Clock Collector & Pacifist(完結)   作:ファルメール

23 / 37
第23話 王利絵が死んだ! 刹那も死んだ!

 

 DA内のサロン。

 

 テーブルに各種資料を広げてサクラやヒバナ、エリカと次の任務の為のミーティングを行っていたその時、フキのスマホが振動して着信を知らせる。画面には「井ノ上たきな」と表示されていた。

 

「? 珍しいな?」

 

 たきなとパートナーとして活動した時間はそう長いものではないが、私用で電話してくるような奴ではない事は分かっている。だとすれば何か緊急の連絡なのかも知れない。

 

「悪いな、ちょっと待ってくれ」

 

「分かったよ、フキ」

 

「私達も少し休憩にするっすか」

 

「じゃあコーヒーでも貰ってくるね」

 

 セカンド達が了解してくれたのを確認した上で、フキはスクリーンに表示された通話ボタンを押した。

 

「もしもし、たきなか? どうしたんだ急に電話なんかしてきて」

 

 電話の向こうにいるセカンドリコリスは、何やら普通ではないようだ。会話内容までは聞き取れないが、声が沈んでいるのがすぐ傍に座るヒバナには分かった。

 

「あぁ、あぁ……そうか。そうか……そうか……あぁ……分かったよ……」

 

 フキは適当に相槌打った後で、通話を切った。

 

「何の電話だったの?」

 

「あぁ……刹那と王利絵が死んだらしい」

 

「えっ……!!」

 

「ちょ……」

 

「あの着ぐるみの人が? それに王利絵さんも?」

 

 ただならぬ内容をさらっと口にしたフキとは対照的に、3人のセカンドリコリスは血相を変える。仮にも人が二人死んでいるのだ。あまりにもあっさりと流しすぎではないだろうか。

 

「別に驚く事じゃねぇよ。刹那が死んだとニュースが入るのはいつもの事だし、王利絵は何があろうと絶対生き残る」

 

 平然と、断言するフキ。

 

 ファーストリコリスは例外無く、セカンド以下とは隔絶した実力の持ち主だ。ファーストの中でも更に抜きん出た存在である千束は動態視力と洞察力で弾道を見切り、銃を用いて彼女を殺害する事は極めて困難だ。刹那は射線が取れて弾丸が届く限りは、どれだけ遠くでも視認しているのが鏡越しの映像でも絶対に命中させる超絶の銃技を誇る。

 

 かく言うフキも小柄な体を活かして、地を這うような超低姿勢からの高速移動は大男も圧倒し、同じリコリス相手でも非常に対処が困難な戦法となる。彼女はセカンドやサードリコリスでは束になっても単騎で制圧する実力を持つ。

 

 フキの見立てでは王利絵は、射撃や格闘など基礎的な能力では優秀なセカンドであるたきなと互角か、少し劣るぐらいだと思われる。その王利絵がファーストに昇格するきっかけとなったのはありとあらゆる状況を想定するのが常態化しており、それこそ固有の技能と言って差し支えないほどの異常な用心深さから来る事前準備による作戦立案能力と対応力、任務達成率・生存率の高さだ。

 

 千束が歴代最強のリコリスなら王利絵は歴代でも最優秀のチームリーダーになるだろうとDAは考えて、だからファーストの地位を与えたのだが……その期待は気持ちよくなるぐらい見事に裏切られた。

 

 王利絵はサポートに回ってこそ輝く……と言うより指揮権を持たせては駄目な人材だったのだ。あいつの任務達成率の高さは「作戦を成功させて自分が生き残る」ではなく「嫌々任務に従事して自分が生き残る為に行動して、結果的に作戦が成功する」のだと、経験が無い新任のファーストが率いるチームをフォローする為、ベテランのファーストとしてサポートチームを率いていて近くから見ていたフキには分かった。

 

 それほど生存に特化した王利絵である。何があろうとどんな状況からでも活路を見出し、絶対に生き残る。

 

 

 

 

 

 

 

 テロリストに面相がバレているという事が分かったので、一人の所を狙われての襲撃を防ぐ為に千束・たきな・刹那・王利絵の4名は現在同居して生活している。それに伴って喫茶リコリコの仕事を刹那と王利絵が手伝って、またそれ以外のリコリスとしての仕事も4人で行っている。

 

 現在の状況は、喫茶リコリコ支部と刹那の支部が合併しているようなものだ。

 

 と、いう事は……

 

