Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

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第21話 交渉

 

 DA内の執務室。

 

 無駄な装飾品……絵画や彫刻、水槽などの類が置かれず整頓されて清潔感のあるその部屋では、主である楠木司令が机の前で腕組みしつつ、緊急で耳に入れたい話があると訪問してきたリコリコ支部からの3名、ミカ、刹那、王利絵からの報告に耳を傾けていた。

 

 十分ほどの時間を掛けて、提出された資料やそれらから考察される事態の予測について聞き終えた楠木司令は、たっぷりと間を持たせると天を仰ぎ、眉間を揉みほぐした。この仕事に就いてから良い知らせを聞いた記憶は無いが、それにしても今回は特級の『悪い話』である。

 

「話は分かった」

 

「では」

 

 主に説明を担当した王利絵が興奮を隠し切れない様子で一歩前に出るが、楠木司令は手で制した。

 

「最初に断っておきたい事があるが、お前達の話は全て予測、仮定に過ぎない」

 

「確かに」

 

 王利絵は認める。

 

 これは刹那が状況やテロリストの心理状態を推し量って、その上で立てられた未来予測でしかない。ただそれでも、真剣に対処する可能性だと考えたから、盗聴の危険を避けて直接話をする為に、こうしてDAまでやって来たのだ。

 

「だが、テロリストのアジトを襲撃した次の日に、世界中の闇業者に大量の武器・兵器のオファーがあった。さっきの推測とは別に、それが全くの無関係だとは……私も思わない」

 

 喫茶リコリコから来た3名も、楠木司令の意見に頷いた。先ほど話した推測通りに事態が動くかどうかとは別にして、一連の事件には黒幕が居てそいつが武器の発注をしたのは間違いないだろう。

 

 同時に、王利絵の推測も容易ならざるものではある。

 

 一個旅団をフル装備出来るほどの武器を持ち込んでも、それを使う兵隊が居なくては意味が無い。だがそんな軍隊染みた大勢の人間の動きがあればDAは必ず気付くだろうし、そもそもそんな大規模な案件を担当するのは警察や自衛隊の仕事となるが……黒幕もそんな事にさえ思いが至らないほど、間抜けではないだろう。

 

 それを承知の上で大量の武器を日本に輸入するとなると……警察や自衛隊が最初から動かないと、少なくとも黒幕の中では確信があるのだろう。

 

 ……と、そう考えるのは、確かに突飛な想像とは言えない。

 

「そして警察が動かないのは政府や警察の上層部にテロリストの内通者が居る事で説明が付くが……自衛隊が出動しない、つまり治安出動命令が発令されないという事は……総理大臣がテロリストとグルだという事になるぞ……」

 

 にわかには信じがたい、むしろ楠木司令は、ミカや王利絵の正気を疑うような目になった。

 

「王利絵」

 

「はっ」

 

 指令から声を掛けられ、セカンドリコリスは姿勢を正す。

 

「この推論を立てたのはお前だ。仮に、全てお前の推測通り……テロリストと黒幕、それに総理が繋がっていたとして……総理は何を考えて武装した軍隊を東京に入れようとするのだと思う?」

 

「お言葉ですが司令の中で、既に結論は出ているのでは?」

 

「……」

 

 王利絵に返されて、楠木司令はぐっと押し黙った。

 

 軍隊を無防備に首都に迎え入れて、起こる事などたった一つだ。

 

「クーデターか……!!」

 

「それも、出来レースの……」

 

 ミカと刹那の声が、僅かながら震えているようだったのは錯覚ではないだろう。

 

 思わず、楠木司令は背もたれにぐったりと体を預けた。ぶはあっと肺に溜まった二酸化炭素濃度の高い空気を吐き出して体内を換気する。

 

 DA司令に就いて大仕事は沢山経験してきたが、こんなのは初めてだ。DAの長い歴史の中でも、こんな案件は数えるほどしかなかったに違いない。そもそもこれは王利絵やミカも言っていたがDAやリコリスの仕事の範疇にはない。リコリスはエージェントであって軍人ではないのだ。

 

 だからと言って……楠木司令にもコネはあるが、迂闊に自衛隊や警察の有力者に相談するのも考え物だ。彼等にも、黒幕や総理の息が掛かっている可能性があるから、こちらがクーデターの動きに感付いていると自ら教えてしまって墓穴を掘る危険がある。無論、王利絵の推論が正しいという前提ありきだが、ここまで話をしてしまったからにはその可能性に目を瞑るなど恐ろしすぎる。

 

「では、総理は何を目的にクーデターを起こそうとするのだと思う?」

 

「金や権力……では、ないだろうな」

 

「……それなら後に残るのは、一つね……」

 

「クーデターを利用して、憲法を改正するつもりではないかと思います」

 

 恐ろしい内容だったが、王利絵は表情を変えずに淡々と口にした。

 

