Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第02話 着任初日

 

「王利絵、この支部へようこそ。歓迎するわ」

 

 刹那の右手が差し出されるが、王利絵は握り返そうとはしてこない。

 

「気を悪くしないでください。握手は遠慮させてもらいます」

 

「そう? 人それぞれから、構わないけど」

 

 気を悪くした様子も無く、刹那は右手を引っ込める。彼女からしてみれば他人に手を委ねないというプロの心掛けなのだろうと、むしろ感心した気持ちの方が強かったようであった。

 

「じゃあ赴任祝いに食事でもどう? 今日は特別にお金を持っているから、奢るわ」

 

「ありがとうございます。ご馳走になります」

 

 そう返事した王利絵であったが、回答した所で微妙に今の刹那の台詞がおかしかったのに気付く。

 

『……今日は特別にお金を持っている?』

 

 まるで普段は金を持っていないような言い回しだが……

 

 多分、現金を持ち歩く習慣が無いという意味だろう。

 

「じゃあ、王利絵。中華料理はお好きかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 連れられて入った中華料理屋は、確かに味の良い所だった。

 

 運良く個室が取れて、ターンテーブル一杯に並べられた料理は次々刹那の口の中に消えていく。

 

 餃子、炒飯、天津飯、チンジャオロース、酢豚に春巻き。

 

 運ばれてきた端から、その皿は空になっていく。

 

 これほど見事な食べっぷりを見せられると王利絵としても、人の金だと遠慮する必要も無いというものである。

 

 それにしても刹那は身長は女性にしてはとても高いが、それでもほっそりとしたこの体のどこにこんなに入るのかと、王利絵は首を傾げる。

 

『しかし、妙なファッションね……』

 

 レンゲに乗った炒飯を口に運びながら、対面に座るファーストリコリスを、セカンドリコリスは観察する。

 

 シワだらけで草臥れてついでに褪色もしている赤い制服。これを着れるリコリスはほんの一握りの上澄みだと言うのに……リボンは付けておらず、首元のボタンも外していて鎖骨が見えている。

 

 その程度に制服を着崩しているリコリスは他にも見た事がある。

 

 目を引くのは、両手の手首だ。

 

 刹那は右手と左手に、3本ずつ腕時計を巻いている。それに首からはネックレスのように、鎖が付いた懐中時計が3つもぶら下がっている。

 

『……両手首に6つ、どの時計も指している時刻が違う……止まっている?』

 

 外見から得られるだけの情報を収集しようとしていると、ぎょろりと眼光の鋭い目を刹那が向けてきた。

 

「観察してるの?」

 

「!!」

 

 僅かな視線の動きからこちらの行動を読まれて、ぴくりと王利絵の眉が上がった。

 

「あ、すいません。ついクセで……」

 

「気にしないで。初対面の相手はよく観察する。良い心掛けだと思うわ」

 

 ハムスターのように膨らませていた頬をいつも通りの大きさにすると、刹那はスカートのポケットに手を入れる。

 

「っ!!」

 

「大丈夫。ゆっくり、ゆっくり手を出すから」

 

 反射的に王利絵は腰を浮かせかけたが、刹那の言葉によって制された。

 

 言葉通り、ゆっくりと。太極拳のような動きでポケットから手を抜く刹那。

 

 その手には、綺麗に包装された小箱が持たれていた。

 

「どうぞ。開けてもらって構わないわ。誓って、危険物じゃない事は保証するわ」

 

「……」

 

 そうは言われても確認は怠らない王利絵は、小箱を揺すったり臭いを嗅いだりして危険が少ないのを確かめた後で、やっとリボンを解いて包装紙を用心深い動きで外していく。

 

 そうして包装を外した箱を開けると、そこにはセンスが良いデザインの女物の腕時計が入っていた。

 

「これは……」

 

「私からのプレゼント。着任祝いよ。受け取って」

 

「……時計、好きなんですか?」

 

「えぇ、コレクションしてるの」

 

「……ありがとうございます。大切にします」

 

 スマホの待ち受け画面と比較して確認すると、この腕時計は1分と狂わずに正確な時刻を刻んでいた。王利絵は、左手首にその腕時計を巻いた。

 

「もしかして発信器が付いていたりするんですか?」

 

「プレゼントにそんな無粋な真似はしないわ」

 

 いくらか腹が膨れたのか刹那はお腹を撫でながら「グェェェプ」と下品に喉を鳴らした。『女捨てすぎだろ』と王利絵は心中で呟く。

 

「ところで王利絵。あなたどうしてDAからこっちに左遷されたの?」

 

 最後に「言いたくないなら構わないけど」と締め括って、刹那は背もたれに体を預けて聞く体勢に入った。

 

 別段隠す事でもないので、すぐに王利絵は答える。

 

「大した事ではないですよ。私は臆病者だから、少しでもリスクがあると『GO』と言う事が出来ず、安全な方に安全な方へと流れるだけだったから、任務はいつも失敗で他のチームの手を煩わせてばかり。それでファーストを降格になって本部を左遷になった……良くある話ですよ」

 

 溜息を一つ。

 

「刹那さん……私は平和主義者なんです。だから、この国の平和を守るリコリスの仕事を、誇りに思っています。孤児である私達には選ばざるを得ない道であったかもしれないけれど、それでも。なのにその役目を全うするだけの力が無くて、フキさん達同僚にも随分迷惑を掛けました。情けないですよね」

