Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「しかし楠木司令」
「む?」
「延空木への強襲作戦の指揮を執るのは構わないのですが……問題があります」
刹那の懸念は作戦の成否ではない。それよりもっと根本的な部分だった。
以前にDAに来た時、世界中の闇業者に大量の武器が発注された事から組み上げられた推論。現職の総理大臣が、テロリストと裏で繋がっていてクーデターを画策しているのではというものだが……証拠が何一つ無いにせよ楠木司令に機密情報を渡して、その後で総理大臣が緊急入院してしまった事からも相当事実に迫っていたと考えられる。
だとすると、テロリストのリーダーである真島はその情報を知っている可能性がある。いや、DAやリコリスとしては知っていると考えて動くべきだろう。
クーデターなどという大それた事をしでかそうというのである。総理を筆頭に、政府与党・政府高官、官僚、野党の大物政治家や労組幹部など各界の協力者は100や200ではあるまい。恐らくは万を数えるだろう。もし真島がその協力者のリストを持っているとしたら……? そして尤もらしい演説と合わせて、それを公開するとしたら……?
「仮にそれをやられたら、延空木の破壊を阻止出来ても意味がありません」
「そうなったら、どうなるかな……?」
恐る恐るという表情で、千束が尋ねてくる。
「まず、リストに名前が載っている人間は吹っ飛ぶでしょうね」
たきなが刹那に代わり、相棒の疑問に答える。
「だがそれは序の口だろう」
と、フキ。刹那も頷く。
「政府は国民の信用を失い、日本は世界中の国々からの信用を失うでしょうね……」
これは王利絵の発言である。現職総理が日本の古い政治制度を一新する為のクーデターを画策していたというのはそれほどの大スキャンダルなのだ。ある意味では100発の核爆弾をも凌駕する威力がある。
「真島がそのリストを持っていたとして、既に公開していない理由は何だ?」
公開しないイコール持っていないと思いたいが……DAやリコリスにあってそんな楽観的な考えが出来る者は今こうして生きてはいないだろう。
真島は国家転覆に荷担した政治家達のリストを持っている。そしてテロリストである彼等がそれを公開もせず、それをネタに交渉を持ちかけても来ないのは何故か?
「理由は二つです」
「一つ目は何だ?」
「そのリストを公開して、最大の効果を発揮する最高のタイミングを計っている」
最高のタイミングとは即ち、新たな平和の象徴となる筈だった延空木が、完成と同時に倒壊する瞬間だろう。
「二つ目は?」
「ただリストを公開するだけではパンチが弱いと見て、国民の不安を煽るような動画を編集しているのだと思います。そしてその動画はまだ完成していない……インパクトのある、重要な映像が欠けているからです」
重要な映像とは何か?
それは決まっている。
「リコリスか……」
刹那は首肯して返す。
「国家の危険因子を排除する殺し屋。その存在を明るみに出せれば、クーデター参加予定者のリストとのダブルパンチで政府を揺さぶれます」
「読めたっす。だから延空木にリコリスを誘き寄せて、自分達の手下とリコリスが戦う映像を録画して、それを合わせて編集した動画を配信しようってハラっすね」
「ひょっとしたら実況生中継かもよ?」
「延空木の破壊阻止の為にリコリスを投入すればテロリストにリコリスの存在を暴露される。投入しなければ延空木が破壊される」
中々考えてるなと、フキが吐き捨てた。
「でも、画像や動画を配信しようとするならラジアータで止められるのでは?」
「いーや、たきな。それはパフェのよーに甘い考えだと思うよ」
腕組みしつつ普段は中々見せない難しい顔をした、千束が言う。
「ラジアータがあらゆるインフラへの優先権を持つのはあくまで日本国内に限ってのみ。どこか海外でアップロードされたら、国内だけで止めても意味無いよ」
ふんと楠木司令が鼻を鳴らした。
「リコリスを投入しても駄目、投入しなくても駄目。今の我々は王手詰みに等しい訳か」
「は……」
「……刹那、お前にはあるか? 連中に逆王手を掛ける一手が」
「あります」
刹那は即答した。
