Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「千束まーだー? 遅くなーい?」
その日の喫茶リコリコ。
千束は健康診断で王利絵はその護衛として出ており、ホールには刹那とたきなの二人のリコリスが詰めている。キッチンにはミカとミズキ。それに非常勤職員としてクルミが特注サイズの制服を着ていそいそとメニューの配膳に動いていた。
最近の喫茶リコリコは、たきなが考案したなんともコメントに困る見た目の新メニュー、ホットチョコを大胆にトッピングしたパフェが大盛況で行列が出来るほどである。その為にスタッフはフル回転を強いられており、猫の手も借りたいとはまさにこの状況を指す言葉。二人には早く戻ってきてほしい所であった。
とは言え多忙には良い側面もある。
まず一つの支部を任されておりその為の活動資金と、そして高難度任務を専門とする性質上その分の危険手当も振り込まれている刹那の懐は非常に温かく(刹那一人では必要最低限の活動資金を残して振り込まれたその日の内に全て使い切ってしまうが、王利絵が居る事で無理な金遣いは改善されている)、彼女が合流した事でこの支部の資金繰りは元々大幅に良くなっている。
そこに大反響の新メニューによってリコリコの収支は大黒字に転じた。
ミカは念願のレコードプレイヤーを手に入れ、ミズキは憧れの自動食洗機の導入に踏み切った。
そして店内の配膳には、クルミがリコリコ店内の構造をインプットして対振動・対衝撃・安定飛行の為の特注のプログラムを組んだ最新型ドローンが使われるようになり、店内をドローンが飛び回って二階の客席にもコーヒーやデザートを届けるのも密かなトレンドとなっている。これには特に金が掛かった。
とは言えやはりドローンに人間の代わりは務まらない。それに千束が居なくてはという常連客も多い。
「そうね……」
確かにいつもの健康診断ならそろそろ終わって戻ってきても良い頃合いである。
刹那に視線で促されて、頷いたたきながスマホを取り出した。
「……」
電話で呼び出すが、出る気配は無い。
6コール目で、たきなは通話を切った。
「千束は出ません」
「ふぅん? まぁもう少ししてから掛け直して……」
刹那はそう言い掛けて、びくりと体を動かした。
「……? どうしました?」
「たきなさん、今日この辺りで、発破を使った工事の予定なんかあったっけ?」
「ハ? いえ、そんなのは……」
首を横に振る。しっかり者のたきなは近隣の向こう一週間の停電や断水などの予定も全て把握しているが、そのような予定などは知らされていない。第一、こんな都市部で爆薬を使った工事など、騒音や安全の関係上認可される訳が無い。
「先生……」
「あぁ、刹那……」
目線を向けると、ミカも厳しい顔で頷いた。
「じゃあ異常よ。付いてきて」
四白眼の目元にシワが寄る。
既に今の刹那は喫茶リコリコの従業員から、支部長を兼任するファーストリコリスへと変わっていた。たきなもそれを敏感に読み取って、持っていたトレイを置いた。
「ミズキさん、ここお願いします」
「ちょっとたきな? 刹那も? どこ行くの?」
もうミズキの声にも反応せずに、10秒で赤と紺のリコリス制服に着替えを済ませた二人は銃の動作を確認してリコリコから飛び出した。目指すは山岸医院だ。数分も走ると、既に異常が目に見えてきた。医院のある方向から、黒い煙が上がっている。それに微かに鼻腔をつんとくすぐる刺激臭。これはガンパウダー、火薬のものだ。
「刹那さんは、あの爆音を聞いたんですね」
「えぇ」
たきなが苦い唾を呑む。
病院で爆弾テロがあって、千束達はそれに巻き込まれたのでは……だとすれば電話に出なかったのは……考えたくないが……
