Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第18話 囮捜査

 

「はぁ……やだなぁ、こんな仕事……」

 

 右手に花束、左手には相棒のトランクケースを引っ張って、王利絵は夜の町を練り歩く。

 

「リコリスになってからやりたい仕事なんて一度も無かったけど、こんなにやりたくない仕事は初めてです」

 

 ぶつぶつ言いながらも、視線は常に左右に配られて、見える範囲内に何か不自然な物や動きはないだろうかと警戒心を常に高いレベルに維持している。

 

 何があったのか? 話は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「リコリスが襲われている?」

 

 DAに召喚された刹那と王利絵は、早々に楠木司令の執務室へと通されて用件を伝えられた。

 

「そうだ。二子玉川とお台場で、二人とも単独任務中に大人数で襲われている」

 

「単独任務中、大人数に……」

 

 王利絵が、反復する。

 

 リコリスが任務によって殉職する事は珍しい事ではない。それどころか前提条件である。今回の問題は「大人数に襲われた」という一点。たった二人(王利絵が配属されなかった場合は単身で)でマフィアとヤクザの会合にカチコミを掛ける刹那のような特級の例外を除いては、単独で任務に就くという事は想定されるターゲットは一人かそうでなくとも少数、あるいは偵察任務など比較的危険度が低いという事。なのに大勢の敵にやられたという事は……

 

「単純な任務の失敗ではない」

 

「明確にこっちを狙ってきていますね……」

 

 支部のファーストとセカンドの見解は一致している。それは楠木司令も同じであったようだ。

 

「それで上は、リコリスを囮にして敵の正体を探り出せと言ってきている」

 

「無理です。失敗しますよ、それ」

 

 刹那が断言する。楠木司令も頷いて返した。

 

「そもそもリコリスは究極的には鉄砲玉です。鉄砲玉に囮をやらせてどうするんですか? 不適材不適所も甚だしいというものです」

 

「私もそう言ったんだがな。上の意向には逆らえんよ」

 

 いつも毅然としている楠木司令にしては珍しく、力を抜いて背もたれに体を預けると天を仰ぐ。

 

「すまじきものは宮仕え、ですか……司令も中間管理職なんですね……」

 

 王利絵が肩を落として語る。リコリスがDAからの命令に逆らえないように、楠木司令も組織上層部の命令には逆らえないのだ。

 

 とは言え、泣き言など言っても始まらない。採れる手段は囮作戦のみ。ならばその囮作戦で最大の成果を挙げられるように努力する他は無い。

 

 だがさっき刹那が言った通りリコリスは元々その性質上、囮には向いていない。それでもリコリスを使うとなれば、向いていないながらも何とか囮になっても撃退あるいは逃げ帰って情報を持ち帰る事が出来るだろう者を選ぶしか道は無い。ならば適任なのは……

 

 執務室にいる三人の視線の内、二つまでが一人に集まった。

 

「へ? 私?」

 

 セカンドリコリスへと。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして囮任務に従事する事となった王利絵。

 

 今まで襲われた二人は単独任務中の襲撃だったという情報から、パートナーと一緒では敵が襲ってこない可能性があるので刹那は別行動である。

 

「そもそも、襲われた二人はどういう基準で狙われたのか……それも分かっていないのにただ囮捜査したって意味無いでしょうに」

 

 上が現場を分かっていないのは、古今東西どんな職業でも変わらないらしい。無論、その逆も真なりであろうが。

 

 複雑な気分である。

 

 この囮捜査自体が空振りに終わってくれればとも思うが、そうすると犯人が釣れるまでずっと自分はエサ役をやらされてダラダラと地雷原を歩いているような気分に浸される事となる。死ぬような目には遭いたくないが、長々とこんな気分でいるのも嫌だ。

 

「はあ……」

 

 何とかすっぱりと解決したい所であるが、しかしそれも難しいだろう。

 

 首尾良く敵の正体が掴めれば良いが、それ以前に今さっき王利絵が呟いた通り敵は一体どういう基準でリコリスを狙っているのか? それが分からない事にはどうにもならない。どうにか、この捜査で手がかりだけでも掴めれば良いのだが……

 

 そう思っている時に、エンジン音が耳に入ってくる。

 

 振り返ると、こちらに向けて車が走ってきていた。かなりスピードが出ている。ドライバーは寝ているのかそれともこっちに殺意があるのか、ブレーキを踏む気配が無い。

 

「!」

 

 敵か、それとも一般人か?

