Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「では……この機械を使って、彼女……錦木千束の人工心臓の充電機能を破壊すればよろしいのですね?」
アラン機関のエージェント、吉松シンジ付きの秘書である姫蒲は、机に置かれた複数のメーターに端子付きコードが伸びている機械の動作状況をチェックしつつ、上司からの指示内容を再度確認する。
「そうだ。もう一度言うが、くれぐれも扱いは丁重に頼むよ」
言外に、あくまで目的は人工心臓の破壊であって千束を殺害する事ではない、殺す事は許さないとシンジは伝えている。
「先にも申し上げた通り、状況次第です。お約束は出来ません」
「出来るさ。君ならね」
こうして、吉松からの命令を受けて姫蒲は新入りの看護師として山岸医院に潜入した。ここは毎月、千束が健康診断を行う病院である。
そして今日は、待ちに待った千束の検診日だった。
診察室には当然姫蒲と、病院着に着替えた千束。
そして、バッテリーから伸びたケーブルに繋がった棒の先に、アンテナが付いたような器具を手に、室内を練り歩く王利絵。当然、この道具もトランクから取り出した物である。
「あの……」
「しっ……!!」
姫蒲が何か言おうとしたが、王利絵に制された。
セカンドリコリスの表情は真剣そのもの、鬼気迫ると言っても過言では無い。
姫蒲は、千束を見る。
「彼女は、何をなさっているんですか?」
「あはは……」
苦笑いする千束。
「初めて見た人はびっくりするよね。クリーニングだよ」
「クリーニング?」
この場合のこの言葉が意味する所は、世間一般の服を綺麗にする事ではない。勿論、姫蒲はそれを承知の上ではあるが、ここは知らない風を装う。
「そう、もしこの部屋に盗聴器が仕掛けられていたら、盗聴電波が発生しているだろうから、あの機械で、それをキャッチするの」
「はあ……盗聴器、ですか……」
「毎日、家に帰った時には必ずやるからね。私はもう慣れたよ」
何かの儀式のように部屋の中を何周もした後、やっと盗聴電波の反応が無い事を確認して、王利絵は納得したらしい。探知機をトランクに仕舞う。
「それでは、健診を始めますので……あなたは外でお待ち願えますか?」
「……」
姫蒲にそう言われるが、王利絵が退出する気配は無い。
「あの……」
「気にしないでください。千束さんから健診の内容は聞いています。同性ですし、あくまで手術ではなくて健診だから私が居ては出来ないような内容ではない筈です」
そうする事に「何か問題が?」とでも言いそうな顔の王利絵。
姫蒲にすれば、この状況は想定内ではある。
現在、千束達4人のリコリスはテロリストからの襲撃を防ぐ為に4人で生活していて、どこへ行くにも常に二人以上で行動するようにしているというのは既に調査済みである。だから井ノ上たきな、五島刹那、芹沢王利絵。3人の中の誰かは健診で無防備な千束のガードとして来るとは思っていた。
そして来たのは病的に用心深いと噂の王利絵。
『……これは人工心臓の破壊は諦めた方が良さそうですね……』
姫蒲は今回の任務は失敗かと考えていた。
他の二人ならばいざ知らず、猜疑心の塊のような王利絵が相手では言いくるめて退出させる事は不可能だろう。それどころか、ちょっとでも怪しまれたらここから生きて帰る事すら難しいかも知れない。人工心臓の破壊は次の機会として、今回は信用を得る事を重要視すべきだろう。
「ところで、私もこの医院には時々来ますけど……あなたは初めて見る顔ですね?」
と、王利絵。
姫蒲はそらきたと思った。
用心深いと噂になるような人物が、初めて見る看護師を警戒するのは当然と言える。
「はい、新人なんです」
「……確かに、最近入った記録がありますね」
あまりにも自然に勝手に持ち出した看護師名簿のファイルを開く王利絵。確かに、三週間前に姫蒲看護師がこの医院に入った記録がそこにはある。
「……」
ファイルの上辺から目を出すようにして、王利絵はじっと姫蒲を観察する。
「看護師免許を見せてください」
これは型通りの確認方法と言える。
「どうぞ」
ポケットから取り出したケースを渡す。その中に入っている看護師免許は、これはアラン機関が偽造したものではなく実際に正規の手続きを経て取得した本物である。姫蒲にはそうした知識や技術があり、以前にも末期の薬物中毒患者を「松下」という人物に仕立て上げたりもしている。