「えっ!!」
「マジっすか?」
「刹那さん……」
「敵は手元に強力なカードを持っていますが、それらを最高に活かす為にすぐに使わない。その一点に於いて勝機はあります」
もし、今すぐにクーデターに共謀している政治家のリストを公表されたら刹那も手も足も出なかったろう。
ポーカーで既にスリーカードが揃っていてこのまま勝負しても多分勝てるだろうが、どうせならフォア・カードやジョーカーを引いてファイブ・カードにして勝ちたい。それにもしかしたら相手も強い役を揃えているかも知れないから確実を期したい。そうした一種の見栄、隙、あるいは慎重さから真島は即座に勝負に出る事はしないでいる。
そこにチャンスがある。
「私と千束が居れば、可能です」
「え、私ぃ?」
意外そうに、史上最強のリコリスが自分を指差した。
「問題は……大袈裟かも知れませんが、司令がこの日本という国の未来を一時的にでも委ねられるぐらい私や千束を信用する事が出来るかどうか、という点です」
「信用する」
先ほどの刹那に負けず劣らずの早さで、楠木司令は即答した。
「……いや、この場合はせざるを得ないというのが正確か」
分析も的を射ていた。今この時点で、あまり多くの選択肢は残されていない。手段を選んでいられる段階はとうの昔に過ぎ去ってしまった。ならば後は、どれだけ可能性が低くとも、勝ちに至り得る手段を探し、成功の確率に懸けるのみ。
理屈の上では楠木司令の決断は合理的だろうが、さりとてそれをすぐに決断出来る者などどれほど居るだろう。この辺りは長年国家の安全保障を担ってきた者としての覚悟、胆力だと言える。
「刹那、具体的な作戦を説明しろ」
その後2時間に及ぶ話し合いの後、既に時刻は午前4時になろうとしていたので、今日はDAに宿泊していくようにという指示を受けて千束とたきな、刹那と王利絵がそれぞれ空き部屋を借りる事となった。
あてがわれた部屋に入った王利絵のやる事は、一つだった。
トランクから盗聴電波をキャッチする為の装置を取り出して、部屋のクリーニングである。DAが自分達を害する動機など無い筈だが、相変わらず病的な用心深さである。刹那も相方の顔を立てる意味で申し訳程度に、机の裏やベッドの下を確認する。
30分ほどしてクリーニングを完了した王利絵は、ようやく安心したようだった。ほっとしてベッドに腰を下ろした。
「はぁあああ~」
肩を落として大きく溜息。
「延空木の破壊阻止作戦か……また凄い仕事をやる事になっちゃいましたねぇ……」
あぁやだやだやだやだとぼやく。
「どうしてテロなんてやるのかな。やるなとは言わないから、せめて私の目の届かない遠い所でやってくれれば良いのに……って、私みたいな考えの人ばかりだからそういう連中が湧いて出るんでしょうねぇ」
漫才のノリツッコミのように、ぼやきの後に自己分析するセカンドリコリス。
「早くリコリスを引退したいですねぇ……」
「そう? 私は今の生活は結構気に入っているわよ?」
「こんな殺し殺されの生活がですか?」
正気を疑うような目を向ける王利絵。
愛銃を分解清掃しながら、刹那は頷く。
「えぇ。殺しをする事で、社会貢献出来ている訳だからね。特に私は他のリコリスと違って……リコリスとしてしか生きられないし、生きてはいけない人間だから……」
「……前にも、そんな事を言っていましたね?」
以前の地下鉄にてテロリストを迎撃する任務で、あの時は途中で話が打ち切られてしまったが今と同じような事を刹那が話していたのを、王利絵は思い出した。当人も同じ事を思い出したのだろう。作業の手を止めると、くるりと椅子を回して王利絵に向き直った。
「別に隠す事でもないし……教えるわ。そろそろあなたとの付き合いも長いからね」
「は……」
「まず最初に言っておく事は……私は他のリコリスとは違って、自分で志願してリコリスになった人間だという事かな」
「志願?」
不思議そうに王利絵が首を傾げる。
リコリスは頑是無い孤児をDAが引き取って養育した暗殺者。故に千束もフキもたきなも王利絵も、リコリスになるべく拾われてリコリス以外の生きる道など元より用意されていなかった。
なのに志願してリコリスになったとはどういう事だ?