 

 確かめるなどという事はしない。

 

 敵なら早速エサに食い付いたという事だし、一般人でもリコリスには殺人が許可されている。

 

 どちらにしても、この場で王利絵が採用する選択肢は一つ。自分の命だけが大事だ。

 

 持っていたバラの花束の花弁を差し出すように、車へと向けて……リボンの部分に隠された取っ手を握り、引き金を絞る。

 

 銃声。

 

 花弁が散り、吐き出されるショットシェル。

 

 フロントガラスに大穴が開いて、車が王利絵の直前で急カーブを切り、その先の電柱に突っ込んだ。ガラスが粉々になって、金属がひしゃげる独特の高い音が鳴り響く。王利絵がラベルを引っぺがすと、花束の内側からセミオートに改造されたショットガンが姿を見せた。

 

「……」

 

 一瞬だけ、思考の為に動きを止める。

 

 あの車に乗っていたのが、テロリストなのかそれとも一般人なのか。近付いて確認したい所ではあるが……だが、ここで頭によぎるのはこれまでやられたリコリスは大勢に襲われたという情報だ。

 

 もしテロリストだったら、この辺りには連中の仲間がゾロゾロと隠れていそうなものだ。

 

 ならばと王利絵は、車に後ろを見せて全力疾走する。

 

 そして、その判断が正解であった事がすぐに証明された。

 

 電柱や建物の陰から銃を持った男達がぞろぞろと出てきて、彼等の銃口が全て王利絵に向けられる。

 

 集中砲火に晒されるものの、王利絵は逃走しつつショットガンを乱射し、弾切れになると放り捨ててトランクケースから取り出したサブマシンガンを撃ちまくって正確な射撃をさせずに距離を離していく。

 

 王利絵の姿がビルの陰に消えて、男達が続くようにそこへ入っていった所で大破した車のドアが開いて、頭を押さえつつ痩身の男がのろのろと出てきた。以前、地下鉄での銃撃戦で、たった一人リコリス達から逃げ延びた黒コートのテロリストである。

 

「いつつ……あのタイミングで撃ってくるかよ、フツー」

 

 リコリスが撃ってきた瞬間には、こちらが敵なのか一般人なのかも区別は出来ていなかった筈だ。それなのに、奴は一切の躊躇い無く撃ってきた。この国の、ウソの平和を守る事が連中の仕事である筈なのに。堅気を撃ったらどうしようとか、そんな事は頭の片隅にも思っていなかったのだろう。そうでなければあの反応の早さは有り得ない。

 

 お陰で開いたエアバッグによって額を思い切りぶん殴られたような衝撃を受けて、ついでに首が鞭打ちになりそうだ。

 

 只の捨て駒の鉄砲玉かと思っていたが、中には良い感じに頭のイカレた奴も居るという事か。

 

「まぁ、それぐらいじゃなきゃ、俺達ともバランスが取れねぇってもんだが」

 

 呟くと、ポケットから取り出した携帯電話を登録された番号へと掛ける。

 

「おいハッカー。奴を逃がすなよ」

 

<分かってる。すぐに町中のカメラをハッキングして、システムに掛ける。座標をスマホに送信するから、そっちへ向かってくれ>

 

 遠く離れた隠れ家では、国内有数のハッカーであるロボ太が壁一杯のモニターに表示される情報を素早く処理していた。

 

 ハッキングしたカメラの映像に、彼が独自に開発した顔認証ソフトを噛ませる。すぐに、コンピューターが該当人物の情報を弾き出してきた。対象は今、町中を道路に沿って平均時速80キロで移動中だ。これは足でのスピードではない。どうやら、あのリコリスは車に乗ったようだ。

 

 目的地は……郊外の町工場。

 

 そこに、DAの本拠地ではないにせよリコリスの拠点なり支部なりがあるのだろう。そこに逃げ帰って、態勢を立て直す気であるに違いない。

 

 ほっと、ロボ太は肩に入っていた力を抜いた。

 

 先に襲撃した二人からは碌な情報が得られず、このところ協力関係にあるテロリストのリーダー・真島の心証は悪くなる一方であった。このままでは奴はリコリスの前に自分に向けて銃のトリガーを引く事が懸念されたが、今回は成果が上がるだろうから奴の機嫌も治るだろう。