王利絵はしばらく看護師免許を観察していたが、怪しい所は見当たらなかったようだ。
「ありがとうございます」
姫蒲にケースを返す。
「……」
再び、部屋を見渡す王利絵。
何か怪しい物がないか、探しているのだろう。
だがこれは姫蒲も想定している。王利絵が来るかもという事態に備えて、千束の心臓を過充電する為の機械はこの部屋ではなく外の植木の中に隠してあるのだ。流石の王利絵も部屋の中は調べても、庭までは調べなかった。
「……妙な物は、無いですね……」
「心配性だなぁ、王利絵は……」
「気にしないでください、これは生まれつきです」
そう言って、今度は王利絵の視線はテーブルに置かれた注射器へと動いた。千束に注射する為に用意された物だ。
「その注射、自分に射ってみてください」
「ちょっと、王利絵……」
流石に、あまりにも失礼な発言だと思ったのだろう。千束が咎める。だが、王利絵も刹那とたきなから千束のガードを託されている身。妥協するつもりは無い。譲る様子は見られなかった。
「いえ、山岸先生から聞いています。芹沢さんは呆れるぐらい用心深い人だと……」
姫蒲は苦笑してみせると、腕を消毒して置いてあった注射を自分の体に射ってみせた。少し待つが、彼女が倒れたり気分が悪くなったりした様子は無い。
「ただのビタミン剤ですよ」
この言葉は本当である。注射はフェイク。千束に護衛が付いてくる可能性も考えて、眠剤は薬品棚に隠してあるのだ。
「…………」
王利絵は気の回しすぎであったかなと思った。この姫蒲という看護師に怪しい所は何も無い。
これなら、自分は部屋から出て千束の健診を任せても大丈夫だろう。
そう考えて。
思い切り腕を伸ばす。
袖口から隠し銃が飛び出して、銃口が姫蒲の腹部に照準される。
「!?」
一瞬の間も置かず、引き金を絞る。
銃声。
だが銃弾は姫蒲を貫かずに、背後の窓ガラスに弾痕を刻むだけに終わった。
すぐ傍に座る千束が、横から王利絵の腕を掴んで射線を動かしていたのである。
「な、何やってんだ貴様ぁ?」
「えーと……」
王利絵が言い淀んだその時だった。
二人に、銃が突き付けられる。手にしているのは姫蒲だ。
「まさか……見抜いていたとは……!!」
ここまで怪しまれる要素を全て徹底的に排除して、完璧にただの看護師として振る舞っていたのにどうやって自分が曲者であると見破ったのか。驚きを通り越して、最早畏敬の念すら籠もっているような声色だった。
「えっ?」
「えっ?」
千束と王利絵は、呆けたような顔になる。
「えっ?」
釣られるように、姫蒲もぽかんと口を開ける。
「「……」」
千束と王利絵は顔を見合わせて……
「「……」」
二人の視線が、固まってしまっている姫蒲へと移動した。
「「「はっ!!」」」
三人とも、同時に我に返った。
丸腰の千束はテーブルを思い切り蹴り上げて盾にすると、身を低くする。
射線を遮られた姫蒲は咄嗟に、眼前の王利絵に向けて前蹴りを繰り出した。爪先が、スカート越しに王利絵の股間に食い込んでゴキンと金属音が鳴る。形容しがたい痛みを想像して「うひゃっ」と千束が甲高い声を上げた。
「ぐ、あっ!?」
しかし意外、悲鳴を上げて顔を顰めたのは、股間を蹴り上げた姫蒲の方だった。
一方の王利絵は、何の痛痒も感じていないかのように表情筋がピクリともせず眉一つ動かさない。否、痛くも痒くもないかのようにではなく、本当に痛くも痒くもないのだ。
「無駄です」
あっさりと、セカンドリコリスは種明かしを始める。
「私は常に特注の鋼鉄製金的ファールカップを身に付けて活動しています。股間は女性にとっても急所。そこに何の防御も施さずに、外を歩くと思いますか?」
「「……」」
真顔で語られる内容を受けて千束も姫蒲も、唖然とした表情になる他無かった。そんな事を大真面目に考える人間は、この地球に王利絵一人であろう。幸か不幸か、その79億分の1が、ここに居たのだ。
「くっ!!」
姫蒲は飛び退くと、先ほどの王利絵の銃撃で穴が開いて脆くなっている窓ガラスをぶち破って逃走する。
姫蒲が軽やかな身のこなしで道路に着地するのと、ガラスが無くなって最高の風通しになった窓から、銃身下にM203グレネードランチャーを装着したM16ライフルを手にした王利絵が体を出すのはほぼ同時だった。当然、これも愛用のトランクに隠されていた物だ。