「……むぅ」

 

 楠木司令は否定の言葉を発さなかった。

 

 総理がクーデターを考えているとして、考えられる一番高い可能性はそれだ。

 

 理屈それ自体は分からなくもない。

 

 日本という国を一軒の家だとすると、昔からだが……最近は特にガタが来ている。それは平和維持の為にDAやリコリスが必要とされている事からも明らかだ。だが家に使われている材料、国を構成する要素は決して悪くないのだ。柱も壁も天井も良い素材で出来ている。それなのに家が傾いている。

 

 ならばそれは、建物ではなく基礎が悪いのだ。家が出来た当時はまだ良かったが、地盤沈下が起こって経年劣化も手伝い壁にもヒビが入ってしまっている。もうリフォームでは元には戻らない。柔くなってしまった地面を固く補強する基礎工事をした上で、家を建て替えなくては。

 

 ただし、建て替えに使う材料は全て元の家の物だ。新しい体制について、現在のあらゆる政治勢力も排除しない。そうする事で極限まで混乱を小規模に抑える。

 

 基礎工事の完了、つまり自分達に都合の良い憲法の改正さえ行えば、全て終わりだ。国民はこれまでと変わらない自由を享受して、遠くない未来にクーデターが起こった事さえ忘れてしまうだろう。

 

 そんな計画がずっと前から、DAにも気付かれずに水面下で進んでいて……銃取引から始まる一連の事件の黒幕も噛んでいて、後は東京を制圧する役目を担う軍隊を探していた。そして黒幕が、ハッカーの失敗を受けて、戦力を補充すると同時にその役目をテロリストにさせようとしているのだとしたら……!! 勿論、他にも唾を付けていた武装勢力が複数存在したのだろうが……

 

「だが……阻止出来る可能性はある。刹那、お前が居ればな。より正確には、お前にしか止められないと言うべきだが……」

 

「……」

 

「え?」

 

 ミカは厳しい顔で自分のすぐ後ろのファーストリコリスを振り返り、王利絵は「どうしてここで刹那さん?」と叫びそうな顔になった。

 

「お前もそのつもりで、今日ここに来たのだろう?」

 

 楠木司令は、何かを受け取ろうとするかのようにすっと逆手を出した。

 

 刹那はそれを受けて、一枚のカードを懐から取り出す。どこかの信用銀行のカードのようだが……

 

 そのカードを楠木司令に手渡そうとした所で、小学生が「あーげた」と取り上げるように刹那はカードを高く掲げた。楠木司令は表情を変えずに、ぴくぴくと指を動かす。

 

「楠木司令もご存じでしょうが……これは私の命を守る為に必要な物ですからね……渡すからには、それ相応の代価をいただきませんと」

 

「……お前を殺して奪っても良いのだが?」

 

「やろうとも思っていない事を言うのは、大人ではありませんよ司令?」

 

 まぁ、それはそうだろうと横で聞いていて王利絵も思った。

 

 確かにここはDAのお膝元、ファーストであるフキも含めて大勢のリコリスが常駐している。それらを総動員して攻撃すれば、刹那を殺す事も出来るだろう。だがそうなったら刹那も抵抗する。そうなれば当分の間はDAが機能不全を起こすほどに大人数のリコリスが殺される。そしてそうまでしてカードを手に入れる事は出来ても、暗証番号が分からなければ金庫は開かない。殺さず無力化出来るほど刹那は弱くない。

 

 どこかにメモを残しているほど、刹那はマヌケではないだろう。この業界、メモを取るのはトーシロだけ。暗証番号は彼女の頭の中にしかないのだ。

 

『……じゃあ、私がここで刹那さんを無傷で拘束して、拷問に掛けて情報を吐かせれば……』

 

 そうすればその功績で、司令は自分を後方に配置換えしてくれるだろうか……

 

 と、考えてトランクに手をやるが……

 

 刹那の後ろ姿を見て、その動きを止めた。

 

『無理だ。刹那さん、全く隙が無い。後ろ向きでもこっちの指の動きまで把握してる』

 

 そして少しでも怪しい動きをしたが最後、ノールックの早撃ちでも正確に王利絵の眉間をぶち抜いてくるだろう。

 

 そういう予想もあって諦めざるを得なくなった。

 

 それに好奇心も強くなってきている。ただのファーストリコリスとは思っていなかったが……五島刹那とは、一体何者なのか。

 

「……」

 

 楠木司令は、机に置かれていたボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

「撤収だ」

 

 壁の青ランプが点灯したのを見て、フキはチームに命令を出した。

 

 執務室のすぐ横の部屋には、ライフルやサブマシンガン、放水銃に催涙弾などまるで完全武装のテロ集団を相手取るかのように重装備のリコリスが30名から詰め掛けていた。彼女達は緊張した構えを解くと、部屋から次々退出していく。

