Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第19話 二人の新人

 

「いらっしゃいませ」

 

「喫茶リコリコへようこそ」

 

 店の常連である阿部刑事を出迎えたのは、見覚え無い顔の二人であった。どちらも女性にしてはかなり背が高く、一人は白い髪でギョロリとした四白眼が特徴的だ。もう一人は何ヶ月か前からこの店の従業員になった井ノ上たきなと同じ長い黒髪をポニーテールに結っていて、度の強い近眼用眼鏡の向こうの眼は糸のように細い。

 

 ギョロ目の少女が着ているリコリコ従業員服である着物は白を基調としていて、眼鏡の少女の方は黒がイメージカラーになっていた。

 

「あ、阿部さん。いらっしゃい」

 

 店の厨房から、千束が顔を出した。

 

「この二人、五島刹那さんと芹沢王利絵さん。この店の新人さんなの。あぁ、正確には刹那は復帰勢だけど。昔、一緒に働いてたんだよ」

 

「いやぁ、ここには可愛い子が集まるねぇ。毎日通いたいぐらいだよ」

 

「よ……よろしくお願いします。阿部さん……ですか」

 

「は……初めまして……」

 

 二人とも、接客業に慣れていないのだろうか? 阿部刑事への対応がどうにもぎこちなく思える。千束の中の刹那は、大抵の事はそつなくこなすイメージなのだが十年来の付き合いでも新しい発見はあるものだ。

 

 さて、喫茶リコリコとは別の支部に所属するこの二人が、どうして従業員をしているのか?

 

 事の次第は、こうである。

 

 

 

 

 

 

 

「え? 顔バレ?」

 

 モーニングコール代わりに掛かってきた電話から告げられた容易ならざる内容に、千束はアイスコーヒーをコップに注ぐ手を止めた。スマホの向こう側に居るのは刹那だ。

 

<そうよ。先に襲われた二人のリコリスと、囮捜査で襲われた王利絵。この3人に何か共通点は無いかと情報を洗っていたのだけど……>

 

「あったんだね」

 

<えぇ>

 

 ここから先は、少しだけ刹那の声が低くなったようだった。

 

<例の銃取引、覚えているわね?>

 

「そりゃ勿論」

 

 千束も間に合いはしなかったが、隣のビルからたきなが軽機関銃を掃射する所を見ていたし、何よりたきながリコリコに来るきっかけとなった事件である。強く印象に残っている。刹那と王利絵も応援としてあの場に居たので、当然ながら覚えている。そもそもあそこで取引される筈だった千挺の銃は未だ行方不明で、未解決の事件なのだ。忘れる方が問題である。

 

<殺されたサードの二人と、王利絵は、みんなあの時、あのビルに居たのよ>

 

「それって……」

 

 千束の表情から、彼女は自覚していないだろうが笑みが消えていた。

 

<恐らくだけど……ビル内部もしくは近隣の監視カメラか、それとも近くを飛んでいたドローンかで撮影された映像が流出して、その映像に映っていたリコリスを狙って襲撃が行われているのよ>

 

 ここで一息置いて、刹那の語気が強くなる。

 

<つまり千束、あなたもたきなも、私も王利絵も、フキ達も。あの現場に居て事件に関わっていたリコリス全てがターゲットに成り得るのよ。全員が危険なの。既にフキのチームと他のサード2名には、任務以外では決してDAから外へ出ないように楠木司令から命令が出ているわ>

 

「フキ達は……って。それじゃ刹那、あなた達はどうするの?」

 

 DA所属のリコリスが外出禁止になるのは分かる。ならば外部支部に勤める者達はどう対応するのか。

 

 その千束の疑問には、呼び鈴の音が答えてくれた。

 

 ドアを開けると……

 

「夜は交代で睡眠を取りましょう」

 

「千束さん、あなた覗き穴から外の様子を見ませんでしたね? 不用心な……チャイムを、カメラ付きの物に交換しましょう」

 

<……と、言う訳よ>

 

 セカンドが二人にファーストが一人。

 

「安全が確保されるまで、24時間一緒に居ようと思います」

 

「……」

 

 たきながバッグを床に置く。何が入っているのかゴトリとした音が鳴った。

 

「ウチに泊まるの?」

 

 千束が目を輝かせた。

 

 こうして、4人での共同生活が始まった。

 

 そして報告と挨拶を兼ねて、刹那と王利絵はリコリコにやって来た。快く二人を迎えたミカが、パフェとコーヒーを出す。

 

「話は千束から聞いている。リコリスの情報が流出したそうだな?」

 

「はい、先生。まだ証拠はありませんが王利絵の囮捜査での敵の行動から、その可能性が極めて高いと判断されます」

 

「そしてその際に、刹那さんが捕まえてくれた敵から吐かせた情報と合わせて、罠を張って待ち構える事で更に敵を68人、捕まえるもしくは仕留める事に成功しました」

 

