Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「うっひょひょひょーい!!」
夜の高速道路を駆け抜けていくLEXUS・LFA。深夜で交通量が少ない事もあって、世界に500台しかない車はその性能を遺憾なく発揮していた。車内では、念願のスーパーカーの運転が叶った千束が、テンション高くハンドルを切っていく。助手席のたきなは、相棒の危なっかしい運転にひやひやしつつ、シートベルトの他に両手を使って体を固定していた。
「千束、あなた本当に運転課程をクリアしたんですか?」
「もっちろん。A判定もらったんだよ~」
その割には微妙にスリップしたり蛇行運転だったり、たきなは退屈する暇が無い。
千束がバックミラーへ視線を送ると、すぐ後ろをミズキの愛車が付いてくるのが見えた。
ただし、運転席に座っているのはミズキではない。彼女はこの時間は毎日晩酌しているので、飲酒運転になる。いい男を見つける前に、前科が付きたくはないだろう。その為、刹那が事情を話して車を借りたのだ。運転席には刹那、助手席には王利絵が座っている。
女子高生が車を乗り回すという警察に見られたら職質待ったなしの状況だが、しかし運が良いのか悪いのか、誰に見咎められる事も無く二台の車はDAに到着した。既に電話連絡して話は通しているので、ゲートで簡単な検査が行われた後、駐車場へと通される。
「うーん。さっすがスーパーカーだねぇ。この加速、エンジン音。一度こんなの乗ってみたかったんだよ~」
「夢が叶って良かったですね。千束」
満足げな千束が思いきり背伸びする。
このLEXUS・LFAはクルミが喫茶リコリコに死亡を偽装し潜伏させてもらえるよう依頼してきた時に、囮として用意した物でそのままあの時これを利用した刹那の所有物になって使われている。最初の仕事のカーチェイスと、王利絵の囮捜査時の銃撃戦で穴だらけになってしまったが、先日二度目のレストアから戻ってきたのだ。
そのすぐ横にミズキの愛車が停車した。中から刹那と王利絵が出てくる。
ふと車載時計を見ると、時間は午前1時になるかならないかという所だった。
「それで? 緊急の話があるという事だったが……こんな時間に来るぐらいだ。よほど重大な用件なのだろうな?」
執務室へと通された4人。深夜だと言うのに、楠木の化粧や服装には少しの乱れもない。僅かに、声には不機嫌さが滲んでいたが。
楠木司令すぐ脇にはフキとサクラのコンビが控えている。まさかリコリスである千束達が危害を加えてくると思っている訳でもあるまい。事情を把握させておこうという楠木司令の配慮であろう。この辺りには幼年時からずっと高評価を維持しつつ今やファーストにまで上り詰めたフキに対するDAの信頼が伺える。
フキはしっかり者な性格が表すように楠木司令同様、服装や髪型には少しの乱れもない。一方でサクラは、髪にはちょっと寝癖が付いていて寝ている所を叩き起こされ急いで準備したという風に見える。良く見ると目も少し腫れぼったくて、眠そうだった。
横一列に並んだ外様のリコリス4人の中で、一歩進み出たのはたきなだった。
「はい、司令。例の千挺の銃をテロリストがどのように使うのか。それが分かりました」
「ほう……」
「!!」
表情は変えず眉も動かさないが、楠木司令の声には僅かな驚きの響きがあった。一方で、フキとサクラはそれよりはずっと分かり易い驚きを見せて、顔を見合わせる。
「結論から言います。テロリスト達は、千挺の銃を都内にばらまいたのだと思います」
「えっ!!」
「何だって?」
「マジか?」
所属を問わず、リコリス達が驚愕の声を上げた。
「根拠は何だ?」
仏頂面のままで、尋ねる楠木司令。
「はい。まずはテロリスト側の情報ですが……以前にサードリコリスが襲われた時の一件を思い出してください」
二人のサードは、いずれも単独任務の所を大勢に襲われて殺されている。これは非武装の一般人を襲うというものではなく、十数挺の銃が使われていて敵は明らかにリコリスが武装している事を想定している。
最初に一人が襲われて、次にもう一人、そして王利絵。
どうやって敵がリコリスを特定しているのかという問題だが……恐らくは制服で識別しているのだろう。だからまず間違いなく連中はどこから流出したのか分からないがリコリスの写真や画像データを持っている。
「この事から、テロリストはリコリスを識別できるだけではなく、リコリスが武装したエージェントである事も把握していると考えられます」
「……続けろ」