 

 これで一安心だ。

 

 一時間後、リコリスを追っていった20人からの真島の部下は、全員が消息を絶つ事となる。

 

 

 

 

 

 

 

「刹那さん、そちらはどうですか?」

 

<追ってきた連中は全員生け捕りにしたわ。レストアから戻ってきたばかりのスーパーカーが、また穴だらけになったけど>

 

 電話の向こうからは、何でもない様子の刹那の声が返ってくる。

 

<それにしても、こんなバカな手が通用するとはね……>

 

「ハイテクを破るのは、いつだってローテクだと、相場が決まっています」

 

 王利絵はトランクから、丸められた紙を取り出すと両手を使って大きく広げる。

 

 B1サイズの紙には、選挙ポスターのようにバストアップになった王利絵の写真が大写しになっていた。今回の任務に赴くに当たって、敵が顔認証で自分を追跡してくる可能性を想定して用意していた物だ。手前味噌だが、中々に良い角度で撮れていると思う。

 

<昔に見た『マーキュリー・レイジング』という映画でも似たような話があったのを思い出したわ。あらゆるパソコン通信や電話を盗聴するシステムを敵に回して、どうやって連絡を回すのかという問題に、タイプライターが使われたのよ>

 

 総理大臣の口座の残高や大統領の隠し子の数まで調べられ、銀行の厳重なセキュリティに侵入して預金の残高を100億円に改竄し、核シェルターのロックを開けてしまうようなスーパーハッカーにも不可能はある。それは手書きで何をメモしたのかを直接知る事は出来ないし、南京錠を開ける事は出来ないという点だ。ネット黎明期からのトップハッカーと言われるウォールナットであろうとそれは同じだ。

 

 だが往々にして、ハッカーという手合いはそれを忘れて自分が情報戦に於いて無敵だと勘違いするものだ。今回の相手はその典型例だったと言える。

 

 最近のスマホの顔認証は顔の特徴以外に生体反応や凹凸を検知してロックを外すもので写真では突破出来ないが、今回はカメラの画像から捉えた人物の画像情報を三次元化してウェーブレット変換処理し、輪郭の特徴、目鼻口など顔を構成する50カ所以上のポイントの位置関係をランドマークファインダー分析でグラフ化、人物データベースと紹介して特定を行うタイプの物だったのだろう。だから写真に騙された。

 

 もっと簡単に言うと、敵方のハッカーはターゲットのリコリスが自分の写真を車に貼り付けるという行動に出るのを想定していなかったのだ。システムの穴ではなく、システムを組んだ人間の思考の穴を衝いたと言い換える事も出来る。

 

「実は連中、私のすぐ脇をすれ違っていたんですよ。なのに、こっちには目もくれませんでした」

 

 王利絵は羽織っていた雨合羽を脱ぎ捨てると、目出し帽から煩わしそうに頭を抜いて、濡れた犬のように小刻みに振った。

 

 こんな見るからに、あからさまに笑えるほど怪しい奴が歩いていたのに、奴らは手にしたスマホに表示される地図ばかり見ていて視界に入っていても景色の一部だとしか認識していないどころか、そもそも見えてすらいないようだった。スマホばかりに注意が行っていて視界が極端に狭くなっていたのだ。

 

「世の中どんどん便利にはなっていきますけど、道具を使うのは良いですが道具に使われていては世話ないですよね」

 

<私達も気を付けなくては……>

 

「はい。ところで刹那さん。捕まえた奴らの口を割らせるのはこれからとして、分かった事は二つあります」

 

<ふむ、それは……?>

 

「彼等は町中を走るあなたの車を追っていった、つまり奴らの仲間には町のカメラを乗っ取れるぐらいに腕の立つハッカーが居る」

 

<確かに。もう一つは?>

 

「車に貼り付けた私の写真に誘き寄せられた。つまり連中は私の顔を知っている。恐らくは前の二人も……」

 

 電話の向こう側で、刹那が息を呑んだ音が聞こえたようだった。

 

<リコリスの制服だけじゃない、顔がバレているって事か……他の二人とあなたにどんな共通点があるのか、情報の洗い直しが必要になってくるわね……>

 

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