もう少しも振り返らずに、姫蒲は全力疾走する。
その動きをトレースするように、サプレッサー付きM16のフルオート射撃がアスファルトを砕いていく。
曲がり角に差し掛かった所で、姫蒲は銃撃の死角に入るべく建物の陰に飛び込んだ。
一秒未満の間を置いて、爆発。
王利絵が発射したグレネード弾が、道路に着弾したのだ。
「何て人……!!」
いくらDAがガス爆発とかで揉み消すにしても、こんな市街地のど真ん中でバズーカぶっ放すなどリコリスから見ても、アラン機関のエージェントとして見ても頭がおかしいとしか言い様がない暴挙。無茶苦茶だ。
そしてその無茶を平気でやるのが王利絵なのだ。
この分では、町中であろうと抜き身のM16を持って追走してくるかも知れない。一刻も早くこの場から離れるべく、姫蒲は素早く呼吸を整えて走り出した。
「……逃がしました、か」
爆発の煙が上がっている道路を睨みながら、姫蒲が角を曲がって建物の陰に入ってしまったのを確認すると、王利絵は部屋の中に体を引っ込めてライフルを置いた。部屋の中には、護身用の銃を持って警戒態勢に入った千束と、こんな大騒ぎになっているのを聞き付けて山岸先生や病院のスタッフも入ってきている。
外では「何だ、爆発か?」「テロだ、テロっ!!」と野次馬達が集まってきていた。
だが王利絵はもう、それらには興味を無くしたようだった。
「千束さん、大丈夫でしたか」
「お、おう……お陰様でね。助かったよ王利絵」
結果的には健診で無防備の所を襲われたらひとたまりも無いという刹那の懸念が的中した形になる。
千束はふうっと深呼吸して、肺腑の二酸化炭素濃度を下げた。
「それにしても……王利絵、どうしてあの看護師が怪しいと思ったの?」
「いや、ちっとも怪しいなんて思いませんでした」
凄まじい内容をあまりにもあっさり、王利絵は即答する。
「え……」
「盗聴器は仕掛けられてなかったし、看護師免許も本物、部屋の中に怪しい物も無かったし、薬もただのビタミン剤……私はあの人が本当にただの新人の看護師だと思っていたんです」
「……じゃ、じゃあ何故撃ったの?」
「千束さんが一緒だから、千束さんが射線を逸らさせてくれると思って。だから怪しくはないけど折角だし一応撃っておこうかなと。万一刺客だったらそれで馬脚を現すと思って、そしてその通りになりました。結果的にですけど。もし千束さんが間に合わなくても狙いは腹でここは病院だから多分助かっただろうし、助からなくてもリコリスには殺人が許可されてるから、まぁ良いかなって」
「……せ、折角……!?」
はぁ、と深く溜息を吐く千束。頭が痛くなってきた。
「刹那って凄かったんだなぁ……」
自分一人では騙されて何かされていただろう。不審者を追い払って助けてもらった手前、強くは言えないが……こんな王利絵の手綱を握れている昔のパートナーに、千束はある種の尊敬の念を抱くのだった。
その時、王利絵のスマートフォンが刹那からの着信を伝えた。
「はっ……はっ……」
息の続く限り医院から離れた姫蒲は、建物の隙間の路地で王利絵が追ってくる様子が無いのを確かめ、ここでようやく一息吐いた。
「甘く見ていました……」
今回の任務遂行は無理と見て、怪しまれないように振る舞っていて、そして実際に王利絵は自分を少しも怪しんではいなかった。
だがまさか、怪しんでいないのに撃ってくるとは思わなかった。
「あれは用心深いとか、そんな次元の話じゃありませんね。完全に頭の病気です」
「そうね。それは私も同感だわ」
背後から声が掛かって、後頭部にコツンと銃口の固さが当たる感覚がした。
「……!!」
拳銃を捨てて、両手を頭の高さに挙げる。そうしてゆっくりと振り返ると……
褪色した赤服を着た白髪ギョロ目のファーストリコリス、刹那が銃を突き付けていた。そのすぐ後ろでは、援護するようなポジションに立ったたきなが、きちんと両手で保持した拳銃を胸に照準している。
「頭のおかしい人間のパートナーが、まともな頭の持ち主に務まる訳がないでしょ?」
刹那は右手の銃で姫蒲の頭に狙いを付けたまま、左手でスマホを取り出して王利絵の番号に掛けた。
「あぁ、王利絵? 看護師姿で銃を持った不審者を捕まえたわ。えぇ……やはり千束の健診を狙ってきた刺客か……今からそっちに連れて行くから、吐かせるだけ情報を吐かせて。やり方はあなたに任せる。どんな手段を使っても構わないから」