Clock Collector & Pacifist(完結) 作:ファルメール
「こいつは……?」
延空木の中枢、制御室にて。
壁一面を覆い尽くすようなモニターに表示された映像を見た真島は、思わず画面に食い入るようにして背もたれから体を放れさせた。
これは予想外の展開だった。
彼の作戦では、延空木内部に配置した部下達とリコリスとの銃撃戦の模様を撮影して、それに自分の演説と都内にばらまいた銃の在処の地図、そして今は入院している元総理が進めていたクーデター計画に関与している各界の人間のリスト。これらを編集して一本にまとめた動画を海外のサイトでアップロードするつもりだった。
……だと言うのに、部下達の前に現れたのはたった二人のリコリス。
しかも恐らくはドローンやハッキングされた監視カメラからの映像だろう。その様子が、日本中に配信されている。モニターの一つにも、全国に流れているのと同じ映像が映っている。
リコリスは秘密裏に国家の危険因子を排除して回るエージェント。当然ながらその存在は秘匿されるべきものだが、隠すどころかDA側から明らかにしてきているのである。
「野郎……何考えてやがる?」
狙いが読めず、ぎりっと噛み締めた歯が鳴る。
その時だった。
画面に、動きがあった。
テロリスト達は、面食らっていて僅かな時間動きを止めていた。
予想ではてっきりリコリスの軍団が殴り込んでくるか、それともスタングレネードが投げ込まれてくるかと警戒もしていたのだが……しかし実際には現れたのはたった二人。それも制服を脱ぎ捨てて、ドレス姿に。
人間、あまりにも予想だにしない事態を前にするとしばし固まってしまうものだが、それは彼等とて例外ではなかった。
とは言え、そこはやはり世界中の戦場で戦い数知れぬ修羅場をくぐり抜けた強者共。それも束の間ですぐに手にした銃器を千束と刹那、二人へと向けてくる。
だが照準し、引き金を引くよりも早く。
跳躍した刹那が彼等のそのど真ん中に降り立つ。
狙ってくれと言わんばかりに棒立ちで、そのリクエストに応えるように数挺のライフルが火を噴く。
対して刹那が起こした行動は、ほんの数歩ばかり後退った。それだけ。
ただそれだけで、全ての銃弾をかわしきり、倒れるような動作と合わせ大きく両手を広げ、二挺拳銃を発砲。
「うわっ!!」
「ぐわっ!!」
上がる悲鳴が二色。
空間に彼岸花を思わせる赤い粉末が散り、テロリスト二人が倒れる。千束が使う非殺傷のゴム弾だ。
後ろに倒れると思われた刹那はその体勢から驚くほどに容易く宙返りを打つと、逆様に飛びながら二連射。
集弾率の悪いゴム弾でありながら、一発がライフルを弾き飛ばし、もう一発がテロリストのヘルメットに当たり衝撃によって昏倒させる。
着地した刹那はくるりと体を回し、両腕を交差させて二射。ヒールターンして踊るように動きつつ、射撃による反動を利用してそのまま今度は腕を左右に伸ばして二射。更にその反動を利用した筋肉だけの動きでは有り得ない早さで両手が交差された状態に戻る。そこから続けて二射。全ての射撃で1ショット1キル、いや殺してはいないが全て一発で一人ずつ、テロリストを倒していく。
「く、くそっ!!」
苦し紛れのようにサブマシンガンを構えるものの、それより早く横合いから赤い影が走る。
千束だ。
懐に潜り込むと、胴体部を狙って連射。内臓に強烈なショックを受けたテロリストは反吐をぶちまけながら悶絶、床に転がる。
別の数名がライフルを構え、反射的な早さで狙いを定めて引き金を引く。彼等は全員が射撃の腕は超一流、この距離では外す筈が無い。
にも関わらず、只の一発も千束には当たらない。
史上最強のリコリスは火を噴き一発でも致命の弾丸を吐き出し続ける銃口を前にして逃げも怯みもしない。