「今日の任務はこのホテルに宿泊しているマフィアのドンを殺害して、マフィアを東京から撤退させる事……でしたよね」

 

「まぁ……要は、マフィアが手を引けば良いって事でしょ」

 

 深夜。15階建てのホテルの敷地内で、千束とたきなが話し合っている。

 

 ホテル内では、既に上層階で銃声や怒号が飛び交っていた。

 

 この仕事は、本来刹那の支部が受け持つものだった。だが刹那達が喫茶リコリコの仕事を手伝っているという関係上、千束達も刹那の仕事を手伝う事になるのだ。

 

「既に刹那さん達が、攻撃を仕掛けているようですね」

 

 本来は2人で行う筈の仕事が4人で行われる事になったので、採れる戦略の幅も広がってくる。

 

 ホテル内部の構造や宿泊客のリストはあらかじめクルミのハッキングで調べ上げてある。

 

 ドンは用心の為に、10階以上は全て貸し切りにしているようだ。本人は最上階のVIP室に宿泊していて、サブマシンガンで武装したゴリラが30人から詰め掛けている。

 

 今回の作戦は陽動と本命に分けた二段構え。即ち、まず刹那と王利絵が襲撃を掛けて護衛の注意を引いて、その間に千束とたきなが時間差で突入、守りが手薄になったドンを押さえるというものだ。より多くの敵の攻撃に晒されるであろう囮役を選ぶのは、やはりそういう支部の創設者であり支部長である刹那の矜恃であろうか。王利絵は泣いていたが。

 

 オーソドックスあるいはクラシックとさえ言える作戦だが、新しければ必ず良いというものではない。ハンニバルの包囲殲滅が二千年の時を経ても軍事の教科書に載り続けるように、優れているからこそ使い古されるのだ。

 

「では、千束。私達も行きましょう」

 

「りょーかい。私が先に行くから、たきなは援護して」

 

 裏口から突入して、用心深く非常階段を上がっていく。

 

 9階までは一般客も宿泊しているので、特に会敵する事も無くスムーズに来る事が出来た。

 

 そして10階へと続く非常階段の、その踊り場に二人が差し掛かった時だった。

 

「く、くそっ、なんだあいつら……」

 

 10階への扉が開いて、サブマシンガンを抱えたブラックスーツにサングラスと、絵に描いたようなマフィアという出で立ちの男が入ってきた。彼の視線はそれまで居た扉の内側へと向いていたが……ここで、ようやく踊り場に立つ二人と目が合った。

 

「……」

 

「よっ」

 

 千束が軽い笑顔で手を振る。

 

 一瞬のタイムラグ。

 

「うわっ!!」

 

 何故、学生のような少女がこんな時間にこんな所に居るのか、そんな疑問を抱いている反応ではない。彼は、既に千束達と同じ特徴、つまりは同じ服装の襲撃者を見ているのだろう。顔には明らかな恐怖の色が浮かんでいた。

 

 サブマシンガンを構える。

 

 だが引き金を絞るよりも早く、銃撃が手からサブマシンガンを弾き飛ばす。たきなの一射だ。

 

 と、同時に階段を四段飛ばしで駆け上がった千束が肉迫して、胴体部に接射。弾頭のゴムが砕けて空間に赤い花が咲く。強烈なボディーブローを連続でかまされたに等しい衝撃を受けて、男は反吐をぶちまけサブマシンガンを手放してうずくまる。動きが止まったそこを狙い、千束はボーラガンを使ってぐるぐる巻きにして拘束、無力化した。

 

「たきな、良い援護だったよ。ありがと」

 

「危険は無かったでしょうが、一応は」

 

 銃口が向いていたのは千束だった。彼女なら真っ正面から発射される一挺の銃など、問題無く全ての銃撃をかわしきる事が出来ただろう。

 

 それ以降は敵と遭遇する事も無く、最上階へと到達する二人。

 

 非常階段から廊下へと通じるドアを開け、危険が無い事を確認すると15階へと入る。

 

「これは……」

 

「うーわ、派手にやったねぇ。刹那に王利絵も」

 

 廊下には、膝や肩を撃ち抜かれた男達が、うずくまったり倒れたりして呻いていた。床に放り出されている銃器の幾つかには、銃身が花が咲いたように裂けている物もあった。刹那が銃口を撃ち抜いて暴発させたのだろう。

 

「流石ですね」

 

 たきなの声には畏敬の念が込められたような響きがあった。

 