 

 自分でも感心するほどにいけしゃあしゃあと、平和主義者とフキ達に迷惑を掛けたの二点以外は嘘八百をスラスラと並べ立てる王利絵。これを受けて刹那は、一言。

 

「……そうとは思えないけど……あと、私達って勝手に私も一緒にしないで」

 

「は?」

 

「いやこっちの話。それで楠木司令は、私の事をなんて?」

 

「最もDAに貢献している、優秀なリコリスだと」

 

 即答する王利絵。

 

「へぇ。嬉しい事言ってくれるなぁ。司令も」

 

 刹那は純粋に喜んでいるようだが、王利絵は話半分といった様子だ。

 

 今、話した内容に嘘は無い。転属の辞令を受けた時に、楠木司令から聞いた通りの事だ。

 

 だが本当に優秀なリコリスなら、それこそDA本部に在籍している筈ではないか?

 

『でも司令はお世辞や嘘を言う人じゃないだろうし……だとすると、優秀ではあるけど何か問題がある?』

 

「そうね。私はここが、ちょっとね」

 

 どすっと、刹那の親指が自分の胸を突いた。

 

 心の中を読まれたようで、王利絵はごくりと喉を鳴らす。

 

「まぁ、その話はまた今度という事で……そろそろ出ましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

「次はこの店に入るわよ」

 

 数十歩ばかり歩いた先の中華料理屋の前で、刹那は足を止めた。

 

「あれだけ食べたのに、まだ食べる気ですか?」

 

 呆れたように王利絵が肩を竦める。しかも今度の中華屋は先ほどの店よりも明らかに高級そうな店構えである。さっきの比較的大衆向けの店では2万円分も食べたのに、金は大丈夫なのだろうかと大きくなった胃が縮むような感覚を味わっていた。

 

 とは言え好意を無にするのも悪いと思って、先に入店した刹那を追ってトランクケースを引きながら店の門をくぐる王利絵。

 

 入り口では、刹那の前でウェイターが頭を下げていた。

 

「申し訳ありませんお客様。本日、当店は貸し切りとなっておりまして……」

 

 これを聞いた王利絵は、残念と安心が半々という心境だった。

 

「あちゃあ、残念でしたね刹那さん。別の店に……」

 

「周竜張って人に会いたいのだけど」

 

 王利絵の言葉を遮って、刹那が言った。

 

「……いえ、生憎当店にそのような者は居りませんが……」

 

 ウェイターが答えた、その瞬間だった。

 

 入り口に一番近いテーブルに座っていた客が、テーブルクロスの下からエルマ・ベルケMP40シュマイザー短機関銃を取り出したのだ。

 

「!?」

 

 何が!?

 

 と、そう思うよりも早く、王利絵は右手を思い切り伸ばす。

 

 袖口から隠し銃、スリーブガンが飛び出して、そのまま発砲。

 

 サブマシンガンを取り出した男の眉間を撃ち抜き、射殺する。

 

「な、何が……」

 

 だが、銃を抜いたのは今、王利絵が殺した男だけではなかった。

 

 視界に居る全ての客が、テーブルクロスの下に隠していたマシンガンや懐から拳銃を抜いて、一斉にこちらへ向けてくる。

 

 広い店内に、一斉に響く発砲音。

 

 刹那は一瞬の躊躇も無く、ウェイターの襟首を引っ掴むと彼の体を盾にする。

 

「ぎゃああっ!!」

 

 全身に百近い穴を穿たれて、ウェイターは短い悲鳴と共に絶命した。

 

 装弾を撃ち尽くした事で生じる僅かな隙に、刹那は用済みになった肉の盾を放り捨てると、猫のように素早い身のこなしでレジカウンターの内側に飛び込んだ。そこには、既に死体が一つ転がっていた。レジ打ちの店員で、こちらも手にはサブマシンガンを持っている。彼も額に穴が空いていた。カウンターの中には既に、トランクケースと一緒に王利絵も逃げ込んでいた。彼女が殺したのだ。

 

「な、何がど、どうなってるんですか!?」

 

「仕事よ」

 

 背負ったリコリス制定のバッグから拳銃をドロウしつつ、刹那が答える。

 

「今日、この店で関東一円の有力なヤクザと中国マフィアの会合があるの。それを襲撃して、ボス達含めて幹部連中を皆殺しにしてこいというのが、今回の任務」

 

「なっ……」

 

 ヤクザとマフィアの会合に、たった2人でカチコミを掛ける!?

 

 たった今、明瞭に聞こえた筈の内容がまるで遠い世界の出来事のようで、王利絵は目の前が暗くなった錯覚に囚われた。

 

「な、なんで……私はファーストとは言えリコリスがたった一人でやってる零細支部の平和な閑職に左遷された筈じゃ……」

 

「そんな事、誰か言ったのかしら?」

 

「……」

 

 言葉に詰まる。確かに、(比較的)平和とも閑職とも誰も言っていない。それは王利絵が勝手に想像していた事ではあるが……

 

「ここは本部の損耗を抑える為に、DAが扱う中で最も危険な任務が回される支部よ」

 

「な……ぁ……っ」

 

 死刑宣告の如き言葉が、明日の昼食のメニューを話しているような気安さで刹那の口から語られる。

 

「改めまして、芹沢王利絵。地獄へようこそ。さぁ、戦争の時間よ」

 

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