「ま、まさか……」
セカンドリコリスの顔が、最悪の事態を想像して青白くなった。
「その心配は無いわ」
「刹那さん……」
「あなたも毎日見てるでしょ? 王利絵が居れば大丈夫よ」
そこがセーフハウスであろうと、王利絵は無人になった時間が5分もあればたとえ潜入の痕跡が皆無だろうが関係無く、曲者が一切の証拠を消して盗聴器を仕掛けた可能性を危惧してクリーニングを行い、専用センサーで爆発物の有無をオールチェックする。そんな彼女が、健診で毎月決まった日時に千束が来ると分かっている医院に爆弾が仕掛けられた可能性を危ぶまない訳がない。絶対に部屋を総浚いしているだろう。
王利絵が共に居る限りは、トラップの類は通じない。
だとすればあの煙は……
「多分だけど……医院に千束を狙うテロリストの刺客が潜入していて、王利絵がそれを見破る……敵は逃げる……逃げる敵を追いかけて、王利絵がバズーカを発射したって所でしょうね……」
「バズーカを発射って……こんな町中で?」
正気を疑うような顔になるたきなであるが……
「やらないと思う? 王利絵が……」
「やりますね。王利絵さんなら……」
そう言われて、彼女ならやるだろうという確信が芽生えた。
「王利絵も必死だろうからね……」
あのセカンドリコリスの頭の中は「どうすれば自分の身が安全か」それしかない。そして現在は、刹那からの依頼で何らかの機密情報を引き渡す交換条件に千束の新しい人工心臓を探しに行く護衛をしろという仕事を受けている。成功すれば憧れの後方勤務か、あるいは新しい戸籍と財産をもらって人生をやり直す事だって可能かも知れない。夢にまで見た夢が叶う機会が与えられたのだ。
が、当然ながら千束の身に何かあれば、その話は全てパァ。
だからそうならない為には、王利絵はどんな事でもするだろう。少しも躊躇わず、しかも平然と。
刹那は顔も知らないガス会社の関係者に少し同情した。
「しかし……だとすると……」
刹那は少し考えた後で、一旦足を止める。
「どうしたんです?」
焦ったように、たきなが聞いてくる。一刻も早く病院に向かわねばならないのに、どうして止まるのか。
「今、考えたのだけど……もし敵が医院に潜入していて、王利絵が追い払ったのだとすると……」
「あ、成る程……大通りを行くよりは……」
「こっちへ……」
二人は少しルートを変更し、迂回ルートを取って、建物の隙間を縫うようにして病院に向かう。
「!」
前を行く刹那が、たきなを押し留める。
「どう……」
どうしたのかと聞きかけて、唇に指をやる仕草を見てたきなは言葉を飲み込んだ。
たきなが黙ったのを見ると、無言のまま刹那は人差し指を口元から前方へと動かす。そこには、拳銃片手に看護師姿の女性が荒い息を整えつつ、しゃがみ込んでいた。彼女は刹那達とは反対方向、恐らく彼女が逃げてきた方向から誰かが追ってくるのを警戒しているようでまだ二人には気付いていない。
「甘く見ていました……あれは用心深いとか、そんな次元の話じゃありませんね。完全に頭の病気です」
この独白によって、完全に刹那は状況を把握した。
概ね、想像通りの事態が展開していたようだ。
「そうね。それは私も同感だわ。頭のおかしい人間のパートナーが、まともな頭の持ち主に務まる訳がないでしょ?」
看護師の頭に銃を突き付ける。その背後では、たきながしっかりと援護射撃の態勢に入っていた。
女が銃を捨てて危険が排除されたのを確認すると、刹那はスマホを取り出してパートナーを呼び出した。王利絵は1コールで通話に出る。
「あぁ、王利絵? 看護師姿で銃を持った不審者を捕まえたわ。えぇ……やはり千束の健診を狙ってきた刺客か……今からそっちに連れて行くから、吐かせるだけ情報を吐かせて。やり方はあなたに任せる。どんな手段を使っても構わないから」