 

「一体何なんスかね。DAの中、しかも司令の部屋の隣でこんな装備をして待機してろなんて」

 

「私も司令に同じ質問をした」

 

「あー……」

 

 それだけで、サクラはその先の会話の内容が容易に考察出来た。

 

 きっと、楠木司令はフキにこう言ったのだ。

 

『聞くな』

 

 

 

 

 

 

 

「で、何が欲しい?」

 

 要求を聞く態勢に入った司令に、刹那も駆け引きをするのは止めたようだった。

 

「私は今まで海外旅行をした事が無いので……外国に行くのが夢だったんですよ」

 

「パスポートか」

 

 存在しない者であるリコリスには戸籍が無い、だからパスポートも取れない。よって海外にも行けない。そもそも国内の治安を維持する為のエージェントなので、余程の特殊任務でない限り行く必要も無い。

 

 刹那のこの要求は自分にとんでもない特権を寄越せと言っているに等しい。

 

『……それほどの特別待遇を認めてでも、その品物を手に入れる価値があると……司令はそう考えている。と、刹那さんは踏んでいる……?』

 

「良いだろう、認めよう」

 

 思いの外あっさりと、楠木司令は承諾した。

 

「あぁ、偽造のは嫌ですよ。本物をお願いします。それと認めたけどいつ渡すとは言っていないとかそういうのもナシで」

 

「分かった。パスポートのプールは、まだ残っている。正規品の偽造パスポートを用意しよう」

 

 在外公館が火災やテロに見舞われて未使用パスポートが焼失する事があるが、その焼失部数を本省へ過大に報告する事で正真正銘のパスポートがストック出来る。それが何部か、司令の手元にもあるのだろう。

 

「もう一つ、望みがあります」

 

「欲が深いな」

 

 溜息を一つして「言ってみろ」と楠木司令が口にしたのと、彼女の額に刹那が拳銃を突き付けるのは同時だった。

 

「!!」

 

「刹那さん、何を……」

 

 ミカと王利絵が咄嗟に銃を抜こうとするが、

 

「動かないで!!」

 

 刹那に制されるのが先だった。二人とも、懐や鞄に手をやった姿勢のまま動きを止めてしまう。

 

「……何の真似だ?」

 

 眉一つ動かさず、楠木司令の目線は銃口ではなく刹那へと向いている。

 

「……司令。正直に言います。金庫の中身は、私も知りません」

 

「……」

 

「知りませんが……それが、総理の動きを掣肘出来る……つまりはこの国を吹っ飛ばしかねない危険物である事は分かります」

 

「だから、私を値踏みしようという事か」

 

 もし、楠木司令の腹が据わっていないと思ったのなら、そんな人間の手に厄ネタを委ねる訳には行かない。その時、刹那は司令を殺さなくてはならない。

 

『それだけ危険なネタだという事か……』

 

 とんでもない話の場に居てしまったと、王利絵は腹を押さえた。胃薬が欲しい。

 

 刹那が言う『金庫の中身』が何なのか……刹那自身も楠木司令も、ミカも知らないようだが実はこの時、王利絵には既に想像が付いていた。

 

 王利絵は思う。もし、自分の考えている通りだとしたら確かにそれは総理の動きを牽制する事が出来る爆弾だが……使い方を誤れば内閣や与党というレベルの話ではなく日本という国そのものがぶっ飛ぶ代物なのだと。刹那も内容は知らないにせよそれほどの物だという事は想像出来ているのだろう。だから大変な事が起こってから「知りませんでした」「まさかこんな事になるとは」では済まされない。

 

 このような行動に出るのは、彼女なりの責任感の顕れでもあるのだろう。

 

「……私はこの職に就いてから、自分を守ろうと思った事は無い。そしてDAも、リコリスも、守ろうと思った事は一度も無い」

 

「……」

 

「DAに入局した時に、夫と子供とも別れて、他の家族も捨てた。そうして、大切なものを守ってきた」

 

 自分も、DAも、リコリスも、家族も守ろうとしないなら。

 

 ならば、楠木司令が守ろうとするのは、何なのか。

 

「私が守ろうと願う大切なものは、日本の安全だ」

 

 目を逸らさず、楠木司令は言い切った。もしこの言葉を疑うなら、自分を撃てという意思表示だ。

 

 銃を突き付けたままの刹那、座ったまま、その刹那を睨み付ける楠木司令。二人の周りで、動きを止めているミカと王利絵。

 

 一分もそうしていて……

 

 刹那は、愛銃を鞄に仕舞った。

 

「想定以上の答えは、確かにいただきました。無礼をお許しください司令。この処分は如何様にも」

 

「構わん」

 

 刹那から楠木司令に、カードが手渡される。

 

「暗証番号は円周率の5億桁から20桁の数列です」

 

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