 囮捜査で刹那が20人以上のテロリストを生け捕りにしており、二人目のサードが襲われた際にも少なからず敵に打撃を与えているので、これでテロ組織には累計で100人近い被害が出ている計算になる。

 

 しかも連中が使っている銃は例の取引で使われていた物と同じであり、これらの事から千挺もの銃を買い取る資金力やそれらを運用し、兵隊を100人以上も動員出来る組織力など相まって相当規模の大きなテログループであると推測出来る。

 

 刹那と王利絵は知らない事だが、千挺も銃を仕入れたとしても腕は2本しかないのにどうするのかとミズキがぼやいて、クルミは「500人兵隊が居るんじゃないのか」と返した事があるが、それも決して荒唐無稽な話ではないのかも知れない。

 

「それでその後、捕獲したテロリストから連中のアジトを吐かせて、乗り込んだのですが……」

 

 刹那が視線を動かすと、王利絵は阿吽の呼吸、絶妙なタイミングで写真を取り出した。

 

 写真には港に停泊しているタンカーが写っている。

 

「空振りした、と」

 

 流石に飲んでいる場合ではないと、ミズキも一升瓶を退ける。刹那が頷いて、王利絵は2枚目の写真を出した。

 

 そこにはロボットの被り物をした(恐らくは)男が、煌々と輝くモニターの前で倒れている姿が写っていた。

 

「そこにあったのは死体が一人だけ。テロリストも銃も、影も形もなく……蛻の殻でした」

 

「このホトケさんは?」

 

「データベースから記録が消されていて身元は分かりませんでしたが……多分、テロリストに雇われていたか仲間のハッカーだったんでしょうね」

 

「状況から考えて……多分仲間に、無能を理由に殺されたんでしょう」

 

 テロリスト達の立場で考えると……情報を収集して仲間に指示を出す立場のハッカーの言う通りにした結果、まんまと囮に引っ掛かって20人以上もの仲間がパクられ、その後で70人近くも捕まるか殺されるかして、アジトの情報が漏れて、そこまでして、リコリス側の被害は2名。

 

「それは、殺されますね」

 

 どこか達観したように、たきなが息を吐いた。

 

 寧ろここまで行くとリーダーは殺したくなくても殺さなくてはならない立場だ。そうでないと部下が納得せずに組織の統制が取れない。

 

「タンカーから、他に情報は得られたのか?」

 

「いえ……それが……」

 

 王利絵は首を横に振る。

 

「この子のお手柄ですよ」

 

 刹那の手が、相棒の肩に置かれた。

 

「私は嫌な予感がしただけです」

 

 ただし、その予感に従ってきたからこそ彼女は生き延びているのだろうが。

 

「王利絵が、現場を調べていたらいきなり逃げ出しましてね……」

 

 以前の地下鉄での銃撃戦の時と、同じだ。

 

 王利絵は五感の全てから収集出来るあらゆる情報を瞬時に読み取り、普通の人間なら気にも留めないような微かな違和感を正確に把握し、ちょっとでも身に危険が迫っていると感じたらすぐさまそれから離れるように行動する。

 

 それは王利絵自身でさえ、どこがどうだ、何がどのようにおかしいとは説明出来ない歴戦のリコリスのカン、直感あるいは虫の知らせとしか表現出来ないような曖昧な根拠でしかない。一種の心眼と言えるかもしれない。

 

「私も現場指揮官として、すぐ突入チーム全体に撤退命令を出しました」

 

 そして、事後承諾的な刹那の判断が正しかった事はすぐに証明されたのだ。

 

 王利絵が、3枚目と4枚目の写真を取り出す。

 

 3枚目にはまるでこの写真だけ、真昼に撮ったのかと錯覚するような派手な光と炎を吹き上げるタンカーが写っていて、4枚目は同じタンカーが中程から真っ二つに割れて、沈んでいく所が撮影されていた。

 

 たきなは、今朝のニュースで港で爆発事故が起こっていたと報道されていたのを思い出した。あれはDAのお家芸である情報操作の結果なのだろう。千束曰く「事件は事故に、悲劇は美談に」というヤツだ。

 

「タンカーは爆薬の巣になっていたんですよ。後5秒も撤退が遅れていたら、私達も今頃は魚の餌になっていた所です」

 

「しかも食べやすいように細切れに、ご丁寧に火を通してね」

 

「よく生きてたねぇ」

 

 感心するように、千束が言った。

 

「だからこの子のお陰なのよ」

 

 刹那の手が、王利絵の頭を撫でる。

 

「この頭はどうすれば生き延びられるか、どうすればこの状況から助かるか。それしか考えてないわ。A地点からB地点に移された犬が、行った事も無いX地点に引っ越した飼い主の元に本能で帰るように、サメがほんの僅かな血の臭いを辿ってくるように、王利絵は本能で『安全』へと向かうのよ」