物騒な内容が口にされて、自分の未来を思い描いた女・姫蒲の顔がさっきのたきなよりも青ざめた。
山岸医院で千束が刺客に狙われたという情報は、当然ながらすぐリコリコにも知らされた。
店を閉めて、リコリコのメンバー全員が医院に押し寄せてくる。
「千束、本当に大丈夫だったんですね?」
「大丈夫だって、たきな。王利絵が……ちょっと……いやか~な~りやり過ぎだったけど、守ってくれたからね」
これで何度目か分からないたきなの問いを受けて、困ったような笑顔で千束が返す。
病院の前では、いきなりの爆発が起きた事でパトカーや消防車が集まって立ち入り禁止となってしまっていた。
「それで? あんたらが捕まえた女は何の目的で千束を狙ってきたっての?」
「それについては今、別室で王利絵が聞いています。ただ……」
刹那が、バッグから取り出した機械を机に置いた。不格好な立方体で、側面に電圧を示すものらしいメーターが幾つか付いていて、何本かのコードが伸びている。
「これが医院の庭の、植木の陰に隠されていました」
「これは……!!」
ミカの顔色が変わる。
「これは、何の機械ですか?」
「ここで使われているのと同じタイプの物だね」
山岸先生が、机にもう一つ、そっくりな形状の機械を置いた。刹那が取り出した物とは、いくつかの細かな傷を除いては寸分変わらない形状だ。
「千束に、人工心臓が移植されるのと同時に、銃ともう一つ、アラン機関からもたらされた物だ」
「……? つまり?」
「人工心臓を充電する為の装置よ」
「……!!」
たきなが、思わず息を呑んだ。
健診とは、定期的に人工心臓の状態をチェックするのもあるだろうが充電を施す為のものでもあったのだ。
だとするならば、この充電装置はまさに千束の命を繋ぐ生命線とも言える。
「ただし、あの女が持っていたこっちは、電圧を一定に保つ為の安全装置が外されているわ。もしこれで千束の人工心臓を充電されていたら……」
この先を聞くのが、たきなは怖くなった。でも、聞かなくてはならない。
「そうなったら……どう、なっていたんです?」
「過充電によって、ハードへのアクセスが不可能になって、充電も出来なくなってた。そうなったら、二ヶ月ぐらいで心臓の機能が止まっていたろうよ」
「……っ!!」
踵を返して病室から飛び出そうとするたきなだったが、刹那に制された。
「どこへ行くつもり?」
「あの女を始末します!!」
「それは困る。情報を吐かせる為に王利絵が尋問中だからね。その前にやるのは勘弁してほしいわ。殺すのはゲロさせた後で……」
「ちょっとたきなに刹那も。いのちだいじにだよ~」
「分かってるんですか千束、あなた殺されそうに……!!」
捕らえた姫蒲は、王利絵が尋問すると言って二人で歯科検診室に閉じこもってしまった。最初は中から軽快な音楽と共に「ズッタン、ズッ、ズッ、タン、グイン、グイン、バッ、バッ」と物音が聞こえてきたのだが、それも少しの間で、かれこれ二時間ばかり今度は中からクシャミ一つ聞こえなくなってしまっている。
とは言えそろそろ動きがあるかも知れないと、王利絵を呼びに行こうとすると……部屋の扉が開いた。
「終わりました」
入ってきたのは、王利絵一人。
「どうだった?」
「色々教えてくれました。彼女はアラン機関のエージェント、吉松シンジの秘書で名前は姫蒲……春に千挺の銃を流したのもそのも吉松で、流したテロリストの名前は真島……ウォールナット、クルミさんにDAのセキュリティを攻撃するように命じたけど、余計な事を知ろうとしたから例の殺されたハッカー、ロボ太に命令して消させたと。前に薬物中毒の末期患者を『松下』という男に仕立て上げて、そして今回、千束さんの人工心臓を破壊しに来たのも吉松の指示だと」