それどころか文字通り、逃げも隠れもしない。飛び退る事もしない、物陰に身を隠しもしない。逃げずに向かってくる。
飛来する弾雨の中を、まっすぐ進んでくる。
必中を確信出来る距離にまで近付き、接射。砕け、赤い花を咲かせる非殺傷弾のゴム弾頭。
同じ色のドレスを纏った千束が、その花が空間に霧散しない内に通路を駆け抜けて、次々にテロリスト達を倒していく。
「こ、こいつ!!」
拳二つの距離までに接近した男が、千束の眉間に銃口を突き付ける。
だが、指がトリガーを引くよりも早く。
銃声。
横合いから飛来した弾丸は刹那が発射した物だ。
ライフルの銃身の先端に命中して、衝撃で照準が千束から外れる。銃口が向くのは仲間のテロリスト。その勢いのままで引き金が引かれ、結果起こるのはフレンドリーファイア。またしても悲鳴が上がって、テロリストが倒れていく。
だが、これはテロリスト達にとって千載一遇のチャンスだった。
プロである彼等は、この乱戦の中にあっても敵が使う銃の種類と、銃声から残弾数を把握する事が出来るよう訓練されている。刹那の銃は、ちょうど今の一射撃で両方とも弾切れになった筈だ。リロードの為に生じる隙を、逃さない。
その、筈だったのだが。
刹那は突然明後日の方向を向いて、東京の町並みが一望出来る展望ガラスへと走り出す。
弾切れになった銃を一振りしてマガジンを排出すると、ぽいと空中へと二挺とも放り出してしまった。
そのまま、窓へ向かって跳躍。窓ガラスへと垂直に着地する。
透明度の高いガラスを使ったジャンプは、まるで空を蹴っているかのようで。
三角跳びしてくるりと空中で体を回した刹那は、取り出した二つのマガジンを放り投げる。
回りながら落ちてきた二挺の銃に、投げたマガジンが二つとも狙いを過たず装填され、刹那はジャグリングのようにそれをキャッチ。
空中回転しながら左右の二挺がそれぞれ別のテロリストへと火を噴いて、そのような不安定な状態でありながらも狙いはやはり正確。テロリスト二人の眉間に正確に着弾し、昏倒させる。
着地して、刹那が銃口を向けたのは、テロリストではなく千束。
少しも逡巡せずに引き金が絞られるが、千束は持ち前の動態視力と洞察力で射撃をかわす。
「ぎゃっ!!」
悲鳴が上がる。
倒れたのは、千束のすぐ後ろに居たテロリスト。刹那はかつての相棒の能力を承知の上で避ける事は織り込み済み。千束の体を死角にして、テロリストから自分の動きを隠していたのだ。
再び、体を一回り半させて立ち位置を変える刹那。
そうして射線が取れるようになった事で、千束の銃撃が刹那の背後に居たテロリストを倒していく。
テロリスト達が撃っても撃っても、煙に向けて銃撃しているようで当たらない。
反対に千束と刹那の銃撃は、至近距離である事もあって吸い付くように命中して男達を倒していく。
これは、まるで……
「こりゃ、映画っすね……」
連絡員用の通路に待機するリコリス達のスマホにも、その様子は流れていた。
思わず、サクラはそう呟くのが精一杯だった。
攻め込むのはドレス姿の少女二人、迎え撃つは無骨で屈強な完全武装の男達。それを、少女達が次々に倒していく。対照的な赤と白のドレスを着ている事もあって、動き回る千束と刹那の動きは、まるで社交界のダンスホールで踊る令嬢のようで。
しかも、おあつらえ向きにこの動画にはバックにミュージックまで流れていた。
「事実は小説よりも奇なり……ならぬ、事実は映画よりも奇なり……ってか。これは」
と、フキ。
「これが千束と刹那さん……あの、電波塔を守ったリコリスの……本当の力……」
畏敬の念が込められたような声を、たきなが絞り出す。
これが刹那の作戦であった。
