Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
RRR……RRR……RRR……
「…………」
RRR……RRR……RRR……
10コール目で、姫蒲は通話を切った。
ロボ太からの定時連絡が途絶えたのでこちらから電話してみたのだが、彼は出なかった。ロボ太は前に狙わせろと指示されたリコリス・千束に真島が興味を示さない、このままでは自分が殺されるとSOS染みた電話を寄越してきていた。
前後の状況から考えるに……
「どうやら、ロボ太は真島に殺されたようです」
「そうか」
アラン機関のエージェント・吉松シンジは、無感動に返す。
「残念だよ」
表情や声色からは少しの精神的痛痒も感じていないようであったが、これは彼の本心だった。
ロボ太は使いやすい駒であった。腕は良いし、余計な事を詮索したりしない。利用価値は高かったから、出来れば長く大事に付き合いたかったが……まぁ、殺されてしまったものは仕方が無い。現在契約している中には彼にも勝るハッカーも何人か居る事だし、切り替えていこうと自身に言い聞かせる。
「他のハッカーに連絡を取りますか?」
「いや……」
真島は、ロボ太の指示に従った結果、組織に大きな被害を受けた事からこちらの人選に対して懐疑的になっているだろう。ロボ太の後釜のハッカーをあてがった所で言う事を聞くかどうかは疑問が残る。
計画を修正する必要があるだろう。
シンジはスマホを出して、登録している番号へと掛ける。
相手は2コール目で通話に出た。
「あぁ、お久し振りです総理。吉松です」
「それでクルミ。あなたに早速一仕事お願いしたいのだけど」
クルミの正体がウォールナットであると分かってすぐに、刹那が言ってきた。
「構わないが、僕は電子戦専門だぞ」
「勿論、そういう仕事よ。それに、これはあなたの為でもあるわ」
ウォールナットはDAのサーバーを攻撃し作戦を妨害した事で抹殺の対象となっていた時期がある。現在は死亡したという情報が入ったのでその指令は解除されているが……実は生きていてそのウォールナットから情報を得たともしDAに分かれば……
「そうなったら、私達とて危ない。つまりは……」
一蓮托生こそ最も信頼出来る保険だ。
「……私達、達って……自動的に私も巻き込まれるんですね。さも当然のように」
がっくりと、王利絵が肩を落とした。
左遷先の閑職で平和な生活が送れると思っていたのに、どこでどう間違って、何があったからこんな事になってしまったのか。あるいは何もなかったから、必然の流れとしてこういう事になってしまったのか。神が居るならせめてそれだけでも教えて欲しいと思った。
仮にこの後、DAに密告して刹那が更迭されても、自分の生存率が高まる訳ではない。その功績を引き替えに情報部などに配置換えしてくれと頼んでも、楠木司令は首を縦には振るまい。降格されたとは言え自分はファーストにまでなったリコリスの中でも上から数えた方がずっと早い手練れ。それを後方へと回している余裕など人手不足のDAには無いだろう。
それどころか過酷な任務に刹那抜きで送られる可能性が高く、自分で自分の死の確率を高める結果に終わる。
故に、告発する事が出来ない。
悪辣な事に、刹那はそういった王利絵の思考を全て読み切った上でクルミに依頼しているのだ。
「Еби свою маму задницу」
以前、この喫茶リコリコを初めて訪れた日に、千束に連れて行かれた日本語学校で口にしたロシア語を王利絵はもう一度喋った。
「それは無理よ。もう死んでいるからね」
あっさりと、刹那はそれを流してしまう。
「それで、何をやって欲しい?」
喫茶リコリコの二階、その押し入れに専用のカスタムコンピューターを詰め込んだ作業スペースに入ると、クルミは自慢の愛機を起動させる。
「これから言う日に、都内のカメラがハッキングされたかどうかを調べて欲しいの」
そう言って刹那が提示したのは、前に王利絵が囮捜査を行った日だった。
状況から考察して、王利絵は町中のカメラを乗っ取る事が出来る腕前のハッカーがテロリスト側に居ると考えたがはっきりした事は分からずじまいであった。多分、前に踏み込んだタンカーに遺棄されていた死体がそのハッカーで間違いないだろうが……情報は裏取りしておくに越した事はない。
「分かった。少し待て」
「何々、何してるの?」
話し込んでいるのを聞き付けたらしく、一階から千束とたきなが上がってきた。
