Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
畜生。どうしてこうなった? こんな筈では。
脳内ではもう何百回もその3つの言葉がトライアングルリピートしている。
だがこうしていても始まらない。王利絵は、リコリスの制定バッグからDAの制式拳銃を取り出してセーフティを外した。
「王利絵、援護して」
「りょ、了解」
もうこうなったら自棄だと、銃撃が止んだタイミングを見計らって、牽制の為に撃ちまくる。
来客を装っていたチンピラや中国マフィア達は、銃声を聞いて一瞬怯んだようだったが、すぐに得物を構え直して反撃の体勢に移ろうとする。
それより、一瞬早く。
レジカウンターから体を出した刹那が、手にした二丁拳銃から二連射。
「うわっ!!」
「ぎゃっ!!」
瞬間、こちらに向けられていたサブマシンガンと拳銃十数挺の内の二つが爆発して、それを持っていた男達の手が血塗れになった。
「!? 何が……」
自分達の側の銃がいきなり弾けたのは驚いたようだが、それでもチンピラ達は僅かに怯んだだけで、攻撃に移ってくる。
再び、刹那の両手の拳銃が一発ずつ銃弾を吐き出す。
先ほどのリプレイのように、二挺の銃が爆発した。
「……嘘ぉ」
思わず援護射撃を忘れて、王利絵もそう呟くのが精一杯だった。
一回だけならまぐれか偶然かと思ったが、立て続けに二回同時に起こったとなれば間違いない。
刹那は拳銃で、敵の銃の銃口を撃ち抜いて暴発させたのだ。しかも両手で二挺ずつ、合計四回連続で。
どんな射撃の腕がそんな真似を可能にすると言うのか。神業や曲芸という言葉すら霞んで、奇蹟と言って差し支えない。
「ち、畜生!!」
偶然ではない事を悟ったチンピラがアサルトライフルを向けてくるが、刹那は右手の拳銃を一射。
タイムラグを挟んで、ガラスのシャワーが降ってくる。
『ライフルの銃身を撃って銃口を跳ね上げさせて、敵の銃弾を上に乱射させ、照明を破壊させた』
王利絵がそう分析したと同時に、店内が闇に包まれる。
「ぐえっ!!」
「ぶっ!!」
「ごっ!!」
そして、銃声と打撃音に、立て続けの悲鳴。
数秒後に非常灯が付いて視界が戻った時には、もうこのホールに立っているのは一人。刹那だけだった。彼女は闇に乗じて、ほぼ数秒の間に武装した十数人を制圧してしまったのだ。
「すご……」
と、王利絵が感心していたのも束の間、奥へと通じる扉が開いてまたしてもライフルやマシンガンで武装した男達が出てくる。
「新手!!」
「面倒ね……」
刹那はバッグから殺虫スプレーぐらいの大きさの缶を取り出すと、男達へ向けて放り投げた。間髪入れず銃撃。弾丸は、空中でくるくる回るスプレー缶の蓋の部分を正確に飛ばす。
男達は手にした銃を乱射してくる。だが刹那の反応は早く、倒れたテーブルを持ち上げて盾にして体を隠した。
変化は、すぐに訪れた。
「うえっ……げえーっ!!」
「げげげーーーーっ!!」
「おえーーーっ!!」
男達はうずくまって嘔吐しながら苦しみ始めたのだ。その原因が、今さっき刹那が蓋を撃ち抜いた缶の中に充満していた気体によるものだという事は明らかである。
「殺すよりエグい真似しますねぇ」
「ん、王利絵……!?」
思わず、刹那は銃を味方に向けかけた。
今の王利絵は、顔にガスマスクを装面していたからだ。
「嘔吐ガス、アダムサイトですか……これにやられたら48時間は人間じゃなくなりますよ」
