵は置いてあったトランクの中から、一本の棒を取り出した。

 

 金属製で細長く、先端が小さな球状になっていてその球状の部分には鬼の金棒のようにいくつものスパイクが飛び出ている。以前に、喫茶リコリコで見せたのと同じ道具であった。

 

 リリベルに近付いた王利絵の手が、彼のズボンのベルトに伸びて、

 

「な、何をするつもり……」

 

「王利絵」

 

 ぴたりとその動きが止まった。

 

「口を割らせるのは良いけど、あまり血が出るやり方はしないで。掃除が大変だし、クリーナーを呼んだら高いんだから」

 

「……そうですか。分かりました」

 

 別段不快や残念に思った様子も無く、王利絵は金属棒を机の上に置くと部屋の消火栓を開けてホースを取り出した。

 

「じゃあこれを使います」

 

「なっ……」

 

 王利絵は左手でリリベルの顔面を引っ掴むと無理矢理口を、顎が外れそうになるぐらい開かせて、そこにホースの先端を突っ込んだ。そうして彼女の手が、消火栓のバルブの取っ手に置かれる。

 

 これから何が起こるか想像が付いて、リリベルの顔面から血の気が引き、紙のように白くなった。

 

「話したくなったら、そう言って……は、無理か。それなら手を上げて……も、無理ですね」

 

 リリベルの口にはホースが突っ込まれて、両手は手錠で椅子に括り付けられている。

 

「それでは……話す気になったら大きく首を縦に振ってくださいね。じゃあ、始めます」

 

 王利絵はそう言って、バルブを緩める。

 

 変化はすぐに訪れた。

 

 水の流れる音がして、ホースが不規則な動きをする。リリベルに水が飲まされていく。口の端の僅かな隙間から、水が漏れて吹き出した。

 

 リリベルの引き締まった体の、腹がみるみる内に妊婦の如く膨れ始めて、全身汗びっしょりに、両目からは滝のような涙が流れ出す。

 

「んー、んー!!」

 

 ロック歌手がするヘッドバンギングのように、首どころか体全体を使って頷きの動きをするリリベル。

 

「ありがとうございます。それじゃ約束通り水を止めて……」

 

 王利絵がバルブを閉じようと、逆に回す。

 

 ガチン

 

 金属音が鳴った。

 

「ん?」

 

 見ると、顔の前に持ってきた手がバルブハンドルを握っていた。

 

「あれ?」

 

 視線を移すと、消火栓からバルブハンドルが無くなっていた。回した拍子に外れてしまったのだ。

 

 王利絵はハンドルを戻そうとするが、ガチンガチンと空しい金音を立てるだけだった。

 

「あー、こりゃまずいわね」

 

 刹那がリリベルの口からホースを引っこ抜こうとするが、先端の金属部分が歯に引っ掛かってしまっているのかこちらもガチンガチンと鳴るだけで抜けない。

 

 そうこうしている間にも、リリベルの体は風船のように膨れ上がっていく。

 

 何度か試みて、刹那は諦めたようだった。歯を折れば抜けるかも知れないが、面倒臭いし手が汚れそうだ。

 

「まぁ、仕方ないか」

 

 ホースから手を放してしまう。

 

「私達を殺しに来たんですから、殺されても文句はありませんよね」

 

「王利絵、こっちへ。このセーフハウスどうするか相談しましょ」

 

「はい、分かりました。すいません刹那さん。部屋を汚す気は無かったんですけど」

 

 飽きたように、セカンドリコリスはバルブハンドルを放り捨てた。

 

 リリベルの体からは、あちこちから老朽化したパイプのように水が噴き出し始めていた。

 

「んー!! んー、んんー!!」

 

 彼は助けを求めガクガクと体を動かして視線を送るが、もうリコリス二人は振り向きさえもしなかった。

 

 そうして時計部屋に入った刹那と王利絵。

 

「どうしますか刹那さん。クリーナーを手配しますか?」

 

「でもあれ、高いのよね」

 

 部屋の外からボン!! という音が聞こえてきて一瞬だけ、二人ともドアへと視線を送った。

 

 でもすぐに全く興味を無くして話を再開する。

 

「良いわ。別のセーフハウスに移りましょう。ここはこのまま放棄するわ」

 

「そうですか」

 

 王利絵が、部屋の四方を埋め尽くす時計を見やる。

 

「私は装備を持ち出せれば良いんですが、刹那さんは良いんですか? この時計……」

 

 大切なコレクションだろうに。

 

「問題無いわ。全てのセーフハウスに、同じだけ時計があるから。これだけ、持ち出せれば」

 

 自分がリコリス達に贈って、そして戻ってきた腕時計を注意深くアタッシュケースに入れる刹那。本当はこれさえも必要無いのだ。死んだ者は生きている者の心に残れば良い。ただそれではあまりにも味気ないから、何か形に残る物をと、彼女は時計を集めているのだ。

 

『うーわ、いよいよヤバいよこの人。全部のセーフハウスにこんな部屋があるのか』

 

 そんな事を思いながら、王利絵は引っ越しの準備をする為に何の躊躇も無くドアを開けて、部屋を出て行った。

 

 残された刹那はしばらくぼんやりとしていたが……

 

「あ」

 

 何かに気付いたように一声上げると、どっかりとソファーに体を預けた。

 

「はぁ」

 

 大きく溜息を一つ。

 

「やっぱり私はダメね。千束……あなたと同じ光の道を、一緒には歩けない……歩いちゃいけない人間なんだ」

 

 普通ならこういう時、少しでも心を痛めたりとか何も殺す必要は無かったのにとか後悔するものなのだろう。なのに最初に頭に浮かんだのは部屋の掃除や換気をどうしようかという事だった。それでしばらく考えてから、やっと「そういう風に思うものなのだろう」と、しかも感じるのではなく考えるだけだ。

 

 自分はどこか壊れている。あるいは、最初から壊れて生まれてきたのか。

 

「昔は、あなたは心臓が作り物。私は心が出来損ない。似た者同士でお似合いだと思っていたけど……間違いだったわ」

 

 二人がこのセーフハウスを出て数時間後、連絡が途絶えた仲間を追ってリリベル達が踏み込んでくる。

 

 彼等は中に広がっていた惨状を見て、怒るよりも前に震え上がってしまい、刹那達に手出ししないよう彼等の上司に哀願する事になるのだが……それはまた、別の話である。

 

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