「そしてこれまでに、敵には累計で100人近い被害が出ています。これだけ被害が出たのですから、次に動く時はリコリスが対応出来ない手段を採ってくるのではないかと思うのです」
ここまで聞いてこの場の、サクラを除いた全員が「はっ」とした顔になった。こんな深夜の会合で、僅かに感じていた眠気が飛んだようだった。
「ど、どういう事っすか?」
「つまりだ」
相棒の疑問に、フキが答える。
「既に都内に千挺の銃をばらまいた状態で、まずネットに例えば宝探しとかそういう名目で、地図とその銃がある地点のデータをアップするんだよ。すると興味本位でそれを見た人は、どうするだろうな?」
「どうって……自分の近所にそんな目印の場所があれば、見に行ってみるんじゃないっすかね?」
フキが頷く。
東京都民は一千万人。
仮にネットにアップされた地図と銃の座標のデータを見るのがその中の100人に一人で、そこから実際にその場所に何があるのか探しに行くのが更にその中の100人に一人だとしても、単純計算でちょうど1000人がそれとは知らずに銃を探しに行く事になる。
「興味本位で銃を見つけて……そうした頃合いを見計らって時間差で、またネットに情報が挙げられるんだ。危険因子を排除する殺し屋が居るって情報と、その姿もな」
「それって……」
「想像してみろ。お前が銃を拾った人間で、それで不安になってネットを見ると、ちょうど国家に仇なす者を消して回る殺し屋についてのニュースがアップされていて……その記事に添付されている画像と同じ制服を着た人間が目の前に立っていたら……どうする?」
想像を巡らせるサクラ。
持った事もない銃、どうみてもオモチャとは思えない重量感。銃刀法に触れると分かっている。交番に届けなくちゃとも思うが、そしたら自分が逮捕されるのでは……? そんな不安定な精神状態の時に、殺し屋についてのニュースを見て、そしてその殺し屋が目の前に現れたとしたら……
疑心暗鬼になって、絶対に引き金を引かないと言えるだろうか?
思わず、ごくっと喉を鳴らした。
その状況に、リコリスでは対処出来ない。
何故ならそれに対処するという事は、隠匿されねばならないリコリスの存在を公の目に晒す事になるからだ。
「仮に銃を拾っても極一部の人以外は警察に届けるでしょうが……」
「その極一部が欲しがったり手元に隠してしまえば十分という事ね。一千万の極一部だから、0.1パーセントでも一万人が欲しがる計算になる」
「第一、仮にたきなの考えた通りだとして取引された銃は確かに千挺だろうけど、ばらまかれたのが千挺全部かどうかは分からないのがいやらしいよねぇ……」
千束の分析も的を射ている。
千挺全てをばらまいたのか、その中の100挺だけかそれとも500挺か。あるいは実銃にエアガンでも交ぜて数を水増ししているのかはテロリスト側しか把握出来ない。だから回収しようにも何挺回収出来れば終わるのかが分からない。リコリス側は警戒状態を続けなくてはならず、負担を強いられる。
「それと私がテロリストでその作戦を採るのだとしたら、発砲事件を起こす為のサクラを用意します」
と、王利絵。これも的確な意見と言える。
「そうして発砲事件が起きて混乱している中にリコリスを投入したら……最悪、スタンピードで魔女狩りならぬリコリス狩りが起こりかねないですね」
「最悪の状況だな」
発砲事件が起これば警察もそれに対処すべく動かなければならないだろうが、同時にリコリスへの対応にも迫られる。民間人のリコリスへの発砲や、そうでなくても通報が殺到し、警察の処理能力はパンクして一時的にとは言え都内は無法地帯と化しかねない。
たきなの話には確証は無いが……しかし話を聞く限りただの可能性でしかないと切って捨てる事が出来ないのも確かだ。そこまでの危険性が認められる以上は、備えねばならない。
「対処する方法は?」
「根本的な解決はリコリスでは不可能です」
一言で、たきなは無理と断じた。
「まず事前にこのシミュレーションを伝えた上で、その情報が出回った瞬間に全てのリコリスを引き上げさせるしかないと思います」
そうする事で民間人とリコリス、双方の被害を抑えるしかない。
「ま、そうだろうな」
「これは警察の仕事だよねぇ」
「そうして混乱が治まった所で、テロリストのボスを押さえるしかないでしょう」
「……確かに、な」
楠木司令は背もたれに体を委ねると、大きく息を吐いた。
「……それと司令。例の世界中の闇業者に発注された一個旅団分のフル装備の武器ですが……」
まだあるのかという顔になる楠木。