「どこから出したの、そんなマスク……驚いて撃つ所だったわよ」
「どこって、このトランクから」
「何でも入ってるのね」
「えぇ、デパート並に」
それにしても、と王利絵は周囲を見渡す。
20人以上ものサブマシンガンやライフルで武装した男達を相手に、短時間の内に無傷で制圧するのも凄いが、死人は王利絵が射殺した二人と、最初に盾にした一人だけ。刹那自身は、一人も殺していない。
「どうして、殺さなかったんですか?」
傷の痛みや嘔吐感でのたうち回っている男達を見下ろしながら、王利絵が尋ねた。
「ん?」
「私達リコリスには殺人が許可されているんですよ?」
連続で小さな、しかも動く銃口を撃ち抜く。発砲中のアサルトライフルの銃身を撃って銃口を上に向けさせ照明器具を破壊させる。空中の缶の、小さな蓋を撃ち抜く。そんなバケモノ染みた……否、バケモノそのものの射撃技術があるなら、全員をもっと簡単に殺せた筈だし、その方がずっと手っ取り早く、確実だった筈なのに。
「あぁ、その事」
刹那は両手の銃からマガジンを排出すると、二丁拳銃を空中に放り投げる。そして新しいマガジンを二つ取り出してこれも投げ上げた。ジャグリングのように空中でマガジンが装填されて、くるくる回りながら落ちてきた拳銃が彼女の両手に納まった。
「別に深い意味やポリシーなんて無いわよ。これはクセでね」
「クセ?」
「えぇ、昔の相棒の流儀が『いのちだいじに』でね。そいつに合わせている内に、私にもそのクセが移ったのよ」
「『いのちだいじに』……」
もう一度、足下で呻いている男達に視線を落として、見渡す王利絵。
「敵もですか?」
「そう、敵も。誰かの時間を奪うのは気分が良くないから、だってさ。まぁ私は誰かの時間を奪っても何とも思わないから努力目標だし、殺せと言われたターゲットはちゃんと殺すけどね。勿論王利絵、あなたに私に合わせろなんて言わないから、そこは安心して」
「はぁ……」
確かに今回の任務は「中国マフィアやヤクザの幹部連中を皆殺しにしろ」。チンピラを殺せとは言われていない。
「さて、先へ進むわよ」
「ぐわっ!!」
ここへ来るまでに厨房からくすねてきた豚の頭を覆面のように頭から被らされ、視界を奪われた警護役の大男をのしてしまった二人は、VIPルームへと繋がる扉を睨んだ。
「あの先の広間に、ターゲットが集まっているらしいけど……乗り込む?」
「冗談でしょ。入ったと同時に蜂の巣どころかミンチにされますよ」
王利絵の意見に、刹那も頷いた。
今頃VIPルームの大広間の中には、幹部連中が全員、手にした銃を扉へと向けて、扉が開いた瞬間ぶっ放そうと手ぐすね引いて待っているだろう。
「さて……どうしますか?」
「ん」
刹那が、スプレー缶を差し出した。
VIPルームの中では、まさに王利絵が予想したのと寸分違わぬ光景が広がっていた。
集まった中国マフィアや有力ヤクザの幹部達は、テーブルをひっくり返して盾にして、全員が拳銃やライフル、マシンガンを扉へと向けて、侵入者がそれを開けるもしくは蹴破って入ってくる瞬間を今か今かと待ち構えていた。中国マフィアのトップ、周竜張もその中の一人だった。
床には、高級そうな中華料理がぶちまけられて転がっている。
扉の向こう側で争う音や悲鳴が上がって、そして静かになってしばらく経つ。
カチコミを掛けてきた殺し屋達が乗り込んでくるには、十分な時間がある筈だ。
なのに、何故乗り込んでこない?
