Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「はぁ……」
千束のセーフハウス。今日の料理当番は刹那である。煎れられた紅茶を前に、たきなは溜息を吐いた。
「どうしたの? たきなさん」
「あぁ、実は……ちょっと仕事で調子が出なくて……」
「千束から聞いているわ……」
対面の席に着いた刹那は、自分も紅茶を啜りつつ苦笑する。
この前の仕事はカラーギャングを壊滅させろというものであったが、たきなはいつもなら簡単に制圧出来るようなチンピラを拘束不十分で逃がしてしまい千束がその後を追っていく事になったり、その千束を追いかけていったら既に拘束していた連中をクリーナーに引き渡さずに放置してしまって、また千束が始末に戻るという具合で冴えなかった。
原因はやはりと言うべきか、千束の人工心臓の寿命が後2年ばかりという事実を知ってしまった事であろう。
リコリスの仕事に限らず、喫茶リコリコでも千束が重い物を持ったり走ったりしようとする度に「あぁ、私が持っていきますから」とか「走らないでください」と制止するので、常連客の山寺氏などは「千束ちゃん、まさかおめでたなの?」などとあらぬ勘違いをしてしまったぐらいである。
「気持ちは分かるわ。私も同じだった」
「刹那さんも?」
最初は意表を突かれたような顔になったたきなであるが、刹那は千束の元パートナーで付き合いも長い。それも自然かとすぐに納得した。
「ある日突然、入院していた筈の千束が訓練施設に現れてね。あの時は流石の私も固まったわ」
「あぁ……」
さもありなんと、たきなは納得行った表情になる。恐らくは自分が人工心臓の寿命を知らされた時の気持ちに近いのだろう。
「それで訓練を始めようとして、私は千束にこう言ったのよ」
その言葉が何なのか、たきなには容易に分かった。
「走らないで」「走らないでください」
二人の声が揃う。
そして、クスッと笑い合った。考える事は一緒だ。
「「はぁ……」」
ひとしきり笑った後で、二人は申し合わせたように肩を落としてまた溜息を吐く。
「……」
「……」
「刹那さん」
「ん?」
真剣な目で、自分を見るたきなに対して刹那も真面目な顔になった。
「千束の、新しい人工心臓……見付かると思いますか?」
「……絶対の保証などは出来ないけど……」
現実的な意見だと言える。少なくとも世間に出回っていない技術ではある。クルミに頼んで各国の医療機関を調べてみたが、無拍動型の完全置換型人工心臓、それも千束がするような激しい運動に耐え得る物など、どこの国でも実用化されていない。
「……もし、あの姫蒲看護師のバックにいるアラン機関の吉松という男が、千束に殺しをさせる為に人工心臓を壊そうとしているなら……まさかそれを造れる技術者は既に殺されているのでは……」
たきなのそれは最悪の想像であると言える。もしそうなったら、彼女達には手も足も出ない。
「考えられなくはないけど……でも、その可能性は低いと思うわ」
「店長もシンジはそういうタイプじゃないとは言ってましたが……」
「それだけじゃないわ。私はその吉松シンジに会った事は無いけど、可能性は低いと思う」
「その見通しを説明してもらえますか」
頷く刹那。彼女の推測はこうである。
まず千束の人工心臓を破壊しようとしてきたシンジが何を考えていたのかだが……もし、使命を果たそうとしない者を始末しに来たのであれば、人工心臓を破壊しようなどと回りくどい手段は用いないだろう。
仮に過充電が施された場合、千束の余命は充電した心臓のバッテリーが尽きるまで、二ヶ月ぐらいにされていただろうと山岸先生は言っていた。その二ヶ月の猶予期間の間に、シンジは千束に選択を迫ろうとしていたのだろうと考えられる。つまり「殺しをすると約束するなら、新しい人工心臓を用意して君を助ける」というものだ。だから、シンジが新しい人工心臓を持っているだろうという推論が成り立つ。
もう一つには、ここまで手の込んだ真似をして千束に使命を果たさせようとしているのである。それほど才能を世界に届けるアラン機関の理念に忠実な人間が、同じくアラン機関の支援を受けたであろう人工心臓を製造した技術者を殺害するなど、その行動原理に真っ向から対立する矛盾した行いだ。故にそうした真似をするとは考えにくい。
論理は確かに筋が通っているが……でもそれらは全て希望的観測かも知れない。
シンジが他のアランチルドレンより千束に特別な思い入れを抱いて暴走してしまっていたら?
アランチルドレンの中にも序列や優先順位が存在していたら?