「そう、か……」
ミカが天を仰いで息を吐く。
そもそも人工心臓の充電用装置などという物を用意している時点で、これは千束が人工心臓を使っているのを知っている者が裏に居る事になるが、そんな人間は多くない。まずこの喫茶リコリコのメンバーに、山岸先生、それに楠木司令やフキなどDAの一部の人間。当然ながらこれらの者が千束を害するなどありえないし、第一動機が無い。
それで線引きすれば、残るのはそもそも最初に人工心臓を提供した人物。つまり吉松シンジだ。
「そっか……ヨシさんが……」
千束も、そう呟いて視線を落とす。
かつて自分の命を救ってくれた救世主が、今は自分の命を縮めようとしていたなんて。
今の千束がどんな気持ちなのか……たきなは想像しようとして、それも叶わなかった。とても、思い付かない。
「それで、あの女は?」
刹那がリコリス制定の鞄に手を近づけた。情報を吐かせて用済みになったなら、生かしておく理由は無い。千束の手前「いのちだいじに」ではあるが……しかし刹那とて、友人の命を縮めようとしてきた者に良い感情など持っている訳がないのだ。
「殺してないよね? 王利絵」
「はい。入れ歯を渡して帰ってもらいました」
「……!! あ、そ……」
王利絵がそんな物を姫蒲に持たせたという事は……そして二人が籠もっていたのは歯科検診室……
椅子に拘束された姫蒲。口は閉じられないように枷が嵌められていて、そこに王利絵がやって来る……右手にはドリル、左手にはペンチを持って……
「ううっ……!!」
何が起こったのか想像して、クルミが「考えるんじゃなかった」と首を振った。
無残、悲惨、陰惨、凄惨。起きてはならぬ、有り得ぬ惨劇。それをやったであろう当人は涼しい顔だ。愛用のトランクから、卒業証書を入れる物と同じぐらいの大きさの筒を取り出した。
「でも良かったです。これを使わずに済んで……」
「その筒は一体……」
「あぁこれは……」
王利絵が説明しようとした所で、聞いたミズキ本人が「わーっ、わーっ!!」と大声を上げて耳を塞いだ。
「やめてぇぇぇ!! 想像させないでぇぇ!!」
「……そうですか? まぁ、分かりました」
「ミズキさん。ここは病院ですよ。あまり大きな声は出さないように」
「誰のせいだと思ってんのよ……」
恨みがましげに、刹那と王利絵を睨むミズキ。
「殺すよりエグい事するねぇ、王利絵……」
「まぁ、そこまですれば生きていてもあの看護師……姫蒲は肉体的にも精神的にも再起不能でしょ。それより、重要な情報が手に入ったわね」
眉一つ動かさず、刹那が話題を変えた。
千挺の銃を渡されたテロリストのリーダーの名前は、真島。
敵の尻尾は、掴めた。これをDAに報告すると同時に、クルミにも探してもらう事になるだろう。
「千束!!」
たきなが、相方の両肩を掴む。
「は、はい」
「これから私からの電話は3コール以内に出てください。出ない場合は危険と判断して、次のワン切りですぐに向かう通知とします!!」
「え……あ……はい……」
「嫌ならすぐ出るように!!」
「良いアイディアですねたきなさん。もっと早くに導入するべきでした。それに加えてやむを得ず単独行動する時は、定時連絡をするようにもしましょう。もし5分を過ぎて連絡が無かった場合はこれも危険とみなして、他の者は臨戦態勢に移行するという事で……」
「私も賛成するわ。王利絵、明日までに私達の相互防衛の為のプランを複数提出しなさい」
心配性だが、でも気の良いリコリス仲間3人。
ちょっと引きつつも、彼女達は真剣に自分の事を考えてくれているのが、千束には分かる。自分は一人じゃない。リコリコの皆に、彼女達に、守られている。
「じゃ、帰ろっか」