「五島刹那というのはDAに来てからの名前でね」
これは彼女に限らず他のリコリスにも言える事だ。リコリスは、DAに連れてこられたその日が誕生日として扱われて、その時に名付けられる。
「私にはもうずっと前に捨ててしまったけど、もう一つ名前があるのよ。塙未来……という名前がね」
「塙……」
もう一つの名前を聞いて、その名字に王利絵は引っ掛かるものを感じた。
「塙家って言うと……確かその家の当主は昭和最後のフィクサーとして有名で……昔は何か事件が起こる度に裏には彼がいるとニュースや週刊誌で報じられていましたね」
「流石は王利絵。よく調べているわね。私はその塙家の最後の娘なのよ」
重大な事実を、あまりにもあっさりと刹那は口にする。これには王利絵の方が圧倒されたようだった。
「で、ですがその一家は十数年前に、火事で一家全滅したとされていますが……」
「記録上はね」
そうなっているという事なのだ。DAのお家芸たる情報操作によって。
「王利絵、私はね。生まれつき鳥や虫を殺すクセがあったのよ。殺す事が楽しいとかそんなじゃなくて、つい殺してしまうのよ」
「はぁ……」
それは幼い子供にはままある行いだとは言える。
無邪気という言葉があるが、それは間違いではない。だが物を知らない子供はそれこそ時として悪気無く残酷な行いをする。しかしそれは成長の過程で善悪を学んでいく事で、いつしか理性によって制御される未熟でしかない。
「でも私は幼心にこのままじゃいけないなと思っていたのよ。このまま行けば、いつか人を殺してしまうってね……でも、殺しを止める事も出来ないし自殺も出来ない。さてどうしたものかと考えていたのだけど、その時、祖父が電話しているのをきっかけに、リコリスの存在を知ったのよ。国家の為に危険因子を排除する殺し屋」
「……」
王利絵は胸に手を当てた。
気分が悪くなってきた。以前に機密情報を持っていた事から刹那の出自を想像した事があったが、その時の想像は相当近い線にまで来ていたのかも知れない。
「私の祖父は自分が持っている機密情報をダシにして、リコリスはおろかDAすらも自分の利益の為に動かす事が出来る存在だったらしいわ。つまり……DAにとっては目の上のタンコブだったという訳だったの」
「ま、まさか……」
「私は祖父と両親を殺して、家に火を放つとそれをDAへの手土産にしてリコリス入りしたのよ。私も含めて、皆大なり小なり祖父のすねをかじって甘い汁を啜っていた人間だったからね。私の扱いについては相当揉めたそうだけど、結局は祖父が持っていた銀行のカードを持ち出した事とその暗証番号を暗記して機密情報を引き出せるのが私一人だという事で申し出が通ったのよ」
刹那は殺しをせずにはいられない自分がリコリスとして、そのサガを抑えずに生きる事が出来る。DAは目の上のタンコブあるいはいつ落ちてくるか分からないダモクレスの剣を取り除く事が出来て、本来の役目に立ち戻れる。Win-Winの取引であったという訳だ。
後はDAの記録にもある通りだ。刹那は頭角を現してファーストリコリスになり、千束を追ってDAを出て喫茶リコリコに転属、その後は更に自らの支部を設立して独立して、DAの負担を減らす為の危険任務を専門に請け負う事になる。
「……どうしてなんですか?」
「うん?」
「私だったら、なんとか自分のそうした性癖を抑えて生きようとすると思います。刹那さん、あなたはどうして?」
「どうしてかな」
刹那はしばらく考えて……答えが見付かったようだった。
「多分、そんな風に自分を偽って生きる事が、間違っていると思ったからだと思うわ」
「間違っている、ですか……」
何が正しくて何が間違っているのか? それはもう哲学の領域だろう。
世間一般では人を殺す事は間違っている事とされている。それも正しくはあるだろう。だがリコリスは殺人を許可されたエージェント。任務を遂行する為に自分が生まれ持った能力やサガを効率よく使う事は、いけない事なのだろうか?
その問いに答えられる者は居ないだろう。そもそも「答え」などという言葉で定義出来るものでもないのかも知れない。
「……今、刹那さんがあまり仕事で殺しをしないのは、千束さんの影響ですか?」
「そうね」
刹那は認めた。
「私は殺しをする為にリコリスになったけど……自分がそんなだからこそ、誰よりも殺しの才能がありながらも人を助ける為に生きる千束の生き方が眩しかったのは確かね」
だから刹那は自分と千束のその違いに耐えられなくなって喫茶リコリコを出て、新しい支部を作った。一緒には居られないけど、困難な任務を自分が引き受けて、千束に殺しをさせないように、千束が誰にも殺されないように。
「王利絵……」
「はい」
「あなたは優秀なリコリスよ。あなたは自分が生きたいだけだろうけど、そうする事で結果的に仲間や、民間人が助かる」
「……」
「あなたには長生きしてほしいと思っているわ。同じように私は、千束にも長生きしてほしいのよ」
『やっぱり危険過ぎるよこの人……一日も早く千束さんの新しい人工心臓を見付けて、コンビ解消しなきゃ……いつか私が殺されるよ……』