悪い可能性はいくらも考えられるが……だがそれは考えても仕方が無い。だから考えないようにする。
目的を達成できる可能性……「勝ち」に懸ける。それだけだ。
「それで王利絵があの姫蒲を付けたのだけど……」
拷問の後で入れ歯を渡して姫蒲を帰らせた王利絵であったが、ただで帰すほど甘くなかった。入れ歯に発信器を仕込んでいて、その動きが止まった所へと訪ねていったが……そこはアジトではなく姫蒲の自宅だったらしく、姫蒲は王利絵の顔を見るなり恐慌状態になって、話にならなかったのでそのまま放置して帰ってきてしまったらしい。
結局、姫蒲からはもうこれ以上の情報は得られないと思うべきだろう。
と、なれば後は足で人工心臓を製造出来る技術者を見つけるしかない。
その為の準備は、進めている。たきなに見せた正規品の偽造パスポートもその内の一つだ。
たきなやフキが聞いたら不謹慎だと怒り出しそうだが、刹那としてはこうした機会を待っていたとも言える。
刹那が持つ機密情報は確かにあらゆる無理を通せて、総理大臣の政治生命を終わらせる事だって出来る爆弾だが、爆弾であるからには使い方を誤れば自分が吹っ飛んでしまうその危険性をも彼女は承知している。だから扱いは慎重にせざるを得ない。
自ら機密情報を使おうとしないからこそ、危険性を利用価値が少し上回るという絶妙な、そして危ういバランスの上で刹那は生きていられているのだ。だからパスポートを手に入れるのに、今まで待たなくてはならなかった。
こうして10年も待ったが、欲しかった物は揃った。後は行動するだけだが……
「まぁ、技術者を探しに行くにしても今の仕事を片付けてからでなくてはね……」
刹那としてはさっさとテロリスト共を地獄に送るかとっ捕まえるかして、新しい千束の心臓を探しに行きたい所だ。
だが連中は地下に潜伏しているのか足取りが掴めない。
「でも、分からないんですよね……奴等が次にどんな行動に出るのか……」
言葉を継いだのは、床の一角に書類を広げて資料とにらめっこを続けている王利絵だった。
「相手は敵にリコリス、つまり治安維持の為のエージェントが居る事を知っています。都市伝説とかそういう連中が居てもおかしくないという予測ではなく、確定情報として……ならば次動く時は、リコリスが対応出来ない手段に出てくると思います」
少なくとも自分ならそうすると王利絵は思う。
敵のカードはリコリス制服の情報と、総理と内通して密入国させている兵隊、春に取引していた千挺の銃、そして各国の闇業者に追加発注した一個旅団分のフル装備。
それらをどう使うのかだが……
「リコリスが対応出来ない方法……」
「全ての武器を装備した軍団による一斉攻撃とかでしょうか……」
と、たきな。
リコリスはあくまで治安維持を目的としたエージェントであって軍人ではない。確かにそんな重装備の武装集団の相手など出来ないだろう。
だがそんな相手なら警察や自衛隊が対応するだろうし、刹那から楠木司令にもたらされた機密情報によって総理が急病という事で失脚してしまった現在では、防衛出動を発令させないという手は封じられている。
だからテロリストはその手は取らないだろうし、仮に取ってきたとしたら自分達の手を煩わせずに事態が収束する。よってこれ以上その可能性について考える必要は無い。
「だとすると……?」
「うーん?」
顔を付き合わせて、うんうん唸るリコリス3人。
議論が行き詰まったのを見かねたようで、千束がやってきた。
「たきな、刹那、それに王利絵も。そんな難しい顔してたら老けるよ? 映画でも見て気分変えない?」
手には、ブルーレイディスクのケースを持っている。
「「「……」」」
刹那達はそれぞれ顔を見合わせるが……
頷き合って、それぞれ立ち上がる。確かに、このまま顰めっ面を付き合わせていても良い結論が出るとも思えない。ちょっと気分転換した方が、良いアイディアが出るかも知れない。
刹那は冷蔵庫からコーラを取り出して、王利絵は人数分のポップコーンを作り始めた。映画を鑑賞する時はコーラにポップコーンだと昔から決まっている。
そうして十数分の後に正統派の映画鑑賞スタイルになった4人。千束とたきなはソファーに並んで、刹那と王利絵はキッチンから持ってきた椅子にそれぞれ着席する。照明を暗くすると、千束がリモコンのスイッチを押して、映画が再生され始める。
アクション物の洋画が好きな千束だが、今回のはアニメ映画のようだ。
「あ、これ、何年か前に大ヒットを出した監督さんの作品ですよね」
「そうそう『俺の名を言ってみろ』ね。あれ面白かったよ」
「あぁ、私も見たけど速い突きの作画が圧巻だったわよ。あれは……」
映画館では御法度だがこんな雑談をしながら鑑賞するのも、ホームシアターの楽しみ方の一つだと言える。
「うん……? 主人公は家出少年か……」
「東京に夢見て出てきたけど……ってタイプですかね」
「身分証無し、住所不定でそんな簡単に仕事が見付かれば苦労無いですよね」
「あれ? ゴミ箱から何か出てきましたよ?」
「拳銃ですね」
「種類は、マカロフのようね」
「怖いですね。町中に銃が落ちているなんて……」
「実はモデルガン……なんてオチは無いですよね。映画ですし」
「そうそう。昔見た『ジングルベルジングルベルオールザウェイ』って映画でもただのクリスマスプレゼントだと思ってたのが実は爆弾だったって話があって……あれはギャグだったから人は死ななかったけど……たきな?」
笑いながら行儀悪く、塩気の付いた指を舐めながら語る千束だが……ここで相方の様子がおかしいのに気付く。
セカンドリコリスはじっと、固まったようにテレビを睨んでいる。
少し遅れて、刹那と王利絵も同じものに気付いたようだった。
「「……? たきなさん?」」
「……」
瞬きせずにテレビを見ているたきなの眼前で手を振ってみるが、たきなは反応しない。
と、思いきや、いきなり凄い勢いで立ち上がった。
「うおっ!?」
「な、なになに!?」
「千束、今すぐDAに行きましょう。着替えてください」
一直線にクローゼットへと駆け出して、引き破るような勢いで部屋着を脱ぎ捨てると、リコリス制服を羽織る。
このたきなの行動には未だに他の3人は付いていけないようであった。
「DAに行くって、どうしてそんないきなり?」
「大体、今は夜ですよ? 電車がもう……」
「じゃあミズキさんに連絡して車を出してもらってください。楠木司令と一刻も早く話をするんです!!」
「な、なんで? 第一この時間のミズキは晩酌してるから車の運転は出来ないって。それに楠木さんも今すぐって……」
「い、一体全体何なんです?」
「千挺の銃の使い道が分かったんですよ!!」