「あれは総理が緊急入院してしまって、自衛隊の防衛出動を封じられないから、役に立たないだろう」
たとえ既に3000人の兵隊を密入国させていたとしても、それは警察や自衛隊が動かないという前提だから脅威なのであって、両組織がちゃんと動くのなら何も出来はしないだろう。
「はい」
たきなは認めた。
「だから、使わないんだと思います」
「何?」
狐につままれた顔になる楠木司令。折角1200万ドルも使って揃えた武器を使わないでどうすると言うのか。
「正確には、この国では使わないということです」
「どういう意味だ?」
「恐らく、発注された機関銃やライフル、爆薬は海路でこの日本に集まってきます。そうしてそれらの武器を、何か別の荷物が入ったコンテナの中身とすり替えたとしたら……どうなるでしょう?」
「どうって……東京湾には毎日何千何万というコンテナが運び込まれては、出荷されるよね……」
「その中に武器を満載したコンテナが混ざるという事は……」
口にしていて、千束と刹那は空恐ろしくなった。言葉の途中から、顔色が蒼くなる。
そうなったら武器を満載したコンテナが、誰にもそれと気取られないまま、世界中の海を彷徨う事になるのだ。
「そしてそのコンテナがやがてどこかの国に流れ着いて、そこに入った武器を使って戦火が上がって……」
「それらの武器が世界中から日本に集まって、日本を経由して運ばれたと分かったら……!!」
「この国が、武器の闇取引の中継点として絶好の場所であると世界中に宣伝されたに等しいという事か……!!」
テロリスト達は、つまりは現行の政府をコケにして権威を失墜させたい。
もしそうなったら日本の安全神話は崩壊し、政府が受けるダメージは計り知れないだろう。
「こちらは、止める方法はあるか?」
「テロリストのリーダーを確保するもしくは殺害する事……よね? たきなさん」
先んじた刹那の言葉に、たきなは頷いて返す。
「テロリストのリーダーは、その武器が積まれたコンテナを追跡するデバイスを持っていると思います」
「理に適っているな」
そういう物を持っていないと、その武器が日本を経由して戦地に運ばれた物である事を説明出来ない。
だからテロリストの親玉を確保してデバイスを没収してしまうか、もしくは殺害してそいつの口を永遠に閉ざしてしまうかすれば、その武器は日本とは無関係の物であると言い張る事が出来る。
いずれにせよ、銃を受け取ったテロリストのリーダー、姫蒲から聞いた真島という男を確保しない限り終わらない。
「奴の情報はこちらも掴んでいる。世界中を股に掛ける戦争屋だ。我が国でも10年前に確認されている」
10年前。そのキーワードを受けて、部屋の視線が一人へと集まる。そう、千束へと。
「あー、あれかぁ」
「例の電波塔事件だ。関わったテロリストは全員処刑したと思っていたが……生き残りがいた訳だな。そして真島は国内外複数のマフィアから依頼を受け、延空木を狙っている事が分かっている」
つまりは、そこで真島を抑えるしかないのだ。もし延空木を破壊しに現れる機会を逃せば、奴は再び潜伏して足取りが掴めなくなる。そうなれば東京どころか、日本という国が受けるダメージは計り知れない。あるいは先の総理がクーデターを画策していたとする予想が正しければ、最悪真島はその計画に関わった人間のリストを持っている可能性すらある。
もしそんな物を公表されたら、それこそ日本そのものが根底からひっくり返るだろう。その前に止めなくてはならない。
この作戦に、失敗は許されない。
「政治的なダメージを最大にするのを狙うなら、真島の作戦決行は延空木が完成するそのセレモニーの時を狙うだろう」
新しい平和の象徴として建造された新電波塔が、完成と同時に崩壊する。中々にテロリストが好みそうなストーリーである。
「刹那!!」
「ハッ」
「お前を総隊長として、延空木の強襲作戦を行うチームを編成する。王利絵はその補佐。千束とフキはそれぞれ分隊長として、刹那の指揮下に入れ」
「私DAじゃないんだけどな~」
「おい、千束!!」
「分かってるよフキ。流石にここまで大事じゃあ、見て見ぬふりもできないしね」
「千束、この作戦で必ず真島を捕らえましょう」
たきなは気合い十分である。これには楠木司令やフキは知らない事だが、真島を捕まえれば春の銃取引から始まる一連の事件は終息し、刹那達が千束の新しい人工心臓を探しに旅立てるという事情もある。
「久々に、デカい仕事になるな……」
「出世のチャンス。腕が鳴るっす」
「はぁ……やだなぁ……テロリスト共全員、インフルエンザに掛かって死ねばいいのに」