 本来リコリスのコンビは、ファーストにその補佐としてセカンドが付く。かつての自分とフキ、そして今の自分と千束のように。だが刹那と王利絵は、トップクラスのファーストの補佐に、降格されたとは言えファーストになったセカンドが付いている贅沢な戦力構成となっている。

 

 そのドリームチームの威力がどれほどのものかは、推して知るべしと言えた。短時間で、武装した男達をどんどん制圧している。

 

「作戦通りだねぇ。じゃ、行こうか」

 

「油断禁物ですよ」

 

 VIP室への通路を歩く二人。ホテル内部の構造は既に頭に叩き込んである。

 

 部屋に通じる扉の前に立っていた黒服が、二人に気付いた。

 

 銃を構える。が、素早く懐に潜り込んだ千束が銃身を払って射線を押し退けると、額に非殺傷弾を一撃して昏倒させた。

 

 脅威を排除したのを確認すると、ドアを開ける。中に居たのは加齢と飽食によって体中に余計な物がたっぷりと付いた老年の男だった。顎が消えかけた顔には、今は久し振りに浮かべるのであろう恐怖の感情が滲んでいる。

 

「そ、そんな……下にはあれだけ命知らずの護衛を置いていたのに……」

 

 たきなが銃を構えているのを確かめた上で、千束がゆっくり近付いていく。

 

 ドンであろうその老人はファーストリコリスと視線を合わせたまま、強盗に入られてテーブルの内側に隠された非常通報ボタンを押そうとする銀行員のように、ゆっくりと手を机の抽斗へと動かすが……たきなの射撃が机に弾痕を刻んだ事でその動きも中止せざるを得なくなった。

 

「お、お前達、一体何も……」

 

 口を開いたそこに、千束の銃がねじ込まれた。

 

「む……もが……」

 

「話をするのはこっち~」

 

 笑顔のままで、撃鉄を起こす。

 

「今日、ここに来たのは私達だけだったけど、いつまでもこの町に居るようなら今度は団体で押し掛ける事になる。それが嫌なら、明日にでも東京から撤退して足洗えよ~」

 

 赤ん坊のように銃を咥えるドンの耳を除く顔面のあらゆる穴から体液が流れ始めて、ガクガクと首を縦に振る。彼のズボンの前と後ろが汚れた。

 

「うーわ、えーんがちょ」

 

 顔をしかめて銃を口から引き抜くと、テーブルに置かれているティッシュで銃身を拭き取る千束。

 

「……」

 

 たきなは複雑な気分でこのやり取りを見守っていた。

 

 抹殺の命令なのに命を取る事はしなかったが、ドンもここまでされて東京に留まり続けるほど命知らずではないだろう。仮にそれをやる救いようの無い極め付けの愚か者なら、その時殺せば良いだけの事だ。

 

「じゃ、帰るかぁ、たきな」

 

「えぇ、刹那さんと合流して撤収……待って」

 

 廊下から8名ぐらいの足音が近付いてくる。しかもこの足取りの早さは走っているペースだ。

 

「ドン、上の奴らは片付けました。こっちは……」

 

 言い終える前に、廊下に飛び出すリコリス二人。そのままたきなの援護を受けた千束が突進して、8人のど真ん中に飛び込んだ。

 

 千束を撃とうとする男達だが、円を描く配置の中心に入られた事でここで撃てば同士討ちになるのと、両手持ちのマシンガンを振り回せる内側へと入られた事で撃つ事が出来ない。逆に千束は撃ち放題の状況となる。銃撃の反動をも利用しつつ、全く無駄無く最短時間で銃口を素早く動かして、連射。

 

 男達は時代劇の殺陣で、斬られて固まっていた雑魚が主役の侍が納刀した瞬間に糸が切れたように倒れるように、全員が一斉に崩れ落ちた。

 

 その中の一人を無理矢理引き起こすと、たきなが額に銃口を突き付ける。

 

「答えなさい。上の奴らを片付けたとは、どういう事ですか?」

 

「だ、誰が……」

 

 プシュッ

 

 消音器付き拳銃特有のガスが抜ける音がして、男の左耳が欠損した。

 

「バランスが悪いですから左右対称にした方が良いでしょうか?」

 

「わ、分かった。話す。話すから……」

 

 5つの穴から体液を垂れ流してズボンの前後が汚れている人間が、二人に増えた。

 

「お、お前らと同じ格好をした二人を、屋上に追い詰めて……あいつら二人とも、屋上から飛び降りやがったんだ……」

 