 

 つまりは王利絵に付いて行けば助かるのだ。

 

 ただそれでも、王利絵はただ敵前逃亡や命令違反、味方の見殺しなどすればその場では助かっても、後から助かった意味の無い状況に追い込まれてしまうのが分かっている。だから原則的には大きく任務に反する行動は取らない。逆に言えばそんな彼女が命令に背いたり指示を待ったりしない状況は一刻どころか時間の単位としての刹那を争うかなりヤバい事態だということ。

 

 地下鉄の時もそうだった。まだテロリストが残っているのに、王利絵は銃撃がまだ完全に止んでいないその只中へと走り出した。今回の任務でも、敵の姿が見えないのに突然逃げ出すという奇行に走った。つまり抜き差しならない状況が起こりつつあると感じたのだろう。刹那もそれを知っているからこそ、後追いで指示を出して王利絵が命令違反にならないようにして自分も逃げ出し、部下のサード達も撤退させたのだ。

 

 王利絵は毒ガスが撒かれた時の為に、金糸雀を飼っているが……現場に於いては彼女こそが金糸雀なのだ。

 

「そこは幸運の女神とか言ってほしいですねぇ」

 

「それはともかく」

 

 相棒の軽口に、刹那は全く付き合う気は無いようだった。

 

「今回の、一緒に生活しようというのも王利絵のアイデアなの」

 

「たきなさんも、賛成してくれましたよ」

 

「え、そうなの? たきな」

 

「はい。期限はテロリストが捕まるまで。それまで一緒に行動しましょう」

 

「そっかぁ。また刹那と同棲出来るんだぁ。刹那の料理は美味しいから楽しみだなぁ」

 

 猫のような甘ったるい声を出す千束を、かつてのパートナーは「はいはい」とあしらって、ミカに向き直った。いつも猫背の背筋が、この時だけはピンと伸びていた。続いて、王利絵も相棒のすぐ後ろで同じく姿勢を正す。

 

「先生、五島刹那。これより喫茶リコリコの業務に復帰致します!!」

 

「同支部所属、芹沢王利絵。刹那さんと同じく喫茶リコリコ支部に出向致します!!」

 

「え、一緒に働くの!!」

 

 本日二度目。同棲を告げられた時と同じかそれ以上に、千束の目が輝いた。

 

「24時間一緒に居るんだから当然でしょ」

 

 何でもないように、刹那が言って……視線が、カウンターの隅で縮こまっている一人に動いた。

 

「ところで……見ない顔だけど、あなた誰です?」

 

「ででで……DAの者です……」

 

「嘘でしょう」

 

 すぐに王利絵が言い切った。

 

「私は……DAに所属している人の……勿論私の権限で照会出来る情報の範囲内ですが……リコリスも含め全員の顔を記憶しています。その中に、あなたの顔はありませんでした。勿論、情報部にも」

 

「!!」

 

 ゆるりと刹那の手が、千束の反応よりも早くその縮こまっている人物、クルミが何か妙な動きをすれば撃てるように、銃を取り出すのに最適の位置へと動く。

 

「もう一度聞きますが、あなた誰です?」

 

 王利絵も油断無くクルミから距離を取った。すぐに服の内側やトランクから武器を取り出しそうだ。

 

「「「…………」」」

 

 こんな物々しい二人の圧に、喫茶リコリコの面々も遂に屈した。

 

 クルミこそ、以前の刹那達の依頼主でありお尋ね者のナンバーワンハッカー、ウォールナットであると吐いたのである。

 

「へぇ。もっとデブでいつもチョコバー食べてそうな人だと思っていました」

 

「それは職業への偏見だな。女の殺し屋だってセクシーな美女ばかりという訳じゃないだろう」

 

「まぁ、現時点でDAからウォールナットを殺せと命令は出ていないし、少なくとも今すぐどうこうする気は無いわ。そもそも死んだという事になっているし」

 

 リコリコの店内に、胸を撫で下ろす溜息の声がハモった。

 

 こうしてリコリコで働く事になった刹那と王利絵だったが……最初のお客が、よりによって阿部刑事であったとは。

 

 実はこの二人、地下鉄銃撃戦の事後処理の一環として、現場を嗅ぎ回っている者の調査を命じられており、その対象が阿部刑事と彼の相棒であったのだ。場合によっては抹殺も視野に入れていたのだが……結局、彼等が必要以上に首を突っ込むつもりは無いと判断して、そこで任務を打ち切っている。

 

 刹那としても、好き好んで千束の店の常連を殺す気は無い。

 

 そんな阿部刑事を接客する事になって、気まずいとはこういう感情だろうと、二人は理解した。

 

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