「あぁ千束。今、クルミに少し調べ物を……」
「終わったぞ」
「早っ」
ちょっと振り向いた間に、もうスーパーハッカーは仕事を終えていた。
モニターに、都内の地図とカメラの位置関係や表示された画像の時間帯など、膨大な情報が流れていく。
「うん。確かにお前の言ったその時間帯に、町のカメラがハッキングされているな」
「誰がやったのか、分かる?」
「あぁ、これはロボ太の仕業だ。まず間違いない」
その名前には千束とたきなは聞き覚えがあった。クルミがここに潜伏するきっかけとなった「ウォールナットの死」を偽装する為のミッションにて、武装勢力を雇っていた敵方の依頼人がそいつだ。
「そんな事まで分かるんですか?」
「ハッキングの時やデータ改竄の手癖があいつのものだ」
たきなの疑問に、あっさりとクルミが返した。
「だとすれば、やはりあの時のタンカーにあった死体がそのロボ太……クルミ。そのロボ太は、テロリストお抱えのハッカーだったの?」
「いや、あいつは雇い主を選ばないフリーのハッカーだった。依頼人を選び仕事を選ぶ昔気質の仕事人とは違って、報酬さえ払えば事情を聞かずにアングラな仕事も引き受けるから、色んな依頼人から重宝されていた筈だ」
だから今回はテロリストに雇われたんだろうなと、クルミが付け加えるが刹那は「多分だけどそれは違うわね」と返した。
「その根拠は?」
「前の地下鉄脱線事故、覚えてる?」
「はい、表向きは脱線事故という事ですが、実際にはテロリストとリコリスで銃撃戦があって、テロリストが爆弾を作動させたんですよね」
「そうね、たきなさん。あの時は、テロリストの動きをDAが把握していたから先手を取る事が出来た」
「確かに」
「ところが、サードが襲われた際には、敵はDAの動きを先回りして大勢でリコリスを襲っている」
「あ、成る程……」
つまり地下鉄の銃撃戦から、最初のリコリス襲撃事件までの間にロボ太がテロリストに合流したと推測出来る。だから情報面でテロリストが強くなったのだ。
「ロボ太は、どうして流出したのかは分からないけど……銃取引現場に居たリコリスの写真を手に入れて、それを監視カメラをハッキングして手に入れた映像に顔認証ソフトを掛けて、リコリスの動きを掴んだのだと思うわ」
「し、写真……流出……?」
「……? どうしたのクルミ? 顔色が悪いようだけど」
「い、いやなんでもない……それより話の続きを……」
「それで、じゃあどうして最初からハッカーを使わなかったのかという点についてだけど……テロリストとロボ太には共通の依頼人が居て、そいつが地下鉄襲撃の失敗を受けてテロリスト側には情報面の弱点があると見て、そこを補う為にロボ太を付けたのだと予想するわ」
もう一つにはテロリストが自分から失敗を反省して直接ロボ太に接触、依頼したという可能性もあるが、リコリス襲撃事件以前の彼等の手口は……なんならその襲撃事件にしてもロボ太の手によるものだろうリコリスの行動パターンの把握以外では明らかにアナログ・物理面に偏重している。それが急にデジタル・論理面を重視するようになったというのは少しフィーリングが違う。勿論、失敗を受けて彼等の中で意識改革があったケースも考えられるがやや低い可能性と言えるだろう。
「つまり……銃取引から始まる一連の事件には、黒幕が居るって事ですか?」
「可能性の問題ではあるけどね。でも、そう思って対処する事が必要だと思うわ」
「へぇ。面白い話してんじゃん?」
「相変わらずキレるな、刹那」
「ミズキさん、先生」
今は休憩時間という事もあって、一階を空にしてミズキとミカも上がってきていた。
「では刹那。お前は次にテロリストはどう動くと思う?」
「……可能性として有力なのは、大きく分けて2つ」
① ロボ太を自ら始末してしまって情報面が弱くなったから、後任のハッカーを補充する。
② 失ってしまった人員を補填し、更に彼等の為の武器を追加で用意する。
「もしくはその両方、という事ですか」
たきなの補足に、刹那は頷いて返した。
「ただ……所見だけど①の可能性は低いと思う」
「どうして?」
「私の推測通りならロボ太は黒幕に『仕事の条件』として途中からあてがわれたのであって、元々テロリストはハッカー抜きでも仕事をするつもりだった。それで黒幕から、ある意味では押し付けられたハッカーの指示通りに動いた結果、100人近い犠牲者が出た訳で……」
「あー、そりゃ私がテロリストでもハッカーを使おうとは思わないわぁ……」