先のブリーフィングではテロリスト達、真島の狙いが延空木でテロリストとリコリスが戦う様子を記録して、それを公開するのが狙いであるという推測が出た。これはリコリスを投入すればリコリスの存在が公表され、投入しなければ延空木が破壊される。二つのいずれを選んでもDA側に不利益しかない蟻地獄か蜘蛛の巣のように計算された策である。
二者択一のいずれも外れ。ならばそれを破る理外の戦法とは。
それは敵の策を逆用する事。
先んじてこちらからリコリスの存在をアピールしてしまうのだ。それも強烈に。
そうすれば、真島側のリコリスの存在を暴露する策は、二番煎じとなって説得力を失う。
ただしリコリスの存在をアピールすると言っても、殺し屋の少女という実像それそのものを明らかにする訳には行かない。仮にそれをやったとしたらそれこそDAやその上の組織にまで波及するような大スキャンダルである。
だから、虚構の存在としてのリコリスをアピールせねばならない。ただし相手は、殺意を持って襲いかかってくるテロリストの軍団。それを相手取って、生中継のしかも一発取り、テイク1でカットを出さずに成功させる事が出来るような名女優は、DA広しと言えど只二人。
史上最強のリコリスである千束と、その相棒を務めた天秤の対となる刹那。
彼女達にしか、映画染みた立ち回りは出来ない。
映像の中では、弾切れになった銃をくるりと手の中で回すと銃身を持って、銃把をハンマーのように使ってテロリスト達を刹那が殴り倒していく所だった。彼女はそこから銃を手放して放り捨てると前方へとダッシュ。
走りながら床に倒れた男達の手に握られていたM16をサッカーボールのように蹴り上げる。
空中を回りながら飛んだ軍用ライフルが前進しつつちょうど腰だめに構えた刹那の腕に落ちてくるのと、通路の曲がり角から新手のテロリストが姿を現すのはほぼ同時だった。
刹那は、すかさず3点バーストで連射。
急所や主要な血管は外すが動けなくなる絶妙な位置にそれぞれ高速弾が着弾して、一発も撃たない内に増援は皆倒れる。
弾切れになったM16を、刹那がぽいと捨てた。
ちょうど同じタイミングで、彼女の背中合わせになるように立った千束が最後のテロリストを倒した所だった。
そして更にあつらえたように、映像のバックに流れるミュージックも終わる。曲を流してほぼ生中継の映像に最低限の編集を加えているのは、クルミの手際だ。当然、曲が流れる時間も事前に千束と刹那には伝えられている。二人は見事に長すぎも短すぎもせずに、一曲が流れ終わるタイミングで、全ての敵を倒しきってしまったのだ。
特撮ヒーロー物の番組では放送時間が20分ぐらいの所で、必殺技を受けて爆発する怪人をバックにヒーローがそうするように、ビシッという音が似合いそうなぐらい綺麗な決めポーズを千束が取った所で、動画は終わった。
「はぁ……すげぇ。いや、マジすげぇわ」
制御室では、殆どの部下を倒された真島がもう感心するしかないと天を仰いで、大きく息を吐いた。
ここまでの映像を流されてしまっては、今更他のリコリスの銃撃戦の模様を生中継した所で、映画のワンシーンであると思われるだけだろう。
こんな事ならクーデターに荷担した人間のリストや銃の所在などを速攻で公開すべきであったかも知れない。一本の映像が視聴者に与えるインパクトや説得力を重視して、リコリスの存在をアピールする事も狙った事、完璧を期したのが、逆に仇となってしまった。
「当然だろう? そうでなければ、君と同じように我々はその才能を支援したりはしない」
背後から掛けられた声に、真島が振り返る。
声の主は吉松シンジ。
アラン機関のエージェントは手錠で椅子に拘束されたまま、自分のオフィスに居る時のように落ち着いて戦争屋に返した。