「……っ!!」

 

 たきなは思い切り銃把で男を殴り付けて意識を刈り取ると、スマホを取り出して刹那のナンバーへと掛ける。だが返ってきたのは掛けた電話は電源が入っていないか電波の届かない所にあるから掛け直すようにというアナウンスだった。王利絵の番号も同じだった。

 

「……!!」

 

 このホテルの敷地は、周囲に木などは植えられておらず広々としたものだ。だから木に体が引っ掛かって助かったという奇跡的なケースも期待出来ない。

 

 王利絵ならばパラシュートぐらいは隠し持っていそうなものだが、今回のケースで中途半端に高いのが良くない。ホテルの屋上から地上までざっと40メートル強という所。近年では技術の進歩で60メートルぐらいからの降下も全くの無謀ではないが、今回はそれより20メートルも低い。飛び降りると重力加速度を毎秒9.8メートルとして3秒と経たず地面にドッキングする計算だ。パラシュートが開くよりそっちのが早いだろう。

 

 ドラマや映画なら落下した先に川が流れていて助かるパターンもあるが、このホテルにはプールなどは無い。仮にあった所でそれは精々水深1メートルぐらいの一般的な遊泳用のプールであって、飛び込み用のプールではない。

 

 飛び降りた二人が生きている可能性は……無い。

 

「千束……あの……」

 

「……帰ろ。たきな」

 

 

 

 

 

 

 

 喫茶リコリコへの帰り道で、千束は一言も喋らなかった。

 

 たきなは、パートナーに何を言って良いのか、分からなかった。

 

 仲間の死はリコリスにとって珍しい経験ではない、寧ろ日常の一部ですらある。リコリスにとって殉職は常に覚悟の上。皆、それは承知の上でリコリスになった。だが……だからと言って、それに慣れる訳ではない。無感動になる訳ではない。特に千束にとっては、フキと同じで昔からの顔馴染みで……親友だったのだろう。一緒の任務に従事して、それを失ったのだ。

 

 何を言った所で千束を傷付けるだけだろう。あるいは、何も言わなくてもそうなのかも知れない。

 

「あ……フキさん……」

 

 たきなは思い出したように、以前のパートナーに電話を掛ける。フキもまた、刹那とは馴染みであったと聞いている。

 

 DAにも後で報告書を提出する事になるだろうが……元々そういう仕事は得意じゃないし、今の千束は書類を作れるような状態ではないだろうから、自分が報告書を書く事になるだろうと、たきなは思った。

 

 フキは3コール目の途中で電話に出た。

 

「フキさん……言いにくいのですが……今回の任務の最中に、刹那さんと王利絵さんが……殉職されました……はい……はい……正式な報告は後日に……はい」

 

 どこかそっけない返事が気になったが、報告を終えたたきなはスマホを仕舞う。

 

 これからどうしようか考えている間に、リコリコの店前に辿り着いていた。

 

「……」

 

 入りたくない。配属になってから毎日のようにくぐってきたリコリコの扉が、今日はまるで地獄門のようだ。刹那と王利絵の死を、ミカやミズキにどう報告すれば良いのか。考えがまとまらない。

 

 この支部に配属になって、自分は弱くなったなとたきなは思った。昔の自分なら、同僚の死などもっと淡々と報告していたのに。

 

 ドアノブを掴む手前で固まってしまっている所で、千束が勢い良くドアを開いた。

 

「ただいまーっ。今帰りましたよーっ」

 

「あぁ、お帰り千束、たきな」

 

「あんた、またクリーナー頼んだわね? あれ高いのよ、ホント……」

 

「またハデにやったな」

 

「遅いわよ二人とも」

 

「心配はしてませんでしたが、任務成功の報告ぐらい入れても良かったのでは?」

 

 ミカ、ミズキ、クルミ、刹那、王利絵が出迎える。

 

「ごめんね、いつもたきなに任せきりだったから、忘れちゃってたよ。先生、私にもおはぎお願い」

 

「夜中に食べると太るわよ?」

 

「その分動いたから良いの」

 

「ちょ、ちょっと……待ってください」

 

 幽霊でも見たかのように、顔を真っ青にしたたきなが、がたがたと震える指を刹那と王利絵に交互に向ける。

 

「ん? どうしたのたきなさん?」

 

「まるでお化けでも見たような顔ですね?」

 

「い、いや……だって……どうして生きてるんですか? 二人とも……ビルの屋上から飛び降りたって……」

 