と、千束。
「そうしてアナログとデジタルをバランス良く取り入れるスタイルを捨てるなら、アナログに特化する事になると思うの。だから……」
「武器・兵器を取り扱う闇業者を当たるんだな。任せろ」
クルミの指がキーボードを信じられないような早さで叩いていって……数分が経つ頃には彼女の顔が蒼くなった。
「リコリスがテロリストのアジトを襲撃した次の日、クリミアの業者に500万ドル振り込まれてる。これはジープやそれに積む機関砲、ロケットランチャーやバズーカを扱う業者だ。次に……」
ピアノを弾くようにハッカーの指が動いて、画面が切り替わった。
「ウオ」
驚いた声を上げたのは、ミカだった。
「ここは知ってるぞ。アサルトライフルやサブマシンガンを取り扱うウィーンの業者だ」
「その業者に400万ドル振り込まれてる。更に、爆薬が専門のトリポリの業者に300万」
「合計1200万ドル……私の年収の何年分かしら……」
ミズキの目が遠くなった。
「誰が振り込んだか分かる?」
「残念だが僕でもそれは無理だ」
そもそも金を払えば誰でも闇業者から武器・兵器が買える訳ではない。まずこうしたオファーの半分は囮捜査で、残り半分の中には更に分身の術のように本命を隠す為のダミーのオファーが紛れ込んでいる。
買い手はまず仲介人に話を入れるが、その仲介人もストレートに売り手に接触出来る訳ではなく、ありとあらゆる場所に偏在する組織・個人が時にはそれと知らない内に複雑に介入して、金の流れを辿れないようにしているのだ。電子的な取引ならば必ずウォールナットは捉えられるが、一連の流れの中でタイプライターで作成した書類や口頭でのやり取りなどが挟まれると、クルミでは追えなくなる。
ただいずれにせよ、リコリスがテロリストのアジトに踏み込んでロボ太の死が確認された次の日にそれだけの武器が発注されたのだ。それが偶然だと思えるほど、おめでたい頭の作りの人間はここに一人も居ない。
「でもそんだけ仕入れてどうすんのさ? 千挺の銃だけでも大勢の兵隊が必要になるでしょ。ましてそれだけ武器を使うとなると、1000人規模の兵隊が必要になってくる」
「一個旅団クラスですね」
「そんなのDAが見逃す筈ないでしょ」
「第一そこまで行くとそれはもうDAやリコリスの仕事じゃありませんよ」
「よしんばDAの目を何とか誤魔化せたとして……所詮は1000人。警察や自衛隊を敵に回しては何も出来ないだろう」
イマイチ辻褄が合わずに疑問や否定的な意見が流れるが……
次の王利絵の言葉が、全員の頭にハンマーでぶん殴られたような衝撃を与える事となる。
「じゃあ、武器商人にこのオファーを出した人は、有事の際に警察も自衛隊も動かないと思っているんじゃないですか?」
「「「…………」」」
シンと、部屋が静まりかえる。
ひっきりなしに叩かれていたキーボードの音も止んでいた。
「本気で言ってるのか。それ……」
「勿論、真面目な話をしています」
確かに、本気の顔である。王利絵は日頃から言っている。ありとあらゆる状況を常に想定しておくのは、普通の事だと。こんな風に考えるのも、彼女にとっては普通の思考なのだ。
「んー、警察が動かないって事は、政府や警察の上層部に内通者が居て、そいつらはXデーがいつでどこが襲われるかも知っているって事かなぁ?」
「警察はまだそれで分かるとして、自衛隊が動かないってのは?」
「治安出動命令が発令されないとしか、考えられません」
王利絵は即答した。
「……あなたは自分で、何を言っているのか分かっているんですか?」
様々な意味で半信半疑という表情で、たきなが言った。
治安出動命令を発令出来る人間は、この国に一人。
その人が命令を出さないという事は……!!
「さっきの刹那さんの台詞じゃないですが、可能性の問題です。でも、備える事は必要だと思います」
「……いずれにせよ、仮にお前達の推測通りだとしたらそれはもうこの支部だけで手に負える話ではないな。私は一度DAに行く事にする。クルミの情報は、私のPMC時代のコネで入手した事にして……刹那と王利絵も一緒に来い。楠木の前で、もう一度今の話をしてもらう事になる」
「はい、先生」
「分かりました。すぐ準備します」
従業員服から、リコリスの制服に着替えるべく更衣室へと向かう二人。
階段を下りつつ刹那はぽつりと零す。
「こりゃ……切り札を一枚、切らなきゃかもね……持ち腐れになっても仕方ないし……使い所か……」