『さぁ、殺し屋ども。かかってこい』
『ドアをぶち破って乗り込んできてみろ』
『だがドアが開いた途端、親でも見分けが付かないような姿にしてやるからな』
エスパーでなくても、そんな心の声が聞こえてきそうな物々しい雰囲気。
だが一向に、ドアが開く気配は無い。
『どうした?』
『何故、乗り込んでこない!?』
『まさかここまで来てビビった訳でもあるまい!?』
焦れて、そんな考えが誰からともなく頭によぎり始めた頃だった。
妙な臭いが、彼等の鼻を突いた。
最初は、床にぶちまけられた料理の調味料やソースが混ざり合った異臭だと思ったが……
「この臭いは……」
「アーモンドの臭いのようだな?」
男達の表情が、はっと恐怖に引きつった。
「げっ!!」
「せ、青酸ガスだ!!」
弾かれたように彼等の中の二人が、窓に駆け寄った。
「あ、バカ!! 開けるな!!」
敵の狙いに気付いた一人が、警告するが遅かった。
窓が大開きになって、同時にぶらんと、逆さまになった刹那が幽霊のようにぶら下がって姿を現した。
そして両手の拳銃が室内に向けられて、この部屋の男達の頭数と同じだけの数、銃声が響く。
長い一発に聞こえたその銃声が鳴り終えるより早く、逆さまでぶら下がった刹那の体は窓枠の上へと消えていった。
高級中華料理店の最上階VIPルームで発生した大爆発。
騒ぎの中心へと集まる人の流れに逆らうようにして、刹那と王利絵は歩いていた。
「今回のあなたのサポートは良かったわ。流石は元ファースト」
「そりゃどうも。私は今日だけで一生分神に祈りましたよ。いや私は仏教徒だけど」
機嫌良く話す刹那とは対照的に、王利絵は仏頂面だ。「エラい所に来てしまった」と顔に書いてある。
「どう? もう辞めたくなった?」
試すように尋ねる刹那。
「辞められません」
王利絵は即答する。
「私は左遷された身ですよ。ここでまた任務にしくじったり逃げたりしたらDAに捨てられます。そうなったら……」
その時の自分の未来をシミュレートしてみるが……
地下ソープに売られるか、内臓を質に入れる事になるか、さもなくば遠洋漁業の漁船に詰め込まれるか。
どれもぞっとしない。
死ぬのは真っ平ゴメンだが、そうなるのも絶対にお断りだ。
となれば残された選択肢は、この懲罰大隊のような支部で任務に成功し続けるしかない。それに不可能な話ではない。この支部にはこのバケモノのようなリコリスが居る。自分が彼女をしっかりサポートすれば良いのだ。それが自分が生き延びる事に繋がる。
王利絵の中で、結論は出た。
「私は、生きられる可能性に懸けます」
「分かってきたわね」
ニヤリと、刹那の口角が上がった。
「これからよろしく、王利絵」
手が差し出される。
「こちらこそ、刹那さん」
応じて、王利絵も手を差し出して……
ジャキッ!!
袖口から隠し銃が飛び出した。
一夜明けて。
<昨夜の中華料理店『蛇花楼』で起こった爆発事故は、関東一円の広域指定暴力団幹部と中国マフィアとの会合が決裂し、抗争に発展したものと思われます。逮捕者も多数出ており、警察としては彼等の意識が回復し次第事情聴取を……>
都内の喫茶リコリコの店内テレビに、ニュース番組の内容が流れている。
「うーわ……」
店内のカウンター席で、神妙な顔の中原ミズキはコーヒーを啜った。
「先生、これって……」
ファーストリコリスの証である赤の制服を着た快活そうな少女、錦木千束が、カウンターに立つ和装の黒人、ミカへと尋ねる。
「あぁ、刹那の仕事だろう。あれだけの店を貸し切って会談を行うという事は、マフィア側の護衛は数十人は居た筈」
ミカの視線がミズキへと動く。元DA情報部員は首を横に振った。
そんな厳戒態勢の所に乗り込むとなれば、普通ならリコリス側も何十人かが動員される筈で、それだけ大きな動きがあれば元とは言え情報部に所属していたツテでミズキの耳に入ってもおかしくはない。だが、そんな情報は何も無かった。
……だとすれば、動いたのは一人か二人か、いずれにせよ極少数の人間だけだった事になる。
そんな無茶をやってのける者となると、DA広しと言えど限られてくる。ましてこの東京近郊に居るとなれば、尚更。
該当者は、たった二人。
一人は東京で一番のリコリス、即ちここに居る千束。
もう一人は危険な任務を集中して請け負う支部の支部長にしてたった一人の構成員、刹那だ。
「そっか。元気でやってるんだ」
ふっと、千束が微笑する。
「逮捕者多数だと言っているぞ」
つまり、生きていた者が多かったという事だ。
「元パートナーとして、お前の流儀を受け継いでいるらしいな」
「……そっか。そっか!!」