「えぇ、確かに飛び降りたわよ」

 

「私が提案しました。流石に数が多かったですからね。遮蔽物の無い屋上で一斉に撃ちまくられたら、危ないと思ったので」

 

 あっさりと、ファーストリコリスと元ファーストのセカンドリコリスは返事する。

 

「飛び降りる方が危険だと思いますが……」

 

「基準が違うのよ」

 

 再びあっさりと、刹那が言った。

 

「い、いやそうじゃなくて……どうして飛び降りたのに生きてるんですか?」

 

 パラシュートは使えなかっただろうし、二人が飛び降りたであろう位置は窓際だったからマンション内側の通路の手すりに掴まりつつ、一階ずつ降りていくという手も使えなかった筈なのに。

 

「たきなさん、忘れたの? あのホテルには、3メートル四方、水深1.5メートルの貯水池があったのを」

 

「それは……」

 

 確かに、ブリーフィングでホテルの見取り図を参照した時にその貯水池があったのはたきなも覚えている。すると二人はその貯水池に飛び込んで助かったと言うのだろうか? しかしそれは有り得ない。10メートルの高さからの飛び込みでも水深5メートルはなければ駄目だ。40メートル以上の高さからそんな貯水池に飛び込めば、絶対に潰れて即死。池が真っ赤に染まっていただろう。

 

 だが……言われてみれば今の二人はリコリスの制服ではなく喫茶リコリコ従業員制服の和服だし、良く見ると髪の先が濡れているように見える。

 

「貯水池の近くには、街灯があったからね。それを目印にして飛び降りたのよ」

 

「たった……1.5メートルの水深で?」

 

「確かに頭からその水深のプールに飛び込んだら二人とも生きてはいなかったわ」

 

「ですが私達は空中で前屈するような姿勢を取り、そして足と指先が水に触れる瞬間に、一気に体を開いて全身を使って水の抵抗を受け、衝撃を弱めて助かったんです」

 

「実際、ギネスでは10メートル以上の高さから深さ30センチの子供用プールに飛び込んだ人の記録もあるわ。原理はそれと同じよ」

 

 あっさりと言う二人だが……

 

 40メートルの高さから見れば、昼間であっても3メートル四方の貯水池など、視界の中にぽつんと落ちている一枚の切手でしかない。それを、しかも直接目視出来ない夜間に周りのライトを頼りに飛び降りる。もし少しでもずれて地面に落ちればそれで文字通り死(アウト)。上手く飛び込めても、衝撃を弱める技術に失敗すればまたアウト。

 

 たきなは自分がやる可能性を想像して、ぶるっと体を震わせた。

 

 そんな針の穴を通すような可能性を、刹那と王利絵は即興でやったのだ。そうでなければ、こうして生きてはいない。

 

「任務をやっているとこういう場合もあると思ったから、私はプールに通って飛び込みの練習をしていたのです」

 

 と、王利絵。病的に用心深い彼女だから、本当に真面目にプールでそうした練習をしている姿が想像出来る。一方で刹那は、それぐらいの芸当が出来なかったら、単独で最高難度の任務を集中的にこなして、何年も生き残ってはいないという事なのだろう。

 

「じゃあ、電話に出なかったのは……」

 

「流石に衝撃と水没で二人ともスマホはクラッシュしてしまったからね……」

 

「落ちていく最中に窓から二人がドンを制圧している所は見えたので、既に任務完了せりと判断して先にリコリコに戻っていました」

 

「は、はぁ……」

 

 ミカとミズキは落ち着いたものだが……たきなは、クルミに視線を送る。

 

「あー、ボクもどうして生きているのか聞いて、最初は自分の耳を疑ったんだがな……」

 

 タブレットを見せると、これはドローンからの映像なのだろう。屋上からまず王利絵が、次に刹那が飛び降りるシーンが映っていた。この先が撮影されていないのは、クルミもそんなグロ画像を見る気にはなれなかったのだろう。

 

「こいつ、二人が帰ってきた時、殺されるかと思うような絶叫挙げてたのよ」

 

 くくっと喉を鳴らして、ミズキが一升瓶をラッパ飲みする。

 

「ち、千束は分かってたんですか……?」

 

「うん。前にも言ったでしょ? 刹那なら、大丈夫だって……」

 

 ポン、と千束の手がたきなの肩に置かれる。

 

 たきなはフラフラと腰が抜けるように椅子に座った。

 

「全く……お見それしました」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。